第38話 初めてのお正月

 しょうがつ【正月】

 一年の最初の月。一月。睦月むつき。特に新年の祝いをする期間の、三が日あるいは松の内をいうことが多い。



「おはようございます・・・改めてあけましておめでとうございます・・・」


「なぁトキ。おはようっていつまで通じるんだ?」


 二人で目覚めた時には、既に空はオレンジがかかっていた。初日の出を見たあと、約12時間も寝ていたようだ。


「いやぁ、よく寝ましたね〜」


「これ、夜眠れるかね・・・」


「どうします?お腹すきましたし、昨日買ったおせちでも食べますか」


「賛成」


 大晦日に購入していたお値段リーズナブルなお惣菜おせち料理。とはいえ、伊達巻や栗金団、カズノコといった定番のものは一通り入っており二人で食べるには十分だった。一食分程だが。


「うまい」


 ツチノコは紅白かまぼこが気に入ったようで、ぱくぱくと食べていた。


「私は伊達巻が好きですねー、このフワッというかシュワッというかみたいな食感が」


 もぐもぐと二人でおせちを頬張る。途中、黒豆の残り一つを巡って軽い攻防戦(譲り合い)が発生したりしたがひとまず完食した。


「「ごちそうさまでした」」


「なかなか量あったな・・・」


「そうですね、一食にしてはなかなか・・・かと言って普通のおせちみたいな量はないですしヘンテコですね」


「ま、美味かったからよしよし」


「よしよし、ですね。ところで、これから何しますか?家でゆっくりもいいですし、ナウさんとかに挨拶しに行っても・・・」


「今からか?まぁ、ナウなら大丈夫だろうけど・・・」


 うーん、と首を捻るトキ。少しして、答えを出す。


「それもそうですね。明日にしますか」


「だな、今日はゆっくりと過ごすのもいいんじゃないか?」


「ですかねー、と言っても何しますか」


「・・・」


「・・・」


「なぁ、家にいる時って何するんだ?」


「知りません・・・私、ほぼほぼ家は寝る時ぐらいしか使いませんし」


「・・・出かけるか」


「あはは・・・」





 図書館。

 扉を開いて中に入り、例の二人を呼んでみる。が、返事は無い。


「どこにいるんですかね?」


「・・・あそこだ」


 ツチノコがすっと指さしたのは壁に沿っている階段の上。

 コノハ教授とミミ准教授が並んですやすやと寝ている。


「あらら・・・ていうか、ツチノコよく気が付きましたね?」


「ピット器官だよ、すぐ分かる」


 トントンとツチノコがフードの赤い目のような柄を叩く。


「ところで・・・仲良く寝てますね。起こすのもなんだしなぁ・・・」


「起きてますよ」


「「わああ!?」」


 急に教授が目を開けて返事をする。てっきり寝ていると思っていたので、二人で声を上げて驚いてしまった。


「あけましておめでとうなのです、今日は何の用ですか?あ、ワタシはここを動けないのでこのまま会話させて貰うのです」


 そう言って教授は隣で彼女の肩に頭をもたげている准教授に目をやる。その様子から二人は動けない理由を察し、そのまま会話続ける。


「あ、わかりました。それで、とりあえずあけましておめでとうございます」


「あけましておめでとう」


「こう言っては悪いんですが、今日は新年の挨拶を兼ねて暇つぶしに・・・」


「・・・まぁ、いいでしょう。好きな本を持ってくと良いのです、お前らなら顔パスで何とかしてやるのです」


「ありがとうございます!」 「さんきゅ」



 〜本選びTIME〜



「私はこれで!」


「いいチョイスなのです、お前もこっち側に来るのですよ」


「うふふ、教授ったら既に引きずり込んでおいてそれはどうなんです?」


 二人は無言の握手を交わした。


「私はこれで」


「「なんですかそれ?」」


「図鑑」


 ツチノコが抱きしめていたのは分厚いハードカバーの本。いつだったかにトキのことを調べていたのと同じものだ。


「ま、いいのです。悪いのですが、そろそろかえって貰え・・・」


「ふぇ?何故ですか?」


 トキが質問すると、コノハ教授・・・の仮面をつけたコノハちゃんがニヤリと笑う。


「ワタシも・・・楽しみがあるのでね?」


「・・・わかりました、帰りましょうツチノコ」


「えっ、え?どういうことだ?」


「これ以上は私達の問題じゃないですよ。ささ、カラビナ付けて」


「お、おう。じゃあ教授またな?准教授にもよろしく」


「ええ、気をつけるのですよ」


 バサバサと音を立てて飛び立ったトキ達。それを見送って、横の准教授ことミミちゃんに目を向ける。


「・・・どういう意味であるか?」


「っ!起きてたのですか・・・」


「ねぇコノハちゃん・・・」


「ミミちゃん・・・?」





 次の日。


「ふぁぁ・・・おはようトキ、なんか変な夢みた・・・」


 こしこしと目を擦りながらツチノコが挨拶をする。


「おはようございます、初夢どんなのでした?変な夢?」


「ん、なんかもう一人私が居て、真っ白な所で話す・・・っていう」


「はぁ、不思議な夢ですね?ちなみに私は、みんなでお茄子を食べる夢でしたよ!三茄子です、おめでたい!」


「三茄子?ああ、言ってたな、一富士二鷹三茄子とか」


「ええ、初夢の縁起物です。どれ、お昼頃になったらナウさん家行きますか!」


「だな〜」





「眠い」


 誰に言うわけでもなくただただ一人でそうつぶやく。偉い人間とは難しいものだと思った。


「なんで飼育員の僕があんな所に行かなきゃいけないのさ・・・」


 ナウは、昨晩お偉いさんの新年会にお呼ばれしていた。会は夜遅くまで続き、そのせいで寝不足である。


「ていうかあの会の主催、あのHURUYAだし・・・もうヤダ、なんなんだよぉ・・・」


 意味もなく枕を殴りつける。あのHURUYAとは、株式会社HURUYAという会社である。別に会社に恨みは無いが、聞くだけで腸が煮えくり返る。


「あ゛ーーーっ!!!イライラずるーーーー!!」


 ピンポーン。

 その時、インターホンが鳴った。カメラを覗くとトキとツチノコ。ドアを開けたら、案の定二人並んで立っていた。


「あけましておめでとうございます!」「おめでとう」


「元気でいいねぇ〜・・・うん、あけましておめでとう。上がってく?」


「「是非!」」





 そんなわけで、いつも通りソファに二人を座らせ、向かいにナウが座る。


「で、改めてあけましておめでとう・・・そしてお年玉を君達に贈呈します」


 昨日の昼頃に二人の家を訪ねた時にポケットに入れていたポチ袋をそのまま渡す。


「わ、ありがとうございます!」「お年玉・・・?」


「お年玉、まぁ起源はよく知らないけどお正月にお金をさずける文化です」


「あ、ありがとう」


 そんなこんなで、それを渡したのだが、急にトキが真面目な顔で話し出す。


「・・・ナウさん、何かありました?」


「え、なんでぇ?」


「ナウさん、イライラしてる時の顔してますよ?長い間一緒に過ごしてた私はわかります」


 なかなかトキは鋭いことを言う。はぁ、とため息をついてからそれに答える。


「ありゃー、見透かされちゃうか・・・まぁね、ちょっとした事だけど。トキちゃんもツチノコちゃんも関係無いから、大丈夫だよ?ごめんね、新年早々こんな感じで」


「いえいえ、それはいいんですけど。何かあったら相談とかしてくださいね?」


「ああ、私達でよければいくらでも聞くぞ?」


「嬉し・・・ありがと二人とも!おいで、ギューってしてあげっから!」


 素直に感動・・・ナウとしても、やはり嬉しい。戸惑っている二人を半ば強制的に抱きしめる。いつだったか、三人で抱き合った時があった。確か、ツチノコを正式にパークのフレンズとした時だったか。


「うっし!元気出たよ、どうする?どこか行こうか?」


「どこか・・・?」


「まぁ、お決まりのファミレスでも何でもね?新年からファミレスもなかなかアレな気がするけど」


「私はいいですよ!」「私もだ」


「じゃー行こう!奢っちゃる!」


「ありがとうございます・・・と、言いたいですが。ナウさん?私達はもう自分でお支払い出来ますから!いつまでも甘えませんよ!」


「そっか・・・大人になったねぇ・・・ナウさん嬉しい!」


 視界が潤んだが、こらえてファミレスに向かった。





「お正月ランチになります」


 ウェイトレスさんが運んで来た皿の上の物をつつきながら三人で会話を続ける。


「そうだ!ナウさん、なんであんなに歌上手いんですか!?私に教えてくださいよ!」


「歌・・・トキちゃん、僕の歌なんて聞いたことあったっけ?」


「パークパトロールの警備の仕事でクリスマスライブに行ったんです!もー、本当に私悔しかったんですよ!」


「ああ、なるほど・・・いや、ごめんね?たまたま上手くなれる機会があって・・・」


「とにかく、今度教えてください!」


「うん、それは大丈夫だよ!あと、ツチノコちゃんに二胡ね。あ、あの二胡ウチに忘れてったでしょ?今日返すよ」


「あ、そういえばそうだな。じゃあ後で頼む」


 そう言って、もぐもぐとみんなで箸を進める。





 食べ終えてから、ふいにトキが質問した。


「ところで、なんでイライラしてたんですか?」


「聞いちゃう?・・・いや、あんまり飼育員がフレンズさんにする話じゃないけど・・・」

「と、今から言うのはただの独り言です・・・君達はたまたま聞いてしまった。それだけね?」


 少し視線を上に向けてから、淡々とナウが話し始める。


「ちょっと飼育員の中で嫌いな人がいてね・・・確かな証拠はないけどフレンズの虐待してるって話なんだよ。前まで担当してたのがギンギツネの子なんだけど、諸事情で別の担当に変わる時、ものすごい心に傷を負ってて・・・しかも不自然な痣が多いと来たもんだ。でも下手に手が出せなくて・・・」


 ゴクリと唾を呑みながら二人で聞き入るトキとツチノコ。その様子をチラリと見て、ナウが続ける。


「何が問題ってちょっとパークにとって大事なスポンサーの会社の御曹司だから、下手にクビにも出来ず、それどころか詮索もなかなか難しくてね」


 次が、トキとツチノコにとって衝撃の言葉だった。



「アルトっていう奴なんだよ、私の担当のトキちゃんとかツチノコちゃんには気をつけてもらいたいものだよ」



「あー、長々と独り言しちゃったなぁ」


 ケロッと話題を変えるナウ。


(ツチノコ・・・アルトさんって)


(ああ、フェネックの担当と同じ名前だ・・・まさか、あの痣って・・・?)


((これは・・・まずいかもしれない))


 少し二人で顔を見合わせた。ひとまず、その話題は置いておき、雑談を続ける。





「どれ、そろそろ戻ろっか?」


「ですね」「だな」


 と、そんな時ナウは後ろの席にいつの間にか座っていた男に目がついた。急に先程までのイライラが蘇り、いても立っても居られなくなる。


「う、お腹痛い!ごめん、とりあえずお会計やっとくからさき戻っててくれない?これ、ウチの鍵だから!」


 チャリ、とトキに鍵を託し、その場にうずくまる。しかし、腹など痛くはない。二人に席を外させる演技だ。


「え、はい。いや、待てますよ?」


「ごめん、ちょっと長そうだし僕が申し訳無いから!」


「そ、そうか・・・ごめんな?」


「いいのいいの!」


 渋々二人は先に店を出た。それを見送った所で、後ろの男性から声をかけられる。


「戸田井センパイぃ、なかなか酷く愚痴ってくれるじゃないですか?」


「古谷歩人・・・お前ぇえ・・・」





「ナウさん大丈夫ですかね?」


 ナウ宅への道で二人話す。


「ナウもそうだが・・・なぁ?」


「ええ・・・フェネックさんの話ですよね?」


「ああ。あれはもう・・・確定だろうな」


「はい。どうにかしなければですね・・・でも、わかりましたで何とか出来る問題か・・・」


「ナウも下手にクビに出来ないって言ってたからな。どうしたものか・・・」


 そんなこんなで、家に着いたので受け取った鍵で中に入る。





「戸田井センパイ、俺は虐待なんかしてませんよ?あのギンギツネは元気にしてるって噂ですが」


「ああ、彼女は元気だよ。ユーモアたっぷりのいい子さ。もっとも・・・お前から外れた直後は酷く病んでたけどね」


 ソファ席の背もたれを挟み背中を合わせながら会話をする。


「ふふ、元気になりましたか。そりゃあ、ちょいと残念・・・おっと失言ですね」


「このクズ・・・」


「アハハ、クズって言いました?お父様にチクって戸田井センパイの悪い噂でも園長さんに吹き込んでもらいますか?」


「ちぃっ・・・なぁ、今の担当してる・・・フェネックちゃんだったか?には何もしてないんだろうな?」


「さぁ?彼女も最近ちょっと調子に乗って勝手に出歩いたりしてたんで、ちょいとお仕置きしたりはしてますけどねぇ?」


「テメェ・・・いつか、尻尾掴んでやっからなぁ・・・」


「はは、尻尾?そんな、あの畜生共じゃないんですから・・・」


「畜・・・生・・・?」


「ええ、畜生」


「つ・・・。殺す・・・」


「え?なんて?もっとハッキリ喋ってくださいよ?」


「いつか、ぶっ殺してやるってんだよ!!お前に飼育員をやる資格はない、制裁してやる!」


「へぇ・・・?お好きにどうぞ?もっとも、やったらセンパイがどうなっても知りませんけどね。さっきまで居た二人も悲しみますね?」


「っ・・・ふぅ・・・僕は帰る、首を洗って待っとくんだね」


 そう言って立ち上がるが、呼び止められる。


「おっと、ひとつ伝えときます。センパイ、ライブで歌ってましたよね?」


「・・・それが?」


「あの時、拉致事件があったってご存知ですか?」


「噂には聞いた、それがなんだよ」


「噂ではなく事実です、そしてその被害者の一人・・・さっきの片方、確かトキでしたっけ?彼女ですよ」


 サーッと、自分の身体から血の気が引くのがわかった。トキが拉致されていた?にわかに信じ難いが、怒りでガタガタになった心に響いた。


「嘘だろう?」


「本当です・・・情報通でしてね。で、彼女が拉致されてる間に気持ちよく歌って、優秀賞ですか?センパイも飼育員の資格あるかと言えば微妙じゃないですかね?」


 そう言い残して、アルトは席を立ち店を出ていった。ナウは考えがまとまらず、ただただ脱力仕切ってソファ席から動けなかった。





 電話が鳴る。


「あれ、なんでしょう?受けてみますか」


「電話って初めてみた・・・なんか怖いな」


 ツチノコが怯えているのを横目に、受話器を手に取るトキ。


『あ・・・トキちゃん?ごめん、鍵開けっ放しでいいから二胡持って先帰ってて・・・』


「ナウさん?大丈夫なんですか?」


『ごめん・・・あんまり良くなくて・・・ごめん、ごめんね・・・』


「はい・・・お大事にしてくださいね?」


 電話が切れる。


「ナウさん、ダメっぽいです・・・先帰れって」


「そか・・・残念だな」


 そんなこんなで二胡を持ち、家を出た。

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