第10話 ハンター試験⑤
オーガロード……
オーガの上位種でありその戦闘力の高さは並のオーガとは明らかに一線を画すものだ。多くのハンター達はこのオーガロードとの戦闘を一人では受ける事はない。いや、一つのチームでも厳しいため、オーガロードには複数のチームが共同して戦う。オーガロードとはそれほどまでに強力な魔物なのだ。
「よっしゃぁぁぁぁ!!」
しかしアディルは一声叫ぶと喜々としてオーガロードに斬りかかった。その姿には先程までの理路整然とした感じは一切無い。完全に戦闘狂バトルマニアのそれである。試験の禁止事項の戦闘禁止という項目を完全に忘れているような行動であった。
「アディル!! 待て!!」
「ディラン!!早く!!」
「くそ!! あの野郎何をやってる!! オーガロードを試験に出すなんて!!」
「アディル君!! ダメだ!!」
一気に間合いを詰めるアディルの背後でディラン達が叫ぶ。ところがアディルはそれには耳を貸さずにそのまま突っ込んでいく。
(キームさん……ボロが出てますよ。まぁ人の好さが出たと言う事だろうけどな)
アディルはキームの言葉に苦笑する。根本的にやはりこの四人は好人物である事を確認した気分であった。
オーガロードの間合いに入った瞬間、オーガロードは背負った大剣を抜き放つとそのまま上段斬りを放ってきた。まるで押しつぶすような斬撃であり、まともに剣で受ければその剣ごと打ち砕かれることは容易に想像できる。
キィィィィィン!!
ところがアディルはオーガロードの一撃をカタナで受け止めた。
「な……」
「あの一撃を受け止めた……」
「す、すごい」
ディラン達はアディルがオーガロードの一撃に潰されなかった事に対して驚きの声が発せられる。アディルにしてみれば何も驚くべき事は無かった。アディルは振り下ろされた大剣をカタナでまともに受けるような事はせず、受けた瞬間に力を抜き大剣の勢いを殺してから受け止めたのだ。それを一瞬で行った事で傍目にはアディルが凄まじい膂力を発揮して受け止めたように見えたわけである。
「はぁぁぁぁぁ!!」
ギィィィン!!
アディルは気合いを放ちながら受け止めたオーガロードの大剣を弾いた。そのためオーガロードは体勢を崩す。その一瞬の隙をアディルは逃すような事はせずに次の一手を打つ。その一手とはオーガロードの股関節の辺りを思い切り前蹴りで押すことであった。
人間はそこを強く押されると足を折りたたむように座り込んでしまう。アディルはその効果を狙って股関節を押し込んだのだ。オーガロードの体格は二七〇㎝程の巨体である。だが、その骨格、関節の可動域などは人間と大差はない。
クルン……。
アディルの狙い通り股関節を前蹴りで押されたオーガロードはくるんと腰を回転させると足を折りたたむ形となりその場に座り込んでしまった。この事にディラン達のみならずオーガロードも呆然とした表情を浮かべているようであった。
「せぃ!!」
アディルは気合いを込めた声と同時に上段からカタナを振り下ろした。アディルの上段斬りを受け止めるためにオーガロードはその大剣を頭上に掲げてアディルの斬撃を受け止めようとする。
だが突如、アディルの斬撃を角度が変わる。斬撃が変わった先にはオーガロードの指があった。
ザシュ……
『グォォォォォォォ!!』
ボトリとオーガロードの指が落ちるとオーガロードの口から苦痛を知らせる叫び声が放たれた。
「今楽にしてやる……」
アディルはそう言うとカタナを一閃する。アディルの斬撃はオーガロードの首をあっさりと刎ね飛ばした。斬り飛ばされたオーガロードの首は地面に落ちるとそのまま床を転がり、止まる前に光の粒子となって消滅する。
「一人でオーガロードを斃すなんて……」
「すごいな……」
ディランとキームが感心したように呟く。その声を背後に聞きながらアディルはディラン達四人に声をかける。
「それじゃあ、行きましょう」
アディルはそう言うとそのまま駆け出す。そのすぐ後にディラン達が続き、そのままアディル達五人はダンジョンの外に出る事になった。
日の光を感じて全員がほっと息を吐いた。
「それじゃあ、試験官さん。今回の斥候で得た情報をお伝えします」
アディルはディラン達・・・・・に向け試験の情報を伝え始める。その事にディラン達は否定の言葉では無く苦笑を浮かべている。
「アディル、お前いつから気付いたんだ?」
ディランの質問にアディルはニヤリと笑って返答する。
「そうですね。一番最初に怪しいなと思ったのはあちらの方がダンジョン内での戦闘行為禁止を告げた時ですね」
「そんな早く? 彼の説明に納得しているようだったが?」
アディルの返答にディランは困惑したように尋ねる。
「ええ、あの時はそのまま流したんですが、その後おかしいなとちょっと思ったんです。本当の魔物と同じ習性とか戦闘力とか言っていたのに、戦闘行為を完全に禁止するというのはやり過ぎだと思いました」
「なるほどな……」
「そして、次のディランさんの行動でさらに疑惑が深まりました」
「俺の?」
アディルの次の理由にディランは首を傾げる。
「まずダンジョンに入るというのにあなたはまったく躊躇しませんでした。最初の自己紹介で猟師と言っていたのにダンジョンに何の躊躇も無く入るなんて不可能なはずです」
「ふむ……」
「普通、初めてのダンジョンに入るならもっと慎重になるはずです。にも関わらずあそこまで躊躇無く入っていったと言う事はあなた達はこのダンジョンに入った事があるのでは無いかと考えたんです」
「鋭いわね」
アディルの言葉に今度はエルザが感心したように呟く。
「それにディランさんに俺が罠の存在を確認したときに即座に“なかった”と断言しました。これはダンジョン探索によほど自信が無ければ出てこない言葉です」
「ふむふむ」
「とどめはゴブリン達が追ってきた時に俺が皆さんの前に出たときディランさんは“危険だ”と叫びました。あの段階で危険という言葉が出たのは不自然でした。もし俺が殿しんがりとして一人残ったならばディランさんの危険という言葉も理解できますが、あの時前に行く事は危険から遠ざかる行為のはずなのに危険というのは先に新手が出ることを知っていたからと思いました。ここまで状況が揃えば皆さんは猟師ではなく現役のハンターであると結論づける事になったんです」
「ふぇ~」
「皆さんが現役のハンターだとすればなぜ試験に参加しているのかと考えれば現役のハンターが試験官として働いていると思ったわけです」
パチパチパチ……
アディルが言い終わったところで最初試験の説明をした男性が手を叩いている。
「ノイックさん、聞いた通りです。完全にバレてました」
ディランがそう言うとノイックと呼ばれた試験官は苦笑する。
「まったくディランが全部ヒントを与えちゃったからじゃない」
「そうだぞ、反省しろ」
「まったく」
ディランは仲間達に責められ頭をかいて誤魔化す。やや居心地が悪そうであった。
「まぁ仕方ないな。このアディル君が注意深かったのがその理由だ。ディランを責めるよりもアディル君を褒めるべきだな」
ノイックは苦笑しながらそう言うとディランも顔を綻ばせる。だがすぐに真面目な表情を浮かべるとノイックに苦言を呈した。
「あ、ノイックさん、でもいくらなんでもオーガロードを出すのはやり過ぎですよ」
「オーガロード?」
「あれ?オーガロードを出したのはノイックさんじゃないんですか?」
「いや、俺が設定したのはゴブリンロードだ。いくらなんでもオーガロードなんて危険な魔物を出すような事はしないよ」
「……しかし、実際にオーガロードが出ましたよ」
「そんなバカな……」
オーガロードという言葉を聞いてノイックは困惑の様子を見せる。単なるミスか何者かの陰謀か二つの線が考えられる。
(オーガロードはこの人達にとっても想定外だったと言う事か……)
アディルはそう考えると一つの推測が頭に浮かんだ。
(レムリス侯爵家か? 断定は早計だが可能性として想定しておくべき事だな)
アディルは早速、強力な練習相手を送り込んでくれた事に対してニヤリと嗤う。
(まったくこちらの希望通りに踊ってくれる連中だ)
アディルは心の中でレムリス侯爵家の面々に感謝の念を送っていたが表面上は殊勝げな表情を浮かべている。
「まぁ、ちょっとしたミスだったのでしょうからそこまで責めないで良いんじゃないですか」
アディルの言葉にノイックは深々と頭を下げる。
「すまない。いくらなんでもオーガロードなんて試験で出して良いものじゃない。すぐに原因を調査して再発しないようにする」
「いえ、みな無事でしたから大丈夫です」
「ところでオーガロードが出て、みな無事なのはどうしてだ?」
ノイックがそう言うとディランが代わりに答える。
「アディルが一人で斃しました」
「は?」
「いや、ノイックさんが驚くのも無理ありませんがアディルが一人でオーガロードを斃したのは事実です。それは俺達四人が証人です」
ディランの言葉にエルザ、キーム、エズリオが頷く。するとノイックがアディルに視線を移すと今度はアディルも頷いた。
「そうか……」
「ちなみにアディルは何の躊躇もなく戦闘行為に臨みましたよ」
「なるほど……臨機応変に物事に対処できるか見るために戦闘禁止にしたが、臨機応変に対処する能力も素晴らしいと言う事だな」
「はい。加えてオーガロードを一人で斃すほどの実力の持ち主です」
ノイックにディラン達は次々と試験の評価を告げていく。
「そうか、アディル君、君はこの後の戦闘の試験を受けなくても大丈夫だよ」
「え?」
「オーガロードを一人で斃せるような人物に戦闘の実技試験を受ける必要はないよ」
「あ、それならアディル君が使役したあの怪物は支援の能力もあると考えて良いんじゃないか?」
エズリオが話に割り込み鎧武者を出した事をノイックに伝える。
「怪物?」
「ええ、紙を二枚取り出して地面に放ると怪物が出てきて追っ手を食い止めたんです。あれは撤退の支援と考えれば十分に支援の能力は及第点だと思います」
「確かにあれはすごかったな」
「ねぇアディル、あの怪物は何だったの?」
エズリオの言葉にキーム、エルザがアディルに質問する。
「あれは式神しきがみという俺の使役する使い魔のような存在です」
「シキガミ?」
「はい、うちの家に伝わる魔術と思っていただければ」
「ふ~ん、そんなのがあるんだ。ノイックさん、支援の方も試験免除で良いんじゃないですか?」
アディルの返答を聞いてエルザがノイックに言うとノイックも大きく頷いた。
「そうだな。お前らは嘘をつくような連中じゃないし、そこまでの実力を持っているのなら戦闘、支援の試験は免除扱いとして本部に提出する事にする」
「ありがとうございます」
ノイックの決断にアディルは素直に礼を言う。
「となるとあとは運搬の試験だけです」
「そうか、それじゃあこれで斥候の……いや、戦闘、支援の試験も終わりとする。運搬の試験をがんばってくれ」
「はい」
ノイックがそう言うとアディルは溌剌と返答する。この後、アディルは運搬の試験を受けたのだが封印術を神の小部屋グルメルと説明した事であっさりと及第点をもらう事になったのだった。
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