第3話 宣戦布告①

 コンビを結成したアディルとヴェルティオーネは早速、ハンター試験を受験するためにエイサンに向かう事になった。


 ちなみに騎士達六人の死体は一応、茂みの中に投げ込んでおいた。すぐに獣や魔物に食い散らかされるためそのままでも問題無いのだが、一応気分の問題である。

 その際にヴェルティオーネは死体から剣を奪い取ると紐で括り自分で背負おうとしたのだが、アディルが待ったをかけてきた。


「ヴェルティオーネ、その剣は俺が持つ」

「大丈夫よこれぐらい」

「いや、良いからその剣の束をそこに置いてくれ」

「うん」


 アディルの言葉にヴェルティオーネは剣の束を地面に置く。するとアディルは懐から一本の巻物を取り出すと地面に広げた。アディルの行動をヴェルティオーネは興味深そうに見ている。

 広がった巻物には文字が書かれており、中心点をぐるりと字が取り囲んで直径七㎝程の円があった。アディルはその円に右手を置くと左手で剣の束の上に手を置いた。


 ボフン!!


 すると剣の束から煙が発生する。その煙がはれた時には剣は消えていた。アディルは剣が消えるのを確認すると巻物を再びクルクルと巻き取ると懐に入れる。


「ねぇ、もしかしてアディルって【神の小部屋グルメル】が使えるの?」


 ヴェルティオーネの言う【神の小部屋グルメル】とは、現実世界にあるものを魔術で作り上げた亜空間に収納するという魔術だ。当然その難易度は凄まじく高く習得している者は魔術を使える者の中でもほんの一握りだ。加えてその収納量は術者の魔力量によって異なるために大容量の【神の小部屋グルメル】を使う事が出来ればそれだけで雇い手は引く手数多というものであった。


「いや、俺のは封印術の応用だ。神の小部屋グルメルじゃない」

「封印術?」

「ああ、うちが使う封印術は龍脈系の術だ」

「龍脈系?」

「簡単に言えばこの大地を流れる巨大な気の流れを龍脈というのだがそれを利用するんだ」

「ゴメン、あなたの言っている事の意味がわからないわ」

「う~ん、これ以上の口での説明は難しいな。俺も親父殿、お袋様に子どもの頃からそう教えられたからそう言うものとしか言えないし」


 アディルの申し訳なさそうな言葉にヴェルティオーネは首を振る。理解できないのは自分の責任なのにアディルが責任を感じるのは逆に申し訳ない気分だった。


「まぁ、あなたと一緒にいればそのうちわかり始めてくるでしょうから今はいいわ」

「おう、少しずつヴェルティオーネに教えていくな」

「ありがと、それからヴェルティオーネは長いでしょ。ヴェルと呼んで」

「そりゃ助かる。お前の名前、良い名前だけど長いんだよな」

「母さんがつけてくれた名前だから気に入ってるんだけど長いのよね」


 ヴェルは苦笑しながら言う。


「よし、それじゃあ行こうか」

「うん。あ、ちょっと寄りたいところあるんだけどそこに寄ってからで大丈夫?」

「もちろんだ」


 ヴェルの言葉にアディルは即答する。アディルが即答するとヴェルはニヤリとイタズラ小僧のような表情を浮かべる。


「そう、それじゃあ。この近くにレムリス侯爵家の別荘があるのよ。そこに行って旅の準備をしてくるわ」

「なるほどな。当然俺も行って良いだろ?」


 ヴェルの言葉にアディルもニヤリと笑う。アディルの察した理由が正しいかをこの問いで確認しようとしたのだ。


「そうね。そっちの方が効率的ね。侯爵家の連中も私一人でない事がわかった方がいいだろうしね」

「だな」


 ヴェルの返答にアディルも自分の察した理由が正しかった事を確認する。ヴェルは侯爵家の別荘にただ旅の準備をするために向かうのではない。今回の騎士六人を嗾けた事を糾弾し宣戦布告するつもりなのだ。


「侯爵家にヴェルの味方っていなかったのか?」

「うん、全員意地が悪くてね。好きでいるわけでも無いのに置いてやって感謝しろと言わんばかりの態度、使用人達も妾の子って露骨に蔑んできたからね」

「ひどい話だな。侯爵家ってクズばかりか」

「ええ、少なくとも私にとってはクズばかりよ。自分を苛めるような奴等に好意を持つ程私は狂ってはないわ」

「そりゃそうだ」


 ヴェルの言葉は間違いなく本心からきたものだろう。世の中には結構この辺りをはき違える人間がいて、苛めておきながら自分が嫌われていると考えられない人間がいるものなのだ。


「それじゃあ行こうか」

「うん」


 アディルとヴェルは連れだって歩く。しばらく進むと馬車があり、御者が一人待っていた。その後ろに六頭の馬が繋いであり騎士達の乗ってきたものである事は間違いないだろう。森の中からヴェルが現れた事に気付いた御者は驚愕の表情を浮かべる。


「お、お前……生きてたのか……騎士様達は?」


 御者の震える声は単に隣に立つアディルの存在に恐怖したからではない。ヴェルから放たれる殺気が御者に恐怖を与えていたのだ。


「もちろん死んだわよ」


 ヴェルはそう言った瞬間に魔力で作った礫つぶてを投擲する。放たれた礫は御者の頬を掠めて馬車に命中する。命中した礫はドアを貫いていた。御者はそのことを確認すると恐怖に顔が引きつった。


「ひっ……」


 御者はヘナヘナとその場に座り込んだ。完全に戦意を喪失したようだがヴェルの殺気は些かも弱まる気配を見せない。


「逃げきる自信があればやってみれば? 私はあなた達と違って優しいからちゃんとトドメを刺してやるけどね」


 ヴェルの言葉に御者の顔が凍る。見下していた妾の子がこれほど恐ろしい殺気を放つことを今更ながらに知った御者は気絶しそうになるのをかろうじて堪える。


「でも私達を侯爵邸に無事運んだら命は助けてあげるわ。ああ、別に断っても良いのよ。別にあなたがいないと侯爵邸に行く・・事が出来なくなるわけじゃないしね」


 アディルはヴェルが侯爵邸に行くという表現を使った事に対する意味を正確に把握している。帰る・・ではなく行く・・という表現はヴェルの中で侯爵家を見限っている現れだ。

 ヴェルの言葉を御者はブンブンと首を縦に激しく振る。その必死な様子にアディルは苦笑してしまう。


「そう、お前が物わかりの良い男で良かったわね。まぁ私はお前が大嫌いだから本当の所は断ってくれた方が良かったんだけどね」


 ヴェルはさも残念という声で言う。今までの扱いに自分を殺そうとした者の仲間なのだから当然の感情である。利用価値があるから危害を加えなかったに過ぎないのだ。


「それじゃあ、乗りましょう」

「了解」


 ヴェルが馬車の扉を開けさっさと乗り込むとアディルもすぐに乗り込む。向かい合って座ったところでヴェルが御者に言葉をかける。


「準備は出来たわ。出しなさい」

「は、はい!!」


 ヴェルの命令を受けた御者はすぐに御者台に乗り込むとすぐに馬車を走らせる。


「さて大体一時間程度で到着よ」

「あいよ」


 アディルとヴェルは馬車に揺られながらレムリス侯爵邸に向かうのであった。

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