第16話 初任務④

『ギャァァァァァァ!!』


 一体のゴブリンが絶叫を放ちながら吹き飛び木に当たってそのまま崩れ落ちた。相当な衝撃であったのだろうゴブリンは口から大量の血を吐き出しすでに絶命している。

 ゴブリンには仲間の身に起こった不幸を嘆くだけの時間は与えられなかった。たった今、仲間の命を奪った男が自分達を見てニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべたからだ。その笑顔を見た時、ゴブリン達はかつて無い恐怖に襲われている。

 男は身長二メートル程、黒髪をオールバックにし、目は猛禽類のように鋭い。執事のような格好をしているがただの執事ではないことは放たれる威圧感から即座に判断することが出来る。


『ヒィィィ』


 一体のゴブリンが背を向けて逃げ出す。だがゴブリンがその存在から離れる事が出来たのは僅か二歩に過ぎない。三歩目を踏み出そうとしたゴブリンの背後から男は容赦なく右手の人差し指から魔力を放ちゴブリンの頭部を貫いたからだ。背後から撃たれたゴブリンはそのまま数メートルの距離を飛ぶとそのまま地面に突っ伏した。


「ふん、所詮は地上の者……か。この程度ならば私が相手をするまでもあるまい。お前達が始末しろ」


 声の主はそう言うと、男の背後にいた二つの影が男の前面に出てくる。


 一人は身長一六〇㎝前後、スキンヘッドで額に一本の角が生えている。筋肉は隆々と盛り上がり身長に比べてやや過剰な印象を受ける。

 もう一人は、背中にコウモリのような羽の生えた一八〇程度の男で、腰に一本の剣を差している。


「エルガスト様……こいつら食べて良い?」


 スキンヘッドの男が執事のような男に尋ねる。その様子は子どもがご馳走を目の前にお預けをくらっているような感じだ。エルガストと呼ばれた男が返答するよりも早くコウモリの羽を生やした男が返答する。


「オギュス、エルガスト様は始末せよと仰られたのだぞ!!」

「コーズうるさい」

「なんだと!!」


 オギュスと呼ばれたスキンヘッドの男はまるで子どもが癇癪を起こすような声で言う。その事にコーズと呼ばれたコウモリの羽を生やした男は怒りの声を上げる。


「大体、お前は……ひぃ」

「ひっ」


 オギュスとコーズは突然、恐怖の染まった声を出す。その理由はエルガストが忌々しげに足を踏み鳴らしたからだ。


「お前達は私がどのような命令を出したか理解できぬようだな」

「も、申し訳ございません!!」

「お、お許しください」


 オギュスとコーズはガタガタと震えながらエルガストに許しを乞う。この受け答えだけでこの三者の力関係は圧倒的にエルガストが上である事がわかる。


「さて……どうするつもりだ?」


 エルガストの声は一段低い。ガタガタと震えていたオギュスとコーズはバッ!!と顔を上げるとゴブリン達に襲いかかる。その動きは凄まじいものであった。オギュスの右腕が一気に倍に膨れあがるとそのままゴブリンに叩きつける。


 ギョシャァァァァ!!


 オギュスの巨大化した拳の一撃を受けたゴブリンは肉片と化し周辺にばらまかれた。その光景を見たゴブリン達は現実感のない光景に呆然としていたが、オギュスが次のゴブリンを肉片にした事で一気に恐怖を爆発させた。


『ヒィィィィ!!』

『ニ、ニゲロォォォ!!』


 ゴブリン達は一気に統制を失うと散り散りになって逃げ出した。だがコーズが剣を抜くとそのまま逃げるゴブリン達を背後から斬り伏せ始める。


『ギャアアアアアア!!』


 背中から胸を貫かれたゴブリンは絶叫を放ち倒れ込む僅かの間にその命を終えている。そこからゴブリン達にとっては不運としか言えないような蹂躙劇を受ける事になる。ゴブリン達は次々とオギュスとコーズに命を奪われていき、とうとう最後のゴブリンとなった。

 そのゴブリンは他のゴブリン達よりも二回りほど大きく、身長は一八〇㎝程度、他のゴブリン達の平均身長が一五〇㎝半ばである事を考えれば文字通り頭一つ分抜き出た存在である。このゴブリンこそ今回のアディル達“アマテラス”のターゲットであるゴブリンロードである。

 このゴブリンロードの一行は着々と勢力を増し、人間のみならず同種族のゴブリン達をも殺戮の対象としていた。だが、強者の立場であったゴブリンロードは今や狩られる存在となっていたのだ。


『ウォォォォォォ!!』


 ゴブリンロードは背中の長剣を抜き放つとオギュスに向かって斬りかかった。オギュスはゴブリンロードの斬撃を巨大化させた右腕で受ける。


『ナ……ナンダト……』


 ゴブリンロードは自分の見たものが信じられなかった。何しろゴブリンロードの大剣はオギュスの右腕の皮一枚も斬ることが出来なかったのだ。そして次の瞬間、ゴブリンロードの首が落ちる。コーズが背後から剣を一閃し、ゴブリンロードの首を落としたのだ。


「ふむ……」


 エルガストはつまらなさそうにゴブリン達の死体を見るとオギュスとコーズに視線を移す。その視線を受けてオギュスとコーズは姿勢を正した。


「それでは皇女殿下・・・・を探しに行こうではないか……」

「ははぁ!!」

「了解いたしました!!」


 エルガストの言葉にオギュスとコーズは即座に返答する。


(この俺から逃れられると思わない事だな、エスティル皇女殿下……)


 エルガストは心の中でニヤリと笑ってエスティルという名を呼ぶ。皇女殿下という敬称はつけられているがまったくそこに敬意は感じられなかった。



 *  *  *


「さて、薬草はこれぐらいあれば大丈夫だな」

「そうね。軽く見て二十㎏分くらいはあるわね」

「ええ、収入としては悪くないんじゃない」


 アディル達“アマテラス”は目の前に積まれた薬草を見て言う。アディルの放った兎たちは働き者でありせっせと薬草をアディル達の元に運んできたのであった。アディル達は野営場所からほとんど動くことなく、兎たちが集めてきた薬草を見ていただけである。

 三時間ほどで薬草が二十㎏程集まり、これ以上採集をしてしまえば次のシーズンに薬草が無くなってしまうためにここで採集をうち切ったのであった。

 集められた薬草はアディルが封印術で封印し、いよいよ本番であるゴブリンロード討伐に向かう事になる。兎たちの探索によりゴブリンロードと思われる一行を見つけていたのだ。


「それじゃあ、ゴブリンロード討伐に向かうとするか」


 アディルは符を地面に放り鎧武者を三体作り出す。鎧武者はエリスの両隣と背後に立った。


「一応念の為にエリスの護衛として置いておく。ヴェルは遊撃を頼む」

「うん」

「ありがとうね。まぁ二人がケガをした場合は私が責任を持って治すから安心してね」

「ああ、頼むぞ。それじゃあ行こうか」


 “アマテラス”の面々はゴブリンロードがいると思われるポイントに向かって歩き出した。もちろん、不意討ちに備えて周囲への警戒を怠る事はない。アディル達にとってもはやここは戦場いくさばである以上、油断するような事は無かった、

 三十分程、三人は歩くとアディルが突然立ち止まり、ヴェル、エリスも同じく立ち止まった。


「みんな……気付いたか?」

「ええ、何これ……とんでもなく恐ろしい強さを持った連中がいるわね」

「うん……これはヤバイ相手ね」


 全員が只者で無い戦闘力を持つ相手がこの森にいることを察したのだ。ヴェルとエリスは緊張しているが、アディルはニヤリと嗤っている。


「相当な手練れ……相手にとって不足無しだな」


 アディルの言葉にヴェルとエリスは顔を見合わせる。確かにアディルの強さは自分達よりも遥かに強い事は理解している。だが、今探知した相手は“オリハルコン”クラスのハンターであっても勝てるとは思えない。しかし、それほどの強者の存在を見てアディルは嗤った事にある意味、ヴェルとエリスは救われたのだ。もし、ここでアディルが慌てふためけば、とても平静ではいられないだろう。


「ヴェル、エリス、この相手は凄まじく強い。作戦を立てなければあっさりと死ぬ」


 アディルの“死ぬ”という言葉が妙にヴェルとエリスには生々しく聞こえた。アディルの言葉はものすごく信憑性があった。


「さて、作戦を立てる前にこっちに向かってきている奴がいるから、まずはそいつだな」


 アディルはそう言うと視線を向けた。

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