第45話 初めての節分

 せつぶん【節分】

 ① 季節の変わり目。立春・立夏・立秋・立冬の称。

 ② 特に立春の前日の称。この日イワシの頭を柊ひいらぎの小枝に刺して戸口にさし、炒り豆をまいて悪疫退散、招福の行事を行う風習がある。



「ああ?節分イベントの手伝い?なんで俺が・・・飼育員の仕事かよ」


 アルトさんは受話器片手にぶつぶつと文句を言っている。しばらくして、乱暴に受話器を戻して分厚いコートを着る彼。


「仕事だ、家出んなよ。もっともその脚じゃ無理だろうが」


 そう言ってアルトは玄関を出ていった。

 今日は二月三日、節分の日。


「おにはーそとー」


 せっかくなのでその後ろ姿に小さく投げかける。私、フェネックにとって彼は鬼のようなものだ。何とかならないものか・・・


「まぁ、なんとかするために今から作戦を練るんですけど」


 アルトさんは外出中・・・今がチャンス。彼が日頃リビングでいじっているノートパソコン。彼が居ないうちにその中からとある情報を得ようと試みている。


「えっと・・・確かここのボタンを押すと画面に明かりが・・・?」


 いつも持ち主のアルトさんが使い始める時の動作を同じようにやってみる。隅の銀色で丸いボタンをカチッと押す。

 少し置いて、独特な起動音が聞こえてくる。思わず「ひあっ!?」っと小さく叫んでしまったが、その画面を見つめ続ける。


「パスワード?初っ端から困ったなぁ」


 画面に出ているのは「パスワードを入力してください」の文字。そんなものが必要なんて知らなかったので、どうすればいいかわからない。


「んん・・・HuruyaArutoは?」


 適当に入力してみて、入力欄の横の矢印をクリックする。画面に出るのは「ようこそ」の文字。


「あれ・・・当たり?こんな適当でいいのかな・・・」


 なんにせよ、結果オーライ。アルトがこんな安直なパスワードを掛けるなんて少し意外だが、おかげで先に進めた。


「カレンダーは・・・これ、これだ」


 目的のアプリケーションを見つけ、おっかなびっくりにダブルクリック。私が何故こうしているかと言うと、脱走に都合の良い日程を決めるためだ。アルトさんがいない日では無いとほぼ不可能だし。


 画面に表示される二月のカレンダー。空白の日もあれば、何か書いてある日もある。その中から自分の理想的な日を見つける。


「半日出張・・・うーん、厳しい」


 片端からずっと進めていく。ふと、目に留まる文があった。


「会議?午後三時ごろ出発、帰りは九時ごろ・・・これ、いいかも」


 夕方前から、夜遅くまで帰らない予定らしい。夜なら一人で脚を引きずって歩いても不審がられにくい。

 昼間に逃げ出して、誰かに見つかった時に恐ろしいのは通報だ。通報と言うと聞こえが悪いが、「脚の悪そうなフレンズが一人でいる」なんてパークに知らされると、アルトさんの耳に入った場合脱走がバレてしまう。バレるのは承知の上だが、昼から捜索されるとどうしても見つかりやすい。


「決めた、この日にしよう」


 今から約三週間後。二月も終わりに差し掛かるという頃。


「・・・絶対、成功させてやります」







「わ、今日節分ですってツチノコ。忘れてました」


「節分って・・・アレか?豆投げるやつ」


「ふふ、雑な認識ですね。確かに豆投げますけど」


 カレンダーの前で顔を寄せる二人の少女。無論、ツチノコとトキである。


「他に何がするのか?」


「まぁ、伝統としてはもっと色々あるそうですけど・・・私はお豆まいて恵方巻き食べてぐらいですかね?」


「えほーまき?」


「えーと、お寿司・・・は食べたことないし、なんて言うんでしょう?おにぎりの進化系みたいな」


「なんだかアバウトだな・・・」


 なんだかおかしくなって、二人で笑う。ふう、と一息ついて話を戻す。


「ふふ・・・なんだか色んなことでいっぱいいっぱいで、節分なんて忘れてましたよ。何にもないですし、買出しにでも行きますか?」


「ん、行くか」


 そうやって二人で玄関を出る。





「なぁ、なんだか最近暖かくないか?そりゃ、冬にしては、だけど」


 店に向かう途中、ツチノコがふっと口を開く。


「確かに・・・なんでしょう、二月だから一番寒い頃だと思うんですけど」


 隣を歩くトキは少し視線を上に、空を見上げて返す。

 ちなみに、買い物に行く途中だが空を飛んでいるわけではない。二人で並んで道を歩いている。何故なら・・・


「・・・」ギュ


「・・・///」ギュッ


 こうやって、手を握れるからだ。





「さ、買い物も終わりましたし、家戻りますか。空もオレンジ色ですよ」


 最初は炒り豆と恵方巻きだけ買うつもりだったが、なんやかんやあってデパートでウィンドウショッピングを楽しんだりカフェに立ち寄ってみたりしたので思いのほか時間が経ってしまった。


「そうだな、すぐ暗くなるし」


「あんまり関係ないですが、最近暖かくないですか?」


「そうか?」


 そう言って、少し星が浮かぶ空の下、手を繋いで家まで帰った。





「さて・・・じゃあやりますよ!おにはーそとっ!」


「おにはそとぉっ!」


 二人で玄関に向かって豆をまく。アパートなのでドアは閉めたまま。


「次は内側ですよ、ふくはうち〜!」


「ふくーはうち」


 バラバラという豆と床のぶつかる音が止んだあと、二人で顔を見合わせる。


「こんな感じですかね?お豆食べます?」


「これか?ポリポリって」


「そうそう、本当は年齢の文食べるんですけど・・・わかります?」


「・・・わからん」


 ツチノコは少し悲しそうな顔をする。しかし、トキはそれに対してふふふと笑う。


「実は私もよくわからないんですよ。ナウさんに教えてもらわないと・・・」


「じゃあ、いくつ食べるんだ?」


「・・・適当に?ポリポリと」


 ポリ。ポリポリポリ。二人で炒り豆を食べる。なんとも言えぬ素朴な味。それを黙々と噛み締める。気がつけば一袋無くなっていた。


「・・・なんか、最初はあんまり美味しくないと思ったけど気がつけば無くなるな」


「なんですかそのツチノコの奇妙な感想」


(・・・奇妙?)


 そんな話をしているうちに、トキが買ってきた恵方巻きを用意する。押入れからコンパスも引っ張り出してきた。


「今年は・・・こっちですかね?恵方」


「その恵方とやらを向きながら喋らずに食べ終える・・・だっけか?」


「ですです、では・・・いただきます」


「いただきます」


 また、黙々と恵方巻きを食べる。先にトキが食べ終わったようで、「ごちそうさま」と声を出した。ツチノコはまだ半分過ぎた頃である。


「・・・」


(なんだ?トキこっちのこと見つめて・・・)


 ツチノコが横目でトキを見ると、何やらニヤリと笑う。どこかイタズラな笑みだ。そして、急に真面目な顔で口を開く。


「ツチノコ・・・喋っちゃダメですからね?」


「・・・」


 頷いて見せるツチノコ。トキはそれを聞いて満足そうに微笑む。そして・・・


 ちゅ。


 ほっぺたに温かいものが触れる感触。柔らかいそれは、何度か感じたことがある。最近では自分の唇で、が多い。


「〜!?/////」


「ほらほら、喋っちゃダメですって」


「・・・」


 節分も、こんな感じだった。

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