最終話 初めてとデート
デート【date】
男女が前もって時間や場所を打ち合わせて、会うこと。しかし、現代では男女間でなくともデートと呼ぶことがある。 そう、百合ップルでもデートはデートだ。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。なんだろう?と、専用の受話器を上げるトキ。ツチノコはシャワーを浴びている。
「はいー」
『あ、ジャパリ郵便です』
ジャパリ郵便?心当たりはないが、取り敢えず返事をして扉を開ける。
「こんにちは、トキさんのお宅でよろしいでしょうか?」
扉を開けると宅配員の男性。やたらと細長く、大きいダンボール箱を両手で持っている。
「はい、そうですが・・・?」
「こちらのお荷物、送料が着払いになってますんでね、お金とここにサインか印鑑を」
宅配員は片膝を上げてももと片手で荷物を支え、もう片方の手で一枚の紙とボールペンを手渡してくる。それを受け取り、サインをしてよく分からないままお金を出す。
「はいどうも、ありがとうございました」
そう言って、彼は荷物を持って置いて行ってしまった。扉を閉めて鍵をかけ、それを居間まで運ぶ。結構重い。
「なんでしょう?何も頼んでないはずですが・・・」
トキが箱を眺めていると、シャワーから上がりたてのツチノコが後ろから声をかける。まだ髪が濡れているからか、パーカーのフードは被らず、代わりに首にタオルを掛けている。
「なんだそれ?」
「届いたんです。ツチノコ知りませんか?」
「・・・あ、もしかして!」
ツチノコがなにかに気づき、すごい勢いで箱に飛びつく。蓋をするためのテープを雑に剥がし、その中を見て「わああ」と声を漏らす。
「すごい・・・」
「なんなんですか?」
トキの言葉には答えず、中から箱と同じくらいの長さのものを取り出す。傷つけないための梱包であるプチプチのシートを取り外し、現れたのは?
「二胡のケースだ、チンパンジーに頼んだやつ!」
ぽん、とツチノコがその細長い直方体のもの軽く叩く。
表面には布が貼り付けてあり、チンパンジーの粋な計らいと言ったところか、ツチノコのパーカーと同じ柄をしている。それに二本の取っ手と、背負うためのベルト。取っ手に挟まれるようにジッパーが敷かれており、取っ手の対面を除いてぐるりと約半周するようになっている。
「結構しっかりしてますね?」
「またお礼に行かなきゃな、酒でも持ってくか」
「そうですね?それで二胡は・・・」
「この中じゃないか?ほら、開けてみるぞ・・・!」
ジッ、とツチノコが勢いよくそのジッパーを開く。
そして、それを開くと?
「おお!すごい綺麗になってる!」
「ほんとですね?預ける前と段違いです」
ずっと洞窟に放置され、その後も特別丁寧に保存されたわけでもなかった二胡が新品のように綺麗になってケースに収まっていた。
ケースの中はと言うと、赤いクッション材が詰められており二胡がすっぽりと収まるようにそれがくり抜かれている。
「やー、流石チンパンジーだな。そうだ、今簡単に弾いてみるか?」
「おお!いいですね・・・と、思ったんですけどまだ朝の九時ですよ?流石にここでは・・・」
そう、アパートで弾くにはちょっと気が引ける。そこそこの遮音性はあるが、近所迷惑になる可能性を考えるとやはり弾かない方が安心だ。
「う・・・そうだな、あとでにするか。ところでトキ?そろそろ出発するか?」
「ええ、そろそろ行きましょうか!」
「「デート!」」
言葉が重なって、お互いにえへへ、はははと笑う。トキもツチノコも、各自の百合をかたどったアクセサリーを付けてにっこり笑う。
今日は前々から予定していたデートの日。
行先は・・・?
「着きました!ショッピングモール!」
そう、ショッピングモールである。ちなみに初デートもここだ、その頃はまだ恋人同士ではなかったが・・・というか、まだトキがツチノコLOVEですらない頃だが。
もっとも、いつからツチノコのことを恋愛的に好きだったかなんて明確にわかるはずもなく、潜在的には出会った時から二人とも恋していたのかもしれない。これこそ誰にもわからない話だが。
「まずどこ行く?」
「ツチノコはどこか行きたいところありますか?」
トキが尋ねると、さっき届いたばかりの二胡ケースを背負っているツチノコが顎に手を当てて答える。
「うーん、やっぱり楽器を見てきたいかな」
「いいですね!行きましょう!」
そんなやりとりをして、二人並んで歩き始める。ふと、ツチノコがトキの手をつつく。それを合図に、お互い手をくっつけ、指を絡ませ、恋人繋ぎをする。
初めてここに二人で来た時。ツチノコが「不安だから」とトキの手を握り、このモール内を回った。トキはそれが恥ずかしくて、でも嫌な気もしなくてという感じだった。
トキはその日、「私は教授や准教授とは
そんなこんなで楽器屋。
ここも、例の日に来た。その時に二胡の話が出て、後日洞窟に取りに行ったのだ。つまり、ここに来なければ今ツチノコが二胡など背負っていない可能性も十分あるのだ。
「ここって、私たちの色んな『初めて』が詰まってますね?」
「そうか?私にしたら、トキと会って何もかも『初めて』だったけどな」
「えへへ、なんだか嬉しいですねそれ」
そんな話をしながら楽器を眺める・・・と、思っていたのだがツチノコは意外なことに楽器関連の本のコーナーに直行した。
「楽器は見ないんですか?」
「せっかくだから見はするけど・・・今日はこっちが目的だから」
そう言いながら、二胡の本を棚から抜き出してペラペラめくるツチノコ。
「うーん、やっぱりナウから教わった方がいいかな・・・でもいつでも教えて貰えるわけじゃないしな」
「お金なら余裕ありますし、買ってみるだけ買っても大丈夫ですよ?」
トキ達はパークパトロールで働いているため、当然給料は入ってくる。しかし、パークから無料提供のアパート、無料支給のジャパまん。生活費は、ゼロでも暮らせるのだ。それに二人ともあまりお金を使わない・・・と言うよりは使い道を知らないのでお金は貯まる一方だ。故に余裕はある。
「いや、無駄にしてもあれだしな・・・。後で本屋も見るか、入ってたよな?」
「そうですね、三階におっきい本屋さんがあったはずですよ?」
「じゃあそっちも行こう、取り敢えず楽器とか眺めて行くか」
二人で楽器店の中をぐるぐる回る。もちろん二胡も見るが、だからどうということもない。トキがなにか見つけたようで、ギョッとした顔をする。
「どうした?」
「あ、あ、あれ見てください・・・」
「あれ?」
トキが指さした先にあるのは二胡ケース。数種類並んでいる。値札がひとつずつ、9980円、13800円、45000円・・・
「ひえっ」
「チンパンジーさんに、高いお酒買っていきましょうね・・・」
「うん・・・」
「あ、あの雑貨屋さん!寄りましょうよ!」
「ああ、これ買ったところだな?」
ツチノコは首リボンに付けてあるオニユリのアクセサリーを指さす。
「まだ売ってるんですかね?」
中に入り、探してみる。結構前に来た時以来だったが、まだ売っていた。
「おー、あるんだな」
「買います?」
「や、いらないだろ」
「ですよね?これが特別ですから」
トキも、自身の顔の横から垂れ下がった長い髪に括りつけた白い、オーソドックスな百合のアクセサリーをつまむ。
「そう、これがいい。『初めて』二人で買ったやつだしな」
「ですね?」
結局何も買うことなく店を出た。
三階の本屋に行こうという時・・・ふと、後ろから聞き覚えのある声で呼び止められる。
「ツチノコさん?トキさん?」
振り返ると、声の主は金髪で大きな獣耳の少女。松葉杖をついている。その横にももう一人、グレーの独特なグラデーションがかかった髪と、丸っこい獣耳。当然だが二人ともフレンズだ。
「フェネック!アライグマ!」
「こんにちは。デート中ですか?」
「まあな?」
「ちょ、ツチノコ!やめてください恥ずかしいですよ!」
「トキ、お前真っ赤だぞ?ツチノコ、いつもこんな感じなのか?」
「うーん、場合による?」
「もーっ!」
「うふふ・・・トキさん達、仲良しですね?」
四人でわいわいと喋る。一通りツチノコによるトキいじりや、雑談を終えてふとフェネックが話題を投げる。
「アルトさん、どうなったか知ってます?」
その一言で、和気あいあいとした雰囲気が急に引き締まる。少しの沈黙の後にツチノコが口を開く。
「有罪になって、でも金で釈放されたってだけなら」
「ふふふ、実は彼ですね?」
フェネックが少々間を置く。トキとツチノコを唾を飲み込み、緊張がより強くなる。
「パークから、出ていったんですよ」
「・・・それは、解雇ってことか?」
「いえ、自分から辞めてったらしいです。なんでも、もう回ってくる仕事がないそうで・・・あと、ほかの飼育員さんからの目線とかですかね?」
にこにこと、フェネックが話す。
「とにかく、もうこのパークには居ないんです。すっごくいい事じゃないですか?」
「・・・そうですね、あんな人パークにいちゃダメです」
トキがそれに答えると、黙って話を聞いていたアライグマが口を開く。
「・・・お前ら、『けものはいてものけものはいない』って言葉知ってるか?」
彼女らしくない、とても真剣なトーンだ。全員、首を横に振る。
「まぁ、今私が考えたんだけどな?でも、一つ話させてくれ」
ニコッと彼女は笑う。それをフ、とやめて、目を閉じて話し出す。
「私が思うにに、仲間はずれは出しちゃいけない・・・基本的に、どんな奴でもだ。みんな仲良し、それがハッピー。でもだな?」
「他人のハッピーを害して・・・さらにそれで反省する気もない奴。そんな奴は私は許せない。そんな奴は、お灸をすえてやるべきだってな。それで、ちゃんと償って貰わなきゃなって」
「「「・・・」」」
「悪い、オチがなかった。とにかくそういう事だ、つまりアルトの奴を私は許せないって事さ。みんな同じだろうけど」
「私は直接の被害者じゃないからわからない部分もあるけどさ?」
アライグマがにははと笑う。真面目な話、真面目な空気だったが・・・ツチノコは少し違うところに目がいった。
それはフェネックの顔。いかにも、「恋する乙女」という感じだ。キュンキュン胸が鳴っている音が聞こえそうなくらいだ。
そして、察する。
フェネックはアライグマのことが好きなのだ。もちろん、LOVEの意味で。
「そういえば、フェネックは今どう暮らしてるんですか?」
「アライグマさんのお家にお邪魔してます。担当さんはまだ検討中ですが、今は仮でアライグマさんと同じ方ですね」
「そう、私達は一つ屋根の下で暮らしてるんだ。素敵だろ?」
「あ、アライグマさんそういうのはあんまり・・・///」
やっぱりだ。ツチノコは確信する。
と、トキが急に切り出す。
「そろそろ私たち行きますね?」
「はい、また今度!」「またな!」
「フェネックも元気でな?じゃ」
またトキと手を繋ぎ、彼女らの横を抜けるように歩き始める。
ふと、ツチノコとフェネックの目が合う。
がんばってますね
そう、フェネックの口が動いた。ツチノコも負けじと口を動かす。
おまえもがんばれよ
フェネックは「っ!」と口を結んでしまい、顔を少し赤くする。やっぱりそうだ、確信に確信を重ねて、彼女にエールを送る。フェネックに関しては、トキよりも付き合いが深いツチノコ。
合縁奇縁、一期一会。フレンズパス取得試験の会場で出会ってから、今日に至るまで。これもまた縁。
「ツチノコ、何か考えてます?」
「・・・いや、お腹減ったなって」
「?・・・そうですね、ご飯にしましょうか!」
フードコート。
「今日はどうします?」
「私はラーメンかな、トキは?」
「私もです!」
ラーメン屋の待機列に並び、順番が来るのを待つ。
「ここも、初めて来た時に食べたんですよね」
「そうそう、思い出したら食べたくなっちゃって」
そんな話をする間に前の客が注文を終えたようだ。列がひとつ進み、次はトキ達の番。
「醤油ラーメン一つ」「激辛味噌ラーメンで!」
「かしこまりました〜、お会計・・・」
代金を支払い、レシートと共に出来上がりを待つための札を渡される。その間に席を確保し、座って雑談をはじめる。
「ツチノコ、初めての時は緊張して注文言えなかったんですよ?覚えてます?」
「あー、うっすらと記憶に・・・」
「ツチノコも変わりましたね、いい意味で」
「そりゃ、あの頃は地上に出たばっかりだったからな?」
そんなこんな話してる間に札の番号を呼ばれる。二人で取りに行き、お盆を持って戻ってくる。
「じゃ・・・」
「はい!」
「「いただきます!」」
ずるる、とラーメンを啜る合間にツチノコがトキに話しかける。
「トキも変わったよな?」
「はい?そうですか?」
「うん、こう・・・生き生きしてる」
「そんなに変わりましたかね?」
ツチノコはうまく形容できない、トキもうまく実感できない、難しい話だが・・・実際問題、昔から比べてわかりやすく目に見えて変わったツチノコに対し、トキはわかりにくいところが大きく変化していた。
「歌で誰かを幸せにしたい」そう言っていたトキ。そこにツチノコが現れて、心配で連れて帰り同居が始まったのだが・・・その欲求が、今は満たされているのだ。
満たされている、とは大事なことで、それによりトキの生活もより楽しいものになった。歌を認めてもらい、趣味だって楽しく励むことが出来るのだ。
結果、他人からは生き生きして見える。
「とにかく、私は地上に出てきて『初めて』幸せだって感じたよ。トキのおかげだな」
「ふふふ、私だって幸せですよ?ツチノコのおかげです」
そんな会話をしていると・・・隣の空席を挟んでまた隣、二席離れた所に座った女性が大きく咳き込む。
トキもツチノコも驚いてそちらを見ると、どうやら見慣れた女性・・・栗色のショートヘアに、緑のジャケットを着ている。
「ナウさん?」
ナウと呼ばれたその女性は、テーブルの上にあった空のドーナツの箱を持ってこっちの席に移ってくる。そして空いてる椅子に腰掛け、ふーっと大きいため息をひとつ。
「全く・・・君たち、ここは公共の場だって自覚しなさい?ラブラブするのはいいけど、人の目もあるんだからね?」
そういうのは二人の飼育員、ナウ。もはや説明は不要であろうこのキャラクター、ついでに語るなら男運がないということくらいか。いや、それも周知の事実だろう。
「あはは・・・つい思い出に浸っちゃって」
「というか、随分偶然だな?」
「うん、僕もお休みだから買い物に来たんだけどさ?それでお昼・・・が足りないからドーナツ買い足して食べてたら君たちがすぐ近くに来たからさ、ちょっと様子を伺ってたんだよ。まぁ、あんまり恥ずかしいこと言うからむせちゃったんだけど」
「なんかごめん」「すみません」
「いやいや!君たちは悪くないよ?ところで、ツチノコちゃんのそれは二胡のケースかい?買ったの?」
「ああ、これは・・・」
お昼の時間。ナウも乱入し、楽しく過ごした。
その後は音楽関連の本を買ったり、チンパンジーにお礼をするお酒を買ったり。ついでに、二人で飲むためのも一本。
「あっという間に夕方ですね」
「だな。また来ような?」
「ええ!そうしましょう!」
そう言って、空に飛び立つ。
綺麗な夕暮れ空だ。
「どこか寄りますか?」
「・・・森に寄らないか?トキの歌が聴きたくて」
「ふふふ、いいですよ?ツチノコの二胡も聴かせてくださいね?」
「もちろん」
バサッ、バサッと音を立ててトキが飛ぶ。やけに静かで、その音ばかりが耳に響く。
「幸せですね」
「ああ、そうだな?」
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