トキノココンビの初めて

第55話 初めてがバレました

　コツ、コツ、コツ･･･

　階段を上がる音が響いている。まだ朝だ、静かな時間帯なのでこんな僅かな音ですらよく聞こえる。

　え？僕が今何してるかって？トキちゃんとツチノコちゃんを呼びに、彼女らのアパートの階段を登ってるんだよ。誰に話してるんだよ。ナウさん独り言しちゃうぞ。･･･やばいな僕。

　そう、彼女らを呼びに来たのは訳がある。重要な話だ。昨日、警察の人と話をした。フレンズはヒトと扱いが違うから、事情聴取は当日ではなく落ち着いてからということなのだが･･･今日の午後、二人をそこに連れていかなければならない。被害者だから当然だ。

　と、言うのを説明しなくてはいけないんだけど･･･さすがにこの時間なら起きてるかな？もう八時過ぎだし。

　そう思って、僕はインターホンを鳴らした。

　目覚める時というのはよくわからないもので、気がついたら目があいている。まだぼんやりとした視界の中で隣を向くと、まず目に入るのは青緑の癖毛が目立つ髪。それと安らかな寝顔。なんとも愛しい。

｢まだ眠いです･･･｣

　昨日は遅くまで起きていたから眠い。今日は仕事もないし、そのまま起き上がろうとせずに目を閉じる。

　･･･なんだか寂しい。

　昨晩あったことが嘘みたいに静かな朝。

　昨日の今頃は、今自分が見ているのと同じ光景を目にして罪悪感に駆られて外に飛び出したのだが、今日はそうじゃない。

　一旦目を開けて、いつもならパーカーに隠れてしまうはずの隣にいる彼女の腕に絡みついてみる。柔らかくてあったかい。自分の前髪をぐりぐりと押し付けて、そのままぎゅっとしがみついたまま私はもう一度目を閉じた。

　ピンポーン。

　･･･遠くで音が聞こえた気がした。

　カチリ。ガチャ。

　気のせいだろうか。そう思っているうちに、私はもう一度夢の中へ。

｢お邪魔しまーす･･･まだ寝てるかな？｣

　少し部屋を覗き込んでみると、ベッドが膨らんでいる。

｢まぁ、せっかくだから寝顔でも拝んでいこっとぉ♪もともと時間は余裕あるしね、ゆっくり起こせばいいさ｣

　起こさないよう、足音を立てないようゆっくりゆっくりベッドに近づく。

　そして見えるのは、安らかなツチノコの寝顔。それと、布団からはみ出したトキの羽。

｢かわいい･･･トキちゃんもお布団に潜り込んでぇ。その顔もみーせてっ｣

　少し申し訳なく思いながら、布団をぺろりとめくる。

｢トキちゃんの寝顔げっと･･･って、え･･･？あれ･･･？｣

　目がおかしくなっただろうか、冷静になって両目をこする。また見る。見間違えじゃない。

　見えたのは、何も着ていないツチノコ。白い綺麗な肌と、少し膨らんだ胸部の先の桜色の部分。それと、同じ姿でツチノコの腕に絡みつくトキ。これまた幸せそうな寝顔だ。

｢こ、これって･･･｣

　おもわず抑えていた声が普通の声量になる。

　それで起きてしまったのだろうか、トキちゃんの目が少し開いた。

　むくりと起き上がる。布団が滑り落ちて、トキの胸もあらわになる。あれ、前より大きくなった？いや、そうじゃなくて。

　ぽーっとした目でキョロリとこちらを見る。目が合った。そしてトキちゃんは自分の体を見る。そうだね裸だね。またこっちと目が合う。

　十秒くらいして。半開きの眠そうな彼女の目がどんどん大きく開き、やがてそれは驚きの表情に変化する。顔が真っ赤になって、はくはくと口を動かし始める。

｢ま、待って。悪気はなかったの。本当に！｣

　なんとか弁解しようとしても、彼女の驚きの目がだんだん涙目に。弱々しい声で向こうも弁解をはじめる。

｢違うんですぅ･･･暑いから服抜いじゃおうって、それだけなんです･･･｣

　うん、とりあえずその首元に咲いたピンクのお花を誤魔化してから言おうか。ツチノコちゃんにちゅーちゅーされたでしょそこ！

　･･･可哀想だからそういうことにしてあげましょうか。

｢だってぇ･･･ツチノコが積極的だから･･･｣

　ちょっとー！？僕それで納得したことにしようと思ってたのに！自分から折れるの早すぎ！もっと粘って！

｢･･･大人になったね｣

｢ふぇぇ、忘れてください･･･｣

　うん、忘れることにしようか。絶対忘れられないけど。

｢お話があるから、後で二人で公園来て？朝ごはんも一緒に食べよう、どっか連れてってあげる｣

　公園とはアパートの前にある噴水のある公園のことだ。僕とツチノコちゃんが初めて出会った場所。

　僕の言葉にトキちゃんがコクリと頷いたのを見て、｢じゃ｣と短く言い残して僕は玄関の方に向き直り、歩き始めた。出直すとしよう、トダーイナウはクールに去るぜ。なんてね。

　と、後ろから眠たそうな声が聞こえてくる。

｢むにゃ･･･トキ？｣

｢なんですかツチノコ？って、んっ！？｣

　ちゅ･･･ちゅぱ･･･ぴちゃ･･･

　･･･なにやってんだあの子達ぃぃぃ！！！

　思わずドアを閉める手に力がこもってしまったけど、これは誰も咎めないよね。

　そして、三人でご飯する時のお決まりなったファミレスに来たのだが。モーニングタイムだ。

｢これと｣｢これと｣｢これで、あとドリンクバー3つ｣

　注文を済ませて、飲み物を取ってきて、三人で話を始める。

｢トキちゃんは相変わらず辛いの好きねぇ･･･朝からよう食べるわ｣

｢朝から500gハンバーグ頼んでるナウさんには言われたくないですよ･･･｣

(まともなのは私だけか･･･)

　一通り、各々の頼んだ物について笑った後にナウが真剣な表情で切り出す。

｢とりあえず、昨日はお疲れ様。何があったか聞きたいんだけど･･･まぁ、僕には後でいいんだ。今日警察に行って昨日の事情聴取、詳しく何があったのかとか？を、向こうの人に説明しなきゃならないから、一緒に行こう？もっとも、僕はただの付き添いだけど｣

　トキとツチノコはちょっぴり驚いたような顔をして、了解の返事をする。その様子をみたナウは満足そうにグラスのオレンジジュースを一口飲んでにっこり笑う。

｢そうね･･･君たちは昨日大丈夫だった？殴られたのは違う子って聞いたけど｣

｢私は大丈夫ですけど･･･ただツチノコが｣

｢うん、薬打たれた｣

｢は･･･え？薬？｣

　ツチノコが頷く。

｢うん、注射で、チクンて｣

｢だっ、大丈夫なの！？体におかしい所は？気持ち悪いとか、お腹の調子が悪いとか！｣

｢いや、それは無い。アイツが話してたのは、『激痛が身体を駆け回るような薬』って｣

｢･･･ぁんのクズ、そんなことまでしやがってぇ･･･！｣

　ナウが心の奥から絞り出したような声を出す。ひいっ、とトキが小さく怯え、ツチノコは平然とした顔でそれに言葉を返す。

｢いいよ、もう終わったんだし。というか、アイツどうなったんだ？｣

｢･･･さあ、僕にはなんとも。でもまぁ、現行犯なんだしこれからどうなるかは考えなくてもなんとなく分かるけどね｣

｢｢と、いうと？｣｣

｢前科持ちなんて、働く場所無いだろうね。もっともパークがどう判断するかわからないけど･･･噂になってるよ、『古谷歩人はフレンズに酷いことをする人間だ』って。そんな奴がまた飼育員できると思う？｣

　ふるふる、とトキとツチノコが首を横に振る。それを見てナウは話を続ける。

｢つまりそういうこと、パークにまともな居場所はない。それと、アイツお偉いさんの息子だから下手に何も出来なかったんだけど･･･人事の人に聞いたんだ｣

　ちょいちょい、と二人を手招きして顔を寄せ、声を潜めて話す。

｢その両親の方に電話繋いだら･･･『そんな息子は知らない』だってさ！きっと会社の株が落ちるからからだろうね、頼りだったお家にも見捨てられてやんの！｣

　クスクスとナウが笑い、トキとツチノコは顔を見合わせる。

｢いけないいけない、僕の黒い部分が･･･流石に無関係ですで通せはしないよ？でもさ、家からも見放されてパークでまともな仕事はない。本土でも前科持ち。どうやってご飯食べるんだろうね？｣

　ナウがそこまで言うと、三人分の料理が運ばれてくる。

｢じゃ食べよっか！いただきます！｣

｢｢いただきます｣｣

　そう言って、三人で手を鳴らした。

　〜朝食なう〜

｢｢｢ごちそうさまでした！｣

｢ごめん私トイレ｣

　食べ終わるなりツチノコが立ち上がる。スタスタと席から離れていくツチノコを見送って、ナウがトキにグイッと顔を寄せる。

｢ちゃんとできた？｣

｢な、何がですかね･･･｣

｢まぁまぁ、その首のところちゅーってされたでしょ？跡隠しておきな？｣

｢あと？｣

　にひひとナウが笑い、ポケットからスマートフォンを取り出す。それをトキの首元に回して、パシャリ。その画面をトキに見せると、朝のように顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。

｢どうだったの？初・夜♪｣

｢･･･実は｣

｢実は？｣

｢二回目なんですぅ･･･｣

　人差し指を合わせながらモジモジするトキ。

｢その、それで『やっちゃったー』って、昨日の朝飛び出しちゃって｣

｢あぁ〜･･･なるほど、そっか｣

　ナウも平静を保つのが難しい。てっきり昨日の再会の勢いでヤったと思っていたのだが、昨日のトキ失踪事件がそこからとは･･･

｢その、私へんてこにドキドキして、一番最初の記憶が薄いんですけど、あの、昨日の二回目は･･･ちゃんと･･･｣

｢そう、ちゃんとね？｣

｢はい･･･｣

(ダメだ･･･僕が平静を保てない、じっくり聞き出してからかおうと思ったのに･･･)

｢でも、私達ちゃんとしてますから！気持ちもありますから！｣

｢そ、そう･･･そう、えへへ｣

(やめて恥ずかしい！)

　その点ではもう僕より大人なんだなぁ、と、ぼんやりとナウが考えているうちにツチノコが帰ってきた。

｢･･･どうした？静かだな｣

　ナウもトキも恥ずかしくて喋れない。何も知らないツチノコは何があったのだろうかと二人を交互に見るが、それでわかるはずもない。

｢そろそろ行こうか･･･？｣

｢ん｣｢はい･･･｣

　三人で立ち上がり、ナウが先導して歩き出す。ほかの客がいない静かな店内で、とことこという音が聞こえる。

｢トキ｣

｢はい？｣

　ちゅっ。トキが振り向いた瞬間に唇同士が触れ合う。

　ナウが振り向いた時にはもう離れている。

｢･･･どしたの？｣

｢｢いやいやなんでも｣｣

(ツチノコ、最近激しすぎですよっ。私は嬉しいですけど･･･)

(ははは、トキが可愛くて･･･)

(もう･･･)

　小声でそんなやりとりをしながら、店を出た。