第15話 初任務③

 夜が明けた所で“アマテラス”の面々は目を覚ます。五人用のテントは広くまた快適であり三人は一日の疲れを感じることなく気持ちの良い朝を迎えることが出来たのだ。


 年頃の男女が一つのテントに入って寝るという事に心理的な葛藤がなかったわけではなかったがテントを出てマントに包まって寝るという事をしてしまえば体力の回復の面でい言えば愚かとしか言いようがない。ハンターは体力を低下させることをするべきではないというのが当然の事であった。

 ただ、そうはいってもアディルも思春期の男子である。ヴェルやエリスのような美少女にカテゴライズされるような女子と同じテントで寝る事にドキドキと胸が高まったのは事実であった。

 一方でヴェルの方も男子と同じテント内で寝るという経験は初めての事であり、胸が高まっていたのだ。

 エリスの方は前回組んでいたチームと同じテントに入っていたが、そこでもカップル達は愛を囁き合ったり、イチャイチャしておりエリスにとって見れば地獄以外のなにものでもなかった。今回はそういう事は無かったために非常にゆっくり寝れたというのが正直な感想であった。


「さて……朝食の準備をするか。二人とも自分の準備をしてくれ」

「は~い」

「わかったわ~」


 アディルが言うとヴェルとエリスも立ち上がり、自分の装備を身につけ始める。アディルはカタナを手に持つとテントの外に出て昨日同様に封印術を展開し、朝食に必要な道具を取り出す。


 朝食は簡単なものである。昨日の残りのスープを温め直したものにパン、ウィンナーを火で炙り焦げ目のついたものを皿に盛りつけただけのものであった。


 二人が出てくるまでにアディルは昼食の用意もしておく事にした。といってもパンの中心に切れ目を入れてそこにウィンナーとチーズを挟み塩、胡椒を振りかけたものである。それをアディルは三つ作り、布でくるむ。


「出来たぞ~」


 アディルが二人を呼ぶとヴェルとエリスはテントから出てきた。ヴェルは黒いシャツに、薄紫のフレアスカート、ブーツで、エリスの方は白を基調としたシャツとベストに白のフレアスカートに二本の青いラインがはいっているのものだ。


「お~美味しそう♪」

「ホントだ~♪」


 ヴェルトエリスはニコニコしながらアディルの作った朝食を食べて幸せな表情を浮かべた。


(本当に幸せそうに食べるな。この二人今までどんな食事をしていたんだろうな)


 アディルは二人の幸せそうに食べる姿を見ながらそう思う。ヴェルは今までレムリス侯爵家で冷遇されていたので本当にろくなモノしか食べてこなかった可能性は高いが、エリスの方は一体何を食べてきたのか甚だ疑問であった。それとも単に食べるのが好きなだけという可能性もある。


「そうそう、今日は薬草採集で良いよね?」

「ああ、そんなに時間はかけるつもりはない。大体昼頃までには終わらせたいと思っている」


 アディルの言葉にエリスが首を傾げながら返答する。


「ねぇアディル、流石にこれから昼頃までに薬草採集を行うのは無理があるんじゃないかしら」

「エリスの言いたい事はわかってる。何と言っても人数が三人しかいないのに報酬が発生するのは5㎏の薬草でやっと銀貨1枚だ。一度に5㎏を確保するほどの群生地を見つける事が出来れば簡単だがそんな幸運がそれほどあるわけじゃない……という所だろう?」


 アディルはニヤリと笑うとエリスは頷く。エリスの言いたかった事はまさにそれだったのだ。


「俺に策があるからな。とりあえす食事を終えて出発の準備が出来たら早速始めるつもりだ」

「始める?」

「ああ、とりあえず飯を食ってくれ」

「わかったわ」

「うん」


 ヴェルとエリスはそう言うと朝食を続け、アディルも食べ始めた。何と言っても次に食べれる機会が得られるとは限らない以上、食事は摂れるときに摂っておくべきなのだ。

 三人はそのまま食事を終えると旅立ちの準備に入る。アディルとヴェルはマントを、エリスはローブを身につけるとアディルに視線を送るとアディルは懐から巻物を取り出すと封印術で荷物のすべてを封印する。

 一応念の為に昼食はそれぞれ渡しておく。何かしらトラブルが起き、三人が散り散りとなった場合の保険のためである。


「それでアディルの策って何?」


 エリスが言うとアディルは懐から符ふを数枚取り出すと地面に放る。地面に落ちた符からいつものようにモコモコと黒い靄が漏れ出すとそれらは兎へと形を変える。数は五十程である。


「うさぎ?」

「カワイイ~♪」


 ヴェルとエリスはアディルの生み出した兎に釘付けとなっている。アディルの生み出した黒い兎達は、体長30㎝程であり、全部がアディル達に顔を向けている。しかも何羽かの兎は可愛らしく首をちょっと傾けておりその可愛らしさの破壊力は抜群であった。


「よし、それじゃあ始めようか。お前達は薬草の群生地を探してこい。ついでにこの周囲にいる魔物達もだ。見つけた場合はそこの薬草を採取してもってくるんだ」


 アディルが兎たちに命令を下すと兎たちはコクッと頷き一斉に散会していった。


「あ~~」

「まってぇ~」

「お前ら……」


 ヴェルとエリスが兎が散会した事で残念の極致という表情を浮かべる。その様子を見たアディルが呆れたような声を出すとヴェルとエリスは頬を膨らませてアディルに抗議を行う。


「何よ。私達だって女の子なんだからカワイイが大好きに決まってるじゃない!!」

「ヴェルの言う通りよ。アディル、カワイイは正義なのよ!! 無敵なのよ!!」


 二人のあまりの剣幕にアディルは頬を引きつらせながらコクコクと頷く。この状況で反論を試みるほどアディルは状況が読めないわけではない。


(あれってただ兎の形をしているだけなんだけどな)


 アディルは口には出さなかったが心の中で反論を行う。アディルの今回出した兎はこれまで何回か使用した鎧武者の形を変えたバージョンに過ぎない。

 鬼衛流きのえりゅう兵法には気きを具現化させるという術があり、符を使ってそれを現実のものとするのだ。もちろんアディルは符を使わなくても術式を展開して具現化することは可能だが、符を使えば術式を展開する必要がないので非常に楽なのだ。鬼衛流では符ふを使って気を具現化させた使い魔のことを“式神しきがみ”と呼んでいる。


「そうだ。ねぇアディル、兎の可愛さについ忘れちゃってたけど、あれって何?」


 ヴェルの言葉にアディルは苦笑しながら式神の説明を行うが例の如くヴェルは今一ピンと来ていなかった。これは別にヴェルの理解力が足りないのでも、アディルの説明が悪いのでもない。単純にヴェルにとって道の技術であるために理解に苦労しているのだ。


「なるほど……そうだ。ねぇアディル、あなたの符って私達でも使えるようになるのかしら?」

「大丈夫だと思うぞ。俺は気と呼んでいるが二人は魔力と呼んでいるモノでも代用は可能のような気がする」

「え、じゃあ私もあのカワイイに囲まれる事が出来るというわけ!?」

「それよ!!」


 ヴェルの意見にエリスが反応する。どうもあの兎を見せてから二人のテンションがおかしいことにアディルは気付いていたがそこには触れなかった。


「いや、確かに符を使えば気を具現化することは出来るが問題はそれを望んだ形に形成し、しかもし続ける必要がある。それにはかなりの鍛錬が必要だぞ」

「そうなの……」


 エリスが残念そうな表情を浮かべた時、兎たちが十羽ほどアディル達の元に戻ってきた。腕一杯に薬草を持っている。


「おお、良くやったぞお前達!!」


 アディルがそう言うと兎たちはクルクルと回って喜びを表現しているようにも見える。その姿にヴェルとエリスは顔を輝かせるとアディルに向かって頭を下げる。そして顔を上げた二人の表情には並々ならぬ決意があった。


「アディル、私にその式神を教えてちょうだい!!」

「私も!!」


 二人の決意の籠もった表情を見てアディルはコクコクと頷くしか出来なかった。

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