第58話 初めてと酒
酒【さけ】
エチルアルコールを含む飲料の総称。美味しいのですかね?未成年の作者にはわっかんないや!
「二胡・・・か」
家でポツリとツチノコが呟く。
手には二胡、かつてツチノコのいた洞窟に置いてあったものだ。ナウに教わったとおりに使えば、音はでる。演奏もちゃんとできる。
「でもなぁ・・・」
ツチノコが懸念している事がひとつ。
「流石に汚れてるなぁ・・・」
それはそうだ、洞窟の中に長い間置いてあったものだし、ツチノコも物珍しくてとっては置いたが、特別丁寧に保管していた訳でもない。
「どうしました?」
横からトキが声をかける。ツチノコも二胡から目を離し、トキに顔を合わせて返事をする。
「や、二胡がボロボロだなって」
「この間ナウさんと話してましたね?綺麗にするのがどうこうって」
「ああ、汚れ落とすついででケースとかも手に入ったらなって・・・今度そういう店に行けたりしないか?」
「うーん、ジャパリパークにそれだけやってくれる楽器屋さんがあるかどうか・・・あ」
「あ?」
話の途中でトキがなにか思いついたように声を上げる。ツチノコもなんだろうかと相槌を打つ。
「やってくれそうな人・・・いましたね」
「で、自分を訪ねたってことですね?」
「ああ、何とかならないか?専門外ってのはわかってるけど・・・」
「うーん、難しいですね・・・綺麗にして、形に合うようにケース作るぐらいは出来ますが・・・」
「本当か!?頼んでも・・・?」
「まぁ、クオリティは期待しないでくださいね?」
そう言ってへへへと笑うのは大きな耳、片眼鏡と白衣が特徴的な少女。
「ありがとうチンパンジー!」
そう、チンパンジーである。トキがツチノコを持ち上げて飛ぶ時に付ける落下防止の道具を作ったフレンズである。
彼女に会うため、二胡を担いでバスに乗りジャングルまで来たのだ。
「随分久しぶりですね?」
「最後に会ったのが私の試験合格直後だからなぁ・・・そりゃ随分と前だな」
「自分、最初誰かと思いましたよ?トキさんとツチノコさんが来るなんて思いもしませんでしたから」
そう、物凄い久しぶりなのだ。読者諸君も忘れていたであろう。正直に言いなさい作者さん怒らないから。・・・え?思い出せない?第15話〜第17話あたりに詳しいので、そちら参照です。えっ?メタい?ナレーションだからいーの!
「じゃあ、そのうちに仕上げてお宅まで送りますね。住所とかお願いします」
「ああ、ありがとうございます!送料とか着払いでいいので!」
そう言ってメモ用紙に自分達の家の住所を書くトキ。
「じゃあ、お願いします!またお礼に来ますね?」
「お代とかって・・・?」
「お代?ああ、いらないですよ?あ、でも・・・そしたら・・・」
「「そしたら?」」
「うっらもう一本だ!豪勢にいくぞ!」
「は、はい!ただいま!」
「そこまでにしとけよ・・・また吐くぞお前」
「後のことは知らねぇ!俺が満足するまで飲むんだ!」
チンパンジーの要求は「酒に付き合え」とのこと。しかし、彼女は大の酒好きであり酒癖も悪い。一杯目の後はもう酔って記憶がほぼ無くなってしまうというこれまたタチの悪いものでもある。
「う・・・トイレ」
「おいおいおい・・・」
そう言ってチンパンジーは席を立つ。残されたトキとツチノコは顔を見合わせてみる。
「やっぱり無理にでもやめさせるべきかな?」
「でも『寂しいから付き合え』って言われてますし、どうでしょう?」
「トキは飲まないのか?」
「私はやっぱり弱いですから、帰りが大変ですし。それに・・・ここのお酒、辛くて苦手なんですよね」
「そうか?私はこれもいいと思うんだが」
そう言って、ツチノコは猪口を傾ける。コクンと喉を鳴らして、満足そうに頷く。
「今度トキと二人で酒飲みもしてみたいな」
「ツチノコと二人きりならいいですよ?私も嫌いじゃないですし、酔っても大丈夫なら・・・」
「そうなのか?じゃ、決まりだな。今度一緒に飲もう」
そこまで話したところで、チンパンジーがトイレから戻ってくる。魂の抜けたような顔をしている、きっと吐いたのだろう。
「うぃ〜ただいま」
「大丈夫か?」
「吐いただけだから大丈夫だ・・・おら、次行くぞ次」
((大丈夫・・・??))
ツチノコが猪口でちびちび飲むのに対し、チンパンジーは日本酒なのにジョッキで飲んでいる。ぐびぐびと流し込んでから、ジョッキを叩きつけるように置いて「あん・・・?」と小さく声を出しながら目をこする。
「お前ら・・・そのチビッコ誰だ?」
「「チビッコ?」」
「ほら・・・そこにいるじゃねえか?黒いちょっとクセがある髪の・・・」
トキとツチノコが並んで座る間を指さすチンパンジー。あたかも、本当に人がいるかのように一点をじっと指して、首をかしげている。しかし、そこには誰もいない。
「はい?いませんよ?」
「冗談きっついぜ?七歳とか、それくらいの子がいるだろ?」
「いないって、飲みすぎだぞ?ちょっと休め」
「うぇ・・・また吐く・・・」
「ほらほら・・・」
そう言って、チンパンジーはまたそそくさとトイレに駆け込む。トキとツチノコはまた取り残されて会話を始める。それの繰り返しだった。
「ぎもぢわるい・・・」
「言わんこっちゃない」
「大丈夫ですか?」
床に死んだように転がっているチンパンジーを見て、ツチノコがやれやれと首を振る。トキは眉をひそめている。
「はい、お水飲んでください」
「悪い・・・もうダメだ、帰ってくれ」
「そうするよ、お大事にな?」
「じゃあ、そういうわけでよろしくお願いします。ゆっくりでいいですから」
「大丈夫だ、酔いが覚めたらすぐ作業するさ・・・う、トイレ」
「じゃあな?邪魔したな」
「すみません・・・お邪魔しました」
そんな感じで、彼女の工房を後にする。そして、バス停に歩き始めた。
ジャパリパーク巡回バスの中で・・・
「そうだ、図書館寄らないか?」
「ああ、図書館前通りますもんね?行きましょうか」
「うん・・・」
ツチノコから話しかけたのに、気のない返事である。トキが不思議に思ってそちらを向くと、半目でうつらうつらとするツチノコの姿が。
「あれ?ひょっとしてツチノコ眠いですか?」
「眠い・・・」
「ふふふ、寝てもいいんですよ?」
「うん・・・」
その言葉を吐いて、ツチノコは目を閉じる。
「おやすみなさい、ツチノコ」
「今日の晩ご飯、どっか食べに行きたい・・・」
「ふふふ、いいですよ?どこか寄りましょうか」
「おやすみ・・・」
そこまで言って、それを吊るして支えていた糸が切れたようにツチノコの首がカクンと下がる。数秒遅れて、「くー、くー」という寝息も聞こえてくる。
(可愛い・・・)
ぽふん。
ツチノコの頭が横にずれ、トキの肩に乗っかる。その温もりと寝息、心地よい重みが肩から感じれる。
「ふふふ・・・」
ふと、トキは考える。
昔だったら、このシチュエーションにもっと・・・アガっていた気がする。照れで顔真っ赤にして、もっと心臓ドキドキさせて、嬉しい反面緊張にやられていた・・・と思う。
しかし、今のこの余裕である。愛する彼女が肩の上で、規則正しい呼吸を繰り返している。
・・・少し寂しいが、いいことだとトキは思う。
ツチノコとお付き合いを始め、はや一月。もちろん今も大好き、これからもっと好きになるだろう。しかし、「慣れ」のような・・・もちろん、ドキドキに慣れて飽きたわけではない。
余裕。そう、さっきも使った言葉だが余裕だ。いい意味での。
ちゃんと私達は愛し合っている。その事が生んでくれた余裕。せかせかとした恋愛ではなく、ゆったり、まったりと濃厚な恋愛をじっくりと。
いつだったか、図書館でぼそりと放った言葉。
「綺麗な恋愛がしたい」
まさに、そんな感じ。
上手く頭でまとまらない・・・でも、いい感じ。そんな感じ。とってもいい感じ。
「ね、ツチノコ」
返事は返ってこない。寝ているのだから、当然といえば当然だ。でも、今自分に頭を預けている彼女はきっと「うん」と答えてくれるだろう、そんなことを考えてにんまりしながら、図書館前のバス停に着くのを待った。
「ねぇ教授・・・」
「・・・なんですか」
「どうしたであるかね・・・」
「・・・知らないのです」
最近の会話はこんな感じだ。図書館内部は常に重い空気がぐるぐると回っている。
「・・・やはり、我々がいけなかったのであるかね」
「考えたくもないのです」
「教授、それはあまりどうかと・・・」
「・・・分かってるのです」
二人とも参っていた。この空気の原因はトキとツチノコの一件である。トキが家を出ていき、ツチノコがそれを探しにここまで来た一件。
そのことに関して、聡明なこの二人は大きく責任を感じていた。
トキを女同士の恋愛という道に引きずり込んだ自分達、それにより起きたこの事件。結果として、トキもツチノコも不幸にしてしまったのではないか。その後どうなったのかは知らない・・・知る由もない。
まだ、トキは自分のことを最低と思いツチノコから逃げているのかもしれない。心優しい彼女のことだ、負う必要もない責任を背負い、もうこの世にいないかも・・・なんて、どんどん嫌な方向へ想像が向かってゆく。
ツチノコはどうしただろう。あの時家にいなかったということはトキを探して回っているのだろう。ひょっとしたら、トキが見つからないでまだパーク中を駆け回っているのかもしれない。見つけても、トキに突っぱねられたかもしれない。そしたら・・・それこそ、ツチノコがこの世にいないなんて可能性だって・・・
嫌な「かもしれない」だけが重い空気と共にぐるぐると回る。
「教授・・・ワタシこんなこと・・・!」
「准教授、ワタシも同罪なのです・・・」
ぎゅっと抱擁しあい、二人で涙を流す。
ぐすぐすという泣き声ばかりが図書館に響く・・・
「こんにちはー!」「教授達、今日はいるか?」
突如、泣き声だけの図書館内部に響く二つの声。教授も准教授も、泣くのをやめてそちらを見る。
「「・・・」」
「「・・・?」」
数秒の沈黙。そして。
「「うえええぇぇぇぇぇぇえええええ!?!?!?」」
「「わあああぁぁぁぁぁぁあああああ!?!?!?」」
「二人ともそんなに拗ねないでくださいよ〜、確かに迷惑かけてごめんなさいも言いに来なかったのは悪かったですけど」
「うん・・・色々あって忘れてた。いや、本当にすまん」
五分後、そこには自分達より身長も低く見た目も若干幼い二人にペコペコと頭を下げるトキとツチノコの姿が。
「我々が死にそうなぐらい心配したのはなんだったのですか!」
「損したのである・・・全く、なにか償うのである」
ぷんぷんと可愛らしく怒る教授と准教授。本気で怒っているのかトキ達からしたら疑わしいが、怒りは割と大きい。ただ、トキとツチノコが無事だった喜びが混じって素直に怒れないだけだ。
「償い・・・ですか」
「なのです、我々の百合成分の補給にイチャコラでも見せるのです」
「や、やめてください!見世物じゃないです!」
こちらのトキもぷんぷん怒る。
と・・・そんなトキにツチノコがゆっくりと歩み寄る。
「ツチノコ?どうしました?」
それに返事せず、ツチノコはトキの頬に左手を添える。で。チュッと。
「!?!?!?/////」
「「おぉー・・・」」
「どうだ?満足か?」
「「いえ、もっと寄越すのです」」
「だとさ、トキ?」
トキはふと考える。
やっぱり、いい意味での余裕なんて無いです!
「もう・・・ツチノコったら・・・」
「ごめん、調子乗りすぎた」
「満足なのです・・・」「である・・・」
「もぉ〜・・・行きますよっ!」
「悪かったって・・・」
トキとツチノコは、例のチンパンジーの道具で体を繋ぎ、空を飛ぶ体制を作る。
「我々、お前らのこと応援してるのですよ。これからもイチャコラに励むのです」
「ええ、ところでツチノコ?」
急に呼ばれたツチノコは少し驚いた顔をして、二人に向き直す。
「なんだ?」
「まだ鳥類図鑑貸しっぱなしなのである、もう問題は解決したのですから今度また返しに来るのである」
「あ・・・悪い」
「じゃ、そんなわけで!」
「ええ、気をつけて帰るのですよ」
「はい!では!」「じゃあな?」
そう言い残して、トキは空に飛び立つ。
「晩ご飯、何がいいですか?」
「そうだな・・・なんでも」
「え、なんでもですか?」
「激辛じゃないやつな」
「はぁ〜い・・・」
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