第51‐A話 もう逃がさない
「ツチノコちゃん!見っけた!?」
「だめだ、色んなところ回ったけど全然手がかりなし・・・」
ナウの家の前。ツチノコは集合の二時に少し遅れ、走ってそこまで来た。息を整えながら大きな声で聞かれた質問に答える。
「くぅ・・・トキちゃんがそんなに帰ってこないなんて絶対おかしいよ!家出か、誘拐か?」
ナウが険しい表情をする一方で、ツチノコは顔を曇らせる。アライグマと会ってトキがいないこの事態の重さを思い知らされたこと、それなのに何処にもトキがいなかった事実などが重なって、ツチノコはすっかり弱気になってしまっていた。
「トキ、もう帰ってこないのか?私、トキいないと・・・私・・・!」
ナウが見ている目の前でボロボロと泣き崩れるツチノコ。チャリチャリとツチノコの左手の手錠が鳴る。
ナウはその様子を見て、過去の自分を思い出す。
トキが大変な目にあってたのを知らずに、のうのうと暮らしてた自分。それが許せなくて、罪悪感のあまりに体調を崩し、それがまた負のスパイラルとして気持ちも弱らせる。やがて、死を望む程になってしまったのだ。
それとは少し違うが、今のツチノコが弱ってしまっているのは見て取れる。あの時自分を慰めたのは彼女だ、次は、僕の番。
「ツチノコちゃん、大丈夫。トキちゃんは必ず帰ってくるから。ほら、泣いてたってしょうがないでしょ?涙は再会の嬉し涙にとっておきな?」
「でも・・・どこにもいなかった!やっぱり、私のことが・・・」
「ツチノコちゃん、痛いよ?我慢してね?」
「へ?」
ツチノコの頬に手を添える。ツチノコがかつて自分にしてくれたこと。目覚ましだ。
彼女のきょとんとした顔が見える。そして、そこに・・・
思い切り、頭突きをくらわす。
「いっ・・・た、何を・・・?」
「イタタ、忘れちゃった?僕がダメになった時、ツチノコちゃんがしてくれたんだよ?ほら、泣くな!トキちゃんに合わせる顔が無いぞ!」
ビシッ、とナウはツチノコの目の前に人差し指を突き出す。ツチノコは瞬きひとつして、表情をいつものものに戻す。ぼーっとしている様で、何かを深く考えてるような、ただし無表情ともつかない不思議な表情。
「・・・ありがとう、落ち着いた。私、また探して来る」
「うん!僕、飼育員で会議があるから顔出さなきゃ行けないんだけど・・・すぐ捜索に戻る。ついでにほかの飼育員に聞いてくるよ、トキちゃん有名人だから」
ナウはそう言ってまた自転車にまたがる。
「じゃあ、今日はここでお別れ。見つかったらそっちのうちに連れていくから、ツチノコちゃんはちゃんと寝てね?夜通し探そうなんて考えたら、それこそツチノコちゃんもさらわれちゃう。今日で駄目だったら警察に連絡しよう、ジャパリパークにも警察署はあるからちゃんと対応してくれるはず」
ナウの言葉にツチノコは頷いて対応する。ナウはそれを確認して、満足そうな顔をしてから「じゃ」と短く吐いてペダルを踏んだ。あっという間にツチノコから見えなくなる。
「・・・行くか、次だ」
足を運んだのはいつものショッピングモール・・・のはずだったが行く途中の銭湯にも寄ってみた。
「あら、いらっしゃ・・・あれ?トキちゃんは?」
もう慣れた反応。事情のあれこれを説明する。
「あら〜・・・もしここに来たら伝えておくね?気をつけて」
「ありがとう、悪いな」
そんなやり取りの末、すぐに外に出る。
「うーん、でもショッピングモールってのも無さそうだし・・・どこだ?」
悩みながら、とぼとぼと道を歩く。もう、本当に心当たりなんてない。
一瞬、私の洞窟が浮かんだがあそこは外から非常にわかりにくいようになっている。一回、それも随分前に行っただけのトキがいるとは考えにくい。そもそも、私自身外からはよくわからない。中はバッチリ把握しているが、外から見たのは出た時とトキ、ナウの三人で訪れた時だけだ。
そんなことを考えながら道を歩いていると、不意に呼び止められる。男性の声だ。
「・・・?」
「こっちだよ嬢ちゃん、今日は一人かい?」
声のする方に見えたのは、「甘酒」の文字。そして、見覚えのあるもじゃもじゃ髪と無精髭。
「まぁまぁ、そんなところに突っ立てねぇでこっち来な」
私はその声に、妙な安心感を覚えた。
ただ、力なく川の流れを見つめるだけだった。顔がチクチクすると思ったら、いつの間にか体が横に倒れて顔が芝生についていた。
それでも関係ない、脳自体が体を動かす信号を出すのを拒否したかのように体を動かす気にならない。
「ツチノコ・・・」
声帯は自然と震えた。他のことなんて考えられない、ツチノコの事ばっかり頭に浮かぶ。でも、その彼女に顔を合わせるのはもう叶わないのだろう。もう泣き飽きたはずだが、それでも泣かずにはいられない。
やはり力は入らず、土手に死んだように転がることしか出来ない。もう、何をするでもなく、ただただ息を吸って吐いてするのと泣くことを繰り返していた。
「すみません遅れました!」
ジャパリパークにあるとある建物の一室。今日は会議用に長い机が並べられている。そこに入るなり僕は声を張った。
「くすくす、ナウちゃん?三時からの会議で、今二時五十分前だよ?遅れてないない」
僕の先輩飼育員さんが笑う。
「いや、あの、つい・・・ごめんなさい、僕今日の会議、外しても大丈夫ですかね?ちょっとトラブルが」
「トラブル??」
ことの経緯を説明する。もちろんトキちゃんの話だ。
「あららら・・・それは今すぐ行ってあげて?そうだ、その前に・・・」
「誰かー!今日のうちに、トキのフレンズ見かけた人いるー!?」
声を大きくして部屋の中の飼育員達に呼びかける先輩。本を読んだり、何かを書きながら時間を過ごしていた皆が一斉に振り返る。その中に、ニヤリと笑う男の顔もあった。
「大変じゃないですか戸田井センパイ。会議なんて中止してみんなで探しましょうよ?」
男が立ち上がって呼びかける。首から下げている札に書いてあるのは、「古谷歩人」の文字。深刻そうな表情をしながら、時々笑みが見え隠れする。他の飼育員達もその声に耳を傾けている、その時。
「あ・・・その前に、私トキ見ました。午前中ですけど・・・」
真っ直ぐに手を挙げる、ピンク色のサイドテールが特徴的な女性。というよりは女の子の方が適切だろうか。新人の菜々だ。
「本当!?教えて、どこ!?どんな感じだった!?」
つい質問攻めにしてしまう。その勢いに押されてしまったか、あうあうと口をぱくぱくさせてから焦ったように答える彼女。
「あの、カラオケボックスに・・・なんだか、力抜けたというか?魂抜けたみたいな感じで・・・」
カラオケはジャパリパークに一店舗しかない。とはいえ、午前中の話・・・知ったところで現在位置のどれ位参考になるかは分からない。飛べるトキだ、数時間でも随分遠くまで行ける。
それより大事なのは様子のことだ。まだ誘拐、拉致の可能性が消えたわけではないが、どうやら何かの用事で家を出たとういう訳では無いらしい。そもそも、ツチノコを置いてカラオケなんて彼女は絶対にしないはずだ。
「やっぱり何かあって、それで飛び出してきた・・・か」
「ナウさん?」
「いや、ありがとう菜々ちゃん!すみません、僕探してきます!」
バタン、と扉を閉めて会場を後に。最後に、聞きたくない男の声が聞こえたが今はそんなことを気にしている暇はない。
「「絶対連れ戻す・・・!」」
「そう決めたんだ、何か情報ないか!?なんでもいい、それっぽいフレンズを見たでもいい!教えてくれ!」
私は目の前の男に怒鳴る。彼は全く悪くない、ただただ甘酒を売っていただけだが、私、ツチノコとしては藁にもすがる思いだ。ほんの少しの情報でもいい、それで今こうしてる。
「悪いが知らねぇなぁ・・・しゃーね、俺も探すか・・・」
「本当か?助かる、ありがとう!」
「まぁ、俺も結構大物ってのを覚えとけ?あんまりやばけりゃ本気出してやる」
よっこらせ、と男が立ち上がる。ボリボリともじゃもじゃ髪を掻きながら荷物の整理を始めた。
「最初から本気出せないのか・・・?」
「色々あるんだよ、俺の本気だけど俺だけじゃ出せない本気だからなぁ?」
「そうか・・・とりあえず頼む、私は行くよ」
私はそう言い残してまた駆け出す。
「ああ、任せてお・・・あ、連絡はどうする?」
そんな男の声は聞こえなかった。
トキは泣き、ツチノコは駆け、ナウが自転車を漕ぎ。
そうやって、時間が過ぎた。
もう夜になる、日が丁度沈み切った時間帯。
『わらったーり、したいな・・・ないーたーり、したいなー』
気がついたら、ぽつりぽつりと歌を口ずさんでいた。口から漏れる、今の気持ちにぴったりな曲。
『きーみーともういちーどー・・・』
もう、彼女とは会えないのだろう。それでも、きっと私は想い続ける。ツチノコが好きだから。大好きだから。
『ずっと、ずっと、だーいすき・・・』
そこまで歌って、歌うのをやめてしまう。この次の歌詞は『キミには聴かせないよ。』だから。本当の気持ちを言うならば、聴いてもらいたい。私の歌を。これで幸せにすると決めたのだ、聴かせないなんて言わない。
「・・・もう、関係ないですけどね」
ため息ひとつ。空を見上げた。
ひたすらに走って、もう足もまともに動かない。ヘトヘトだ。正直、ここはどこだかわからない。そんな所まで走ってきてしまった。
しかし、走ってきたかいがあったと言うものだ。
川の流れる音に紛れて、弱々しい歌声が聴こえてきた。聞き覚えのある、私の大好きな声。いつもの勢いこそ無いが、聴き間違えるわけがない。
確かに聞いた、トキの声。空を見渡してもそこにはいない、ということは地上だ。この辺らしい。
今よたよたと歩いているのは右手に川が見え、その奥には橋がある土手。川の音だって聞こえるのに、彼女の歌が聞こえたのだ。相当近くにいることが分かる。よく見渡しながら、土手を歩く。坂になっている芝生、左手に見える木々の間。ピット器官で体温を詮索しながら進む。
五分ほど、辺りを練り歩いて。
芝生の方に、横たわる熱の塊を見つけた。
慌てて普通の視覚に切り替えると、熱の位置に白と赤の影があるのを確認する。
ヘトヘトなんて言ったが、そうではなかったらしい。ロバに貰って、左手にはめた手錠をチャリチャリと鳴らしながら私は走った。彼女、トキの下に。
そうやって、私は空を見上げていた。綺麗な空だ、まるで吸い込まれてしまいそう。なんて思っていたら。
カシャン。
右手のところで、聞き慣れない音がする。なんだろうと思って振り返って見えたのは。聞こえたのは。
「やっと見つけた・・・」
二色の茶色のフード、青緑の髪。この空と同じような、吸い込まれてしまいそうな綺麗な目。息を切らしながら、必死に発音されたその声。
「ツチっ・・・!?」
私からも変な声が出てしまう。それもそうだ、隣にいたのは最愛の人、ツチノコ。いろんな感情が沸き起こってきて、どうしていいのかわからない。とっさに後ずさりしようとしたが、右手が決まった場所から動かなくてそれもできなかった。
「もう、もう逃げられないからな?逃がさ、ないから・・・!」
改めて右手を見ると、手錠がはまっていた。繋がっているのは私の左手じゃない、ツチノコの左手。そのまま、彼女は器用に私にハグをする。
「ツチノコ、わたし、私・・・!」
「大丈夫、落ち着いて・・・私、先に言ってもいいか?」
お互い抱きしめあっていた力を少し緩め、ツチノコが数十センチ距離取る。今まで私の肩にあった彼女の顔がよく見える。
「愛してる、トキ。」
整った、綺麗な顔がニカッと笑う。言ってから少し恥ずかしかったのか、頬を赤らめて私と向き合う。
そして、濃密で、幸せな、キス。
「ツチノコ、どうしてここ・・・?」
「いやぁ、苦労したぞ?朝起きたらトキ居ないから、私悲しくなって」
そう、ツチノコが口にした瞬間、私は発作的に、また彼女を抱きしめる。これで最後だろう、今日はいっぱい泣いた。彼女がこうしてくれた以上、泣いていられない。でも、今だけ・・・。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
咽び泣きながら、ツチノコに謝罪の言葉をかける。そうしないと落ち着かなかった、そうせずにいられなかった。
私がぐずぐずと泣きながら言葉を放つたび、彼女は手錠がはまってないほうの右手で私の頭を撫でてくれた。「大丈夫、大丈夫」と言いながら、
「ツチノコ、私のこと嫌いじゃないんですか?」
そう言うと、頭を撫でる手が止まる。すると、抱擁し合って、お互いの頭が真横にあるその形で、
「大好き。愛してるって言ったろ?」
コソッと耳元で囁かれる。言葉の意味も、その聞かせ方もなんともくすぐったい。その言葉が耳から脳へ、そこから全身をめぐって今までの悲しさが押し出される。
「私も・・・ツチノコのこと、愛してます」
そうして、顔を一旦離して。
私達は、もう一度。愛を確かめ合って、深く、濃厚に、「好き」を込めて。
口付けを交わしたのでした。
※ 作中の『』内の言葉は、
作詞・作曲:DECO*27 ショコラビーツ
https://youtu.be/A6qIB9lZNxk
から、一部引用、一部表現を変えての使用をさせていただきました。
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