第54話 とりあえず決着

 夕日が綺麗だ。もう奥の山に隠れようとしている。

 そこから少し目線を下げると、同じ光なのに綺麗とは言い難い強い赤色の光が点滅を繰り返していた。

 白黒の車体と、その周りにいるヒトもフレンズもそれに合わせて赤っぽくなったり元に戻ったりを繰り返している。もちろん僕、戸田井奈羽も例外じゃない。


 悲鳴・・・恐らくはツチノコちゃんのものであろうその声を聞いて、自転車を飛ばしてきた僕はただ傍観するしかなかった。警官が封鎖している橋に入ることも出来ずに、何台かのパトカーの奥で泣いているトキちゃんとそれを抱いて背中をさすっているツチノコちゃんを見るだけだった。

 二人が再開できたのは喜ぶべきだが、それを囲むように配置される警官達を見ると複雑な気持ちだ。


「あの・・・何があったんですか?僕、あそこの二人の担当飼育員なんですけど・・・」


 一番近くの、橋を封鎖するように立っている男警官に尋ねる。警官は左眉をぴくりと上げて、こちらに向き直す。


「それは心配ですね。大丈夫です、とりあえずは安心してください。捕らえたんで」


「捕らえた?」


「ええ、この橋で暴行事件があったんですよ。男がフレンズに殴りかかった。もっとも、被害者は向こうのフレンズさんですけど」


 そう言って彼が指差したのは、トキとツチノコの少し横にいる黒いフレンズ二人。の、片方の猫耳が生えた方だ。


「まぁ、私も詳しく聞けたわけじゃないので・・・今から連行ですから・・・ほら」


 フレンズを指していた指を動かし、次に向けたのは何台かあるパトカーでも一番橋の内側に停められていた車。後ろのドアが開いており、警官に連れられて一人の男が後部座席に乗り込もうとしていた。

 見覚えのある男だ。今まで憎くて憎くてたまらなかった同業者。いや、同業者とも呼びたくない、あくまでそれは社会的なものであり内面的なものではない。


「アルト・・・」


「どうされました?ほら、少し横に退いてください、パトカー通りますんで」


 警官に誘導され、橋の入口の脇に避けると勢いよくパトカーが通り去った。続くようにしてもう一台、全く同じ見た目の車が目の前を通過する。


「さて、飼育員さんでしたっけ?」


「え、はいそうですけど」





「クロジャ、大丈夫?ほっぺ赤くなってるよぉ?」


「ああ、痛いけどライオンさんと手合わせしたとき程じゃない、こんなの薬塗って一晩経てば簡単に治る」


 橋の隅の方に立つ黒酢の二人、ブラックジャガーとカグヤコウモリのフレンズはさらさらと音を立てている川を眺めていた。


「ただ、私よりも心配なのは・・・」


 二人が振り向いて見える位置にいる二人。トキとツチノコだ。二人で抱き合っているが、トキは泣いている。自分らが助けに入るまでに何があったのかはわからないが、何かがあったのは確かだった。


「どうなることかな」


「ねぇ、ほっとくのもアレだけど・・・言葉もかけにくいしねぇ」


 パークパトロールの先輩であっても、わからないことはある。例えば、こういう時の対処。どうしてやるのがいいのか、わからない。


「でも、あの二人なら大丈夫だよぉ、きっと」





「どうしたんだよそんなに泣いて?ありがとうトキ、かっこよかった」


 ツチノコはトキに呼びかける。抱きしめて、彼女の体温を感じながら、その背中をさする。嗚咽しながら泣き続ける彼女を落ち着かせようと言葉をかけても、右肩が濡れる感触は止まらなかった。


 そうしていると、正面のパトカーの群れから一人の女性が駆け寄ってくる。


「二人とも、大丈夫!?」


 ナウだ。


「私は平気・・・なんだけど、トキが」


「トキちゃん?どうしたの?出てっちゃった件と関わりは?」


「それはないと思うんだが・・・ほらトキ、落ち着け?ゆーっくり、深呼吸」


 ツチノコの肩の上で、深く息を吸って吐いてするトキ。しばらくすると落ち着いたのか、ツチノコを抱き締める、しがみつくような手から力を抜いてするすると離れる。


「ごめんなさい、少し気持ちに整理がつきました」


「よかった、改めてありがとうな?ほら、私のために・・・怒ってくれて」


「いいんです、ただ・・・」


「ただ?」


「ごめんなさい、また泣いちゃいそうなので今度改めます」


 一連のやり取りが終わった後で、ナウも会話に参加する。


「トキちゃん、どうしたの?朝から居なくなっちゃって・・・」


「ご、ごめんなさい!それは、あの、昨日・・・」


 そこでトキは言葉を濁す。


「昨日、その、夜・・・あのっ」


 みるみる顔が赤くなっていく。その様子を見て何かを察したナウは、本人も少し顔を赤くして「わかったわかった」とそれ以上の言葉を制止する。


「要はただの気持ちのすれ違いで、いつも通り仲良しなんでしょ?なら僕は安心だよ」


 そう言ってナウは二人の肩をポンと叩く。


「じゃ、帰ってゆっくり休みな!二人とも疲れたでしょぉ?」


「・・・いや、そういうわけにも・・・」


「まだ二人が!」


「ふたり?」





「おーい、フェネック〜!アライグマ〜!!」


「あの人捕まえましたからー!出てきてくださーい!」


 山を飛びながら呼びかける。同時にピット器官で熱源を探す。住宅街はナウが自転車で、山の反対側を黒酢の二人が担当している。かれこれ一時間ほど、アルトから逃げていた二人の行方を追っている。もう辺りも真っ暗だ。


「うーん、どこに行ったか・・・アレ?」


「どうしましたツチノコ?」


「いや、あっちに熱源が・・・」


「っ、行きましょう!」





「フェネック、大丈夫か?」


「大丈夫です、アライグマさんこそ・・・」


「いいや、私は平気だ。心配いらない。ところで・・・あいつはまだ追ってきてるかな?」


 アライグマに抱えられたままのフェネックは、頭の中で少々前の映像を再生する。道路を横切った時に橋の方に一瞬見えた人影、間違いなくトキとツチノコだった。あそこで何をしていたのか?橋を塞ぐように立っていた二人、少し引っかかるものがある。もしあそこにいれば、確実にアルトと・・・


「見つけた見つけた、フェネック?」


 そこまで考えた時、頭上から声をかけられる。ツチノコのものだ。


「おお?ツチノコとトキじゃんか、昼間はどうも。ごめんなトキ、勝手に出てきちゃって」


 声をかけられたフェネックよりも先にアライグマが受け答えする。フェネックはアライグマもこの二人と面識があったのかと驚く。

 そうこうしてるうちにトキとツチノコが地面に降りる。


「なんでトキとツチノコが一緒に?」


「こっちのセリフだ、なんでお前ら二人一緒なんだ」



 〜かくかくしかじか説明中〜



「なるほど・・・じゃあ私が、今日バラバラに全員と会ったって偶然だなぁ!」


 アライグマが元気にそう言う。


「確かにそうですね、それでツチノコ?」


「ああ、フェネック。朗報だ。アルトはさっき警察に連れてかれた、もうこんな山奥に居なくても大丈夫だぞ」


「え・・・本当ですか?」


 フェネックの言葉にトキとツチノコが満足そうに頷く。言葉では言い表せない嬉しさ、達成感、安堵感。やっとあと苦しみから解放される、同じ苦しみを味わう人もいなくなる。

 そう考えていると。


「おお!じゃあ安心だな、今日はウチ来いよフェネック!行くとこないだろ?」


「えっ、はい確かにないですけど・・・」


「じゃ、決まりだ!ありがとう二人とも!またどっかでな!」


 アライグマがそこまで言うと、フェネックを抱えたまままた走り出す。フェネックも満足に二人と会話が出来ないまま立ち去ってしまう。


「あいつ、かっこいいことするな」


「ふふふ、お似合いですね?」


 そうやって残された二人で笑っていると、ツチノコが急にトキの背中に手を当てる。トキが不思議に思っていると、急に身体がふわりと持ち上がる。


「ツ、ツツツツチノコ!?急に・・・その!?」


「・・・嫌か?」


 お姫様抱っこ。さっきフェネックがアライグマにされていたやつだ。今はトキがツチノコにされている。

「嫌か?」というツチノコの質問、トキにとって嫌なはずがない、とても嬉しい。でも、顔が近いし急だしなんだしでとても恥ずかしい。


「嫌じゃないです、嬉しい・・・」


「ん、良かった」


 そう言って、ツチノコが歩き出す。それに合わせてトキもゆらゆらと揺れる。


 ふと、抱えれるトキとちょっと下を向いたツチノコの目が合った。お互い、ついその顔から目が離せなくなる。


「んっ・・・」「ぅん・・・」


 何の言葉を交わさずに、キスをする。形としてはツチノコが上から重ねに行き、トキがそれを受け止めるという感じだ。


「ツチノコ、大好きです」


「うん、私もだ」





 その後はナウと黒酢と合流、フェネック達に会ったのでもう大丈夫だという話をして解散。家に戻ってきた。


「はー、お腹すきました」


「私も・・・朝からなんも食べてないしなぁ」


 ぼふん、とトキがベッドに倒れ込む。いつもならふんわり受け止めてくれるのだが、今日は少し違った。具体的には、湿っている。その事が、昨夜改めて何があったのかを実感させ、勝手に頬を赤く染める。


 そうしていると、ツチノコが同じようにして横に倒れ込む。ずっとそうだったから慣れてはいるが、シングルベッドに二人なので結構狭い。裏を返せばその分密着できる。


「ベッド、しっとりしてるな」


「ええ・・・その、すみません」


「じゃあこれ以上は変わらないな?」


「え?」


 ツチノコがボソリと呟く。トキがどういう意味かと聞き返す間に、ツチノコからもぞもぞと近づいてくる。そして、背中に手を回されトキは動けなくなる。


「これ以上濡らしても、変わらないよなって」


「そ、それって・・・」


 しゅるる、とトキの片足にツチノコの尻尾が巻き付く。蛇が獲物を捕らえる時と同じだ。でも、巻き付くのは狩りの時だけじゃない。例えば、パートナーとの時は?


「お腹へった」


 ぽつ、とツチノコが言ったその時。ぐいっとトキが抱き寄せられる。顔が近い、お互いの吐息すら感じる。そして、耳元で、こそっと。


「トキのこと、食べてもいいか?」


 昨日はトキから。今日はツチノコから。

 昨日は繁殖期とアルコールがあり、積極的だったトキだが、今日はそうではない。嬉しい、恥ずかしい怖い、楽しみ、いろんな感情が混じりあって複雑だ。


 でも・・・やっぱり・・・


「優しく、食べてください」


「じゃあ、いただきます」


 キス。もっと深いキス。離して糸引いて、またもう一回。お互いの服のボタンを外し、チャックを下ろし。下着も取り払う。


「いいん・・・だよな?」


「はい、来てくださいツチノコ・・・」


 昨晩に続き、今夜も二人は愛し合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る