第37話 初めての年明け

 初めての年越し


 としこし【年越し】

 旧年から新年に移ること。また、その変わりめの、大晦日の夜。



 もう暗い空、ぼんやりとした黄色い灯りが道を照らすがまだ辺りは暗闇が残っている中二人で灰色の鳥居をくぐる。トキがくぐる前に一礼していたので、ツチノコもそれに倣って一礼をする。そしていざ鳥居をくぐり・・・というとき、急にトキがツチノコの手を引いた。


「?」


「ツチノコ、神社では神様に対するマナーが色々あります。説明しながら進みますが、まずこっち、参道は端を歩きます」


 トキは真面目そうな顔で説明する。ツチノコがそうなのか、と納得してそれに従う。が、そのときのトキは・・・


(ああああ神様ごめんなさい!最もらしい理由をつけてツチノコの手を握ろうという邪な魂胆で神社のマナーを説明に出すなんて!どうかお許しください、でも私彼女が好きなんですー!?!?)


「・・・どした?ぼーっとして」


「な、なんでも無いです!さ、失礼のないよう!」

(ごめんなさーい!)





「はい、ここが手水舎です。作法にならって身を清めます」

(ついでに私の邪な心も・・・)


「ほうほう」


「で、ちゃんとやり方があるので説明しますね」


 トキが手取り足取りツチノコに作法を教えていく。トキはナウに仕込まれ、神社の作法はほぼ完璧にマスターしているし、神を本気で信じているのでちゃんと失礼のないようにと気を配る。のだが・・・


(ああー!?ツチノコに超密着してる!幸せ、幸せです神様!このような場を設けてくださり感謝します!)

「で、ですね。最後はこの柄杓を立ててここを綺麗に・・・」


「こうか?」


 ツチノコが言われた通りに柄杓を縦にし柄の部分を清める。


「そうですそうです!次、私がやるんでちょっと待っててください!」


「おう」


 ツチノコが横にずれて、トキが同じ場所に立つ。そして、先程のツチノコと同じように身を清めて、ツチノコに声をかける。


「さ、行きましょう!」


「んだな」


 そう言ってツチノコはさっきまでのようにトキの手を握る。不意にツチノコの方から肌を触れられ、「ひぁ!?」と小さく声をあげ驚くトキだったが、すぐににっこりと笑ってそれを握り返す。


(ツチノコから手を・・・えへへ)

「やっぱり心までは無理ですか・・・」


「何がだ?」


「い、いや!なんでもないです・・・」





 ガランゴロン。

 鈴が鳴る。まだ他の参拝者が居ない神社にそれは大きく響き渡る。その音がやむと、鈴の麓の少女二人が口を開く。


「で、お賽銭を入れまして・・・」


 コロンコロンと五円玉を二つ賽銭箱に入れる。そして、鈴を鳴らす前に確認した作法で二礼二拍手一礼、神様にお願いをした。


「さ、帰りますか」


「これでいいのか?」


「ええ、神様も聞いてくださったでしょうから」


 そう言って、さっき来た参拝道を戻る。





「なぁ、あれなんだ?」


 道を戻る途中、ツチノコが呼び止めた。彼女が指しているのは大量に吊るされた絵馬。しかし、トキはその答えがパッと出てこない、ツチノコの彼女にしては珍しいワクワクとした表情を前に答えてあげられないのは悔しい。


「うーん、絵馬っていうんですけど私はやったことないですね、試しにやってみます?」


「やる?何をだ?」


「あれ、自分で願い事とか目標とかを書いて吊るす・・・みたいなやつなんです・・・だったと思うんですけど、どうしますか?」


「せっかくだからな、やってみないか?」


「ツチノコがそう言うなら!」




「と、言うわけで買ってきましたよ」


「金かかるのか・・・すまん知らなかった」


「いえいえ!私もやってみたかったので!」


 二人並んで、マジックを使いキュッキュッと文字を書き込んでいく。少しして、同時に声を上げる。


「「できた」」


「ツチノコはなんて書きました?」


「秘密だ」


「そうですか・・・まぁ、かく言う私も秘密ですけど!えへへ」


 お互い見えないようにしてそれを吊るし、帰路につく。鳥居を抜ける時、例の甘酒屋の人と目が合ったので軽く会釈をし、空に飛び立った。





「「ただいまー」」


 なんやかんや家に着いたのは九時頃。家から神社までそこそこ距離があるのでどうしても時間を取られる。


「ふー、今年ももう終わりですか・・・」


「私としては年が終わるってどんな感覚かよくわからんがな」


「そうですよね?まぁ、こんな時は今年の出来事を色々思い出すんですよ・・・」


 目を閉じてだまりこむトキ。途中口をへの時にしたり、逆ににやけたりしてツチノコとしては見ていて面白かった。


「まぁ、今年最大の出来事と言えばツチノコに出会えたことですかね!」


「私としてもそうだな、トキに会わなかったら今頃地上に馴染めなくて洞窟に逆戻りしてるよ」


 くぁ、とツチノコがあくび混じりに話す。


「あ、まだ寝ちゃダメですよ!今日ばかりは年明けまで起きてなきゃ!」


「うん・・・大丈夫だ、なんとかもたせる」


 目を擦りながら答えるツチノコに、トキは多少不安をおぼえるが、それを吹き払い次の話題に移す。


「そうだ!年が明ける前から、鐘を鳴らすんですよ?せっかくですし、窓開けて聞こえるようにしておきましょう!」


「おっいいな?」


 ガラガラガラ、とトキが窓を開ける。そして、ツチノコは「寒っ」と震える。


「あっ、ツチノコは変温動物でしたっけ・・・寒いのも暑いのも苦手って」


「いや、気にしないでくれ・・・耐えるから・・・ヘックシ!」


 そう答えるそこからクシャミをするツチノコ。見兼ねたトキが、ハッと思い出す。


「そうだ!甘酒あっためて飲みましょう!体も温まりますよ!」


「おお・・・あっためられるのか?」


「ロビーに共用レンジが・・・ちょっと待っててください!チンしてきます!」


 バタンと勢い良くトキが飛び出していく。


「・・・チンってなんだよ・・・」





「うはー、あったけ」


「温まりますね・・・」


 トキが持ってきた暖かい甘酒を飲む。ぽかぽかと体も温まり、窓を開けているのも別に苦じゃない・・・と思ったが、やはり生態的に体がすぐに冷えてしまった。


「さぶい」


「じゃあわたしがぎゅーしてあっためてあげましょう!」


「トキ・・・どうした?なんか顔も赤っぽいし、やけにテンションが・・・ってうわ!?」


 トキがツチノコに後ろから抱きついていた。普段の彼女からしたらありえない大胆な行動だったが、だいたい彼女は普段の彼女ではない。なぜなら・・・


「トキ・・・お前酔ってるな?」


「よってませんよぉ、ところでつちのこはいつの間に分身できるようになったんですか?わたし幸せ・・・」


(ダメだ絶対酔ってる・・・)


「んー、つちのこしゅき・・・」


 背中にすりすりと何かが擦れる感触がする、きっと頬ずりでもしているのだろう。その点から熱も伝わってくる。


「ね、つちのこ?つちのこもぎゅーしよ?ぎゅー」


 仕方がないのでツチノコはそれに応じる。


「ぎゅぎゅー」


「ぎ、ぎゅー?」


 トキと同じように声を出すがよく分かっていない。とりあえずさっきよりは暖かい。


「あったか、幸せ・・・」


「そうか、ならいいんだけど」


 ニコニコと楽しそうな表情を自分の腕の中で浮かべるトキに、ツチノコはまぁいいかと微笑みで返す。すると、トキから衝撃の発言が。


「ね、つちのこ、ちゅーしよ・・・?」


「ち、ちゅー・・・ってアレか?やるのか?」


「つちのこはいや・・・?」


「いや、前話したように嫌じゃないけど・・・やっぱその・・・」


 ちゅ!


 わかりやすく音を立ててトキが強引に口付けする・・・ツチノコの頬に。それにビクッと驚くツチノコだったが、もう何回かしたし自分からやったこともあるのでまぁいいか、と流すことにした。正直満更でもない。


「おいしー・・・」


「おいしいのか?」


「おいしーよ、つちのこもためす?」


 試す?ツチノコは聞き間違えかと思ったが、そんなことはないようでトキが首を傾げて顔に角度をつけやりやすくし、目を瞑って待っている。


「た、試すって・・・」


「・・・しないの?ざんねん」


 首はそのままに時が目を開け、いかにも残念そうにする。ツチノコとしては何を期待しているのか、といったところだ。無論、トキとしてはアルコールによって解放された欲を放出しているだけなのだが。


「残念そうにされてもな?やっぱり女同士でやるもんじゃないんだろって」


「あのね・・・わたしはつちのこがすきなの。おとこのこでもおんなのこでもかんけいなく。だから・・・」


 トキがニコッと笑って目を再び閉じる。そして、言葉を続ける。


「してくれると・・・うれしいな?」


 どきっ。ツチノコは、自分の胸が鳴る音を確かに聞いた。今、自分はどうなっているのか?この間の「怒り」とは違う、また別な今までに感じたことのない感情を抱いていた。


(そうだ・・・そう、前にいたずらでやったのと同じ、トキが嬉しいって言うんだからやってやればいい・・・でも・・・どうして・・・)


 カタカタと彼女の肩に当てようとする手が震える。寒さからではない、そんなものはとうに消え失せた。緊張して、どうしても上手くいかない。

 そうして、興味や躊躇など、様々な感情が混じりあってそれを出来ずにただ、目を瞑るトキを見つめる。すると、待ちくたびれたのかトキが目を開けた。


「ひょっとして・・・こわい?」


 声が出ない。口を開けても空気を吐き出せず、音は出てこなかった。


「いいよ・・・わたしがしてほしいの。ためらったりしなくていいから・・・ね?」


 頭が真っ白になった。トキの言葉に、今まで揺らいでいた躊躇いを捨て去り、気がつけば唇を彼女の頬に密着させていた。トキの言っていたことがわかる。


「おいしい・・・そうだな、幸せな味だ」


 口を離し、トキに答えを返す。

 彼女はぼんやりと目を開け、小さく頷いた後にまた目を閉じる。そして、ツチノコに倒れかかってきた。


「わっ!?どうした!?」


 ツチノコは心配するが、すやすやと彼女の寝息が聞こえ、ほっと胸をなでおろす・・・つもりだったが、手に触れたのはトキの背中。倒れかかってきたそのままだから当然だが、少々驚いたツチノコ。

 そして、ぽつんと言葉を吐く。


「寝ちゃったか・・・ぼちぼち年明けなのにな」


 まだ、胸がドキドキと鳴っている。抱いているトキに愛おしさを感じながら彼女をベッドに横たえツチノコもその横に寝転ぶ。


「なんだこれ・・・」


 自分の中のわけもわからない気持ちに、整理を付けようとするが、上手くいかない。ただ、気持ちよさそうに眠る目の前のトキを見て幸せを噛み締め、そのうちに寝てしまった。





「あー、今年は遅くなっちゃったなぁ・・・ま、ほかの人が居なきゃ問題ないけど」


 ここはさっきの神社。駆け足で鳥居の前まで来るのは飼育員のジャケットに栗色の短髪の女性、ナウである。

 鈴を鳴らして神に深くお願いをしてから、顔を上げ踵を返す。ふと、二つだけかかっている絵馬が目に入った。


「僕もたまにはやってみよっかな〜・・・」


 絵馬を購入し、マジックのキャップを取る。


「『みんなの願い事が叶いますように』っと。書くことも無いしね」


 それを二つだけの絵馬にプラスして吊るす。少し気になるので、他の絵馬も覗く。


「『幸せになる』か・・・最近聞いたな、あれ?この字って?」


 達筆ではないがシンプルで読みやすい字。だからといって特徴的ではないという訳でもない。


「ツチノコちゃんかなぁ?そうだろうねぇ、この内容だし。てことはもう一つは・・・?」

「『同居人をしあわせにする!私も!』トキちゃんらしい・・・十分幸せだと思うけどねぇ、まぁ貪欲なのも大事よね」


 ふと、二人の家に立ち寄ろうかと考えた。が、すぐにその考えを却下し、自分の家に自転車を走らせる。


「イチャイチャを邪魔しちゃダメだよねぇ・・・♪」





 いつの間にか、鐘の音が聞こえていた。その音で目を覚ましたトキは、少しクラクラする頭を不思議に思いながら横で寝ているツチノコに視線を落とす。


「ツチノコ、もうじき年明けです、起きましょう?」


「んにゃ・・・トキ?ああ、私も寝ちゃったのか・・・」


「ごめんなさい、私が先に寝ちゃったんですか?記憶が無くて・・・」


「そう・・・そっか。そっかぁ・・・」


 内心残念というか惜しい気持ちがツチノコにはあった。が、わざわざ例の出来事をほりかえすことはせずに話を続ける。よくよく考えればツチノコ自身恥ずかしく感じる。


「で、もうすぐ年明け?あとどれ位・・・」


 時計を見ればあと数分。

 トキと鐘の音を聞きながら時計を見つめる。


「もう本当に今年も終わりですか・・・」


「だな、色々あったよ・・・」


 つん、とお互いの手が触れる。


「うゎ!?」 「あぇ!?」


 同時に小さく驚きの声を上げるが、お互いに顔を見合わせ高らかに笑う。

 そして、触れ合った手をぎゅっと握った所で・・・


「お?明けましたかね?」


 鐘の音が止んだ。また顔を見合わせ、ニッと笑う。


「あけましておめでとう、トキ」


「おめでとうございます!今年もよろしくお願いします!」


「よろしく、な」


 お互い、握った手をもぞもぞと動かし握手の形に変え、強く互いの手を握りしめた。

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