第42話 はじめて〜の・・・
「トキ・・・」
「ツチノコ・・・?」
夜だった。真っ暗・・・という訳ではなく、カーテンを開け放しているので外の街灯の光やら何やらで部屋の中は薄暗く照らされている。
「・・・いいか?」
思考がまとまらない。今、自分はどんな顔をしているのだろう。戸惑いで歪んでいるのか、恥ずかしさ故に真っ赤なのか、もしくは嬉しさを隠せずにやけているかもしれない。
「・・・」
言葉は出なかった。体はまともに動かない。しかし、首だけは動かそうとせずとも縦に動いた。
「・・・」
今、私は同居人であり親友、私のひっそりと愛す彼女にベッドで押し倒されている。彼女の整った顔付きの後ろに、天井が見える。
彼女の綺麗な青色の瞳がぼうっ、と淡く暗い部屋の中で光を持つ。
「緊張・・・してるのか?」
自分に覆いかぶさるような姿勢のまま、彼女が問う。でも、言葉が出ない。少し悲しそうな表情をして、顔を離されてしまう。
「やっぱり、やめるか・・・?」
嫌だ。やめたくない。相変わらず言葉は出ないが、首を左右に振る。今はどんな顔?惜しさに眉をひそめているかもしれない。もっと幼稚に、口をぐにゃぐにゃに曲げて涙を流しているかもしれない。その様子を見てか、勢いよくまた彼女が近づく。
「ほんとに・・・しちゃうぞ・・・」
私は、目を閉じた。世の中で言うところの「受け」の姿勢。彼女も理解してくれたのか、そっと自分の頬に手が添えられる。温もりのある、柔らかい手だった。
「いいんだよな?」
私はもう返事をしなかった。いや、出来なかった。喉は働かない、頼りの首も動かない。口は今開こうと思わない。
いつの間にか、鼻先に空気の流れを感じていた。耳をすませば、彼女の荒い呼吸の音が聞こえ、それに合わせて顔に生暖かい空気が触れる。
「んっ・・・」
唇に感触を感じる。触っているのは柔らかく、丁度自分のそれと同じ位の大きさのもの。全身で彼女の体温を空気越しに感じながら、その感触を堪能する。幸せだった。だが、その幸せも永続的なものでは無い。やがて感触は消え、順番に顔に感じていた体温も、空気の流れも、頬に添えられていた手も離れていく。
「大丈夫・・・か?」
目を開けると、彼女が顔を赤く染めていた。今も尚、音が聞こえるくらい息が荒い。
「トキ・・・ってうぇ!?」
身体が勝手に動いた。彼女の肩を掴み、体重を利用して自分と同じように横に寝かせ、腕を背中に回す。状況としては、ベッドに頭の側面をつけながら抱きながらお互い見つめあっているという感じだ。その状況に戸惑う彼女を抱きしめ、身体を手繰り寄せた。
「んっ・・・!?」
強引に唇を奪う。目は閉じていたが、彼女が緊張しているのが分かる。体温、身体の震え、心臓のなる音。彼女を感じ、彼女に自分を感じてもらう。少しそのままでいると、やがて彼女も自分の背中に手を回して抱きしめてくる。そうすることでまたお互いが近づき、接吻もより深いものとなる。
深い、とは英語にするとディープと出来るそうだ。つまり、深い接吻とはそういうことである。お互いに舌を絡ませ、相手の味を感じる。ねっとりとした独特の舌触りと、下品とも呼べるであろう水音を愉しむ。一旦、口を離した時に、お互いの唾液が糸を引く。彼女は口角を上げ、呟く。
「けっこう激しいんだな・・・?」
次は彼女から。同じように、深く情熱的な接吻を交わし、その後も冬とは思えない熱い夜を過ごした・・・
「はずなのに・・・」
朝日が差し込む部屋の中、トキは一人でぶつぶつと呟く。よくよく考えれば、色々おかしい。自分からなら理解出来るが、ツチノコからあんなことをするとは思えない。そして、薄暗い部屋の中を照らしていたのは外の街灯達。だったはずだが、カーテンはきっちりと閉められていた。これでは遠くの光が中まで入ってくるとは思えない。
「まさか・・・夢?」
冷静に考えると、最も有力な候補。すべての矛盾は強引に解決出来るし、記憶の中では昨日寝た時は昨晩の出来事(仮)の中でした様なことをツチノコとすることを望みながらだった。身体が思うように動かず、声も出せなかった理由になるし逆に動く時は勝手に動いた説明にもなる。
「・・・夢オチなんてっ!さいってーーーー!!」
朝だろうがなんだろうがお構い無しに叫んでいた。声量には自信がある。さっきまでベッドで横になっていたツチノコがびくんと跳ねる。
「どっ、どどどどうしたトキ!?」
「・・・ヅヂノゴぉ〜!」
思わず彼女に抱きつく。立ち上がった彼女の脚に、自分は崩れ落ちたままの低い姿勢で身体を密着させる。正直そんなつもりは無かったが、彼女のすべすべした脚をついでなので堪能しておく。
「ど、どうしたんだよ・・・?」
「悲しい夢、いや、夢だったことが悲しい夢を見ました・・・」
「そ、そうか。そりゃあ残念だったな?どんな夢だったんだ?」
「・・・ちょっと恥ずかしいです」
言えない。世間的に恋人という関係ならまだしも、同性の親友とキスする夢が惜しかったですなんて言えるわけがない。
「ねぇ・・・私、昨晩ツチノコと何しましたか・・・?」
「え?いや、昨日は私が留守番中に寝ちゃって、起きたらトキも寝てたからそのまま朝まで・・・」
無言で窓を開け、ベランダに出る。後ろでツチノコが不思議な顔をしているのがなんとなく分かったが、それは置いといて自分の心のなかの悔しさを解き放つ。
「夢オチなんて、最っ低ッ!!!」
近所迷惑かもしれないが、今日ばかりは許して貰おう。あんなに現実になることを望む夢は初めてだ。
(大丈夫かなトキ・・・)
「で、今日は病院行くんだろ?早く支度した方がいいんじゃないか?」
「・・・そうですね、準備しましょう・・・」
そう言って、準備をする。途中、トキは昨日の買い物袋に入っていた物、ツチノコに渡すつもりだったそれを発見しポケットに突っ込んだ。
時は飛んでここは病院。ナウが入院している場所である。そして、何故二人がここに来たかと言うと・・・
「ふっかーつ!」
「元気そうでなによりです」「もう身体は大丈夫なのか?」
「なんだいノリ悪いなぁ・・・せっかく僕が退院するんだから、もっとはしゃいでいこうよぉ?」
今日はナウの退院日。二人はそれに合わせてここを訪ねた。
「いや、ちゃんと喜んでますよ!」
「なんか、トキちょっと不機嫌みたいで・・・」
「ちょっ、ツチノコ!?このタイミングだと誤解生むんでやめてください!」
(相変わらず愉快だなぁ・・・)
また、この楽しい空気に帰って来れた。色々あったが、僕は二人の担当でいたい。ナウは強くそう思った。
「どれどれ、何があったの?フレンズの悩みを聞くのも飼育員の仕事だから、頼ってくれてもいいんだぞぉ!」
「いや、それは・・・その・・・」
ナウが質問をしただけで顔を赤くし、そっぽを向いてしまうトキ。
(ははぁん・・・ツチノコちゃん絡みだな?後でこっそり聞き出そう・・・トキちゃん押しに弱いからなぁ、ちょっと追求するだけで話しちゃうんだもん、かわいい子だよ・・・)
「あら、ナウさんにも話せないかい?なら、気が向いた時にでも何でもいいんだけどね」
「はい・・・」
トキは見るからに元気が無い。何か辛いこと・・・と言うよりは、残念なことがあったのだろうと推測出来る。ツチノコには話されてないようで、不思議そうな顔をしている。
(なんとか彼女を・・・)
「あー、喉乾いたなぁ!ごめん、ちょっとツチノコちゃん何でもいいから買ってきてくれる?」
「え?あ、おういいぞ」
申し訳ないが彼女には席を外して貰おう。小銭を握らせて自販機の方向を指さそう・・・としたけど、逆方向を指してあげる。きっとツチノコちゃんの事だから秒速で済ませてしまうだろう。なので時間がかかるよう仕向ける。ごめんねツチノコちゃん。
「お願いね〜・・・。さ、トキちゃんは何があったのさ?ツチノコちゃんも聞いてないからナウさんだけに特別教えてみ?」
「・・・恥ずかしいです」
あらら、トキちゃんがこれで言わないなんて珍しい。もじもじして、ひっきりなしに髪に括り付けてある百合の飾りを指で触っている。
「そーなの?じゃあちっちゃい声でいいから」
「同じじゃないですか!これはナウさんにも話せません!」
なかなか吐かない。普段だったらとっくに折れて話している頃なのに。じゃあちょっと意地悪に。
「そっかぁ、トキちゃんも隠し事するようになったかぁ・・・女の子だもんね、仕方ないか・・・なんだか寂しいね」ウルウル
「っ!?・・・え、そんなナウさん!?」
嘘泣きは女の武器ですから。ほら、トキちゃんこういうのには弱いでしょ?
「・・・わかりました、絶対内緒にしてくださいね?」
ほらね。
〜説明タイム〜
なんで僕が赤面しなきゃいけないのやら。いや、よくそれ嘘泣きぐらいで相談する覚悟が出来たね、すっごいハード・・・
「私、ちゃんとツチノコとキスとかしたいのに・・・夢って儚いですね」
「なに柄にもない哲学的なこと言ってるの・・・いや、うん。トキちゃんがツチノコちゃんのこと好きなのはよく分かった」
ツチノコちゃん、これは苦労するぞ・・・
「ついでに聞いてください、私最近ヘンなんです。もうツチノコのことは隠しませんけど、私最近ツチノコのこととなると歯止めが効かなくって・・・もう、気がついたらなにかする寸前、なんてことがよくあるんです」
「ははぁ、アレだね繁しょkゲフンゲフン、恋の病的なアレだね」
「ナウさん恋なんてしたことあるんですか?」
「失敬な、これでも恋愛のひとつやふたつ・・・いや、ないわ。微塵もない」
「願望は?」
「リア充爆ぜろ」(全然そんなのは無いよ)
「本音出てますよ」
そんなやり取りをしてると、ツチノコが戻ってきた。缶ジュースを三本抱えている。
「ナウ、自販機あっちだったぞ?ナウが指した方じゃなくて」
「あら、そうだった?ごめんごめん、ありがとね?」
三人でベンチに座り、しばらく談笑して過ごした。やがて時計を見たトキが立ち上がり、ツチノコもそれに続く。ナウもそれに付いていき、病院ロビーを出たところで別れを告げて逆方向に進む・・・が、ナウはUターンしてこっそり二人の後を付けることにした。理由は特に無い。強いて言うならイチャつくのを見たいのと二人が珍しく空を飛ばずに歩いて移動するようだったからだ。
「・・・ツチノコ」
「なんだ?どこか寄るか?」
歩いてる途中、不意にトキが声をかける。ツチノコはそれに応じ、一旦立ち止まる。
「その、実は渡したいものがあって・・・」
「どうした?随分急だな?」
トキは顔を赤くして、少し震えた声で話す。もぞもぞとポケットをまさぐり、やがてツチノコにとっても見覚えのあるものが出てきた。
「これ・・・受け取ってください」
そう言って、トキは二本の手で丁寧にそれを差し出す。
「あ、ありがとう・・・?」
ツチノコはもちろんそれを受け取る。が、正直どんな状況か理解できない。
それもそうだろう、彼女から差し出されたのはただの小枝だ。その辺の木から、風で折れてしまったようなただの小枝。なんの意図があって渡されたのかさっぱり分からない。
「よ、よかったあ!ありがとうございます!」
渡したトキの方がツチノコよりよっぽどテンションが高い。向こうも受け取って貰えるか不安だったのか、安堵の混じった泣き笑いのような表情をしている。
「ね、ねぇツチノコ!」
「な、なんだ?」
「その・・・せっかくの機会ですし、その・・・」
さっきの表情から逆戻り、また不安そうに話すトキ。
「なんだよ、ハッキリ言えって」
「・・・私と、キス、とか興味ないですか・・・?」
トキは顔を赤くする。ツチノコも赤くする。お互い昨日の今日だ、トキはロバと恋バナ(一方的)をして、例の夢。ツチノコは今まで完全に未知の領域だった「性」「恋愛」に関する知識をその優秀な学習能力で吸収させられたばかり。お互い気恥しい、では済まない恥ずかしさがあるだろう。でもトキは我慢出来なかった。
「その、嫌ならいいんですけど」
「い、いや決して嫌なわけじゃ!でも、やっぱりその・・・」
お互い顔を合わせられない。心拍数がぐんぐん上がる。冬の外なのにとても暑い。正確には熱い。
「私は・・・トキがしたいなら・・・」
ツチノコとしても満更でもない。フェネックに聞かれた時に答えたように、興味くらいはあった。でも、まさかそんな恥ずかしくて重いものだとは思っていなかった。
「しても・・・いいですか?」
「・・・ああ」
二人とも、覚悟を決める。体を近づけ、肩に手を当てる。お互いにゆっくり頭を近づける。
(近い、近い近い近い!ほんとに、ほんとにキスしちゃうのか・・・?)
(流れでここまできちゃったけど・・・ごめんなさいツチノコ、私は自分を制御できないイケナイ子です・・・)
間近になって、きっちりと目が合う。お互い気まずくて、一瞬顔を逸らすがすぐに戻す。
お互いの呼吸を感じる。それによる空気の流れ、温度の変化。それらを細かく全身で感じ取る。
(本当に・・・昨夜の夢みたい)
「ん・・・」 「ンっ・・・」
唇が、他のものに触る。紛れもない、柔らかくて温もりある相手のそれ。頭が真っ白になり、どんどん幸せな感情で埋め尽くされていく。
いつまでもこうしていたい。そんな感情になる。
トキもツチノコも、その瞬間疑う余地も無く幸せだった。
はわわ、あの二人遂にキスまでしちゃった!?トキちゃん、あんなに悔しがって「したいけど・・・」とか言ってたのに!あっさりしちゃった!
くそぅ・・・羨ましくなんかないもんね、僕だって素敵な相手ちゃんと見つけるから・・・男の人で。
偉いナウさんを舐めるなよ・・・ってのは冗談で、いや、マジですかい。
ふぅ・・・
でも待てよ?私情は抜いて、トキちゃんが渡してたのアレ小枝だよね?木の小枝。
朱鷺が枝を渡すってのは、そのまま「枝渡し」っていう求愛行動。普通は繁殖期が訪れる前の行うもの・・・そうだ。よく考えたら繁殖期は早すぎたんだ。
普通の朱鷺なら今は「求愛期」。繁殖期に入る一歩手前。この頃から羽毛を黒く染め始める。
つまり・・・今までが「求愛期」だとして、それでなお気がついたら何かしそうな程の相手に対する欲求、そしてキスにまで発展する行動力。これが、本当の「繁殖期」になったらトキちゃんはどうなる?本当に、ツチノコちゃんに場所、時間、場合なんて関係無く襲いかかるようになってしまうんじゃ?
何とか・・・してあげなきゃ。
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