第11話 ハンター試験⑥

「あ、アディル」


 試験を終えてヴェルと合流するために“戦闘”の試験会場に向かうとヴェルの方からアディルを見つけたらしくアディルの所へニコニコとしながら駆けてくるのが見えた。その輝くような笑顔に受験生達の視線が注がれているが本人はまったく気にしてないようであった。ヴェルはかなり激しい気性を持つ少女であるがその容姿はヴァトラス王国でもトップレベルに整っているといって良いのだ。


「おう」

「遅かったわね」

「斥候の試験と運搬の試験を受けてきたんだ。ヴェルは?」

「私はあと戦闘だけよ」

「そうか、俺は戦闘と支援の試験は免除となったからな」

「え、どういうこと?試験が免除になっちゃうなんて何があったの?」


 ヴェルの当然の疑問にアディルは何があったかを説明するとヴェルは納得の表情を浮かべた。


「なるほどね。確かにオーガロードを斬り伏せちゃったら戦闘の実技試験を受ける理由なんかないわよね」

「そういう事だ」

「でも、オーガロードを誰が設定したかが問題ね。まぁ誰の命令かはわかりきってるけどね」


 ヴェルは忌々しそうに言う。レムリス侯爵家の妨害が始まった事に対して不愉快な感情が湧き起こるというのは自然の感情だ。


「ああ、あいつらは人間としては腐った部類に入るんだが、俺の練習相手を斡旋してくれるという点では利用価値があるな」


 アディルの言い分にヴェルは苦笑する。本来であればオーガロードを嗾けられるという段階で命を狙われていると考えるのだがアディルにとってオーガロードは練習相手でしかないのだ。


(実際に一人でオーガロードを斬り伏せるなんて凄いとしか言えないわね)


 ヴェルもオーガロードと戦った事はないが複数のチームで事に当たるという話を聞いているためにその戦闘力の高さは察する事は出来るというものだ。


(私もアディルの足手纏いにならないように強くならないといけないわね)


 ヴェルは心の中でそう決断する。自分はアディルの相棒なのだからアディルに助けてもらうだけという存在にはなりたくなかったのだ。


「ヴェル、注意しろよ。俺は戦闘の試験はないがお前に対して妨害してくる可能性が非常に高いからな」


 アディルの警告にヴェルは頷く。ヴェルとしても自分に妨害がないと思うほど呑気な性格をしていない。当然想定しておくべき事であった。


「番号16番のヴェルティオーネさん、試験を始めます」


 そこにヴェルの順番を知らせる声がする。


「じゃあ、いってくるわね♪」

「おう、しっかりな」


 ヴェルは明るい声でアディルに言うとアディルも顔を綻ばせてヴェルを見送った。


「アディル!!」


 そこにアディルを呼ぶ声がして振り返るとそこにはエリスがこちらに手を振りながら向かってきている。


「よう、エリス。仕事は終わったのか?」

「うん、治癒の方は人数はそれほど多くはないからね。それよりアディル、聞いたわよ」

「何を?」

「あなたがオーガロードを斃したって、本当?」

「ああ、事実だよ」

「あなたって強いんだろうなとは思ってたけどオーガロードを斃せるぐらいの実力者だったのね」

「オーガロードを斃す事は出来たが戦いというのはちょっとした事で勝敗はいくらでも変わるからな。次回も勝てるかどうかわからん」


 アディルの言葉は謙遜から来るものではなく本心からくるものであった。アディルは父アドスから幼い頃から戦いに対する心構えを事あるごとに叩き込まれていた。その中に命を懸けた戦いにおいて前回勝ったからといって今回も勝てるわけではないという事があったのだ。それは戦いというのは水物であり、その戦い事に臨むに当たり決して油断しないという事を意味していたのだ。


「へぇ~アディルって少しも傲らないのね。“俺は実力者だ!!”って威張りまくる人って結構多いんだけどね」

「頼むから俺をそんな頭の悪い連中と同一視しないでくれ。俺程度の実力でそんなこというのは恥をさらす行為だぞ」


 アディルは憮然とした表情で言うとそれがエリスにはおかしかったのか顔を綻ばせる。


「あ、ヴェルの試合始まるみたいよ」

「ん?」


 アディルとエリスが話している間にヴェルと試合相手が試合場の中心に立って向かい合っている。審判らしき男性が右手を挙げておりそのまま振り下ろした。

 ヴェルの相手は十代後半の少年と男性の境目のような容貌をもつ人物で片手剣と盾を持っていた。剣は刃を潰しているが金属製のものであり、それを受ければ骨折は必至だ。これは試験で魔術の使用が認められているのが理由である。さすがに木剣で魔術に対応するというのは厳しいといわざるを得ないのだ。

 そして試合相手は現役のハンターが務めることになっており勝利が合格条件ではないという話だった。現役のハンターに敗れても戦闘技術が基準に満ちていれば評価が下がることはないのだ。

 エリスの話では今回ヴェルの相手をしているのは“ゴールド”クラスのレド=サンデルという若手の有望株という話だ。


 試合が始まるとすぐにヴェルは地を蹴り相手に向かって斬りかかる。かなりの速度であり驚きの声が見物人達から発せられる。試合相手もすこしばかり驚いたようであったが、慌てることなくヴェルの剣を盾で受けるとすぐさま斬撃を繰り出し反撃する。

 ヴェルはその斬撃を手にした剣で受けると左手をレドにかざした。そしてその瞬間、ヴェルの左手から魔力の塊が放たれる。レドは咄嗟に盾でその魔力の塊を受け流す事に成功するが大きく体勢を崩してしまう。


(よし……)


 ヴェルは相手の体勢が崩れた事をチャンスと捉え一気に勝負をつけるために間合いを詰めようとしたが思いとどまった。思いとどまった理由はヴェルがレドの目を見たのが原因である。体勢を崩していたにもかかわらずレドの目には焦りは一切浮かんでいない。それどころか何かを狙っているとヴェルは咄嗟に感じたのだ。


 絶好の機会に攻めなかった事に観客は不思議そうにみていたがヴェルとすれば焦って思わぬ反撃を受けることを避けたのだ。

 一方でレドは体勢を立て直すと感心したようにヴェルに言葉をかける。


「まさか、気付くとは思わなかったよ」


 レドの言葉にヴェルは足を止められる。先程の嫌な予感はレドの誘いであった事がこの言葉により確定されたわけだ。


「しかし、開始早々の斬撃から魔力を放出する流れは実に鮮やかだったよ」

「それはどうもありがとう」

「嫌味じゃないんだけどな」

「私も嫌味で御礼を言ったわけじゃないのよ」


 ヴェルとレドはとりとめない会話を交わしながら互いに相手の隙を伺っている。


(く……隙がない……この人確実に私よりも格上ね。この人に勝つには相手の想像を超える必要があるわ)


 ヴェルは心の中でそう結論づける。レドの実力は確実にヴェルの実力を上回っている。だがヴェルは勝負を捨てるような事はしない。最善を尽くし勝つというのがヴェルの生き方なのだ。


(これにかかってくれればいいんだけど……)


 ヴェルは左手に魔力を集めると手に数十個の礫つぶてを形成するとレドに投げつける。凄まじい速度で放たれた礫であったがレドは盾でその礫を受ける。


 カカカカカカカカカッ!!


 数十の礫がレドの盾に当たり弾かれる。レドは礫の威力を見切ると自分に大きなダメージを与える事が出来ないと判断すると盾を構え突進してきた。ヴェルは手にしていた剣で突進してくるレドを迎え撃つ事にする。


(ここまでは予定通り……)


 レドは間合いを詰めるとそのまま体当たりをしてきた。ヴェルはその体当たりを受け止めきることは出来ずにそのまま吹っ飛ばされた。


「くぅ……」


 吹き飛ばされたヴェルは地面を転がった。レドは地面を転がるヴェルに向かって一気に間合いを詰める。もちろんレドはヴェルを殺すつもりなど毛頭なく喉元に剣を突きつけることで降参を促そうとしていたのだ。そしてそれはヴェルも・予想していたことであった。

 ヴェルが体を起こしたときにレドは予定通り喉元に剣を突きつけようとする。当然、この時のレドの剣の動きは普段の剣速よりも大幅に遅い。ヴェルはそこを狙って剣が喉元に突きつけられようとした瞬間に足で思い切りレドの剣を蹴り上げた。


「な……」


 レドは自分の剣が弾かれるのをやや呆然と見ていた。そしてすぐにがら空きになったレドにヴェルは両掌を向けるとそのまま魔力を放出したのだ。


 ドォン!!

「ぐわ!!」


 レドはまさか反撃が来るとは思っていなかったためにヴェルの攻撃に対して対処が一瞬遅れてしまう。それは盾での防御が間に合わないことを意味していた。盾の防御をすり抜けてヴェルが放出した魔力はレドに直撃する。直撃を受けたレドはそのまま数メートルの距離を飛び地面を転がったが、何とか立ち上がった。どうやら咄嗟に身を捻った事で戦闘不能になるようなダメージを負ったわけではなかったのだ。


(く……今ので決める事が出来なかったのは痛いわ……)


 ヴェルは心の中で自分が最大の好機を逃した事を悟った。今ので決める事が出来なかった以上、ヴェルがレドに勝利を収めるというのはかなり厳しくなったのだ。


「そこまで!!」


 そこに審判が終わりを告げる。終わりを告げた審判はヴェルに対して静かに言う。


「これは戦いではなく試験である事を考えれば君の戦闘技術は十分に及第点に達していると私は考える。それとも最後までやるかね?」


 審判の言葉にヴェルは静かに首を横に振る。ヴェルとしても勝ちの芽がほとんど詰まれてしまった現時点では引くべきであると判断したのだ。


「ふぅ……止めてくれて助かったよ」


 レドがヴェルに向かって言うとヴェルもニコリと微笑み返答する。


「はい、あのまま試験が続いていれば私が確実に敗れていました。本日はありがとうございました」


 ヴェルが言うとレドも微笑む。


 こうしてアディルとヴェルのハンター試験はすべて終了したのであった。

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