第41話 初めての気持ち
きもち【気持ち・気持】
① 物事に接したときに生じる、感じや心の中の思い。
② からだのおかれた状態に応じて起こる、快・不快などの感覚。気分。
③ 物事に対する心のもち方。
「じゃあ、行ってきます!」
トキが玄関から元気よく出ていった。ツチノコはそれを手を振って見送る。
「いってらっしゃい・・・で、いいのか?」
今まで、トキだけが出かけてツチノコが留守番なんて経験は無かった。故に、対応がよくわからない。とりあえず、玄関の鍵をかけて椅子代わりのベッドに腰掛ける。
「・・・退屈だ・・・」
ぽっ、と言葉を壁に投げた。
「一人で外出なんて久々ですね・・・」
家を出たトキも呟く。ツチノコと出会ってからというものの、ずっと行動を共にしてそれこそ試験勉強中とライブの一件以外はほとんど行動を共にしていた。共に起きて共に食事し、共に風呂に入り共に寝る。流石にトイレは違うが。
「なーんか寂しいですね?ツチノコ」
ついつい隣にいない親友に声をかける。ぐるりと見回しても彼女の姿は無く、少ししょんぼりする。
そもそも、なぜ今別行動をしているかというのは昨日、ナウが病室で目を覚ましてから数日経った夜に、トキのインカムにロバから連絡が入ったところから始まった。
『明日、ちょっと個別に来てもらってもいい?』
「えっ、はい大丈夫ですけど。ツチノコとは別にですか?」
『・・・恋バナ、したくなぁい?』
と、言ったところだ。本来の用事とは別に、ただただロバが女子トークをしたいという理由でトキが抜擢された。ツチノコには自分のみ呼ばれたとだけ話して家を出た。
「恋バナ、ですかぁ・・・」
「と、言うわけで来ましたロバ先輩」
「おお、いらっしゃい・・・って、職場で言うのもおかしいけどね。まぁまぁ、そこ座って」
いつものようにソファに進められ、腰掛ける。ロバは紅茶をテーブルに置いてから向かいに座る。
「で、今日の要件はこれ。ライオンさんが買ってくれたから」
ロバがガラスのテーブルにコトンと置いたのは缶スプレー。「催☆涙」と書かれたラベルが特徴的だ。
「ああ、例の催涙スプレーですね?有難うございます」
「まぁ、今日の用事はもう終わりなんだけどさ・・・ねぇ、トキちゃん?」
ニタァという笑みを浮かべてロバが喋り出す。
「ぶっちゃけ、ノコッチ・・・ううん、ツチノコちゃんのこと好きでしょ?」
その言葉に、トキは口に含んでいた紅茶を勢いよく飲み込み、むせる。
「お?図星?」
「ゴホッゴホッ、ち、ちがいます!だって、女の子同士だし!ほら、確かにツチノコは美人だし性格もよくて魅力的だけど・・・」
ごにょごにょと言葉を濁すトキ。ロバはその様子を見てますます笑みに悪さを含ませて質問を重ねる。
「へぇ~え?そうだねノコッチ顔いいし?モテる感じだよね~!」
「まぁ・・・はい、カッコいい部分もあるし・・・」
「そっかぁー、トキちゃんがその気じゃないって言うならノコッチ狙っちゃおうかな?」
「えっ、狙うって?でも、ロバ先輩も女の子じゃないですか」
「ふっふっふ、純愛は性の壁すら超越するのです!よって、女の子同士でも大丈夫です!」
そして、モジモジと落ち着かないトキを見てロバが畳み掛ける。
「あー、だんだんノコッチ魅力的に見えてきちゃったなぁー!今度あったら告白しよっかなぁー!」
チラリとトキの顔色を伺うロバ。今にも泣きそうな顔をしている。
(イイ・・・そういう顔、そそられますね?まぁ、今重要なのはトキちゃんにノコッチについて吐かせることですけど)
ロバというフレンズは、面倒見がよく明るい性格のため誰とも打ち解けることが出来る社交的なフレンズだ。しかし、その反面Sっ気の強い独特な性癖をしておりしかも相手は男女を問わない。が、それでも一人の女の子のためどうしても身近に「恋をしているのでは?」という人物がいればそれは気になる。そしてとことん問い詰める。
「きゃー、どうしよ!花束とか用意しておいた方がいいのかなぁ!?ねね、トキちゃんなんか教えてよ!」
「・・・めです」
「なになに!?聞こえないよ!」 (来たか!?)
「ツチノコは私のだからとっちゃダメです!」
顔を真っ赤にしてトキが声を張る。とても恥ずかしそうだが、眼には確固たる決意が見える。
「えー?でもトキちゃんは別に好きじゃないんでしょ?ロバが取っちゃってダメって言う権限は無いんじゃない?」 (釣れろ!)
ロバは隠し持っていたボイスレコーダーの録音ボタンを押す。
「私はツチノコが好きですっ!大好きです!愛してます!ロバ先輩に渡したりしません!」
「はいー、今の言葉録音してましたー」
「ふへ?」
「んんー、繁殖期か・・・やっぱり時間が解決するのを待たなきゃか?でもほっとくとトキが辛い目に・・・」
図書館から借りてきた鳥類図鑑を開き、朱鷺のページを覗き込むツチノコ。目的は当然、繁殖期について良い解決法を探るためだ。
「よくわかんないけど私が体張ればいいんだったらそれでいいんだけどなぁ・・・教授にもナウにもやめとけって言われてるし」
ため息を一つついて、図鑑を閉じる。少し休まなくてはと天井を見上げた時、インターホンが鳴った。
「だれ・・・だ?」
ツチノコは人見知りの強めな性格である。打ち解けた人とら難なく会話出来るのだが初めての人は苦手。よって、この状況に少しだけだが戦慄する。
「あ、開けなきゃ」
緊張はするが恐る恐るドアを開く。
「って、え?フェネック?」
「えと、こんにちは。ツチノコさん」
金色の大きな耳、少し自分より低い身長の彼女。フェネックである。
「どうしたんだ急に?あ、あけましておめでとう」
「おめでとうございます。すいません、ちょっと相談があって・・・お邪魔しても?」
「ああ、どうぞどうぞ」
玄関を大きく開いて、部屋に通す。キョロキョロと部屋の中を少し見回して、勧めた座布団に座る彼女。よくわからないがベッドを目にした時、顔を赤らめて目線を外してしまった。
「な、なんか他のお家って落ち着きませんね・・・初めてなもので」
「まぁ、あんまり緊張しなくても。なぁ、フェネック。ぶっちゃけて質問してもいいか?」
「はい?なんでも」
ナウからアルトの話を聞いた時から、フェネックに直接はあっていない。チャンスだと切り込んで質問する。
「お前・・・飼育員になんかされてないか?」
「っ・・・どうしてそれを?」
図星のようだ。何か解決へのヒントがないか聞き出せればと思い、話させるのも酷かもしれないが聞いてみた。
「色々情報を組み合わせて・・・お前のアザと、アルトっていう飼育員がフレンズを虐待した疑いがあるって。そのアザ、ひょっとして虐待で出来たやつなんじゃないのか?」
フェネックが緊張で強ばらせた表情を、少し間を置いて崩しリラックスした様子で話し出す。
「その通りです・・・見てください、私の左足、ちっとも動きやしないんです。ほんと、酷い話ですよ」
「っ・・・なぁ、フェネックはどうしたいんだ?やっぱりそんな飼育員は嫌なんだろ?」
「実は・・・脱走を考えてまして。でも、まだまだ問題が山積みだから現実的じゃないし、この脚ですもん」
何がおかしいのか、にへらとフェネックが笑う。ツチノコはその様子に胸を傷める。
「なぁ・・・もし力になれるなら私もトキも使ってくれ。ここに逃げてきてもいい。相談ってその事だろ?」
「ありがとうございます。でも・・・相談ってそうじゃないですよ・・・」
礼を述べたあと、気恥しそうにしてフェネックが続ける。じゃあ質問ってなんだとツチノコは意外に思い、次の言葉を待つ。
「その・・・つかぬ事をお伺いしますが・・・ツチノコさんとトキさんは・・・その・・・」
モジモジと言い難そうにしている。
「なんだよ、なんでも聞いてくれ」
「じゃあ・・・二人は、愛し合う関係でおられるのでしょうか・・・?」
フェネックはいつの間にか顔が真っ赤になっている。ツチノコはといえば、「?」が三つくらい浮かんでいるような顔をしている。
「・・・愛し合う?」
「えと、その、恋愛対象として?確かにお互い女の子でしょうけど・・・好き同士なんですか?」
「・・・ごめん、全然わからん。確かにトキのことは好きだけど恋愛とかどういう事なのかが・・・さっぱり」
「~~っ!あの、例えば・・・」
フェネックによる質問タイムが始まった。
パークパトロール事務所。
中にいるのはトキとロバの二人のみで、向かいに座りロバはボイスレコーダーをちらつかせる。トキはその度に「うっ」と顔を赤くして視線を逸らす。
「ねーねー、ツチノコのどの辺が好きなのよ?言ってごらんよ、ロバは誰にも言いませんから」
「うぅ~・・・」
「仕方ない・・・本人に聞かせてあげますか」
ボイスレコーダーを指二本でつまみ、顔の前に持ってくるロバ。
「や、やめてください!」
「じゃあ、教えて欲しいなぁ?」
「・・・ツチノコは、確かに顔もいいし落ち着いてて格好いいし、いい所はありますけど・・・そこじゃないんです。私の歌を楽しく聴いてくれるとか、そういうのもありますけど・・・なんででしょう。でも、私として全部理由には小さい、だけど私はツチノコが好きなんです・・・」
「ひゅー、いいね!トキちゃん気づいてる?今君、ものすごいメスの顔してたよ!」
「め、メスの顔とか言わないでください!恥ずかしいんですから!」
「ねね、どこまで行ったの?夜一緒に寝るんでしょお!?やっぱりそういうことも・・・?」
「してないですぅ!キスだってしたことないのに・・・ほっぺじゃ満足出来ませんよ・・・」
「あ、ほっぺはするのね。でもノコッチ、その気は無さそうなのによくしてくれるね?」
「私がそういう反応するから、からかうようにやってくるんです・・・嬉しいですけど、なんかこう、愛がないのが寂しくて・・・」
「そっか、じゃあ次は口だねー?ふふふ、楽しみにしてるよ?」
「うぅ・・・私だって口でしたいし舌も入れたりしてみたいしなんなら×××とか×××××とかだって・・・」
「お、おう中々言うねトキちゃん・・・って、え?」
トキは顔を覆い隠して恥ずかしがる。しかし、ロバが反応を示したのはそこではなく髪の毛。そこそこ長い髪が先からじゅくじゅくと腐食するように黒くなっていく。
「トキちゃん!?髪が・・・!?」
「え、ああ・・・なんか動物のころの生態の関係らしくて・・・大丈夫です、よくわかりませんけど」
「そう・・・それなら良かった。」
そこまで説明して、トキがすくっと立ち上がる。
「さて、そろそろ私は帰ります!ツチノコも待たせているので!」
「ま、健闘を祈るよ。頑張ってね?」
「はい!」
「じゃあキスとかは・・・」
「い、いや流石に!でも・・・ちょっと興味くらいは・・・」
トキとツチノコの家。正確にはアパートの一室。フェネックによるトキとツチノコの関係の質問が続けられていた。
「そのベッドでなんかあったりはしないんですか?」
「なんかってなんだよ・・・?」
「例えば×××とか」
「なんだそれ?」
「☆☆☆をこう、♡♡♡してお互いに気持ちよくなる・・・みたいな」
「な、ないわ!よくそんなペラペラと喋れるな・・・」
フェネックの質問はどんどんハードになり、初めていちいち口篭って恥ずかしそうに質問していたフェネックも慣れてしまったのか面影なくドンドン質問を投げてくる。逆にツチノコは性知識を超ハイスピードで吸収させられ顔が真っ赤になっている。RGBで表して255.122.96くらい赤い。
「じゃあ××××××とか・・・」
「もうやめてくれぇ!」
「じゃあすみません長々と。そろそろアルトさんも帰ってくるので」
「おう・・・送ってくか?脚のこともあるし」
「いえいえ、脱走に備えてトレーニング中ですから。ところで、ツチノコさん意外にピュアでしたね?」
「うん、おかげで随分余計な知識が付いたよ・・・」
「結局、トキさんはLOVEなんですか?LIKEですか?」
「わからんな・・・ちょっと気持ちに整理をつけてみないと」
「ふふふ、それじゃ、おじゃましました」
「ああ、気をつけてな」
玄関先でのやり取りを終え、フェネックを見送る。歩き始めは壁伝いでよたよたしていたが、調子が出てきたのかスキップのような形でトントントンとテンポよく歩いていき、やがて姿は見えなくなった。
「LOVE、かぁ。どうなんだろうな」
帰り道。
バサバサと飛びながらトキは独り言をする。
「ロバ先輩のせいでなんかヘンな気分・・・」
トキは先程の会話のせいで頭がツチノコでいっぱいになっていた。ムラムラ・・・とは違うのだが、公然の場で無いならじたばたと地団駄を踏んだり、勢いだけでバク宙を成功させそうなくらい落ち着かなくなっていた。空だと目立つのでとりあえず地上に降りる。
「少しお買い物して行きますか」
店が並ぶ商店街に入り、飲み物などを少し買う。歩いていると、気になる物を発見したのでそれを買い物袋に入れる。
「・・・ツチノコにあげようかな」
その後も日用品を買い、空に飛び立った。
「ただいま帰りました!」
アパートの扉を開いて、トキが中に入る。
「あれ?ツチノコ?」
返事がない。もう夕暮れ時なのに部屋のライトすらついていない。ついこの間のナウのことをあるので、とても不安になる。もしやと思って靴を脱ぎ捨て、買い物袋を乱暴に置き部屋まで駆ける。
「ツチノコ!?・・・って、寝てるだけですか」
ベッドで横になっているツチノコを見て、ほっと胸を撫で下ろす。すやすやと幸せそうに寝息をたてる彼女の顔を見て、ドキッとする。
「・・・」
気がついたら、その唇に指を触れていた。思わず手を引いてしまう。
「ツチノコ・・・」
彼女の顔を見ているとなんだか切ない気持ちになる。そして・・・
「んっ・・・」
自分の唇に、さっきまでツチノコのそれに触れていた手を押し当てる。幸せだが、切なさで弾けそうになる。涙が頬を伝った。
「ツチノコは・・・私のこと好き?」
寝ている彼女から返事はない。
しばらく、その手を口から離さなかった。
「・・・あれ?いつの間にか寝てたか・・・」
真っ暗な部屋の中で目が覚めた。いつの間にかトキが帰っていたようで、ベッドの隣に正座しうつ伏せるように寝ていた。ベッドを占領していたことに気がつき、申し訳なく思いながら彼女の体を持ち上げ寝かせる。
ライトをつけて、室内を明るくすると乱暴に置かれた買い物袋が目に入った。中の冷やすべきものを冷蔵庫に入れて、乱雑に脱がれたトキの靴も揃える。
「あれ?これは・・・」
買い物袋に小枝が一本入っていた。よくわからないのでそのままにしておく。部屋に戻って、またトキの横に寝そべった。
「・・・キス、かぁ・・・」
ちょん、と彼女の唇をつっつく。意味もなく、その指で自分の唇も触ってみる。
「実際のところ、どうなんだろうなぁ」
そう言って、ライトを消しまた目を閉じた。
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