第35話 初めてのお給料

 きゅうりょう【給料】

 使用人の労働に対して、雇い主が支払う報酬。俸給。



 クリスマスの一件から四日、朝の十時からパークパトロールのメンバーは全員事務所に集まっていた。


「えー、今年も残すところ三日。というわけで、パークパトロール今年一年の反省会をこれから開始します」


 ライオンが珍しく真面目なトーンで話す。机と椅子を縦長に並べ、正面にホワイトボードが置かれる形である。


「んじゃまず、今年と言うより昨日のクリスマスライブの件。みんなわかってると思うが、拉致事件が発生した。被害者は我らがロバとトキ、人質に一時的に加わったという点ではエジプトガンもだな」


 ロバがホワイトボードに黒マジックで話の要点を書き出していく。きゅっきゅっという音が静かな事務所内に響く。


「・・・で、加害者は五人。リーダー格の男は拳銃まで所持していた。ちなみに五人の内一人、部屋の見張りをしていた男は金で雇われていたらしい。だが実際、犯罪行為に手を貸すと分かってやっていたのか否かわからない部分があるのでまだ処分は決定しないそうだ。ちなみに、他四人はもう刑務所行きが確定してるらしい」


 ライオンが読み上げていた紙をくしゃりと丸め、ゴミ箱に投げ入れる。ロバがそれを見てぎょっとした顔を浮かべ、その後にライオンを睨みつけていた。ライオンは必死に目をそらしている。


「えーっとぉ、それでだな。今回の事件を受けてどう思う?犯行は防ぎようの無いものだったと思うし、解決にも最善の手を尽くせただろう。しかしだ、もっと対策をしておけば被害は小さく済んだんじゃないか?というわけで、何か意見があるやつ、いるか?」


(((((何だこの丸投げ感・・・)))))


 皆がそう思っていたが、ライオンの言葉に即座に反応し手を挙げたものがいた。


「はい、チベたん」


「私としては・・・現場にいたわけじゃないけど、ロバの防衛手段の無さが問題・・・だと思う。何か・・・簡単に身を守れる物があった方が・・・いいんじゃないかな」


 うんうん、とライオンが頷く。ロバは少し不満そうな顔をしながらそれをホワイトボードに書き出す。自分の醜態を晒されたような気がしているのだろう。実際何も悪くないが。


「ロバ、本人はどう思う?」


「悔しいですがそうですね・・・確かにスタンガンとかそういうものがあった方が安心です」


「ロバ、そういうのは持ってないの?いつも悪い顔しながらムチとか・・・」


 ロバの言葉にツンが反応すると、周りが「えっ」と言った目線を送る。例外として、ライオンは呆れ顔、トキは真っ赤な顔を覆い隠していた。本人はこの数秒でどこから出したのかというような量の汗を流し、ぎこちなく笑っていた。


「な、何のことツンちゃん。このロバがそんな物騒な物持ってたりするわけ・・・」


「そういえば、ロバはどこに手錠持ち歩いてたんだ?趣味道具って言ってたよな」


(こっ、このダークホースツチノコ!やめて!お願いだから黙っててノコッチ!)


 誤魔化そうとするロバに何気なくツチノコが質問を投げかける。そう、ロバは筋肉質の男から逃れるためにエジプトガンとの無言の連携を取り、男の両足を手錠で繋げたのだ。その際、こんな言葉を口にしていた。


手錠それ、このロバの趣味道具なんです。お気に召しました?』


 そう、ロバは墓穴を自分で掘っていた。世間的にはバレたくない自分の趣味、何とか守らねばならないのに目の前の世間知らずUMAは性格に反し空気を読まない。


「き、聞き間違いじゃないかしら?たまたま持ってただけですよ、趣味なんてそんな!」


「はぁ・・・ロバ、諦めろ。みんなもう薄々気づいてるぞ」


 立ち上がりロバに近づくライオン。そして目の前で立ち止まり・・・彼女のスカートをペロリとめくる。


「きゃあ!何するんですかライオンさん!セクハラですよ!訴えますよ!」


「ツチノコ、これが答えだ」


 ライオンがめくった中には黒いセクシーなパn・・・重要なのはそこではなく、スカートの裏面。ベルトのようなもので手錠が二つ固定されている。


「お、おう・・・ごめん見えない」


 当のツチノコはトキに目隠しされていた。トキも顔の赤さを加速させ首をちぎれそうな勢いでブンブンと横に振っている。


「もうお嫁に行けない・・・」


 顔を手で隠し膝から崩れ落ちるロバに、皆が同情の目線を向ける。手錠のことよりも皆の前でスカートをめくられたという部分の方がマズかった。そもそもみんなそっちに注目しすぎて手錠に気がついたのは少数だった。


(そもそもあの趣味の時点でお嫁に行けない・・・というかお婿さんが見つかるか微妙だけどね)


 ツンは心の中にその言葉をしまい込んだ。





「で、ロバの件は催涙スプレーを購入するので決定。あとは個人の道具で何とかしてくれ。出来るよな、ロバ?」


「ハイ・・・」


「あ、今更誰も指摘しないだろうけどロバのパソコン経由で通信するのはどうにもならないからそのままで。各自直接連絡出来れば楽なんだけどなぁ・・・それだと回線が混雑してる時とか万が一ハッキングされた時対応出来ないからね」


 ライオンがまとめて、ロバがそれを書き出す。もう今にも泣きそうな表情で見ていられなかったが彼女なりのプライドからか仕事は続けていた。


「次、いいですか?」


 手を挙げたのはエジプトガン。ライオンは無言で頷き許可を出す。


「えーと、まず今の催涙スプレーの話。トキにも持たせた方がいいと思います。ノコッチは例の件でレーザー抜いても強いことがわかりましたから大丈夫でしょうけど、トキは苦しい部分があると思います」


「そうだな、トキにもそこは持たせよう。まず、ってことはまだあるんだな?」


「はい。私が直接彼らと対峙して思ったのは、人質を取られた時の対応です。今回は相手が油断していたのとノコッチの能力のおかげで打開できましたが、いつもそうとはいかないでしょうし。それに今回は人質が私達でしたから逃げ出せましたが一般人では無理でしょうね。二人以上人質を取られたらマズいと思います」


「なるほど、確かにそうだ。その辺は課題だな、今後訓練を入れていこう」


 ロバがお決まりのように書き込む。次に手を挙げたのはカグヤ、ライオンの答えを待たず話し始める。


「次、わたしからぁ。そもそも、拳銃をパークに持ち込ませたのはまずいんじゃないかなぁ?この一件を参考に、パーク側に持ち物検査を厳しくするように言った方がいいんじゃない?」


 うーん、とライオンが悩んだ末に答えを出す。


「俺的にはアリだけど、パークがなんというか・・・試しに持ちかけてみよう、ロバ、頼んだ」


 書きながら、ロバが不満を漏らしたそうにライオンの方を見る。またライオンは目を逸らす。


「他、これについて何かあるか。無いなら違う話題に移る」


「あ、あんまり関係無いかもですが質問です。ライオンさんが助けてくれた時のあの目が光ったのなんですか?」


 手を挙げたのはトキ。ライオンがリーダーを取り押さえる時に目に灯りが灯っていたのが気になったのだろう。素直に質問をするが、ライオンも答えるのにうーーーんと悩んでいた。


「あ、難しいなら大丈夫ですけど・・・」


「いや、教えるのはいいんだけど俺もよく分からないんだよね・・・」


 ライオンの説明はこうだ。

 野生解放と名付けられた現象で、フレンズの中でも少数のものが発現できる。何でも、サンドスターを消費し元動物の能力をより強く引き出せるというものらしい。理論上はどんなにフレンズでもきっかけさえあれば可能らしいが、まだまだ不明な部分が多いとのこと。


「とりあえず大体わかりました、ありがとうございます」


 その後も反省会は続いたがツチノコとトキは入ったばかりで話についていけなかった。途中からエジプトガンも同じようについていけずわたわたしていた。よく分からないがいつもクールなクロジャが取り乱していた。過去に何があったのだろう。





「と、いうわけで反省会終了!明日から一月三日まで年末年始休業日です!パトロールは本職の警察さん達に任せよう!俺らはあくまで個人的な活動だからね」


 ライオンが手をパンパンと鳴らし、反省会は終わった。皆が背伸びやあくびをしている時に、ロバは封筒を持って一人一人話しかけている。


「うぉ!?なんで僕こんなに!?」


「ロバから個人的なお礼です♪大丈夫ですよ、ロバのお給料から引いて足してるから経費としてはプラマイゼロです」

「ところで・・・今日の夜空いてますか?もし良ければ物置に・・・今日のお給料で新しいモノ買うので」


「行かないよ、何またおっかないもの買おうとしてるの・・・」


 ロバはツンとひとしきり話し終えた後で、トキ達の元に近づいてきた。


「はい、二人ともお給料。二人暮しってことでまとめちゃったけど大丈夫だよね?」


「えっ、私達ケーキ買いに行って警備しただけですけど」


「いいのいいの、年末年始は出費も多いだろうしサービスサービス。それにノコッチはこないだ大活躍中したし」


「うっ、申し訳ないです・・・」


「トキちゃんは悪くないよ、ロバだって人質にされたんだから同じだし。それにしてもご愁傷様、あんな格好にされて・・・」


 哀れみの目をトキに向けるロバ。トキも少ししゅんとする、やはり女の子として傷にはなっているのだろう。実際にキズモノにされてしまった訳では無いが。

 と、その時横で話を聞いていたツチノコが急に「わっ」と声を出す。どうしたのかと二人で問いかけると鼻血が出ていた。


「あわわわわ、ティッシュティッシュ!」


「ノコッチ、顔真っ赤・・・あれ、ひょっとして・・・?」


「鼻から血なんて初めてだ・・・ぉぉおお」


 ダラダラと鼻から赤い液体を流すツチノコと、それを一生懸命止めようとするトキ。その様子を、遠目にロバは見守る。


「ノコッチ、意外とトキちゃんのこと・・・いや、そりゃそうでしょ、ただしニュアンスは違うけど。・・・ホントに違うかな?」


 独り言である。





「・・・十万円」


 家にもどったトキ達は、封筒の中身を確認する。中身は学問をおすすめした人が印刷された紙が十枚。二人分、約一週間の勤務では相応な給料なのだが、今までこんなにまとまった金を手にしたことがなかったトキは驚愕していた。


「これ、相当多いよな?」


「私も初めてですよこんなに・・・」


 その大金を手にし、まずトキが提案したこと。


「お風呂屋のお姉さんにお金返しましょう」


「そ、そうだな・・・てっきりいつぞやみたいに遊ぼうって言うのかと」


「お金借りてるのに遊ぼうなんて言いませんよ、もう結構な間お金返せてませんからね」


 初めてツチノコと銭湯に行った日。年間パスポートを作るのにお金が足りず、銭湯のお姉さんの好意で1800円のお金を借りていた。今まで、お金が入ってこなかったので今日、返しに行こうというわけだ。


「まぁ、そりゃそうだよな。どうする?まだ少し早いけど行くか?」


「そうですね、忘れないうち行っちゃいましょう!」





「やぁトキノコ、今日は早いね?まだ昼間だよ」


「こんにちは、今日こそお金返しに来ましたよ!」


「お、お給料入ったの?本当は返してくれなくてもいいつもりだったんだけど、じゃあ受け取っとくよ」

「あ、もう年末だし年間パスの更新してく?更新料3000円だから今払えるならでいいけど」


「あ、じゃあお願いします!私のパスと・・・」


「ほい、私のだ」


 ツチノコとトキの二人で小さなカードを差し出す。それと共に、一万円札を一枚手渡しする。


「はいお釣り。じゃあ来年もよろしくね、ってまた年内に来てくれるかな?」


「はーい、じゃあお湯を堪能させていただきまーす」「いただきまーす」


 そう言って二人でのれんをくぐり、いつものように服を脱ぐ。初めての日こそ緊張したものだが、今ではすっかり慣れた。やはりお互いの裸を見るのに抵抗はあるが。


 ふと、ツチノコが怪訝な顔をする。トキは不思議に思ったが、気のせいだろうと思って背中を向けて服を籠に畳んで入れる。


(またか・・・黒い部分が増えてやがる)


 トキの髪を見ながらツチノコは少し未来を心配する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る