第52話 追、逃、援

「トキ、髪、白に戻ったんだな?」


「へ?そうですか?全然見ないで来ちゃったから・・・」


「やっぱその方がいい、トキらしい」


 土手に並んで座り、談笑する。幸せがこんな身近に感じる、それこそが真の幸せかもしれない。お互いは知らないことだが、今日会ったアライグマのことを思い出しながら自分のパートナーの顔を見つめる。トキも、ツチノコも。


「そういえば、この手錠どうしたんですか?」


「ロバがくれた、これでトキ捕まえてこいって・・・な?」


 ツチノコが左手を持ち上げると、トキの右手がそれにつられて持ち上がる。他人から見たら異様な光景だろうが、お互いが繋がって離れられない今の状態はなんとも言えない安心感をもたらしてくれた。それだけ、二人とも離れ離れが不安だったのだ。


「ツチノコ、ありがとうございます」


「・・・どういたしまして?いや、こちらこそ。だな」


 夕日が綺麗だ。川の向こうに見える山の上を朱く染めて、それより上は青緑の夜色になっている。


「トキ、泣き跡ひどいぞ?」


「ツチノコだって。ごめんなさい、私が身勝手に出てったばかりに・・・」


 そう言ってトキが申し訳なさそうに目を伏せると、ツチノコが珍しくいたずらな笑みを浮かべる。


「じゃあ、お詫びとしてもう一口くれ」


「えっ、ええ!?・・・もちろんです、どうぞ!」


 トキがツチノコに向き合う。ツチノコも同様。そして、無抵抗に目を閉じるトキの唇にツチノコが自身のそれを近づける。柔らかくて温かなそれが触れ合い、自分達が愛し合っていることを確認する。

 ゆっくりとお互いの感触を感じたあとに、少し惜しそうに離す。でもそんなに惜しむ必要はない。二人なら、いつでも何回でも出来る。


「そうだ、これ持って来たんだよ」


 ツチノコがポケットに入れた手をガサゴソと動かして引き抜くと、少しだけ懐かしい百合の飾りが出てくる。


「最近付けてなかったろ?ほら、ちょっと寄って・・・付けるから」


 じりじりとトキがツチノコに身を寄せると、垂れ下がった赤色のもみあげに白い百合のヘアゴムを括り付けるツチノコ。片手だけなのに器用に手を動かす。


「ツチノコ、そっちかしてください。私も付けてあげます」


 オレンジの鬼百合の飾りがついたブローチ。照れた顔のツチノコから手渡しでトキが受け取り、それも片手でツチノコの首元のリボンに付ける。


「・・・なんだか、指輪交換みたいです」


「手錠付けてか?」


「私はツチノコとなら手錠付けてでも大歓迎ですよ?」


「・・・私も、トキとなら」


 お互い照れくさくなって笑う。肩を震わすと、二人をつなげる手錠がチャリチャリと揺れる。


「そうだ、ロバに連絡しないとな」


「え?なんでですか?」


「トキ探すの手伝ってもらってたからだよ、見つけたって報告」


「ご、ごめんなさい・・・」


 ツチノコは耳元に手を当て、フードに隠れて見えないインカムの電源を入れる。


「ロバ、トキのこと見つけた。ありがとうな」


『本当ですか?良かった!』


「ああ、手錠も使わせてもらってるよ。なぁ、トキ」


「あっ!?はい、おかげさまで」


『とりあえずいつもの調子で安心しました。もうこんなこと起こさないでくださいね?あ、そういえば、GPSによるとそっちの方に・・・』


 ロバの声が機械を通じて聞こえていたその時。


「ツチノコ、あれ!あれ!」


 トキが声を張って、左手で川を指さす。左手側に見える橋をくぐって指さされている地点には、川にしては異様な色。金とピンク、灰色と青・・・?


「あれ、フェネックとアライグマじゃ・・・」


「ツチノコもアライグマと?って、今はどうでもいいです!助けに行きましょう!」


『ちょっと待って、話は最後まで聴いて?』


 ロバがツチノコの耳に再び話しかける。ツチノコはトキに「静かに」とハンドサインを送りながら、インカムを付けた右耳に神経を集中させる。


『黒酢からの情報で、そっちに怪しい男が向かってる。その金髪の子が目的みたい・・・って言ってたの』


「・・・わかった、参考にする」


『感動の再会のところ申し訳ないけど、パトロールのお仕事。二人とも気をつけてね』


「ロバさん、なんて?」


 インカムを付けてないトキに事情説明。ふむふむと頷きながら聞くトキが、やがて口を開く。


「その男って・・・例の」


「ああ、アルトってやつだろうな。そう、忘れてた!フェネックが今日脱走するって!」


「・・・じゃあ、追っ手ということですね?それこそ行かなきゃ!」


 すくっとトキが立ち上がる。すると、右手に違和感。それもそのはずだ、今二人は手錠で繋がれているのだから。


「これ、外さなきゃな・・・」


「大丈夫です、私は逃げませんから!こんなの無くてもツチノコと一緒です、そうでしょう?」


「・・・ああ、もちろんだ」


 ツチノコは、またポケットをまさぐり小さな鍵を取りだす。


「この手錠、私達よりもお似合いのご主人様が居ますよ」


「フレンズを虐待する飼育員とかか?」


「・・・そうです、そんな悪いやつ、私達で捕まえましょう!」


 ツチノコが頷く。


 それと同時に、二人の手首から重い金属が外れた。





「だ、大丈夫かフェネッグぅ・・・」


 ぜえぜえと息を荒くしながらアライグマが呼びかける。どうにかこうにか川を渡り、さっきまで居たのとは向かい側の土手に上がって、フェネックがアライグマの肩に回していた手をとく。


「大丈夫です、ごめんなさい急にこんな迷惑かけて・・・」


「それどころじゃない、後ろ見てみろ・・・もうアイツ居ないぜ?追っかけてきてる・・・」


 促されて、フェネックが川を挟んで向こうの土手を見るとアルトの影はなかった。バイクごとだ。


「次はどこに逃げるんだ、計画無しってわけじゃないだろ?」


「いえ、ここからは私一人で逃げます。山に入って、一晩やり過ごそうと思ってるので・・・アライグマさんを巻き添えには」


 フェネックが、自分の決意を表明する。アライグマを巻き込む訳にはいかない、というのはもちろんだが、正直もう成功の希望が薄いこの状況では自分一人の方がどう転んでも都合がいいと思ったのだ。


「あーもう水臭い!さっきまで泳いでびちょびちょなのに、水はもういいっての!」


 そう言ってアライグマはフェネックの横に回る。


「だから、これは私の問題ですし・・・ぅえ!?」


 アライグマがフェネックの肩と足に手を寄せる。


 そして、次の瞬間。


 フレンズとしても小柄な彼女。その見た目では想像もできない力でフェネックの膝を腕で前に押し、バランスを崩して倒させる。それをもう片方の腕で支え、背中を持ち上げる。突然のことにフェネックが驚いているうちに、膝の方に当たったままの腕を膝ごと持ち上げる。

 すると、フェネックの体は完全にアライグマに持ち上げられた状態になる。俗に言う、お姫様抱っこというやつだ。


「喋るな、舌噛むぞ?」


 何故か赤面しているフェネックの顔を見下ろしながら、アライグマが短く発する。そして、その返事を待たない間にアライグマが勢いよく走り出した。


 人ひとり支えて、さらに二人分の濡れた衣服の重量が加わっているとは思えないスピードだ。


「後ろ!来てるか!」


 フェネックが抱えられたまま後ろを確認する。ゆらゆらと揺れる視界の中で、後ろにアルトの姿は無かった。

 覗き込む彼女の顔に向かって、首を横に振る。


「とりあえず今は大丈夫か・・・橋の分遠回りするとは言っても向こうの方が遥かに速いからな」


 その通りだ、アルトの方がスピードは勝っている。大事なのはいかに撒くことが出来るかということだろう。


「少し危ないけど橋から続いてる道路横切るからな!そっちの方が建物が多い、この工場地帯みたいなところじゃダメだ!」


 言われてみれば、この辺りは建物が少ない。大きな建物がチラチラあるだけで、民家のようなものはこれっぽっちも確認できない。


「横切る時に橋の方見といてくれ!アイツがどこにいるのか把握したい!」


 テンポよく走っていたアライグマが、右足を急に止めて地面に擦り付ける。それまでの勢いの右側だけが殺され、残った左側の勢いは右足を軸に回転をかける。ギュルンと右側に半々回転して、勢いを弱めることなく走り続ける。


「・・・」


 前を向いて走り続けるアライグマの顔を、抱えられるフェネックは見ていた。正確には、目が離せなかった。たった数回しか会話をしていないような自分のために、服をぐしょ濡れにし、息を荒くして走る彼女の凛々しい顔が何よりも格好良く目に映った。


「よし、信号青だ!ソッコーで渡るぞ!」


 その声にハッとして、目を橋の方に向けて待機する。景色が右に流れていく。


「出るぞ!」


 そう言って、ぱっと一瞬見えた橋の方に見えたのは。


 数少ない、自分を友と呼んでくれた二人のフレンズの姿だった。

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