第51‐B話 もう捕まらない
頬を汗が伝う。足が異常に疲れた。
それでも私は足を止めない、けんけん足でひらすら前に進む。時々後ろを振り返る。人影は・・・ない。
「大丈夫、逃げ切れる、大丈夫・・・」
ただでさえ荒い息をさらに苦しくするのはわかっているが、自分に言い聞かせるように言葉を続ける。
大丈夫、大丈夫。アルトさんは、私の行き先なんて知らないのだ。逃げられたというのがわかっても、どこに逃げたかまではわかるはずがない。
そうやって後ろを見ながら走っていたら。
けんけんする右足が何かを踏む感触。硬くて丸みのあるなにか、恐らくは空き缶。
つるりと足が滑って、身体が前にがくんと倒れた。そして、胸から。思い切りアスファルトの地面に叩きつけられる。
「いったぁ・・・」
呻き声のように言葉が漏れる。立ち上がろうと思っても、頼みの右足の膝を擦りむいてしまったようで、痛みが走る。
「うう・・・!」
ここまで来たら根性だ。足が痛かろうとなんだろうと、ここで止まるわけにはいかない。さっき打たれた頬をさすりながら、ゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫、逃げ切れる、大丈夫・・・」
気がついたら、日が沈みかけていた。
まだ、アルトさんは追いかけてくる様子がない。気持ちも落ち着いてきて、少しずつでも川を渡る橋に向かって歩を進める。
「へっ、ちょろいちょろい・・・こんな簡単にいくとはなぁ」
自転車を漕ぎながら思わず笑ってしまう。飼育員会議は前々から決まっていたことなのに、俺がちょーっとしゃべれば無くなった。思い返すだけでも愉快だ。
あの面倒な女・・・戸田井奈羽が部屋に入ってきて、トキのフレンズが行方不明だと話してからだ。事情を話して、新人のピンク髪が目撃したと情報を説明した後。
「会議なんて開いてる場合じゃないですよ!みんなで探しましょう、見つからなかったら大変です!担当とか関係ありません!我々は飼育員としてフレンズの生活をサポートするのが仕事!みんなで分散して探しましょう!」
なんて、ちょっと声を張ったらお偉いさんすら頷いた。そんなわけで解散して、今はそれぞれ捜索。
なーんて、お利口にするわけないが。わざわざ遠いところまで足運ばせやがった面倒な会議が無くなったので家でゆっくりと休もう。気分がいい、またあのキツネを電気椅子にでも乗っけてやろうか。
そんなことを考えながら、ふと目に留まったのは民家・・・に見せかけた行きつけの店。なんの店か?危なくて楽しいものをたくさん置いているところだ。
「今日は新物でも買って遊ぶか」
あまり傷を付けられないのが残念だが、もっと精神的にいたぶるものでも買おうと、店に入る。非合法の臭いが強い店だが、そんなことは気にせずに足を踏み入れる。
なんだかんだ二時間ぐらいだろうか、少し長居してしまった。
「楽しみだなぁ」
真っ黒なビニール袋をカシャカシャならして、そっとほくそ笑む。
「・・・早く帰るか」
また自転車のまたがり、家まで飛ばす。
その時に、おかしなようなものを見つけた。
家から7kmとか、それぐらいの場所だろうか。遠くの方に、サッと電柱の影に隠れた人影を見たのだ。それはどうでもいいのだが、問題はその後だ。体は綺麗に隠れて良く見えなかったが、電柱に隠れ切ることの出来なかったのか、飛び出した金色の耳。もちろん、フレンズのものだ。
「・・・まさかな」
見覚えのある形をしていた。妙な胸騒ぎと共に自転車を走らせて。
「かなり嫌な予感がする」
そう言って、家の扉を開ける。
「フェネック!返事しろ!」
家に響く声。それだけが返ってきて、他にはなんの音も聞こえない。リビングを見て、二階に駆け上がる。廊下を突き進んで、彼女の部屋の前に立つ。冷や汗が頬を撫でる。
ドアノブを下ろして、ドアを押し開ける。中には誰もいない。
「っそ・・・やられた」
一瞬でピンと来た。ヤツは逃げ出したのだ。今までの俺の行いが世間にバレれば、人生真っ暗だ。なんとしても、連れ返して口を塞がなければならない。もっとも、「死人に口なし」という意味ではないが。
家を飛び出して、自転車に・・・
「ダメだ、遅すぎる」
仕方がない。帰り道は乗り捨てる覚悟だが、別の手段だ。
ガレージのシャッターを開ける。久々なので、やたら動きが渋い。そして、奥からそれを取り出す。
「コイツに乗るのも久々だな・・・よし、さっさと捕まえてくるか」
またがり、エンジンをかける。ヘルメットを嫌々ながら被り、それをゆっくりと外に出す。ふと、自転車に吊るしたままの黒いビニール袋が目に入る。・・・あの中身、役に立ちそうだ。袋の中身をジャケットのポケットに突っ込み、さっきまで自転車で通ってきた道をバイクで逆戻りする。
「・・・とっ捕まえてやる」
エンジン音が、辺りに鳴り響いた。
「人生は修羅に始まり修羅に終わる」
私、アライグマはまだこうやっていろんなフレンズに話を聞いている。もっとも、まともな話を聞けたのはツチノコだけだが。
そして、今目の前にいるのはキンシコウのフレンズだ。
「炎の道を突き進め!さすれば至福の領域に到達出来る」
「・・・あほかーーーっ!!」
いや、あほか?そうでもないか?・・・どちらにせよ、私には向いていない。ツチノコのパートナー理論の方が私の好みだ。
「小娘、あほではないぞ」
「いや、悪い。つい口に出ちゃったけど、まぁそんなあほでも無いんじゃないか?でも、私はいいや・・・ありがとう、参考にするよ」
・・・次はコアラでも訪ねるか。
くそっ、あの人間モドキ。これと言った手がかりがない。バイクをひたすらに走らせながら舌打ちをする。
と、そんな時にふと自分のいるその部分だけに黒く影が出来る。
「はーい、ちょっと止まってくださいねぇ?」
空から高い声で呼び止められる。バサバサと音を立ててフレンズが二人こちらに向かってくるようだ。両方黒いフレンズで、片方コウモリ、もう片方は猫の仲間だろうか?コウモリの方がもう片方を抱えて飛んでいるようだ。
「スピードの出しすぎだ。危ないからもう少し気をつけろ」
猫の方が真面目なトーンで注意してきた。面倒な事にはしたくない、普通に謝る。それで満足なのか、ふたりは「もうするなよ」と言うような視線を投げて、また飛び立とうとする。
「おい、ちょっと待て」
空を飛んでいたこいつらならフェネックの情報があるかもしれない。呼び止めて、それだけ聞こう。
「・・・なんだ、私達はパトロールしなくてはいけないんだが」
「人探ししててな?金髪ででかい耳生やしたフレンズ知らないか?ピンクのセーター着てて・・・」
「わたしはわからないなぁ、目、悪いし。クロジャ見た?」
「・・・それっぽい奴なら。ついさっき見た、そこの角を曲がって、そのまま道なりに。川の方だ」
おっと、これは儲けもの。こうもあっさり居場所が特定出来てしまうとは。ここは不本意ながら礼を言ってやろう。
「わかった、ありがとう」
「その子を探すのはいいが、スピードは注意だぞ」
念を押してから、彼女らは飛び立った。
「よし、あとは追いかけるだけ」
エンジンをふかし、また走り出した。
「・・・ロバ、通信」
『どうしたんですか?』
「怪しい男を見つけた。カグヤと二人で尾行する」
『わかりました。何かあったら連絡をください、近くの隊員向かわせます』
「「了解」」
「もうすぐ、川・・・あそこを越えて、あとは山に入れば」
もうすぐ。もうすぐってところだった。
何度も確認させられるが、私は耳がいいようだ。遠い後ろで鳴っているバイクのエンジン音を聞き取ってしまう。
「もしかして」
何度か聞いたことのある音だった。時々、アルトさんがガレージで鳴らしたり、朝早くに乗り出していた時に聞いた音。
気がついたら、私は進む足を早めていた。痛いのは我慢して、けんけん足で逃げるように川へ向かう。
後ろからの恐怖に駆られ、必死に走った。ちらりと振り返ると、遠くにバイクが見える。乗っているのは、男の人のようだ。
まずいまずいまずい。逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。
本能でそれがアルトさんだということを察する。もう目の前には土手が見える、もう辺りは暗いがまだ見えなくなるような暗さでは無い。夕日がまだ見えている。
「私は、捕まったりしない・・・!」
必死に、地面を蹴った。川まであと数十メートル。もう少し、もう少し!
橋が見えるがそんなところに行く余裕はない。エンジン音はどんどん近づいてくる。
そして、私は土手の斜面になっているところを思い切り駆け下りる。しかし、少し問題が。右からものすごい速く走ってくる人影。
このままじゃ・・・ぶつかる?
私、アライグマは。一日中パークを走り回り、色んなフレンズの生き方を学んできたのだが。
もう、コアラの独特な食生活を目の当たりにして心が折れた。
「なんだよ猛毒たっぷりユーカリって・・・食えるかそんなん・・・」
さすがに疲れ果て、夕日が照らす土手に座り込む。草が茂っていて、座るとチクチクする。
「はぁ・・・変なやつばかりだったな。ひょっとして、アニマルガールってみな変わり者ばかりなのか?」
今日あった面々を思い出すとそう思えてくる。
「私も巷では変わり者と言われているみたいだけど・・・。自分で言うのもなんだけど、私めっちゃまともじゃね?」
そこまでたどり着くと、やっと今日の収穫を得られたように感じる。
やっぱ、自分自身でいることが一番の幸せってことか〜。
思わずその結論に感動し、立ち上がる。
体いっぱいに、春の空気を感じる。
「私幸せだったんだな〜、そして唯一まともだったんだな〜」
はて・・・
じゃあなんで私は他の娘になりたいと思ったんだ?
頭の中を思考がぐるぐる回る。ほかの娘のようになりたい、変わり者ばかり、やっぱ自分は幸せだった。ここまでが今。
じゃあなんで他の娘になりたいと思った?・・・自分自信が不満だからだ。ほかの娘のようになりたい。
「・・・ダメじゃん!やっぱ私幸せじゃないじゃん!」
結局振り出しに戻る。思わず、目的もなしに私は土手を走り出した。吹っ切れた、というか悔しさを紛らわすためだろうか?とにかく走った。
すると、坂になっている土手の上から何かが駆け下りてくる。金髪に大きな耳、なんか見覚えが・・・って、この進路は。
「あだっ!」 「うわっ!」
私は走って急ブレーキが効かない、彼女の方も勢い余ってしまっているようで思い切り激突した。
「わ、悪い!・・・お前、フェネック・・・?」
「はへ?アライグマさん!?」
彼女はとても焦っているのか、気が動転しているようなので、簡単になだめようとする・・・が、その前に服をグイッと掴まれる。
「た、助けてください!」
「お・・・?ど、どうした?」
「追われてるんです!私、足が動かなくて・・・!お願いです、助けて!」
彼女は右手で土手の上の方を指す。遠くからエンジン音が聞こえてくる。私もそれから何か嫌なものを感知する。逃げよう。体が勝手に動いた。
「フェネック、掴まれ!川泳ぐぞ!」
「え!?はい!」
フェネックをおぶり、肩から胸にかけて手を回させる。川に向き合って、右手に見える橋は結構遠い。
乗り物で来ることを考えると、川を渡るのは差をつけるのに最善だ。
身体能力は特別高いわけではないだろう。しかし私は泳ぐのはそこそこ得意だ。フェネックがしっかりと掴まったのを確認して、川に飛び込む。
ざぶざぶと泳ぐ。
遠い後ろから怒号が聞こえる。例の、フェネックを追っているやつだろう。事情は知らないが、とにかくやばい状況なのは理解した。
「フェネック、余裕あるか・・・?」
土手に転がり込んだら、まさかこの人に出会うとは思わなかった。
初めて会った時と同じ出会い方だ、二人とも不注意で体がぶつかり合った。
そして今、その体にしがみついて背中に体を合わせている。
ざぶざぶと泳ぐ。
頼もしい彼女に、体を預ける。一人で逃げるのとは段違いの安心感。彼女がいるだけでこうも違うのか。
「フェネック、余裕あるか・・・?」
そんなことを考えていると声をかけられる。こんな状況でなんだろうか?
「なん、ですか?」
「後ろ向いて・・・あっかんべーだ!私は捕まえられないぞって、教えてやれ・・・!」
その提案。本当にこの状況で何を・・・という感じだが、おもしろい。乗った。
後ろを振り向く。バイクを降りてこっちを見ているらしいアルトさんに向けて、ベロを突き出す。少しだけ片手を離して、目のしたを引っ張る。
私は・・・もう捕まらないぞ。
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