第32話 初めての警備

 けいび【警備】

 不時の事態にそなえ、注意してまもること。



「クリスマスミュージックライブ、開幕でぇ〜す!」


 司会席の女性の言葉に、場にいる全員が歓声をあげる。その様子を、ライオンをはじめとするパークパトロール全隊員で後ろから見守る。


「さ、俺たちも仕事だ!打ち合わせ通り、各担当場所で警備!」


「「「「「おー!」」」」」


 ジャパリパークに存在する大規模イベント会場。ドーム型で天井は開いており、収容可能人数は約五万人。相当な広さの会場を、たったの九人。オペレーターのロバを除けば八人のみで警備をする。


「なんで八人しかいないんですか?」


 そう、打ち合わせの時にトキが質問した。ライオンから返ってきた答えは、誇れると同時に納得し難いものだった。


「そりゃ、俺らが信頼されてる証拠だ。今まで八人どころかお前ら無しの六人だったからなぁ?」


 二本指でツチノコとトキをさされた。しかしあまりにも広い会場なので、もっと人数が居てもいいものなのではないか。


「本当に、少なすぎですよね?ツチノコはどう思います?」


「そうだな、あんまりにもこれは・・・」


 トキとツチノコの担当は会場上空、真下には沢山の人がぎゅうぎゅう詰めになっている楕円形の建物。が、あるが見張るのはそこではなくその外側。不審な動き方をする人影が無いか、ピット器官で探る任だ。


「ところで、これ、割と暇ですね?」


「んー、不審な動きってもなぁ?そうそう居るもんじゃないし。まぁ居ないのが一番なんだが」


『はいはーい、全部聞こえてまーす』


「わっ!?」 「うおっ!?」


 不意に二人の耳元で声をかけられる。しかし実際に横に人が居るのではなく、耳につけた黒い機械から鳴る音だ。


『私語は謹め・・・とまでは言いませんが、お仕事はちゃんとしてね?ロバがぜーんぶ聞いてることをお忘れなく』


「「はーい・・・」」


 プツンと小さな音が聞こえ、ロバの声が聞こえなくなる。


「びっくりしましたね・・・」


「うん、急だったからな。さ、警備だ警備」





「全く、トキノコは初仕事で暇なんて随分余裕ですねぇ。他は黙々と警備してるのに・・・」


 ロバは会場別室の部屋でノートパソコンを広げていた。今回のような特別任務の時は常に全隊員の声が入るようにしてあり、トキ達も例外では無い。


「ま、最初ですし大目に見ましょう。どれどれ、他の人の様子は?」


 一人一人連絡をしてみる。何かあれば連絡は入るが、念の為定期的にロバから連絡を入れる。


「ツンちゃん?ちゃんと場所着いた?」


『着いた着いた・・・しかしミュージシャンの控え室前廊下入り口って、緊張するよ。なんか有名な顔ばっか通るし・・・あ、お疲れ様です、控え室コチラです』


「ま、頑張って下さいな。はーい、チベたんは大丈夫?」


『問題無し・・・今のところ。ここの会場・・・いつ見ても広いね・・・目が疲れるよ』


「まぁ、会場全体一人で監視してるんだからそりゃ疲れるよね・・・次、エジプトガン」


『大変も大変ですよ!なんで警備なのに誘導係!?トキノコにやらせればいいじゃないですか!トキちゃん声量あるんだし!』


「グチグチ言わなーい。仕方ないでしょ、なんかあれば呼びますよっ。ライオンさん、どうです?」


『ひーまー、チベたんとか黒酢から連絡無いとやること無いしー、ライブ見てるぞ』


「んな適当な・・・最後、黒酢は大丈夫?」


『ロバ・・・不審人物を発見した』


 深刻な声のトーンでクロジャから返ってくる。まだ開始十分にもならないのに、既に不審者が居るということにロバは動揺する。


「特徴は?ライオンさんに取り押さえてもらいましょう」


『二人組、男と女。背が高くて茶色のコートの男と、それの腕にくっついてるピンクのニット帽が女。』


「で、どの辺が不審なんですか?」


『わたしが説明するよぉ』


 深刻な声から打って変わって、緩くて高い声が返ってくる。黒酢のもう片方、クロジャの相方カグヤだ。


『まずさっき説明があった通りぃ、女が腕にくっついてるでしょう?それと、色違いのマフラーをそれぞれしてて、クロジャ情報では指を絡ませる手の繋ぎ方をしてたらしくってぇ・・・』


「それ、ただのカップルじゃない?」


『やはりか・・・』『ですねぇ・・・』


『『不審人物』』


「えぇ〜・・・」


 黒酢。旧BLACKSと呼ばれた二人は何故かリア充を嫌悪している。カップルなどを見つけると我を忘れ襲いかかりたくなる衝動に駆られるそうで、お互いがお互いをなだめあっている。


『カップルなら仕方ない、何発でも打ち込んでやる』


 クロジャことブラックジャガーの彼女は様々な獲物を「一発で仕留める」という美学のようなものがあるらしいが、カップルのみは例外らしい。


『血・・・血を吸ってあげましょぉ・・・』


 吸血コウモリでは無いカグヤもこの様子。


「はぁ、何がそんなに妬ましいんです?二人とも顔、性格共にいいんですから恋人ぐらい作る気なら作れるでしょう?とりあえずその人達に手は出さないでくださいね」


 ロバが呆れた様子で対応する。


『チッ、仕方ない今日は見逃してやろう』


『今度あったらそのマフラーをズタズタにしてやるですぅ・・・』


(黒酢こっわぁ・・・)←人のこと言えないぐらい怖い人


 ロバは心を無に、オペレーターの仕事を再開した。




 ライブが始まって約一時間半。


「なかなか疲れますね・・・」


「私もこんなにピット器官使ったのは初めてだな・・・」


 トキは長い時間滞空して疲労が溜まっていた。ツチノコも同様、ピット器官は元動物だった頃こそよく使うものだがツチノコは動物の頃の記憶が無いため、疲労が溜まっていた。


『休憩する?』


 会話を聞いていたロバから連絡が入る。


「あー、お願い出来ますか?」


「頼む〜・・・」


『わかりました、代わりにエジプトガンを派遣するので少々お待ちを・・・エジプトガン、休憩おしまい!トキノコと代わって!』


 小さくエジプトガンが不満を漏らす声などが聞こえてくる。急に静かになって、ロバからまた声が送られてくる。


『はい、今行くから待ってね!』


「助かります〜」


 三分程でエジプトガンがやって来た。


「お疲れ、交代だ。はああ、さっきこっちも休憩入ったばっかなのによ・・・」


『エジプトガンちゃぁん?聞こえてますよぉ?』


「ヒッ!?そ、空耳じゃないですかね?」


『そうですね、もう五十分休憩したエジプトガンが休憩入ったばっかとか言いませんよね。あ、お忘れなく。オ・シ・オ・キ、も用意してありますから、もしまたなんか言ったら・・・ね?』


「はぁい・・・と、言うわけでここは任せろをお前らも休憩してこい」


「あ、ありがとうございます・・・すみません」


「いいさ、仕事だからな」


 お言葉に甘え、トキ達はロバの部屋に戻った。





 真っ白な扉の銀色のドアノブを捻り、ドアを開ける。


「ただいま戻りました」


「疲れた・・・」


「お、お疲れ様二人とも。しばらく休んでな?ライブ観ててもいいし」


 ロバが出迎えてくれる。部屋にはロバが座っている椅子とその前に机、あとはソファがあって壁に時計がかかっているだけのシンプルな内装だった。


「どうしますツチノコ、ライブ観てますか?」


「せっかくだしな・・・ちょっと観るだけ観てみようぜ」


「そんなわけで、私達行ってきます」


「はいはい、ライブ見てる時はソレのマイク切ってね、うるさくてしょうがないから」


 ロバが耳の通信用インカムを指さし、説明する。

 トキ達はその言葉に頷き、部屋を出て会場に向かう。





「広いですね・・・」


「本当にな?今歌ってるのは・・・?」


 ツチノコが背伸びをしてステージの上を観ようとする。しかし前の背の高い男性に遮られてなかなか見えない。

 ステージ中に歌声が響き渡っており、その声だけは聞くことができる。


 ・・・っきーり長い近況報告♪お待ちしてます♪どれだけ敵を作ろうとも♪僕が君の・・・


「上手な歌ですね?」


「歌ってこんなものなのか?なるほど、歌声だけじゃなくて後ろに音楽もあるのか・・・ふむ・・・」


 ツチノコは何やら考え込んでいる。不意に会場アナウンスの声が響き渡る。


『えー、以上、スナネコはんでした。次は我らがジャパリパークから、フレンズでは無く人の登場です。では、張り切ってどうぞ!「NOW」です!』


「「なう?」」


 二人で声を揃える。お互いに驚きと困惑が混じったような表情をして、顔を合わせる。


「ナウさんっていうアーティストがいるんですね、びっくりしました」


「そ、そうだな?ナウは飼育員だし、アーティストじゃないからなぁ?」


 その時、会場に聞き慣れた声が。


『えーと、どうも皆さんこんばんは。ジャパリパークで飼育員としてお仕事させて貰ってます、NOWです。』


 飼育員。確かにそうに言った。しかも今の声。公然ということもあり、いつもと口調は違うが聞き間違えるはずがない。


「ナウ!?」 「ナウさん!?」


 今度は確信めいた表情で顔を見合わせる。その間にも挨拶は続いている。


『あくまでボk・・・私は飼育員であり、音楽に関しては趣味でやってる程度、歌もたまたま読んだ本で学んだだけです。こんな素人ですがお楽しみ頂ければと思います。お聞きください、○○さんの・・・』


 それよりあとは頭に入ってこなかった。というより頭に入れようとしなかった。ツチノコとトキは二人で必死になり何とかステージ上を覗こうとそれが可能そうな立ち位置をわたわたと探し回っていた。


「あっ」


 ぴょんぴょんとジャンプを繰り返していたトキが口から漏らす。

 ツチノコがその様子を見て「どうした」と問いかける。


「あれ、ナウさんですよ・・・私達がよく知ってる・・・」


「まじで?」


「マジです・・・」


 会場に響くギターの音色と歌声。それはそれはとても綺麗なもので、観客達はしん、と静まり返った中でそれを聞いていた。そして、ひとつ演奏が終わると盛大な拍手を送った。


「ツチノコ・・・どうしましょう」


「何がだ?」


「ナウさん歌めっちゃ上手ですよ・・・心折れちゃいますよぉ・・・うぇぇ・・・」


 つい昼間のように泣き出すトキ。これまた昼間のようにそれをなぐさめるツチノコ。そしてそれを知らずにまた違う曲で美声を披露するナウ。


 会場の片隅に、すすり泣く少女の声が聞こえたそうな。





「ロバ・・・連絡」


『チベたん?どうしました?』


「怪しい人・・・見つけた。なんかあればまた・・・」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る