第46話 初めての異変

 いへん【異変】

 ① 普通には考えられないような出来事。変事。

 ② 普通と変わっているもの・こと。



 二月に入って約一週間。世間では寒さの厳しさがピークに達する時期・・・な、はずなのだが。


「なんかやけにポカポカだな?」


「そうですね・・・もう春の陽気じゃないですか」


 彼女たちは知る由もないが外気温23度。異常気象である。最近気温が高くなってきたと思っていたらこれだ。


「さ、今日もパトロール行きますか」


「そうだな」


 そんなやりとりをしながら、空に飛び立つ。





 パークパトロール事務所。


「ロバ、なんでそんなぐったりしてるんだ?」


 ライオンが声をかけたロバは、椅子に座って机にグダっとうつ伏せている。


「どうしたのぉ?暑さでダウン?」


「無理は禁物だぞ、ロバもたまには休んだらどうだ?」


 その場に居合わせた黒酢の二人、カグヤとクロジャもその背中に心配の言葉を投げかける。


「いやぁ・・・アツいですね」


 やっと返事をしたと思ったら彼女が出したのは気の抜けた声。いつもの彼女らしくない。


「なんだよ、いくら異常気象だからって強い体で健康が取り柄のロバとは思えないな?」


「そういえばぁ、この異常気象って・・・?」


 カグヤがそう呟くと、ロバがむくりと起き上がって、ノートパソコンのキーボードと叩く。しばらくして、カチッカチッというマウスの音がしたかと思うとその画面を皆が見やすいようにずらしてからまた机に顔を伏せる。


「えっと・・・サンドスターによる気温のバグ?なにそれぇ?」


 その画面に表示されているのはニュースサイト。見出しに大きく「ジャパリパークで異状な暖かさ!サンドスターによる気温の不具合!?」の文字。


「どれどれ・・・ほう?そういうことか」


 内容を要約すると、「サンドスター特有の気象操作効果が異常に作用して急激に気温が変化した」とのこと。サンドスターのおかげでアニマルガールは存在するし、ジャングルの隣に砂漠があるなど不思議な気候も出来上がる。もっとも、良いことばかりではないが。


「で、ロバはこの暑さにダウンと?」


「違いますよ・・・?ほら、あのおアツいお二人様が・・・」


「「「おアツいお二人様?」」」


 ロバの言葉に三人揃って素っ頓狂な声を出す。


「あ、皆さん知りませんでしたっけ・・・いや、どんな顔して会えばいいのかわからないんですよ」


 ロバは深くため息をして黙り込む。他三人もその様子を見て、黙り込む。


「・・・そこに突っ立ってるならパトロールしてきてください・・・」


「「「は、はーい」」」


 ぞろぞろと三人で外に出る。ガラスと扉を閉めて、一応室内から見えないよう横にずれて顔を見合わせる。


「なんであんなロバは不機嫌なんだ?」


「多分、話してた内容からみてリア充が云々じゃないかなぁ?すっごくわかるぅ」


 ライオンの質問に答えるカグヤ。その言葉にうんうんと頷くクロジャ。


「なんで二人ともそんなにリア充を恨むんだよ・・・俺には理解できない心理だ」


 みるみる黒酢の二人の顔が険しくなっていく。その様子を見て地雷を踏んだことを確信したライオンはそそくさと逃げ出す。


「さ、さぁ俺はパトロールしてこよぉ〜っと」


 背中の方に聞こえる嫉妬のこもった言葉を発する二人を放っておき、ライオンは歩き出す。





「え、ええええ!?」


 ツチノコを抱えて空からパトロールしていたトキが急に驚きの声を上げる。


「ど、どうした?」


 トキが指をさすのは一本の木。本来今の時期は枝だけなはずのその木。が、枝だけではない。かと言って付いているのは葉ではない。ピンクがかった白い花だ。それも、枝全体を覆うほど。


「桜が咲いてますよ!二月に桜なんてありますか!?」


「サクラ?って、春に咲くもんなんじゃないのか?」


「そうですよ、本当は四月とかのお花ですけど・・・この暖かさのせいですかね?」


 サクラ。本来春の花だが、例のサンドスター異常気象によってとてつもない早咲きをしたようだ。休憩がてら、トキ達はその木の麓に立ち寄る。





「「おぉ・・・」」


 下からその大きな桜の木を見上げて、思わず二人で感嘆の声を漏らす。


「綺麗・・・ですね」


「・・・だな」


 まじまじとその美しいピンクの花を見つめる。いつか二人で花見もしたいな、などとトキは考えながら、ツチノコの方を向く。ツチノコの方はといえばまだじっくりと初めての桜を堪能しているようだ。


 とくん。


 トキの胸が鳴る。ツチノコのその整った横顔に対して、とてつもない愛おしさを感じて、心臓の鼓動の音が大きくなっていく。

 やがて、「とくん」なんて生易しいものではなく、「ドキッ」になる。次第に、「ドックン」というような音まで発展して、体が熱を帯びてくる。


 あつい。

 クラクラする。

 目の前がぼやっとする。


「〜〜〜?」


 良く見えない視界の中で、ツチノコがこちらを向いて何か言ったようだがその言葉も耳に届いてこない。

 気がつけば彼女の肩に手を置いていた。自分の中で、不思議な感情が沸き起こる。


 このまま押し倒して、外だろうと構わずに彼女を襲いたい。そんな感情。しかし、それだけではない。

 そんなことしてはいけない、という感情も。理性がそうさせるのだろうか、戸惑っている彼女を見ながらそんなことを考える。


 そうこうしている間に、鼓動もより強く速く。息も上がってくる。

 だんだん苦しくなって、そこからの記憶は飛んだ。





 気がつけばパークパトロール事務所にいた。

 ツチノコとトキを除くと、中にはロバしかいないようだ。


「あれ、私・・・?」


 声を出してみると、横のツチノコが視界に入り込んで応えてくれる。


「どした?」


「いや、私、どうしてました?」


「なんだその変な質問・・・いや?普通にしてたぞ?」


 無意識というのは恐ろしいもので、意識が無いまま普通に生活していたようだ。ツチノコも不思議そうな顔をしている。


「ね、ねぇ!」


 後から不意に声をかけられる。ロバの声だ。


「ごめん急に、ちょっとトキちゃん貸してもらっていい?」


「え、構わないけど・・・」


「どうしたんですか?」


 ロバに手を引かれ、トキは外に出る。彼女に手を取られた時、ツチノコが少し怪訝そうな顔をしたのがトキは嬉しかった。


「で、何のようですか?」


「・・・ツチノコちゃんとはどう?」


 唐突な質問に、つい顔がほころぶトキ。


「えへ、えへへへ」


「やっぱり・・・なんかあったの?」


「実は、私たちもう恋人同士になりまして、うふふ」


 自分でわかっていて、抑えようとしても笑みがこぼれてしまう。


「うん、それは知ってたんだけど、ちょっとお願いが・・・ね?」


「えっ!?なんで知ってるんですか?エスパー!?」


「違うよ、その・・・インカム入れっぱなしで話してたから」


 ロバが珍しくモジモジしながら話す。その言葉にトキもびっくりし、顔がみるみる赤くなる。


「うそ・・・あの時のが、筒抜け・・・?」


「うん・・・いやね?ロバだって盗み聞きしたかった訳では無いんですよ?これからはその・・・はあらかじめ電源切ってね?」


 ロバはそう言い残して建物に入っていく。トキもそれに付いていく。


「おかえり・・・どうしたトキ?顔真っ赤だぞ?」


「いえ、お気になさらず。さて、帰りますか?」


「ああ、もう暗くなるしな」


 ロバに別れを告げて外に出る。二月とは思えないムワッとした暖かさの中、今日も二人並んで歩いて帰った。


(結局、今日の桜の下の一件はなんだったんでしょうかね?)

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