第56話 初めての事情聴取

 じじょうちょうしゅ【事情聴取】

 ある事実について人に事情を聞くこと。主として犯罪捜査に関して使われる語。しかし作者、こういうの全然詳しくないのですよ。だからね・・・



「なんだか、さっぱり終わりましたね」


「そうか?私、体の検査とかされたからなぁ・・・トキとは違うか」


「えっ!?ヘンなことされてませんか!?大丈夫ですか!?」


「いや、薬が云々で。結局検査結果はよくわからなかったけどな。とりあえず今は安全だって」


「ならいいですけど・・・」


 警察署の自動ドアを潜りながら言葉を交わすトキとツチノコ。お互いに心配したり笑ったりころころと表情が変わる。


「どういう経緯でああなったのか、具体的にどんな感じか話すだけってナウさんには言われましたけど・・・難しかったです」


「そうだな。ところで、フェネック達はどうなったんだろうな?安全ではあるだろうけど、あのあとどうなったのか・・・」


 特に何も考えず、警察署を出た所にあったベンチに腰掛ける。


「心配ですねー、今までほどじゃないにしろ」


「平気ですよ?」


「何を根拠にそんな・・・え?」


 言葉と共に、座っている二人に影がかかる。ふと見上げると、昨日も見た顔が二つ。


「こんにちは、昨日はどうも」


 フェネックと。


「やー、昨日の夜にいろいろ聞いたけど大変だったんだな・・・私知らなかったよ」


 アライグマ。二人で肩を組み、フェネックが動かない左脚でも歩けるようにしている。二人ともにこやかな表情、特にフェネックは今までにトキもツチノコも見たことないような笑顔をしており、「終わったんだな」と実感させる。


「お隣失礼します」「するぞ」


 そう言って、アライグマとフェネックの二人もベンチに座る。


「フェネック達は?どうしてここに来たんだ?」


「事情聴取ですよ、お二人の担当さん・・・ナウさんでしたよね?から、アライグマさんの担当さんに連絡が来て、それで私達がここに・・・」


「私こんなの初めてだから緊張したわ・・・いや、マジで」


「私もです、今そんな話してたんですよ。アライグマだけじゃなくてみんなそうじゃないですか?」


 うんうんと、トキの言葉にツチノコが頷く。フェネックも。それを見て安心したのか、アライグマも「なんだそうか」と笑う。ふと、それが止んで静かになる。


 ・・・


「・・・私、虐待のことも警察に話しました」


「・・・そうか、それがいいよ」


「・・・もう、フェネックも苦しまなくて済むんですね?」


(・・・私、蚊帳の外だな・・・仕方ないか)


 一人ずつ、フェネックに続いてぽつぽつと話す。


 空は青かった。澄んでいた。


「一件落着、ってとこか?昨日顔突っ込んだ私が言うのもヘンだけど」


「そーですよ、アライグマさんのおかげです」


 フェネックがアライグマの顔を覗きこんで言う。一瞬目が合い、アライグマが少々顔を赤くして言葉を返す。


「ははは、なんだよ照れくさいなぁ」


 その二人の様子を横から伺っていたもう二人、トキとツチノコは顔を見合わせて立ち上がる。


「私達、行きますね?」


「また今度ゆっくり酒でも・・・な」


 フェネックとアライグマをベンチに残して、その場を立ち去る。邪魔をしてはいけないという、愛する人がいる二人だからこそ湧いてくる感情。好きな人とは二人きりで居たいものだ、だからこそ邪魔者である私達は移動しよう。そんな考えだ。


「そうか、じゃーなー!」


「またいつか〜」


 アライグマとフェネックもそれを見送り手を振る。


 トキとツチノコ、並んで歩く。

 ちょん、とツチノコの手がトキに触れ、二人とも顔を合わせないのにそれを合図に手をモゾモゾと動かし始め、やがてそれは指同士が絡み合い、ひとつの形になる。恋人繋ぎというやつだ。


 その様子を見ていたフェネックは、ふと思う。

 あの二人は出来上がっている。羨ましくて、ちょっぴり妬ましくも思う。


 これからは、私の、私達の番。できるかな?


 まだ自分の想いを知らない、隣にいるフレンズに声をかける。


「アライグマさん、手、繋いでもいいですか?」


「へ?なんで急に?」


「・・・なんだか、不安になっちゃって」


「別にいいぞー?ほら」


 ははは、と笑って彼女がこちらに手を差し出す。それを私も手で受け取り、きゅっと握る。普通に。


 いつかこの手の握り方も、変えてやるんだと決意しながら。





「そういえば、黒酢のお二人もここに来てるんですかね?」


「ああ、事情聴取って関係者全員みたいだしな?というか、クロジャに関しては直接の被害者だし」


「そうですね、私のせいで・・・悪いことしちゃいました」


「トキのせいじゃないだろ、元々アイツが全部悪いんだ」


 珍しくツチノコが怒った顔をしている。トキがこの顔を見たのはそんなにない・・・印象的なのはクリスマスの日に、トキ(とロバ)が拉致された事件。その時に、野生解放の灯りを灯した目で今よりも激しい憤怒の表情を見せた。


「・・・野生、解放・・・」


 トキは、そのワードにひっかかる。急に内側から何かがこみ上げてきて、目から雫が落ちる。


「・・・トキ?」


 返事がうまく出来ない。声を出そうとしても嗚咽する音が出てくるだけだ。歪んだ視界の中で、ツチノコが心配してくれてるのがわかる。


「・・・!・・・・・・!」


 あれ?ツチノコが何を言ってるのかわからない。聞こえない。


 視界が端から白くなっていく。おかしい、何があったんだ・・・そう、思考を巡らせているうちに、トキの意識は飛んだ。





 目が覚めたのは、ベッドの上だった。

 しかし我が家じゃない・・・病院?そうでも無い。家だ。

 一回だけこの景色を見た。いつか・・・そう、ツチノコもがフレンズパス取得試験の日の朝だ。随分と懐かしい。


「あ、起きた」


 声が聞こえた。ツチノコの声ではない、それよりも昔から知ってる声・・・ナウさんだ。


「あれ?私・・・」


「ツチノコちゃんがトキがおかしいって連れてきてくれたの。警察署を出たあとに、泣き出したと思ったらそこで倒れて寝ちゃったんだって」


「寝ちゃった・・・?私寝ちゃったんですか?」


 体を起こして、ナウさんに向き合う。


「うん、急に「野生解放」って言い出してそこからパタン、だって。救急車呼ぼうかと思ったけど、本当に寝てるだけだったから・・・よく眠れた?」


「野生解放?」


「うん、トキちゃんがその言葉知ってるとは思わなかったよぉー・・・あ、ツチノコちゃん連れてくるね?あの子も疲れたのか寝ちゃってさ、今ソファに横になってるから」


 そう言って、ナウさんが立ち上がろうとする。


 野生解放。


 そうだ、昨日私が経験したこの野生解放についてナウさんに聞きたかったんだ。出来れば、ツチノコがいない方が都合がいい。申し訳ないけど。


「ナウさん・・・ちょっと待ってください」


 だから私は引き止めた。


「どったの?」


「ちょっと、お話しが・・・」





 トキが昨日経験した野生解放。トキとしては、率直に言えばトラウマだった。


「私、昨日その野生解放・・・したんですけど、ちょっと相談してもいいですか?」


「うん、いいよ?ツチノコちゃんいない方がいい話って事だね?」


 無言でトキが頷く。その後に言葉を続ける。


「私、ツチノコが酷いことされて怒った時に出来たんですけど・・・その瞬間から、私が私じゃないみたいで・・・」


「と、いうと?」


「もちろん悪いのはあの人なんですけど・・・私、それで・・・『殺してやる』って思っちゃって」


 ナウが眉をひそめる。

 トキはまた深刻なトーンで次の言葉を出す。


「怖かったんです、『ぐちゃぐちゃにする』とか、私がそんな子だったって・・・!」


 語尾がどうしても高くなり、涙を抑えられなくなる。トキがグズグズと泣いていると、ナウはそれを見そっと抱きしめ、背中をとんとんと優しく叩く。


「大丈夫、トキちゃんは優しい子だよぉ・・・出来れば、もっと話してくれる?」


「確かに酷いのは向こうなんです、でもだからって・・・!『殺さなきゃ、殺さなきゃ』って、思っちゃって。自分が怖くなって・・・!」


 えぐっえぐっ、とナウの腕の中で泣き続けるトキ。

 ナウはその背中を擦りながら、彼女を安心させる言葉を必死に探す。


「トキちゃん、今はいけないって思うんでしょ?だったらトキちゃんはやっぱり優しい子だよ?野生解放はよくわかってない現象、そういうこともあるのかもね・・・」


「あと・・・私、動物だった頃の記憶は無いんですけど、その時だけすこし思い出したんです」


「・・・そう、そうなの・・・。うん、今は気にしなくていいよ?僕が調べておくから、安心してて?ほら、ツチノコちゃんに『元気だよ』って言ってあげな?」


「はい・・・」


 トキは涙を袖で拭き、立ち上がってリビングに向かう。残されたナウは、ボソリとつぶやく。


「野生解放、か」





「ツチノコ〜、私起きました〜」


 ソファに横になっているツチノコのことを、揺すりながら声をかける。


「う〜ん・・・?あ、おはよ・・・」


「ごめんなさい、私が寝ちゃったそうで・・・」


「ん、別にいい・・・でも、心配したぞ・・・」


 とろとろと眠そうな声でトキと会話するツチノコ。


「ふふふ、ごめんなさい?ツチノコも眠そうですね?」


「心配したから・・・きす・・・」


「へ?」


 とろんとした目付きの彼女が手を伸ばす。トキの頬を包むように左手を添えて。


 ちゅ・・・。


「つ、ツチノコ?ここナウさん家・・・」


 ツチノコはそのまま力尽きたように倒れて、また寝てしまう。


「なぁにをしているのかなぁ・・・?トキちゃん・・・?ツチノコちゃぁん・・・?」


「ご、ごめんなさい、私はただされただけで、ツチノコが!」


「うるさい!それは僕への当てつけか!くそぅ!くそぅ!」


「ごめんなさいーーー!!」


「んにゃ・・・むにゃむにゃ・・・」

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