第39話 初めてのカラオケ
からオケ【空オケ】
伴奏音楽だけが吹き込まれている音楽テープやディスク。また、それに合わせて歌うための装置。それに合わせて歌うことにもいう。
パークパトロールに挨拶に行ったり図書館へ本を返したりして(ツチノコは同じ本を延長してた)正月も終わり、一月も半ば。
トキとツチノコの二人は、パークパトロールとしてのパトロールもこなしつつフェネックとアルトの件について毎日頭を悩ませていた。
「うーん、思いつかない!ただのフレンズが飼育員相手にどうしろってんだよ!」
「パークパトロールもただの個人経営の団体ですからね・・・法的な強さは皆無と。パーク内ではそこそこ立場あるらしいですが」
「むぅ・・・頭が疲れてきた、もう二週間近くこうだ、たまには休憩でも・・・」
「そうですね・・・思いっきり歌いたいです」
はぁー、と二人同時に深いため息をつく。トキもツチノコも、元々人の良いフレンズなのでどうしてもフェネックのことを考えずにいられなかったが・・・良案は浮かばず、心身ともにまいっていた。休憩だって欲しくなる。
「カラオケ・・・」
トキがぼそっとつぶやく。あまりに小さな声だったので、ツチノコは聞き返す。
「カラオケです!行きませんか?」
「いや、カラオケってなんだよ・・・」
カラオケとは何か、一通り説明したトキは、ツチノコの手を引いて外に出る。
「私まだ行こうって言ってないんだが・・・まぁ、言うつもりだったけど」
チンパンジー作の装備をいつものように身につけながら、ツチノコがつぶやく。が、トキは聞こえないようでニコニコとカラビナで体を繋げ空に飛び立つ。
「トキ、嬉しそうだな?カラオケって楽しいのか?」
抱えられながらツチノコが上を見上げ、トキに話しかける。
「実は・・・私も昔ナウさんに連れて行って貰ったきりで・・・でも、楽しいですよ!そう言えば、あの頃はナウさん特別歌ウマでもなかったですね・・・」
「てか、私今まで歌ったことあったか?トキの聞くばっかりで・・・」
「そうですね?ツチノコの歌声、楽しみです!」
そんなことを言っているうちに、カラオケボックスに着く。装備を外し、店内へ。
二時間で部屋を取り、ドリンクバーのカップにそれぞれ飲み物を注いで部屋に入る。
「で・・・どうやるんだこれ」
「この機械をポチポチってして・・・ほらこうやって」
トキがタブレット型の機械、デンモクを弄り、試しに一曲予約をする。すると、画面に曲のタイトルが映し出され、前奏が始まる。
「わわ、始まっちゃった!マイク持って・・・」
トキが音楽に合わせ歌い始める。例の如く、恐ろしい架空の怪物の鳴き声かというような歌声だがそれをツチノコは楽しそうに聞く。珍しく尻尾を振り、割とノリノリである。
「〜♪〜〜♪・・・と、こんな感じです!」
「おぉ〜・・・」
ぱちぱちと拍手したツチノコは、トキに教わりながらデンモクを使い一曲予約する。
「なんか・・・文明の利器こわい」
「何を今更・・・ほら、始まっちゃいますよ?」
「え、まだ心の準備が!?」
イントロが流れ始め、わたわたとツチノコがマイクの電源を入れる。曲は、トキが気に入ってよく歌うものでツチノコもトキのレパートリーの中で特に気に入っているものだ。そもそも、ツチノコはトキが歌う以外の歌は知らない。
「〜♪・・・?〜〜・・・♪〜♪〜・・・??」
ツチノコの歌声は、何とも言えぬ美声であった。歌い方もなかなか良く、聞いてて苦ではない。が、音程はトキのものを見事なまでにコピーしていた。残念ながら。
「おぉー!ツチノコの声綺麗ですね!」
「そ、そうか?変じゃなければ良かった」
その後も二時間歌い続け・・・
『お時間十分前になりましたが』
電話がかかってきた。カラオケではお決まりの終了十分前のコールである。トキはそれを聞いて、受話器から顔を離しツチノコに確認を取る。
「ツチノコ、延長します?私はしたいかな〜なんて」
「私もだ、まだ歌える」
トキが受話器に頭を戻し、延長のお願いをする。
「ふー、楽しいですねカラオケ!」
「本当だな、私も気に入ったぞ。次までにはトキと被らないように違う曲も覚えてきたいな・・・」
そう、前述の様にツチノコはトキが歌う歌しか知らないので歌声のレパートリーが丸かぶりである。しかも、トキはオリジナルの曲もそこそこあるのでツチノコはそれを歌いたくて必死に探したりもしていた。当然無いが。
「私、飲み物足してきますね。ツチノコの分も持ってきますか?」
「ん、任せる」
「はいはーい」
ツチノコを残して二人分のカップを手に取り部屋を出る。廊下を進み、ドリンクバーのコーナーで適当に飲み物を注ぐ。
「えっと・・・ナウスペシャルはカル●スが4、カ●ピスソーダが3とお好みのフルーツジュース・・・でしたっけ」
ポチポチとボタンを変え飲み物を混ぜていく。普段はやらないが、この店はお店としてドリンクバーのミックスドリンクを推奨しているので堂々と混ぜる。ツチノコには無難にメロンソーダを注いで、手に持っていたストローをさす。
(これが私ので、こっちがツチノコが使ってたストロー・・・)
まじまじと両手に持ったグラスを見つめる。
ツチノコが使ったストロー。
「ダメダメ、そんな変態みたいな!私はもっと純愛を貫いて・・・」
気がついたら、口の中にシュワシュワと炭酸の弾ける独特の感覚とそれにより広がるメロンの風味を堪能していた。
「ぷは、の、飲んじゃった・・・」
若干量の減ったメロンソーダを見て、罪悪感に駆られる。が、それを掻き消さんとする幸福感。私は変態なのかもしれないと思いつつ、部屋に戻る。ストローは勝手ながら新しくした。
(最近、気がついたら〜っていうの多いですね?クリスマスの時も気がついたらキス寸前だったり、あと前何かの時意識飛んじゃいそうなぐらい幸せだったり・・・うーん、ちょっとまずいですかね)
扉を開け、中に入る。ツチノコも何か考え込んでいるようで、真剣な顔をしている。
「フェネックに必死になってたけど、繁殖期の件も何とかしなきゃな・・・うーん・・・」
「どうしたんですか?」
「うぇっ!?いやいや何も!何でもない!」
「そうですか?飲み物持ってきましたよ」(ハンショクキってなんだろ?)
「おお、ありがとう」
ツチノコがストローに口をつけてメロンソーダを口にする。その様子を見て、トキはさっきストローを変えなければ相互間接キスだったのにと想像するが、やはり変態的だとすぐに振り払う。
「ところで、トキのはなんだ?ちょっと黄色っぽい・・・」
「あ、これはナウさん考案のナウスペシャルです。今はオレンジですが、味もその都度変えられますよ!」
「へぇー、ちょっと貰ってもいいか?」
「どうぞー、次の曲私入れちゃいますね」
デンモクを手に取り、曲の検索を始めるトキ。横でツチノコがストローに口をつけナウスペシャルを飲むのが見える。
「って、ええぇ!?ツチノコ、それ!」
急に大きな声を出したので、ツチノコが少しビクッとしてから応じる。
「これ?どうした、やっぱり飲んじゃったダメだったか?」
「いやいやいや、ストロー!それ!」
「え?ああ、これトキのか。まずかったか?」
「い、いえ・・・大丈夫ですけど・・・」
「そうか、美味いなこれ」
ちゅー、とツチノコがストローをそのままにナウスペシャルを吸いこむ。トキは顔を赤くしてその様子をチラチラと眺める。
やがて、ツチノコが口を離してトキに「ありがとう」とカップを戻す。
「・・・」
ちゅーーー、と思い切ってそれを啜り、空にするトキ。間接キスなんて知らない、気づいてませんと自分に言い聞かせてストローから舌を離す。
「・・・曲、入れないのか?」
「い、入れます入れます!ごめんなさい!」
「いや、いいんだけどな?」
その後、延長の魔力に絡め取られ結局合計五時間歌った。
「のどガラガラ・・・」
「この時期にこののどはまずいですね・・・フレンズは別に風邪ひきにくいですが・・・」
「ぅぇ・・・」
「さ、もう流石に帰りますか。ストレスもいい感じに発散出来ましたし」
「そーだな、フェネックはほんとどうしてやれるか・・・」
と、その時トキが立ち上がって髪がふわりと揺れる。その時、ふとその後ろ髪の表面ではなく内側の部分が見える。
(黒い部分も多くなってきたな・・・どうするか)
「行きますよ?」
「あ、すまん行くいく」
頭を悩ませながら、店を出た。
〜フェネックP〜
なんかアルトがニヤニヤしている。話を聞いたら、数週間前に職場の先輩と何やらあったそうでそれ以来機嫌がいい。私としては嬉しいことだ。
「アルトさん、コーヒー淹れます?」
「ああ、淹れろ」
いつも通りコーヒーを差し出すと、一口飲んでテーブルにカップを置く。
「へへ、機嫌がいいと多少は美味く感じるぜ・・・不味いのに変わりは無いのにな」
愉快そうにアルトが笑う。
「さぁて・・・いつセンパイは首を切りに来るのかな?まだ来ないなぁ〜♪来れないんだろぉなぁ〜♪」
正直、見ていて気持ち悪い。この男がした事だからろくでもないことだろうが、それは置いといてニヤニヤニコニコしているのは気味が悪い。もうほっとこう、何か言って打たれたりしたらやだし。
「ここのところ事務所に顔見せてないらしいし、体調でも崩してんのかなぁ、アッハハ、俺のせいだったらどうだろ、愉快にも程があるよなぁ」
〜ナウP〜
辛い。何を食べる気にもなれないし何を食べても戻してしまう。栄誉が取れずに体は衰弱していくし、気分だって鬱になる。あの日からそうだ。一月二日、あのクズに会った日。医者には、ストレス性のものだと言われた。
「ぅ・・・ダメ、トイレじゃなきゃ・・・」
二週間もこうだと、歩く体力すら無くなってくる。トイレのドアを何とかして開き、体内でぐるぐる回っていたものを吐き出す。固形物は無い、もう何も食べられないので当然だ。それを消化するための存在だけが出てきている。
「はぁーっ、きもちわるい・・・どうしよこれ」
何故こうなったかと言えば、恐らくトキのことを聞かされたからだろう。いつもならアルトと話をした時には、怒りがこみ上げるだけで、むしろその後は気分が高揚して多少の無理だって出来る。が、今回は違う。その後詳しく例の事件に関して調べたら、色々なことがわかった。
自分が歌っている時に彼女は危険な人間に連れ去られ女を奪われそうになったらしい。本来なら自分が飼育員として、横に付いていただけで解決出来た問題だ。その事を考えると、また胃液が逆流してくる。
「ぅえ、ぉぇぇぇ」
辛い、もうこの心の傷が癒える気もしない。自分はアルトの言う通り、自分は飼育員の資格なんてない。もうやめてしまおうか。しかし、それはなんの解決にもならない。トキへの罪悪感に苛まれ、硬い床に倒れ込んで涙を流す。
「ごめん、ごめんトキちゃん・・・僕なんて・・・ごめん・・・」
また吐き気がしてきた。どうしたものか、こんな時に頼れる身内はいない。パーク職員を自分のために呼ぶわけにはいかない。
「もう、このまま死ぬのかなぁ?なんかもう、それでもいいかもなぁ・・・僕なんて、飼育員に生まれるべきじゃ無かったんだ、僕が悪いんだ・・・」
もう目覚めないことを期待し、瞼を閉じた。
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