第34話 初めての怒り

 いかり【怒り】

 いかること。おこること。腹立ち。立腹。



 しばらく双方の睨み合いは続いた。


「何が目的だ・・・?」


 エジプトガンが唐突に口を開く。


「わからないかい?僕ちん達は可愛いフレンズと遊びたいだけだよ。セーテキな、ね?」

「ま、それで防音室を使おうと思ったんだけどまさかパトロール様が使ってるとはね?しかも僕ちんが直々に連れてきた彼女もパトロールとは、偶然だね?」


 男はトキを指しながら素直に答える。その答えにエジプトガンは顔を険しくする。ツチノコには「性的セーテキ」の意味がわからなかったが嫌な響きに悪い事だと確信した。


「クズが・・・」


「おやおや、口の利き方は気をつけなさい?僕ちんが指を鳴らせばソレを彼女達に突き立るなんて簡単なんだぜ?」


「くうっ・・・」


 手も足も出せない。遠距離攻撃手段はツチノコのレーザーしかないしそれだと殺傷能力が高すぎ、それに対象が一人に絞られるので仮にそれを使えたとしても犠牲が出る結果になる。ツチノコも同じ考えなのか、食いしばった歯を口の隙間から覗かせ動けないでいる。


「で、これはお互い良くない状況だと思うんだよ。君たちは動けないし、僕ちん達もシたい事が出来ない。君たちが大人しく捕まってくれればこの子達の命は保証するよ?楽しませては貰うけどね」


 小太りの彼が気味悪くニタニタ笑いながら提案をする。それに対しエジプトガンが応じる。


「待て、私を拘束するのはいい。ただそいつだけは逃がせ、通信機器は没収してもいい」


 ツチノコを指しながら今度はエジプトガンの方が提案する。エジプトガンは頭が回る方ではない。しかし、この状況で助けを呼ぶ方法は他にはないと判断した。インカムはロバのパソコン経由で他のメンバーと通信するので、そのパソコンに触れられない今、直接呼びに行くしかない。

 ただし翼を持つ自分は逃がしては貰えないだろうということから自らを差し出し和解案としてツチノコを逃がすという結論に至った。相手に利が無いのはわかりきっているが、賭けとして試してみることにした。


「ほう・・・仕方ない。そっちの蛇の子だけは逃がしてあげようじゃないか。ただし、今からこの手錠を投げ渡す。それをそっちの君が彼女の腕と足につけるんだ。ロープじゃ緩く縛られた時たまらないからね」


 ツチノコを指さしてからその指をエジプトガンにスライドさせ、男が説明する。

 ツチノコは困惑しているが、エジプトガンはその言葉に頷く。


「ほら、例のヤツを」


「へぇ親分」


 後ろの小柄な男が鞄から手錠を二つ取り出し、ツチノコの足元に投げる。


「ツチノコ、私の手足につけろ」


「でも・・・」


「早く!」


 ツチノコはエジプトガンを信じ、手錠を両手首、両足首に取り付ける。その様子を男はじっと観察する。


(親分、いいんですかい?仲間を呼ばれるかも知れませんよ?)


 手錠を投げた小柄な男がリーダー核の小太りに耳打ちする。しかし彼はハッと笑って小声で答える。


(お前バカだろ?外にあらかじめ見張りを付けてあるのを忘れたのか?扉を出たところをそいつに捕まえさせるんだよ、そんでコイツらも俺らのオモチャだ、一人につき一人ずつ楽しめるぜ?最高じゃないか)


 ツチノコがエジプトガンに二つの手錠をつけ終えた。手足の自由が奪われた彼女は翼で男達に近寄り、フンと鼻を鳴らし「これで満足だろ」と口にした。


「よし、君はもうどこか行っていいよ。代わりに僕ちん達はこの三人で楽しむから」


 ツチノコはそう言われたが、逃げ切れる保証が無いことは十分に理解している。しかし、自分だけではどうしようも無いのは分かっていた。癪だがここは一旦一人で脱出し、助けを呼ぼう。苦渋の決断だった。


「ツチノコ・・・」


 ふと、トキが弱々しい声をあげる。「辛い」という単語をまるまる詰め込んだかのような表情で涙を流し続けている彼女を目にして、自分でも訳の分からない感情が沸き起こる。


「なっ、お前ツチノコ何やって!?」


 エジプトガンの声が防音ルームに響き渡る。


 ツチノコは、気がついたらその硬く凹凸の激しい下駄で地面を蹴っていた。そしてトキにナイフを向けていた男に、体が覚えていたかのような鋭い蹴りを繰り出す。その硬く凹凸の激しい下駄で。


「クソ、こっちは人質がいるんだぞ!どうなってもいいのか!」


 筋肉質の男がロバを抱え、エジプトガンを抱き寄せてナイフを突きつけながら慌てて喋る。リーダー核の男も動揺しているようで、ツチノコの方を見て後ずさりしている。


 ツチノコが蹴りを入れた長身の男はと言うと、何度も嗚咽を繰り返し痛みで顔を歪ませながらその場にうずくまっていた。トキは男から解放され、手足は不自由だが翼で移動ができるようになった。


「トキ!ドアを開けて大声で助けを呼べ!」


「はい!」


 トキはドアまでパタパタと飛んでいく。ツチノコはその間にうずくまっている男からナイフを奪い取り、その男の首に腕を回して強引に立ち上がらせ、今度はツチノコが男を人質に取る。


「この男の命が惜しければその二人を解放しろ!」


 わずか数十秒の出来事に男達は呆気に取られて、呆然と立ち尽くしていた。トキがドアを開けるのに苦労しているようで、ガチャガチャという音が室内に反響する。

 筋肉質の男がハッとしてナイフを握り直し、エジプトガンにさらに近づけようとする。しかし、男の手元にナイフは無かった。動揺し、ナイフを探すとエジプトガンが口に咥えていた。それを首のスイングで部屋の端まで投げ飛ばすと、冷静な様子で一言吐いた。


「探し物はアレか?それなら悪い事をしたな」


 男が急いでナイフを取ろうと足を動かすと、何故か右足を前に出すと同時に左足も引っ張られもつれて転んでしまった。その勢いでロバもエジプトガンも離してしまう。


「それ、このロバの趣味道具なんです。お気に召しました?」


 いつの間にか起きていたロバが床に這いつくばっている男に声をかける。どのようにしたのかわからないが、ツチノコに気を取られているうちに両足首に手錠をかけられたようだ。


「これで形勢逆転だなぁ?」


 男にナイフを向けながらツチノコが話す。すると、どこからかリーダーの男が拳銃を取り出してツチノコに向ける。


「よくもやってくれたな・・・ちょっとでも動いてみろ、撃ち殺してやる!」


 いつの間にか小柄な男の方は泡を吹いて倒れていた。拳銃を向けている男を何とかしようにも、ツチノコの他三人は手足が塞がれているのでどうにも出来ない。しかし、その時やっとトキがドアを開いた。


(しめた!これで見張りのやつが異変に気づいて入ってくるはずだ!)


 だが見張りの気配はせず、トキの大きな声が聞こえた・・・


「誰か!誰か助け・・・って、え?」


 ・・・たのだが、途中で止まってしまう。一つの足音が聞こえ、聞き慣れた声が聞こえた。


「ツチノコ、よくやった」


 ライオンである。どういう理由か異変に気が付き、既にこの部屋に向かっていたようだ。


「なぁ、ニーチャン。可愛いウチの部下によお?」


 今までに聞いたことのないドスの効いた重く低い声で男に話かける彼女。ポキポキと指を鳴らし、一歩ずつ近づいてくる。男もあまりの迫力に体が動かせないようだ。


「手、出しちゃダメだぞ☆」


 急に先程とは真逆のような明るく軽い声を出す彼女。目を細めてニコッと笑いその目を再び開くと瞳に灯りが灯っていた。


 そこからは早かった。


 目で追えないほどのスピードでライオンが男に近寄り、体術を駆使し拳銃を奪い去った後、それを壁際に投げ飛ばしてから男の体を捻りあっという間に頭を地面に付けさせた。


「ふぅ・・・ツチノコ、その男を離してやれ。既に恐怖で気絶してるぞ」


 ライオンの言った通り、ツチノコの腕の中の男は白目をむいて気を失っていた。手を離すと、バサッとその場に倒れ込みそのまま起き上がらなかった。


「改めてよくやったツチノコ。初めてこんな事態に合わされて大変だったろう。後の処理は任せておけ、とりあえずそこの三人の拘束を解いてやってくれ」


 その時、ふと後ろで人の動く気配。


「くそ・・・足が・・・」


 まだ筋肉男は立ち上がれないようだ。その動きを止めるのにうってつけのものをロバが持ってきてくれた。


「はーい、動かないでくださいねー?バーンってしますよ?」


 言わずもがな、先程投げられた拳銃を男に向けている。実際引き金には指を当てていないのだが後頭部にコツンもぶつけるだけで絶大な効果を発揮し、ピクリとも動かなくなった。代わりにタンクトップのおかげで大きく露出された肌から大量の汗が吹き出していた。


「さ、体制を整えて警備に戻るぞ。外に怪しいやつがいたからそいつも気絶させておいた、拘束しといてくれ」

「あ、あとトキ。警備戻る前に服直せよ」


 それを言い残しライオンは部屋を出た。

 トキの服はボロボロで、上半身の前が丸見え、下着もずらされる寸前と言ったところだった。それを改めて確認し、先程までの出来事に今更ながら恐怖心が増してくる。と、そんな時ツチノコがトキに飛びついてくる。


「トキ・・・無事で良かったよぉ・・・トキぃ・・・」


 ツチノコは泣いていた。トキを抱きしめ、ボロボロと涙をこぼしていた。


「私達もヤバかったんだけどね・・・」


 遠目にその様子をロバとエジプトガンが見守る。その後、「まぁいいか」と二人で笑い飛ばした。





「「ただいまー」」


 その後は何事もなくライブは終了。何かあったと言えばナウが優秀賞を受賞しトキをさらに泣かせたことぐらいだろうか。


「はぁ・・・今日は大変でしたねー」


「本当になぁ、私の中でクリスマスのイメージ随分悪くなったぞ」


「あはは・・・それにしても、ナウさんあんなに上手いなら私に教えてくれても良かったのに」


「あの出来事の後でそれ言えるんだからトキはすごいと思うぞ・・・」


 ばふん、とトキがベッドに倒れ込む。ふと、横に吊るしてある靴下を発見する。


「あ、ツチノコ!ホワイトクリスマスに気を取られて忘れてましたがサンタさんからプレゼント届いてますよ!」


 嬉々とした顔でトキが靴下を取り外す。片方をツチノコに渡し、自分の分の中を確認する。


「よーし、これで歌上手を目指しますよぉ〜!ナウさんに負けてられません!」


 トキがサンタから貰ったのは歌が上手くなるテキスト本だった。


「ツチノコは何貰ったんですか?」


「メモ用紙が一枚、『身の回りをよく探せ』だって」


「・・・なんですかそれ?」


「・・・なんだろうな?」


 二人で笑って、クリスマスの夜を過ごした。

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