第36話 初めての大晦日

 大晦日【おおみそか】

 おおつごもり,大年(おおとし)とも。12月の最終日で総決算の日であり,元旦を控えてすべての正月準備を整える。年越しそばを食べ,除夜の鐘を聞く。



 〜フェネックP〜


「はぁ・・・」


 カレンダーを見る。世の中的には今日は大晦日だそうだ。今年も最低な一年でした、来年は救われたいものです。パス試験の時、一位通過だったら一人暮らしで幸せに生活出来てたのかな。かと言って一位のツチノコさんを恨む訳では無いけれど、やはり悔しい気持ちは今でもある。


「はぁ・・・」


 ため息ばかり出る、大晦日だが私は今日も無意味に窓の外を眺めて過ごす。

 と、外に見覚えのある影。ツチノコさんとトキさんだ。


「相変わらず仲良しだなぁ」


 ポツリと呟いて、試しに手を振ってみる。





「トキ、あそこの窓の奴フェネックじゃないか?」


 新年を迎える準備のため、大体の物が置いてあるショッピングモールに向かい歩いている途中、ツチノコが不意にトキのことを呼び止めた。

 ツチノコが指した、民家の二階のひとつの窓から大きな耳が特徴の彼女の顔が見えた。ひらひらと力なく手を振っている。


「あ、本当だ手降ってくれてますね。おーい!」


 トキがそれに向けて手を振り返す。ツチノコもそれに倣い小さく手を振ると窓のフェネックは意外そうな顔をしてニコリと笑った。





 気がつくはずがないと思っていたが、ツチノコさんが感づいてくれたようで二人とも手を振り返してくれた。トキさんは相変わらずの幸せそうな笑顔で、ツチノコさんも一見無表情だが口角が少し上がっていたのが見えた。こちらも自然と笑みがこぼれる。


「あ、行っちゃった・・・」


 二人とも窓から見えなくなってしまった。

 ところで、笑ったのはいつぶりだろうか。最近部屋に篭もりっぱなしで、食事や風呂など以外に部屋を出ていない気がする、後はコーヒーを淹れに。


「なんとかならないかなぁー・・・」


 いつだったかに脱走を計画したことがあったが、今のこの脚じゃ無理だろう。どうにかならないものか。


 しばらくそんなことを考えていた。時計は確認していないのでどれくらいの時間かわからないが、とにかく二人に手を振ってからしばらく経った。また、外に見覚えのある影が。しかし先程のトキさん達では無く、一人の青っぽい服の少女だった。


「アライグマさん・・・」


 彼女の顔を見ると、胸がキュンと鳴る。いつだったか、彼女の自由な姿に対する憧れを夢の中で捨てた私だったが、今は憧れと違う感情を彼女に抱いている。

 彼女、アライグマさんを目にすると体温が上がり、呼吸も荒くなってくる。いつもため息を吐いているような私だが、彼女の元気な姿を見るだけで幸せな気分になれる。思考はまとまらず、アライグマという存在だけで頭がいっぱいになってしまう。


 世間的には「恋」と言うらしい。


「あーあ、アライグマさんと一緒にお話とかお出かけとかしてみたいなぁ、叶わぬ思い」


 そう言えば、トキさんとツチノコさんはそういう関係じゃないのかな?いつも一緒で仲良しだし、愛し合う仲だったりするのかもしれない。それなら正直安心だ、私みたいな女の子に恋する女の子もいない事は無いという証明になる。


「今度聞いてみようかな〜」


 机の上に置いてある、トキさんから貰った住所の書いてある紙をつまみ上げ、そう呟いた。




 〜トキノコP〜


「鏡餅と、あとお節料理も買えそうなのがあれば・・・後はなんかありましたかね?」


 ここはショッピングモールの中のスーパー。トキがお正月に必要なものをピックアップし、籠に入れていく。


「いや、私に聞かれてもわかんないぞ」


「あ、確かにそうですね。ツチノコは洞窟暮しの時『年』の概念ってありました?」


「無いな、今日と明日と季節だけだ」


 ツチノコが遠い目で虚空を見つめる。トキはその様子を見て詮索をやめ、たまたまレジの前で見つけた物に話題を移す。


「あ、お酒買いますか?おめでたい日ですし、ツチノコ好きですよね?」


「お、いいな欲し・・・」


 ツチノコは少し考える。酒を買って家に持ち帰ればどうなる?



『んー、美味いな』


『本当ですか?ちょっとだけ貰ってみても・・・』


『いや、でもトキお前・・・』


『だめ、ですか?』


『(大丈夫かな・・・?)いや、トキいいならいいんだよ、ほれ、飲んでみ』


 ゴクゴク・・・


『ぷはぁ、あれ?つちのこがふたり?』



 脳内シュミレーションで危険を感じ購入を拒否する。トキは本当にいいのかと言いたげだったがあまりにツチノコがキッパリ断ったのでその後は何も言わなかった。


「じゃ、お会計済ませて帰りますか」


「んだな」





「「ただいまー」」


 家に帰ってきた。


「さて・・・これからどうしますか、家に物はないし大抵家開けてるしで大掃除しなくても綺麗なんですよねー」


「そう言えば掃除なんてした事ないよな・・・でも埃とかほぼほぼ溜まんないもんな?」


 トキが「あっ」という反応をする。ツチノコは不思議だったが特に気にはしなかった。


(埃の掃除は私がこっそりしてるんですけどね・・・ツチノコに教えたら謝ってきそうだから内緒にしておきましょう、それにナウさんから花嫁修業だって言われてやってるし)


 少し思考を巡らせた後で、とあることに気がつくトキ。


(花嫁・・・?あれ、お相手なんて決まってないしそんな候補も・・・ツチノコ!?いや、確かにもう好きなのは認めますけど!)


「・・・なんで顔赤くしてるんだ?」


「なんでもないです、お気になさらず・・・」


「? ま、いいか」



 なんやかんやしばらくして。



「もう今年も残す所六時間か・・・」


「さ、神社行きますかツチノコ」


「早くないか?よくわからなんが普通年越す瞬間に神社にいるくらいなんだろ?」


「普通はそうらしいですが、私はナウさんに連れられて『初詣』ならぬ『遅詣おそもうで』に連れてかれたので深夜に行ったことないんですよ・・・それに人混みってちょっと怖いし」


「そんなに混むのか?」


「らしいですよ、パークにそういくつもありませんから・・・それで、早めに行けば人も少ないし。それに、きっと神様も人が少ない時に行けば丁寧に対応してくれますよ♪」


「神様ね・・・」


 トキが既に出発の準備を終えたようだ。

 ツチノコは特に準備物も無いのでそのまま外に出る。


「さぁ、出発しますよ!」





 ここはジャパリパークでも数少ない神社のひとつ。色々な屋台が並んでいるが、どこも準備中で前を通り過ぎると夜中に備えて休憩をしている店員さん達がびっくりしたようにこちらを振り向く。


「本当に誰もいないな・・・」


「これが夜中になると人でごった返すんですよ、それはもう三歩歩けば迷子になるってナウさんが言ってました」


「迷子か・・・もう絶対ヤダな、トラウマだ」


「なんでですか?ツチノコ、迷子なんてなりましたっけ?」


「いや、正確には誰も迷子じゃないが・・・アレだよ、こないだの警備の時にトキがトイレ行くっていってから見失ってそれでああなったから・・・思い出したくもないな」


 やれやれと首を横に振るツチノコ。トキは思い出したくもないというツチノコと逆に、少しそのことについて記憶を掘り出す。


(ツチノコ・・・そっか、あの後探してくれたんですね。それであの部屋にたまたま来て・・・私のこと助けてくれて・・・)


 そう考えると、気持ちの良い出来事では無かったにしても口元がにやけてくる。「ツチノコが私のため」というだけでどんなことも幸せに感じる気がする。いてもたっても居られないという感じで控えめだが小躍りのようなものをしてしまうのだ。


「えへへ、んふふふ」


(トキ大丈夫かな・・・)


「でもでも、ツチノコがかっこよく助けてくれたじゃないですか!」


「かっこよくってトキお前な・・・本当に危なかったぞ?被害者はお前の方だろ、服も脱がされかけて」


 その光景を不本意ながら頭に思い浮かべるツチノコ。プツン、と頭の中、正確には鼻の奥で何かが弾ける感覚を覚える。


「わわわ、また鼻血!?やば、ティッシュかなんかないか!?」


「んえぇ!?無いですよ!えっとでもどなたか!どなたかティッシュをくださる方は居ませんか!?」


 トキは一生懸命周りに呼びかけるが、人なんていない。屋台通りも通り過ぎてしまった。と、思ったが割と近くから声をかけられた。


「嬢ちゃん、こっちこっち」


 近くに明かりがついている屋台がポツンと一つだけあった。そこに急いで近づく。ツチノコは鼻を必死に押さえているが、手の隙間から赤いものが漏れている。


「ほれ」


「わわ、ありがとうございます」


 近づくと男の人にポイッとポケットティッシュを投げ渡される。トキはそれを受け取り、ツチノコの鼻に当てて鼻の付け根をぎゅっと押さえる。

 しばらくして、鼻血は止まった。二人で例の男性に近寄りお礼を言う。


「あの、ありがとうございました」


「助かった、ありがとう」


 椅子に座った彼が顔を上げ、面倒くさそうに返事をする。


「いいさいいさ、そのティッシュはやるよ」


 もじゃもじゃの髪の毛を掻きむしりながら、男が応える。とろんと垂れた目をしており、無精髭などがなんとも言えぬ不潔感を醸し出している。

 しかし、それを抜いた雰囲気は優しさをどこかに感じる落ち着いたものだった。


「なにか、お礼とか・・・」


「あん?そんなんはいらねぇけど・・・そうだな、ウチの甘酒買ってってくれよ」


「「あまざけ?」」


 おうよ、と男が頷き、上の看板を指す。そこには「甘酒」の文字。とうやら男はここで甘酒を売っているらしい。


「甘酒は飲んだこと無いですね・・・二つ頂いていいですか?」


「おーう、今日初めてのお客だ、誇ってもいいぜ」


「あはは・・・」


 男がとくとくと紙コップに甘酒を注ぐ。それをぽんと渡して代金を受け取る。


「飲んでみろ、自慢の味だぜ」


 その言葉に、んくんくとツチノコとトキが受け取ったそれを飲む。少しして、それから二人同時に口を離しコメントする。


「美味しいですね!温まりますー!」


「私もこれ好きだな、寒さに弱い爬虫類にはありがたい」


「そりゃあ良かった、持ち帰り用も売ってるが買うかい?」


「「是非!」」


 気がついたら財布を出していたトキ。この男も商売上手だと思う。


「ところで、この二種類あるのはどう違うんですか?」


「あ?大して変わりゃしねぇよ、こっちが俺のオススメだ、いい気分になれる」


 ビッと片方の札を指す彼。値段は変わらないので、そちらを購入する。


「パスは?」


「はい?」


「いや、フレンズパスこと一般アニマルガール証明証だよ。提示!二人分!」


 男に気圧され二人で慌ててパスを見せる。ん、と男が確認して瓶に甘酒を詰めたものを渡される。


「ほれ、お客第一号としてサービスだ、財布しまいな。もってけもってけ」


「え、いいのか?せんきゅ」


 ツチノコが瓶を二本受け取り、男に別れを告げる。


「それ、レンジでチンすれば温かく飲めるから。じゃあな、まいどあり。是非来年もごひいきに」


 トキ達は手を振ってから前に進む。


「変なヤツら・・・アルコール売るのにパス提示はしなきゃダメだろ。ま、新しい常連さまになりゃありがてえな、人助けもしてみるもんだぜ」

「と・・・例のキリンちゃんはまだかなぁ〜」





「なんか胡散臭いやつだったな・・・」


「わからなくもないですが、いい人そうじゃないですか?甘酒も美味しいし」


「ま、いっか・・・」


 そんなことを話しながら、二人は鳥居をくぐった。

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