第50-D話 浣熊

 私は悩んでいた。


 生まれ変わりたい。理由はいろいろあるが・・・とりあえず生まれ変わりたい。だが、新しい人生を歩むにはたくさんのお金が要る。私は仕事をしていないのでそう簡単にはいかない。


 そうやって悩みながら歩いていると、誰かにぶつかった。ピンク色のサイドテール。飼育員用の緑色のジャケットを着ているヒトだ。


「ご、ごめん!」


 謝られる。いや、悪いのは私だ。

 私とほぼ同じ身長の彼女の目をしっかり見ながら、そういう趣旨の言葉を伝える。


「こちらこそ悪い。ぼーっと考え事していたよ」


 いえいえこちらこそ、と焦る飼育員をなだめて自己紹介。とりあえず初めて会ったら自己紹介、私のポリシーのひとつだ。


「私はアライグマ、お前は?飼育員だよな?」


「そうだよ、私は菜々。新人だけどよろしくね、アライグマ」


 そんなやりとりの後、菜々が切り出す。


「考え事って何?飼育員だから、相談があれば乗るよ」


「うーん・・・いや、もう少し一人で考えてみてからだな。まぁ、何かあれば相談させてもらうよ」


「そう?じゃ、頑張ってね」


 菜々はそう言い残して目の前の建物に入ろうとする。彼女が扉を開けて数歩踏み出し、また閉めようとした時に、ふと思いついた。


「なぁ!やっぱり相談・・・いや、提案がある!」


 そう呼びかけた時、彼女が振り向いた。なんでも言ってごらんと言わんばかりのにっこりした柔らかい表情。

 私はその様子に安心して、突拍子もないことと分かっていても提案してみる。


「一兆円くれ」





 ・・・まぁ、結果から言えばダメだった。もともと私だって通るとは思っていなかったが。

「は?」と口に出してからだんだんと困惑の表情に変わっていく菜々は見ていて面白かったな・・・なんて思う。最終的に、頭に「?」マークが二個くらい浮かんだような顔をしていた。


 私が生まれ変わりたいと思う理由。


 だってアライグマとか地味じゃん。もっと人気のあるアニマルガールになりたい・・・という切実な願いからだ。


「じゃあひとつ聞くけど、どんな娘に生まれ変わりたい?」


 私は軽く悩み、軽く答えを出す。人気で可愛いフレンズ。そんなイメージの中でポッと出てきたのは。


「キタキツネとかなってみたい!」


 というわけで。


「キタキツネ、出番だよ〜」


 菜々がそう、部屋の奥に声をかける。「あん?」という小さな返事がして出てきたのは、可愛らしいキツネのフレンズ。


「キタキツネがいるから、生き方とか学んでみたら?」


「おー、ナイスアイデア!」


「何の話?」


 ご本人のそっちのけで進む話。事情を簡単に説明して本題に入る。


「キタキツネになれば幸せになれるか?」


「なれるわけないでしょ」


 即答された。そうなのか?


「夏は暑いし食事量も少ないし菜々のおせっかいに振り回されるし世界一不幸よ」


 キタキツネは一息でそれを言い切ってしまった。そんなにポンポンと出てくるのだからきっと本当に不幸に違いない・・・少なくとも今の私の方がマシだ。





「やっぱキタキツネはやめておくよ」


「あれ、お気に召さなかった?」


 菜々には悪いがキタキツネははっきり言ってダメだ。生まれ変わっても今以上の生活は見込めない。


「そうだな・・・じゃあ、レアで希少価値のある存在になりたいな」


 そう独り言しながら、ドアを開けて外に出る。と、目の前を横切ろうとする茶色の影が目に入った。

 濃さの違う二種類の茶色で、独特なストライプが描かれたパーカーとフードから覗く青緑の髪。更には下駄を履いていると言うなんとも特徴的なフレンズ。尻尾も長い。


「・・・」


 誰だったか。この容姿にぴったり一致するフレンズの噂を聴いたことがある。なんでも、また新しくUMAのフレンズが見つかったとかで少しジャパリパークを騒がせたやつ。


 あ、そうだツチノコとか言うんだった。

 きっと彼女だろう、レアなので滅多にお目にかかれないらしい。・・・うん?レア?


「ウワサをしたらツチノコでた!」


 これはラッキー、丁度レア物になりたいなぁと考えた矢先のコイツだ。キタキツネ同様、幸せなのを確認して生き方を学ぼう。


「おーい、ちょっと待ってよ」


 背後から言葉を投げると立ち止まる彼女。振り向いてこちらを向いた。髪と同じ色をした、綺麗な目だ。


「レアで希少価値がありきっと楽しい人生を歩んでんだろう?」


 そして、答え。


「希少であるというアイデンティティと引き換えに、友達も仲間も社会交流も・・・この世界の何もかもを失うんだ。これが幸せだと思うか?」


 また、サラリと「不幸だ」という旨の回答。いや、なんだコイツめっちゃ暗いな・・・


「お前、めっちゃ暗いな・・・全然幸せそうじゃない」


 いつの間にか口から思ったことが出ていた。ツチノコには失礼なことを言ってしまった、申し訳ない。しかし彼女の方も嫌な顔を全然しない。


「その通り、私は幸せを求め地上に出てきたんだ」


「そ、そうか」


「でも、地上もいいことばっかじゃないな。悪いヒトも居るみたいだし、社会のルールで生活するのも楽じゃない・・・」


 そこまで言い終えると、彼女の目に透明な膨らみが出来ていた。それが頬を伝って地面に落ち、アスファルトを濡らす。


「でもさ・・・こんな暗い私でも構ってくれる奴がいてさ?幸せにしてくれる奴がいてさぁ・・・?そいつが居なかったらって思うとさ・・・私はこの社会にもみくちゃにされてもう心折れてたかもな・・・」


 涙を流しながらも彼女は続ける。話している内容から、最近フレンズ化したという訳ではなく野良のフレンズだったようだ。私と向き合っていた視線を少し上にあげて、何かを思い出しながら話しているようだ。口を閉じる頃にはもうぐしゃぐしゃに泣いて目も開けられないようだった。


「お、おい大丈夫かよ?」


 尋ねると、彼女はパーカーの袖で涙を拭いてこっちに向き合う。また、真剣な表情で話し始めた。


「教えてやる。もし楽しい人生・・・幸せな人生を歩みたいなら。自分の全てを預けられるような、パートナーを探すんだ。一緒にいるとすごく楽しい、幸せなような、そんなやつ」


 何故だろうか、ツチノコになれば幸せになれると思った私が愚かに感じる。キタキツネ同様、コイツもちょっと・・・ダメだ。だが、この幸福論はそのうち参考にさせてもらおう。パートナー・・・ふむ。


「おう・・・ありがとう、悪かったな急に話しかけて」


 とりあえず礼を残して、私はくるりと後ろを向く。あ、私のポリシー。


「あ、言い忘れてた。私はアライグマ、以後お見知りおきを・・・なんつって」


 再度彼女の方を向いて呼びかけ、私は建物に戻った。





 そして、菜々に報告。


「ツチノコはだめだ」


 菜々も困ったような顔をしている。でもダメなものはダメだ、幸せそうに見えない。


「やっぱりトキがいい。トキにならせてくれ」


 レアなツチノコがダメなら、逆に有名なフレンズを狙う。その点、トキは人柄も容姿も知名度も優れていて丁度良いところだろう。あの歌のおかげで強烈なキャラクターにもなっている。


「あっちのカラオケにいるから、会いに行ってみたら?」



 というわけで。猛ダッシュでカラオケまで来たところ、今から受付して入ろうというトキに会うことが出来た。


「なぁ!ちょっと一緒していいか?金は払うし。少し私の幸せのためにお前のことを聞きたいんだけど・・・」


「・・・」


 返事がない。あれ?なんか、私のイメージするトキ像と違う・・・こんな無表情で暗い感じのやつだったっけ?


「おーい、とりあえず一緒に部屋入ってもいいかぁ?」


 少し間をおいて、トキがこくんと首を縦に一振りする。とりあえずOKということだろう。


 そんなこんなで受付を済ませ、ぼーっとした様子の彼女の手を引いて部屋までくる。


 しかし、椅子に座らせて話しかけても何も返ってこない。視線すら合わない。どうしてしまったのかと目の前で手を振りながら言葉をかけたが、すぐには反応せず、やっと目が合ったのは四回目のこと。


「やっと気がついた、どうしたんだお前?」


「あの・・・すみません、ここはどこでしょう?」


 うん?もしかして、今まで意識無かったのか?心空っぽでここまで来たのか?とりあえず、様子がおかしいのは確かなので安否確認・・・病気とかだったら大変だし。


「何処って・・・大丈夫か?ここはカラオケボックスの一室、お前が入ったんだろ?ひょっとして私のことも覚えてない?」


 トキはキョロキョロと見渡して、少し理解がいったような顔をする。だが、疑問が残っているようで、晴れきった表情ではない。そして、ポツリ。


「・・・ごめんなさい、さっぱり・・・」


「まじか・・・私はアライグマ、事情あってお前、トキの生き方とかもろもろ教えて欲しいんだが・・・いいか?泣き跡酷いし、なんかあった?」


 とにかく、こんな状態じゃ話を聞くのもままならない。何かの縁、フレンズ助けだと思って彼女を平常運転に戻すところからだ。

 なんて考えていると、目の前に座っている彼女がぐずぐずと泣き出す。


「グスッ、ふぁ、うぅ・・・ふぅ、ふぅ・・・ヴッ、うぇぇ」


「おいおい本当に大丈夫かよ・・・?ほら、適当なの予約したからお得意の歌でも歌えよ」


 何か辛いことでもあったのだろうか?ならば楽しくもさせてやらねば。というわけで彼女にマイクを握らす。トキというフレンズが歌好きなのは周知の事実だ。



 ・・・が、この作戦が失敗だった。



 正直、前奏が終わって三十秒でダメだった。あんな部屋に居られるわけがない。唸る轟音、マイク調節を忘れたせいでマイク不要の大音量歌声が拡大されて部屋に反響する。そのせいでハウリングスレスレのキィーンという音。


 あまりに酷いので部屋とドリンクバー代の千円を部屋に置いて出てきてしまった。


「あんな奇跡的な音痴はいやだな・・・やっぱトナカイにしておくか・・・」


 カラオケ店の外で思わず地面に手をついてしまう。

 酷い歌だった・・・トキは諦めて別のフレンズだ。

 私はまた駆け出した。



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