第34.5話 ナウさんのNOWで奈羽な話
第29話のラスト。ナウはツチノコにトキの繁殖期について相談をされ、彼女たちが帰ったのを見届けた後に自転車にまたがり、本屋へ向かった。
「今年もかぁ〜・・・ツチノコちゃんには何買っていこうかな?あの子も無欲で困るね?」
まずは「趣味」のコーナーから歌を上手く歌うためのテクニック本を一冊取り出す。中身にざっと目を通し、わかりやすく書かれているか、今までに買った本と内容が大きく被らないかなどを確認してからそれをカゴに入れる。
「んー、でもツチノコちゃんはそれはそれでいいとも思うけど。僕のお古の小説でもプレゼントすっかねぇ・・・」
そんなこんなで夜の十二時・・・と、行きたいところだが多少夜更かしの可能性も加味して深夜二時。
ナウは合鍵を使いトキ宅に不法侵にゅ・・・少しお邪魔する。
「あらー、すやすや寝てるねぇ。仲良しだこと。ん?この場合は『あら^〜』の方が正しいのか?」
トキとツチノコがベッドで引っ付いて寝ているのを確認し、吊るしている靴下の元に向かう。
「んーと、こっちが歌の本だからトキちゃんか。ハイハイ、今年もナウサンタが持ってきましたよ、もう何回目だろうこのプレゼント」
ナウは毎年毎年トキに似たような歌の本をプレゼントしている。しかしどれも本人いわく「自分には合わない」とのことでなかなか上達は見られない。ちゃんと参考にしている様子は聴いて取れるのだが。
「もうひとつ吊るしてあるのはツチノコちゃんのか?あ、紙入ってる。どーだろ、コンビニとかで買えそうなやつなら今から買ってくるけど・・・」
夕方の時には「別に欲しいものはない」と言っていたツチノコだったがきっとトキに勧められて何か頼むことにしたのだろう。申し訳無いと思いながら紙を取り出して頼まれた内容をその目で見る。そして、クスッと笑う。
「『物質的なものはいらない、私たちに幸せをください』なんてねぇ・・・♪全く、可愛い子だよ。でも幸せは自覚しろぃ」
胸ポケットからメモ帳とペンを取り出し、短く言葉を書いてページを破りとり靴下に入れておく。ふと、家を出る前に二人の寝顔をじっくりと堪能しようと思いついた。
「ほーんと、幸せそうな寝顔しちゃって・・・」
特にトキ。ぎゅうっとツチノコに抱きついて寝息を立てている。
「しかしトキちゃんも可愛いよなぁ、未だ本当にサンタさんが来てるって信じてるんだから。僕が毎年プレゼントしてるなんて思ってないだろうね」
ニッコリと二人の前で笑い、家を後にする。
「さぁて、帰って寝ますかぁ〜!明日、っていうかもう今日か。本番ね・・・全く、なんで飼育員がステージに上がって歌を歌わなアカンのか・・・」
きっと、早めに済ませた忘年会でお偉いさんの目に留まったせいだろう。偉いナウさんは偉い会にも招待されるのだが、正直気乗りはしない。堅苦しいのは苦手なのだ。
「ふぁぁ・・・ねっむ・・・」
目を擦りながら自転車をこぎ、家まで帰った。
12/25 AM10
起床。
まだ眠気が残っているが、夜のライブまでに歌の仕上げをしなければならない。楽器はいつも通りで良いのだが歌は不慣れなのでまだまだ不安が残っている。
「えっと・・・確か昨日トキちゃんにあげた本にあんなことが書いてあったな・・・ちょっと参考にするかぁ」
そんなこんなでトキに毎年歌の本をプレゼントしていると、何故か自分に歌の技術が身につく。パラパラとページをめくっただけなのだが割とアタマに残りそれを意識しながら歌うと不思議と上手くいくものなのだ。
「なんかトキちゃんには悪いなぁ〜、彼女より僕の方が活用してるんだから」
きっと、トキが歌が好きなおかげで今ナウがライブに呼ばれるくらい歌上手になれたのだろう。ひっそりとトキに感謝していた。いつか恩返し、と言ってはなんだが歌を上手にしてあげたいものだ。
「そいえば、トキちゃんはなんで歌が好きなんだろう?考えたこと無かったなぁ?」
ナウはトキがフレンズ化した直後から担当をしている。彼女との付き合いは、ナウが新人でパーク内を案内されている際に人間の姿になって困惑し迷子になっていたトキを保護したところから始まった。鳥類担当を志望していたこともあり、トキが初めて出会ったヒトとして慕っていたので担当になったのだ。
以来、フレンズパスを取得して一人暮らしを始めるまでずっと共同生活をしていたのだが歌が好きになったきっかけが何かはわからない。先代の影響というやつだろうか。
「んんー、僕が趣味で演奏してたらいつの間にか横で歌ってくれてたんだよなぁ・・・あのころはアコーディオンやってたっけか」
一人で情報を整理していると。とある考えが頭に浮かぶ。
「ひょっとして・・・僕が楽器やってたから歌ってくれたのかな?歌が好きで楽器に合わせたんじゃなくて、一緒に何かしたくて歌ってくれたとか?」
自分で言ってて恥ずかしくなってくる。それと同時に嬉しさも込み上げてくる。
「な、なんだよぉ、ほんとにそうならトキちゃんくっそ可愛いじゃん?全く、どれだけ飼育員バカにさせれば気が済むんだあの子は!」
自己完結したところで、練習を再開させたをトキの歌を意識してちょっと音痴っぽくなったのは気のせいだろう。
「はぁー、ついに本番ですか」
開会セレモニーが終わり、控え室に来てしばらく時間が経った。本当は客席でライブを楽しみたいところだがそれどころではない。
正直な所、こんなに緊張しているのは人生で初めてかもしれない。心臓はバクバクなっているし、膝が笑っているというか狂ったように爆笑している。
「僕ってこんなに緊張に弱かったのか・・・ショックだわ、もうちょい耐性あるかと思ったんだけど」
ふいに、コンコンと扉が鳴るのを開いて応じると、そろそろ準備をという呼び出しだった。廊下に出て、舞台裏に向かう。控え室の列を出る時に白いフレンズに会った。挨拶をしようとしたが、どうやら通話をしているようで何やら「MじゃないMじゃない」と繰り返していた。おーい、他の人に聞かれてますよー。僕の事気がついてない?
「だから!それはロバが僕の事勝手に・・・あっ」
『どうしました?』
「アーティストの人にガッツリ見られてた今の・・・しにたい」
飼育員だけどね。声には出さず、彼女にエールを送って置いた。不思議と緊張が和らぎ、多少気持ちが楽になった。
ライブ終了後。
何やら拉致事件が有ったとか無かったとかいう噂を聞いたが、何かの間違いだろう。あったにしても噂になってるぐらいだから解決済みだろうし、心配はいらない。
そんなことより、といったら変だが自分としては優秀賞を頂いたことに驚きを隠せない。確かに自分より上の賞を貰っている人はいたが趣味レベルでここまでくるとは。歌ウマ本も馬鹿には出来ない。それを何冊も読み込んでいるトキがアレなのはもう触れないことにした。いつか自分から教えてあげよう。そうしよう。
「よーっし、今日は優秀賞祝いで大食いするぞぉ!お腹一杯食べてやる!」←1kgステーキをぺろりと平らげる女
そういえば会場の隅っこに泣いてる子がいたなぁ、見覚えのある服装だったけどきっと人違いだろう。ああいうフリフリの服が流行ってても不思議は無いし。いやオシャレぜんぜんわかんないけど。
そんなことを考えながら、自転車に飛び乗った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます