第17話 初任務⑤
アディルが視線を向けた先にヴェルとエリスも視線を移して身構えた。ヴェルは手に魔力で形成させたナイフを握っている。そのナイフの形状は刃だけであり柄も何もついていないシンプルなものである。
「アディル、私達はサポートに回るわね」
「おう、ヴェル、エリス頼むぞ」
「ええ、任せて」
「がんばるわ」
三人は声を掛け合い、視線の先から向かってくる何者かを待ち構える。時間があれば罠を張るのだが、残念ながらその時間がないのだ。
ザザザザザ!!
すでにアディルの耳はその何者かの足音を捕らえており、あとほんの数メートルの距離だ。視線の先には茂みがあり未だに視認していないが確実にこちらに向かってきていたのだ。
バッ!!
茂みの中から黒い全身鎧フルプレートに身を包んだ一人の騎士が現れる。身長は一六〇㎝程、フルフェイスの兜を身につけているためにその顔は見えない。手にはやや身長に見合わない長剣を手にしている。刃渡り一メートル程の黒い刀身の長剣であり禍々しいオーラを感じる。
(魔剣……というやつか?)
アディルは現れた全身鎧フルプレートの騎士の前に立ち、カタナに気を通す。その様子を見た騎士は剣を構えてそのままアディルに突っ込んできた。
ヒュヒュヒュン!!
そこにヴェルが手にしていた投擲のナイフを一斉に放った。狙った箇所は鎧の継ぎ目であり、ヴェルの投擲の能力の高さを十分に示している。投擲されたナイフを騎士は手にした魔剣で打ち払った。
「しゃあああああああああ!!」
騎士が投擲されたナイフを打ち払った事で生じた隙をつくためにアディルは気合いを込めた声を発すると騎士に斬りかかった。
ギィィィン!!
アディルの上段斬りを騎士は魔剣で受け止める。
『く……』
騎士の兜の向こうからくぐもった声が聞こえる。その声にはアディルの斬撃の重さに驚いているようでもあった。
「はぁぁぁぁぁ!!」
アディルは初撃を受け止められた事に対して気落ちすることなくそのまま前蹴りで騎士の右太股を押した。バランスを崩した騎士であったが倒れ込むような事はなく騎士はアディルの喉を目がけて斬撃を放つ。アディルはその斬撃を咄嗟に躱す事に成功するが、体勢が崩れていたにも関わらずその斬撃はアディルの背に冷たいものを走らせる。
追撃を一端止めたアディルは間合いをとった。わずか一合の斬り合いであったが、アディルはこの騎士の実力が決して侮る事の出来ないものである事に気付いたのだ。
「アディル!!」
「俺は大丈夫だ!! こいつは相当な手練れだ。俺の事よりも自分とエリスに気を配れ!!」
「わかったわ」
「エリスも何があるかわからない。油断するなよ」
「了解!!」
アディルはヴェルとエリスに注意を促すと騎士に向かって再び斬りかかった。アディルの斬撃を騎士は魔剣で受け止めるとすぐさま反撃し両者の間に斬撃が雨霰と降り注ぐ。しかし、両者とも凄まじい斬撃の応酬を何十合も行ったが互いにその身に降りかかることはない。
(やるな……俺と互角……いや、一歩先んじていると見るべきか)
アディルは焦ることなく斬撃の応酬をくり返し騎士の隙を探していた。
『く……エルガストが追ってきてるというのに……これほどの強者つわものがいたなんて……完全に予定外だわ』
(この口調……女か?)
アディルは騎士のくぐもった声を聞く。声では性別は判別しにくいが口調から女性のような印象が受けたのだ。そして、“エルガスト”という言葉からアディルとこの騎士はそもそも戦う必要は無いという結論に至ったのだ。
キィィィィン!!
アディルは騎士の斬撃をカタナで受け流すと攻撃を見送り間合いをとった。
(今の行動の意味に気付かないほど凡庸な腕前じゃないだろう……)
アディルはあえて攻撃を見送る事で騎士に休戦を申し込んだのだ。
『……どういうつもり?』
アディルの意図を察したのか騎士は戸惑ったような言葉を発した。
「どうやら意図を察してくれたらしいな。俺達はエルガストとやらと何の関係もない。ゴブリンロード討伐の為にここに来たハンターだ」
『ハンター?』
「そうだ。お前が何者か知らないがもし敵対するつもりがないというのなら剣を引いてもらおう」
『ふざけるないで!! そんな手に引っかかる……』
騎士が途中で言葉を止めたのはアディルがカタナを納めたからである。そして、ヴェルとエリスに手で武器を下ろすように指示をすると二人も武器を納めた。それを見て騎士も迷ったようであったが魔剣を鞘に納める。
「わかってくれたようだな」
『そうね。とりあえずエルガストと無関係なのは信じる事にするわ」
「そうか。じゃあ俺達が争う理由も無い事も察してくれたようだな」
『ええ、ついでに言えば私達が争えばエルガストが得をするという事もね』
アディルは何となく騎士が皮肉気な表情をしている事を察した。そしてヴェル、エリスも同様の感想を持ったようである。
「それじゃあ、とりあえず自己紹介といこう。俺達は“アマテラス”というハンターチームだ。俺はアディル」
「私はヴェルよ」
「私はエリス」
三人は騎士に名乗ると騎士はまたもくぐもった声で疑問を呈する。
『そっちの見慣れない兵士は?』
「こいつらは俺の式神……使い魔のようなものと思ってくれ」
『そう……』
「こっちは名乗ったんだ。順番的にはそっちが名乗る番だと思うんだが?」
『それもそうね……』
騎士はそういうとフルフェイスの兜が突然黒い粒子となって消え去りその素顔を見せる。
「ほぉ……こいつはヴェル並の美人だな」
「何言ってるのよ。私なんか到底及ばないじゃない」
「そう?私には互角に見えるんだけど」
アディル達の口から騎士の素顔に対する素直な感想が発せられる。素顔になった騎士の顔は美しいという言葉がいかに無力であるかと考えさせられる絶世の美少女の顔があった。銀色の髪はまるで絹糸の様な光沢を放ち、卵形の輪郭に目、鼻、口の各種パーツが絶妙のバランスで配置されている。
ただし、少女の側頭部には羊のような湾曲した角が生えており、それが彼女が人間でないことを示している。
「ちょっとあんまり恥ずかしい事言わないでよ。照れるじゃない」
少女は直球で褒められた事に顔を真っ赤にして照れている。その様子にアディル達は嫌悪感を持つことはなかった。
「ああ、すまんな。つい……」
「う~~本当に恥ずかしいんだから止めてよね」
「それで、名前を聞かせてくれないか?」
「あ、そうね。私の名はエスティルよ。この角で分かったと思うけど私は魔族ってやつよ」
エスティルと名乗った少女は堂々と名乗る。
「そうかお前はエスティルというのか、それでエルガストとやらがお前を狙ってるという事でよいな?」
アディルはエスティルと名乗った魔族の少女に対してさらに事情を聞き出そうと質問を行った。
「え~と……その前に反応が薄い気がするんだけど……」
エスティルは少々拍子抜けしたようにアディルに言う。彼女にしてみれば魔族である事が知れれば多少は身構えると思っていたのだが、アディルはまったく気にすることなく話を進めだした事に戸惑ったのだ。ヴェルもエリスも同様でまったく気にした様子はない。
「お前がどんな種族であろうと大した問題じゃない。俺が知りたいのはお前がエルガストという奴に狙われているかを知りたいだけだ」
「いえ、そこって結構重要だと思うんだけど」
「だからそんなつまらん話は後回しにしろ。突然現れた凄まじい気配の主がエルガストなのか?」
アディルの言葉にエスティルは頭を抱えそうになったが、なんとか踏みとどまった。
「そうよ。私はエルガストに今追われてるわけよ。エルガストというのは残忍な男でね。強力な魔族よ」
「ほう……となるとお前よりも強いわけか?」
「う~ん……後れをとるつもりはないんだけど、連れてる部下も同時に戦うことなったら無傷というわけにはいかないのよ」
「ほう」
「私への追っ手はこれからどんどん現れるから私としては出来るだけ戦いを避けたいのよ」
「ふ~ん……お前は魔族、そして魔族に追われている……しかもこれから魔族の追っ手が現れる」
アディルがブツブツと呟き始める。それを見てヴェルはため息をつき始める。この構図は自分が侯爵家に追われている事を知ったときとほとんど変わらない。この後の話の展開も察する事が出来るというものだった。
「エスティル、どうだ俺達と組まないか?」
「え?」
「やっぱり……」
「はぁ……
アディルの言葉に三人はそれぞれの反応をするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます