第57話 初めての楽器

 がっき【楽器】

 音楽を演奏するために用いる器具。作者は演奏苦手です。リコーダーもまともに吹けない。え、聞いてない?



 ぱち、と目が覚めた。

 薄暗い部屋でぼんやりと確認できる、目の前ですやすやと寝息を立てるナウ。

 慣れぬ状況に、起き上がって、周りを見渡す・・・つもりだったのだが、身体がうまく持ち上がらない。


 不思議に思い、目線を落としたら自分の赤白の腕・・・トキが腕が巻きついている。抱きしめられているのだ。

 思ってみれば、首の後ろからフード越しに温かい息が当てられているのを微かに感じる。


 ・・・二人に挟まれて寝ていたのか。


 時計は確認出来ないが、深夜のようだ。

 正直眠くないが、トキも離してくれなさそうだしこのまま寝てしまおう。何故ナウもいるのかよくわからないが。


 今夜も楽しみにしてたけど、まぁこれもいいか。





「おはよぉー!おっきてー!」


 朝六時頃。

 ナウが声を張って、ベッドに横たわるトキとツチノコに呼びかける。その声を聞いて二人とも起き上がり、ツチノコは大きくあくびをひとつ、トキは片目ずつ手で擦っている。


「おはようございます」

「おはよぅ・・・」


「ほらほら、ご飯できてるよ?二人ともお腹空いたでしょー、食べよ!」


「ありがとうございます、ごめんなさい急に泊まっちゃって」


「いーのいーのぉ!どーせ僕一人暮らしだしさ、寂しじゃん?ほらほら、あったかいうちに!」


 そう言ってナウが指さしたテーブルの上には、三つの皿。それぞれ、スクランブルエッグとソーセージ、トーストが綺麗に可愛らしく盛られている。


「うまそう・・・」


「ナウさんって女子力高いですよね・・・なんで彼氏さんできな・・・」


 テーブルの上から目線を戻しながらトキがナウに言葉をかけるのを、途中でやめる。理由は簡単、振り向いた時に見えたナウから出るオーラが恐ろしいものだったからだ。


「なぁに?トキちゃぁん〜?」


「ごめんなさいなんでもないです」


「もうなんなの・・・ボクのこといじめたいの?ナウさん泣いちゃう!」


「ち、違いますよ!ナウさんにも幸せになってほしくて!」


「うるさいうるさい!僕は一人暮らしでも幸せだもん!寂しくないもん!」


「さっき言ってたことと矛盾してますよ!?」


「うぅ〜〜・・・ごはん食べよう!」


「ええ!?・・・はい!」


「・・・何やってんだ?」


 そんなこんなで三人テーブルに付き、いただきますを言う。





「「「ごちそうさまでした」」」


 手を合わせて、三人で同時に。

 食事を済ませ、食器の片付けをしながらナウがツチノコに話しかける。


「ね、ね、今日こそ楽器やってみない?ほら、むかーし初めて三人でファミレス行った時から言ってたからさぁ?今更だけど、今日は僕も休みだし君たちも続けて休みだって聞いたよ?」


「そういえば、そんな話もあったな・・・でも、私の二胡家だぞ?」


「僕の貸すからいいよ?」


「じゃあお言葉に甘えて・・・」


「なになに?どうしたんですか?」


 横からトキも会話に加わって、話が進まる。


「ツチノコちゃんに楽器教えようって話」


「いいですね!ツチノコ、どうします?」


「もちろん、トキの歌聴くだけってのもなんだし、教えてもらおうと思ってたんだ・・・じゃあ、改めてよろしくな」


「はいよー?ナウさんにおまかせあれ!」


 とん、とナウは胸を叩いてそう言った。





「ツチノコちゃん天才肌だったね・・・忘れてた」


 家に備え付けの防音ルームに入り約3時間。一流演奏者のそれとは言わないが、楽譜読めない音階何それ美味しいの?という状態の彼女が既に二胡を弾けるようになっていた。聴いて苦ではない音だし、なんならちゃんと音を楽しめる。まさに音楽だ。


「こんな感じであってるのか?」


「うん、僕もプロじゃないし、これ以上は教えらんないかな。姿勢もちゃんとしてる」


 椅子に座り、背筋を伸ばしているツチノコ。

 左ももに胴や琴筒と呼ばれる六角形の樽のようなものを置いて、そこから上に伸びる棹と呼ばれる部位を左手で決められたとおりに持って支えている。

 右手に持った弓、そもそも綺麗な顔をしているツチノコも合わさり女でも見惚れるほど様になっている。特に・・・


(ツチノコ・・・かっこいいです)


 トキは尚更である。ゴクリと喉を鳴らし、その様子をじっと見ていた。


「あとは、お家でも練習してみるといいよ。あの二胡、汚れてたけどちゃんと音出たし。今度、その道の人に頼んで綺麗にしてもらったら?」


「それもいいかもな、ケースとかも無いと困るし」


「うん、保管に欲しいし持ち運ぶでしょ?トキちゃんの隣で使うなら、さ」


「そうだな・・・」


 ナウは、ちょっと照れた顔をするツチノコを見て、トキはどんな顔をしているかとチラリと目を向けるとまだツチノコものことをまじまじと見ていた。


「とりあえず、わからないことがあったらまたおいで?いつでも見てあげるから!あとこれ、練習用の楽譜あげる」


 そう言って、白黒の紙を渡される。


「ああ、ありがとう」


 ツチノコが二胡を丁寧に置き、立ち上がる。


「あ、終わりました?でしたら、その・・・申し訳ないんですけど・・・」


 少し遅れて、トキも立ち上がりナウに声をかける。


「あの、私の歌のトレーニングもして欲しいんですけど・・・ツチノコも頑張ってるんだし、私もツチノコにもっといい歌聞かせてあげたいです!ほら、ナウさん、クリスマスのときとっても上手だったので」


「・・・よし!今日一日君達の音楽に費やしてやる!トキちゃんの歌も、ツチノコちゃんの二胡もみっちりやってあげるぞぉ!?」


「ほんとですか!?やったぁ!」

「良かったな?悪いけど私はちょっと休憩・・・トキの歌聴いてるよ」


 ナウはえっへんと胸を張り、頷いた。

 ツチノコは、トキの言葉に首をかしげた。




「もっと!もっと高く!」


「ラ〜〜♪」(ソ〜〜♪)


「もう一つ高く!!」


「ラーーー〜〜♪」(#ソーーー〜〜♪)


「も〜ちょい!」


 声を張るトキ。その中でも聞こえるように大声を出すナウ。それを座って見てるツチノコ。


(・・・いい声)


 ツチノコがこう思うのは、決して好みの問題では無い。


 そう、トキは割といい声をしているのである。カラスのような濁った鳴き声とされる朱鷺だが、フレンズ化した今、それは受け継がれずに綺麗な声をしているのだ。普段の生活で酷い声をしている訳では無いのはそういう事だ。


 しかし、それは歌が上手いということではない。


 悪い言い方をすれば宝の持ち腐れ、綺麗な声もめちゃくちゃな音程、使い分けられることの無い強弱などの山積みな問題を前に埋もれてしまうのだ。

 よって歌は酷いものに・・・それが朱鷺からトキへ特性として引き継がれたのだ。


「ラーーーー〜〜〜!!」(ラーーーー〜〜〜!!)


 ナウもそれを理解した上で、このように根っこの部分から指導をしている。


「できたできた!その音だよ、忘れないでね」


「ハァ、ハァ・・・私って、音域狭いですね。高い音が出ないですぅ・・・」


「トキちゃん声低いわけでもないのにねぇ?でも良くなってきたよ?」


「えへへ、ありがとうございます」


「よーっし、次のレッスンだ!」


「はい!」





 こうして、トキの歌のレッスンは続き。ツチノコの二胡もより上達し・・・日もくれた頃。


「じゃ、今日はここでおしまい!なんだか面白みがないレッスンになっちゃったね・・・許して?」


「いえいえ、ありがとうございます」

「私も二胡覚えられてよかった、また今度見てくれな?」


「もちろんよ、質問があったらどしどしどうぞ!」


 あはは、と三人で笑う。


「じゃ、私達行きますね」


「うん、またね!」


「はい!では!」「じゃあな?」


 そう言ってトキとツチノコは家を出る。いつもの道具で、カラビナを早着して空に飛び上がる。


「見てくださいツチノコ!夕日が綺麗です!」


「わぁ・・・」


 トキが指さした方向には、空を真っ赤に照らす火の塊。太陽だ。それが煌めく様を見て、思わず口をあんぐりと開けてしまう。


「本当に綺麗だな・・・トキ?」


 そう言ってツチノコが首を捻り振り返った時。「そうですね!」と元気に返事をするトキの笑顔が見えた。空と同じように夕日に照らされ、オレンジがかったその笑顔が、ツチノコの胸をきゅんと鳴らす。


「あのさ、トキ」


「なんですか?」


「さっきさ、『ツチノコのために!』って言ってくれたよな?」


「はい、言いましたよ?掘り返さないでくださいよ、照れちゃいます」


 空を飛んでいる姿勢の都合上、お互いに顔は見えていない。さっきツチノコがしたように、首を捻らなくては見えないのだ。


「私・・・トキの歌が好きだからさ。その・・・上手だとか、下手だとか、そんなのは関係ない。私にとってはトキの歌がこの世の誰よりも素敵な歌声だし、この世のどの歌声よりも好きなんだ。だから、さ」


 少し口ごもって、ツチノコは続ける。


「私のために頑張ってくれるのは嬉しいんだけど、その・・・上手く言えない!」


 ごにょごにょとハッキリしない声で喋るツチノコ。それでも、トキ言いたいことは十分に伝わった。その証拠に、頬を赤く染めている。


「それこそ照れちゃいますね、えへへ。でもツチノコ?私がツチノコの一番でも、その一番がもっと良かったら素敵じゃないですか?」


「確かに、そりゃあ・・・」


「だから。私がツチノコの一番を更新し続けてあげます。ちゃんと聴いててくださいね?」


「・・・当たり前だろ?」


「うふふ、ありがとうございます」


 二人とも、顔が見えないのをいいことに心の内をそのまま表情にする。


 照れてにやけて、だらけきった顔になっているのは言わずもがな。


 そんな表情のまま、二人は夕日に溶けていった。

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