第9話 ハンター試験④

 アディル達は簡単な自己紹介を行ってからすぐさま試験に入った。入り口から見えるダンジョンは幅四メートル、高さ三メートル程の間取りのある空間だ。


「さて……それじゃあ、俺がまず入る。周囲を確認してからみんなも来てくれ」


 ディランが言うと全員が頷く。今回の試験では戦闘行為が禁止されているためまず一人が入り確認するというのが常套手段と言って良いだろう。

 全員が頷いた所を見てディランはそのままダンジョンの中に入っていく。その間、残されたアディル達はじっと待機している。


(ディランさんの身のこなし……相当な鍛え方をしてるな。あれで受験生という事はやはりハンターというのは一筋縄じゃいかないな)


 ディランの動きは一見何も特筆するものは無いのだが、アディルはディランの体の動きが非常に鍛え抜かれたものである事に気付いた。いや、正確に言えば他の三人も体の使い方がやはり素人ではない事に気付いている。


(もしくは……)


 アディルには先程から一つの引っかかる事があった。もちろん、一緒に今回チームを組んでいるディラン達がアディルを害するという事では無い。そのような事をしても意味は全くないどころか四人にとってマイナスにしかならない。

 アディルが思考を整理しようとした時にディランがひょっこりと戻ってくる。その様子を見てディランはゆっくりと頷く。どうやら問題無いらしい。


「アディル君、緊張しないでね」


 エズリオがメガネの奥の瞳に柔和な瞳を向け、アディルの肩をポンと叩く。アディルはエズリオに小さく“はい”と返答する。

 アディル達がダンジョンに入るとさすがに訓練施設という事で煉瓦で床と壁の下半分は舗装されており壁の上半分は土壁のままである。約二メートル事に灯りが灯されているがランプでは無く、魔石がランプのような光を放っていた。魔石とは魔力を含んだ鉱物でありそれに魔術を込める事で魔石に含まれた魔力が尽きるまで魔術を放ち続ける。


「ディランさん、質問があるんですが……」

「どうした?」


 アディルがディランに声をかけるとディランは振り返らずにそのまま返答する。拒否の言葉は無かったため、アディルは質問を行う。


「この通路はどれくらい続きます?」

「俺が確認したのは三十メートル程先までだ。少しばかり右側にカーブしてるだろう。もう少し行くと十字路に出るんだ。とりあえずそこまで確認したな」

「そうですか。罠みたいなのはあったんですか?」

「いや、なかったな」

「そうですか。ありがとうございます。とりあえずはその十字路まで行くという事ですね」

「そういう事だ」


 アディルの言葉にディランはそう返答する。


(う~ん……確定まではいかないが可能性は一気に高まったな)


 アディルはディランとの会話から自分の考えが確定にかなり傾いている。もちろん悪意などは皆無なのでこの場でディラン達に敵対するつもりは一切無いし、むしろ心の中で感謝し始めていた。

 ディランの言った十字路に差し掛かり一行は立ち止まる。


「さて……どうする? 虱潰しか?それとも一度にか?」


 キームが質問を行う。キームの質問の“虱潰し”は、全員でまとまって一つの通路を探るという事、“一度”というのはこの場で分散してそれぞれの通路を探るという事を意味していた。


(安全か……それとも効率か……)


 アディルは考える。安全面を考えれば一纏めに動いた方が良いし、効率を考えればここで別れるというのが最も効果的である。なにしろ三十分という限られた時間でたくさんの情報を持って帰らなければならないという試験の真っ最中なのだ。


「俺は一つにまとまった方が良いと思います」


 アディルはまずディラン達に提案する。アディルの提案を受けて全員の視線がアディルに集まる。アディルはそれを先を話すように促していると察し話を続ける。


「我々がすべきは情報を持ち帰ることです。例えばこの三つのうち一つだけの情報を持ち帰っただけでも残っている人達にとっては有益な情報になると思います」

「ふむ……正論だな」

「僕もそう思うよ」


 アディルの言葉にキームとエズリオが賛意を示す。しかしディランとエルザは難しい表情を浮かべる。


「しかし、今回は試験だ。出来るだけ情報を持ち帰っただけ合格に近くなるんじゃないのか?」

「私もディランの意見に賛成ね。アディルの言い分もわかるんだけど。これは実戦じゃ無く試験である以上多少の危険を犯しても問題無いはずよ」


 ディラン、エルザの言葉も一理あるとアディルは認めざるを得ない。だが、アディルはさらに反論を試みる。


「えぇ、確かに実戦ではありません。だからこそ慎重に行くべきです」

「どういうこと?」

「今回の試験では戦闘行為は禁止されていますよね。これは実際には逃げの一手しかないことを意味します。これは大きな足枷であると考えられます」

「確かに……」

「戦闘行為が禁止されているのは事実よね……」


 ディランとエルザが納得の表情を浮かべる。


「この足枷がある以上、我々とすれば分散することは危険が凄まじく高くなることを意味すると思うんです。それに分散して誰かが魔物に見つかったときには、当然魔物達は騒ぎ立てるでしょう。そうすれば全員が見つかったと同じ事です。ですから全員で動くのも個人で動くのも危険度は変わりません」

「俺はアディル君の意見が正しいと思うな。むしろ全員で行けば罠を探す係、魔物を警戒する係と役割分担が出来る」


 アディルの意見にエズリオが援護射撃を行う。エズリオの役割分担の意見は説得力もあり、アディルの提案を補強するものであった。


「そうだな。確かにアディルの意見の方が良さそうだ。斥候は情報を持ち帰るのが第一だからな」

「そうね。アディルの意見で行く事にしましょう」

「ああ、そうしよう」


 他の三人も同意した事でアディルの意見が完全に採用されることとなった。


「それじゃあ、右側から行くとしよう」

「おう」

「わかったわ」

「了解」

「はい」


 ディランがそう言うと一行は賛意を示し十字路の右の方へ進み始める。右側の通路は左側に緩くカーブとなっており数メートル先の状況はわからないようになっているために慎重に進む事にする。

 しばらく進むと通路の所々に扉が見える。大体十メートル間隔に扉が一つずつという状況である。


「訓練用というには相当大きなダンジョンだな」

「多分、元々あったダンジョンを使用してるんじゃないか?」


 ディランとキームのどうというでもない会話がする。


「扉の数は五つか……」

「調べるべき所が増えたというわけね」

「ここにくるまでに罠の類は無かったな」

「ああ、問題無いね」


 ディラン達は小さく呟きながらこの通路の確認作業を行う。その時である。一行の一番近くのドアが開いたのだ。中からゴブリンの顔が覗き一行を見つけると驚いた表情を浮かべると口を開く。


(まずい!!)


 アディルは駆け出すと腰のカタナを抜きゴブリンの喉を貫いた。喉を貫かれたゴブリンはピクピクと痙攣すると動かなくなりすぐに光の粒子となって消滅していく。ゴブリンが消滅した後すぐにアディルは扉を閉める。


「見つかった。出ましょう!!」


 アディルの言葉にディラン達はすぐさま頷くと回れ右してそのまま駆けだした。ディラン、エルザ、キーム、エズリオ、アディルの順番でダンジョン無いの通路を猛スピードで逃げる。それぞれの扉から魔物達が一斉に飛び出してくる。飛び出してきた魔物達はゴブリンばかりである。手には剣、盾、槍、弓などバリエーションが豊かである。


(しかし……どうしてバレたんだ? 俺もこの人達も一切気配を放っていなかった。気取られるようなミスをした人はいないはずだ……)


 アディルは走りながら見つかった理由を考えた時、一つの理由に思い至る。


(となると……臨機応変に対応すべきだな)


 アディルはそう判断すると懐から二枚の符を取り出すと地面に放る。地面に落ちた符からモコモコと黒い靄が発生するとそのまま一体の鎧武者となった。


『ウォォォォォォ!!』


 鎧武者は咆哮するとそのまま腰にあった太刀を抜き、ゴブリンに斬りかかった。逃げるアディル達を追い回すつもりであったゴブリン達は突如現れた異形の鎧武者の存在に困惑する。そしてその困惑のまま鎧武者が太刀を振るってゴブリン達を斬り捨て始める。


『ギャアアアアア!!』

『グェ!!』

『ゴガァァァァ!!』


 すぐさまゴブリン達の絶叫が通路に満ちる。チラリとアディルが戦いを見ると鎧武者は食い止めるどころかゴブリン達を押し返していた。鎧武者の戦闘力ならば当然の結果であったのだ。


(よし……)


 アディルは背後から襲い来るゴブリン達を鎧武者に任せるとそのままディラン達を追い抜くとそのまま駆ける。


「待て、アディル!! 危険だ!!」


 ディランが叫ぶ。


(なるほど……これで確定だな)


 アディルはディランが生死の声を大声であげた事で自分の持っていた疑念が正しかった事を確信した。


 そして、ディランの言葉通り・・・・に十字路の曲がり角から一体の豪華な鎧を着込んだ筋骨逞しい一体のオーガが現れる。背には大剣を背負い、放たれる殺気、威圧感は相当なものだ。


「オーガロード……」


 アディルはニヤリと嗤うと手に持つカタナに気を通した。

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