第33話 初めての迷子
まよいご(まいご)【迷子】
① 親にはぐれたり、道に迷ったりした子供。
② 連れからはぐれること。また、そのもの。
「まいったなぁ・・・」
トキがナウの美声に泣き出し、数十分後。トイレに行く、とトキが言うので心配だからついて行こうかとしたツチノコだったが、人混みに紛れたトキの姿を見失っていた。
探しても探しても見つからず、そろそろ休憩も終わり仕事に戻らなくてはという頃だった。もちろんトイレも探したが誰もいなかった。
「トキーーー!」
大声で呼びかけても、会場には音楽と人々の歓声が響いておりすぐにかき消される。
「本当にどこいったんだ?なんとか見つからないかな?」
人混みではピット器官も役立たず、ひたすらその目で探す。
少し前。
トキは涙で濡れた目を擦りながらトイレに向かっていた。
「ぐすっ・・・ナウさんあんなに歌上手いなら私に多少教えてくれても良かったのに・・・」
出る声は震え、弱々しかった。
「ところでトイレって何処だろう・・・?人に聞いてみましょう」
近くにいた一般の男性に声をかける。太身で、チェックのシャツとクリーム色のズボンを履いていた。
「すいません、トイレって何処だかわかりますか?迷っちゃって・・・」
男は振り向き、親切に対応してくれた。
「トイレならそっちの通路の角を左に曲がればすぐ、看板が見えますよ」
「ありがとうございます!お邪魔しました、失礼します!」
礼を言って立ち去り、男の教えてくれた方へ足を運ぶ。こういった会場で飛ぶのは迷惑行為なので、自分の足で歩く。
例の通路を歩いていると、急に、後ろから肩を掴まれる。誰かと思い、後ろを振り向こうとする。
「どなたです・・・んんっ!?」
が、その前に口に布のようなものを被された。急に意識が遠くなり、目の前の景色が白く染まっていく。そのうちに視界は白のみになり、トキは瞼を閉じた。
一方こちらはロバの部屋。
ロバはカタカタとパソコンで情報を整理したり、他のメンバーにも定期連絡を行ったりした。
「もしもしチベたん?例の怪しい人はどう?」
『どこか行っちゃって・・・キョロキョロしてて、怪しかったんだけど・・・』
「んー、特徴は?」
『細身で長身の男の人・・・キョロキョロ以外には・・・会場の隅で電話かけてた・・・』
『電話・・・同じタイミングで電話してる人もいた・・・太身の男の人で、チェックのシャツ・・・』
「なるほど、とりあえず警戒しててください。何かあったらライオンさんに伝えますから、とっちめてもらいましょう」
彼女との通話を切り、次の人に連絡を回そうとする。しかしその時、不意に扉が開いた。
「あなた達は・・・?ここは立ち入り禁止ですよ、おかえりください」
立っていたのは二人の男。背が低くてパーカーを被っているのと、タンクトップの筋肉質の男。
二人は返事をせず、ニヤりと笑いロバに近づく。
「出ていってください・・・ここはパークパトロール関係者以外入っては行けない場所です」
形容し難い不気味な恐怖で、膝が笑う。しかし椅子を立ち上がり、じりじりと近づく彼らから距離を置き、冷静に対応する。
しかし男達はそれに従う気配を見せず、どんどん距離を詰めて来る。
「こっ、来ないで・・・出ていって・・・」
遂に壁際まで追い詰められ、片方の男に首を掴まれる。
ロバは恐怖した。知らない男に壁際で首を掴まれている。なかなか無い異様な状況だ。
「なにが・・・っ、目的ですか・・・!」
男達は顔を見合わせ、愉快そうに笑う。そして口元に白い布を押し付けられ、意識は遥か遠くへ投げ捨てられた。
ツチノコはふと思い出した。
トランシーバーがあるではないか。トキと連絡を取るのにツンから渡されたものだ。思い立つなり、ポケットをまさぐってそれを探す。
「・・・どこやったっけ」
ポケットには入っていない、少し硬いものが指に触れたのみ。考えてみれば手のひらと同じぐらいのサイズのトランシーバーがポケットに入っているのに忘れるはずがなかった。
「んー・・・?あっ」
思い出した。ポケットに入れるには大きすぎるのでと、とある場所に隠すように持つことにしたのだった。
「これこれ、連絡入れてみるか」
ツチノコがトランシーバーを取り出したのはフード。首の裏にマジックテープで固定し、後頭部から背中にかけてのぶかぶかした部分に仕舞っておいたのだった。
カチリと電源を入れ、耳元に当てる。ノイズの音がし、しばらくそうしてみるが、反応は無い。この騒がしい会場だ、トキが着信しているのに気が付かないというのも十分ありえるだろう。
「ほーんとにどこいったかなぁー?そうだ、ロバに繋いでもらおう」
比較的静かなところに移動し、耳のインカムのマイク電源を入れる。
「ロバー?聞こえるか?トキ繋いで欲しいんだが」
しばらくしても返事は無い。どうかしたのだろうか?トキを探しつつ、ロバの部屋に戻ることにした。
「ロバ先輩?冗談キツいですよ、返事してくださいよ」
エジプトガンは困惑していた。確認したい事があり、ロバに連絡を試みたが返事が帰ってこない。
「・・・なんかあったか?」
ツチノコとトキを除き一番パークパトロールとしての経験が浅いエジプトガンだが、ロバに連絡が出来ないという事態が異常なのはすぐ察しがついた。
「マズいな、念の為部屋に戻るか・・・?」
一旦持ち場所だった会場上空を離れ、真下の部屋に飛んで行く。
「「あ」」
ばったりとツチノコとエジプトガンは部屋の前で合流した。
お互いに何故部屋来たのかを話し、目的が同じロバの安否確認と知るとエジプトガンが危険について説明する。
「ノコッチ、いや、真面目な話だツチノコ。正直なところ、私もパトロールとしての日は浅い。しかしロバから返事が来ないというのは異常だ。このことから推測できるのは、通信機器の異常、もしくは・・・」
「「ロバが何者かに襲われた」」
「その通りだツチノコ、なかなか察しがいいじゃないか。つまりだ、この扉を開いた先に危険人物がいる可能性もゼロではない。私は戦闘も得意な方だが、お前は無理をするな。例のビームは本当に危険な時だけ使うんだ。じゃ・・・準備はいいか?」
ツチノコは彼女自身が驚く程冷静に頷いた。正直なところ、イマイチエジプトガンの話すことに現実味を感じない。ロバはもちろんそうだが、ツチノコにとっては迷子になっているトキも心配だった。
「あと、この部屋は音が外に漏れないようになっている。その逆も然り、外から音は入らない。ここで話しているのは聞かれてないから安心しろ」
ツチノコが頷いたのを確認し、エジプトガンがそっとドアノブに手を触れる。そして・・・
「行くぞ!」
バタン!
勢いよくそれを捻り、前に押し出した。ドアが勢いのあまり壁に激突し、派手な音を出す。
その音で、室内にいた男四人が一斉に振り向いた。そう。男四人。
パークパトロール関係者以外はたとえイベント主催者でも入れないこの部屋に、見知らぬ男性が四人も入っているのだ。
「だっ、誰だお前ら!ここはパークパトロール関係者以外立ち入り禁止、しかもここにはロバがいたはずだ!どこにやった!」
エジプトガンが男達に吠えかかる。男達はそれに気圧されることなく、はははと笑いながらその中の一人、太身の男性がコチラを向き直す。チェックのシャツが特徴的だった。
「動くな!強硬手段に出るぞ!」
その男がやれやれと首を横に振りながらそれに応える。
「怖い怖い・・・そんなんじゃ男のコにモテないよ?動くなってのはこっちのセリフさ、そっちが動いたらこの二人はどうなっちゃうかな?」
後ろの長身の男と筋肉質な男が並ぶ彼らの陰に屈み、何かをぐっと引っ張ってくる。持ってこられた、否、連れてこられたのは見覚えのある人物だった。
「ロバ!?」 「トキ!!」
片方はロバ、世の中ではお姫様抱っこと称される抱えられ方をして、その中ですやすやと穏やかに寝息を立てている。しっかりとした確認は出来ないが両手両足のそれぞれをロープで結ばれているようだった。
もう片方のトキは、ロバと同様手足を固定された上で半裸の状態にされていた。ロバと違い起きているようで、自立している。顔は涙で濡れるのと恐怖でぐしゃぐしゃになっていた。
「ツチ・・・ノコ?」
「トキ!くっそお前ら!」
ツチノコが飛びかかろうとするとをエジプトガンが止める。ツチノコは何するんだと険しい顔で振り向くがエジプトガンはツチノコの言葉を聞く前に呟く。
「ダメだ・・・今近づいたら二人とも殺られる・・・」
そう言うエジプトガンも震えていた。恐怖で顔を引きつらせ、逃げ出してしまいたいというような表情だった。
「察しがいいじゃないか、こっちにはナイフがある。君たちがそこから近づいた瞬間、ズバァだよ?怪しい動きも同様、彼女たちの命は無いね」
男が得意気に説明する。トキ達を掴んでいる二人は懐から銀色に光る恐ろしい形状のものを取り出した。
「くっ・・・そ」
「やれやれ、これからこっちの可愛い子をマワそうと思ってたのにいいところで邪魔をしてくれるね?さて、この子達が惜しいなら君たちも大人しくなってもらおうか?このまま出ていかれたら困るしね?」
男は強気に出るが、その場からうごかずにいた。実際、人質のおかげで優位には立てているが戦闘能力じゃ凶器があってもフレンズには敵わない。そのため両者近づけずに睨み合う。
「トキ・・・」
「ツチノコ・・・きゃっ!?」
トキがツチノコの声に反応すると、長身の男が彼女の身をぐっとよじる。痛みに喘ぐ彼女に男は銀色の刃を近づけ黙らせる。
「コラコラ・・・自殺願望でもあるのかい?」
トキが涙を流すのを、ツチノコは見つめることしかできなかった。
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