第29話 初めてのクリスマスイブ-2

 クリスマスイブ【Christmas Eve】

 クリスマスの前夜。リア充がいちゃつく日。非リアが悲しむ日。



「「ごちそうさまでした」」


 図書館から家に一旦戻って、お昼のジャパまんを食べる。否、食べた。


「さて、この後はどうするんだ?」


「そうですね〜、せっかくクリスマスイブ、なんかしたいですがお金の要らないものとなると・・・夜ならイルミネーションとかも見れると思いますけど、それじゃ夕方呼ばれるまでの時間潰しにはなりませんしね」


 腕を組んで考え込むトキ。眉間にシワを寄せ、悩んでいることが一目で分かる。ツチノコも顎に手を当て考えてみるが特に何も浮かばない。それもそうだ、彼女はクリスマスイブがなんなのかよくわからない。


「ナウ・・・」


 ボソッとツチノコが呟く。


「何ですか?」


「ナウの所とか・・・?」


「ナウさん家ですか・・・多分大丈夫でしょうけど、そんな所でいいんですか?」


「そんな所言うか?アレだよ、いつだったかに楽器の話してそれっきりだったろ」(第9話参照)


「ああ、ありましたねそんなの。確かクローゼットに・・・」


 そう言ってクローゼットをガチャリと開けるトキ。服を変えたりしないので、クローゼットを開く機会は少ない。少しガサガサと物を動かして、またトキが声を上げる。


「ほらほらコレです!確か・・・にこ?」


「二胡だな、私の洞窟にあったやつ」


 クローゼットの中にはツチノコが以前住処にしていた洞窟に落ちていた二胡。隣に同じく拾い物のバケツが置いてある。


「改めて見ると・・・少し汚いな」


「洞窟にあった奴ですから汚れぐらいはあるでしょうね?」


 所々泥のようなものがこびりついたそれをツチノコが持ち上げ、しみじみと眺める。


「じゃあ、ナウさんのとこ行ってみますか?」

「会える確証は無いですが、ナウさんだって暇ではないでしょうし」


「そうだな、ちょっと行ってみるか。これ、持ってって大丈夫か?」


「多分・・・持つだけ持ってきましょうか!」





 ピンポンとインターホンを鳴らす。


「・・・」


 インターホンのマイクには反応無し、ドアが開く気配もない。もう一度押してみる。


 ピンポーン・・・


 やはり反応はない。トキとツチノコの二人で顔を見合わせ、ふぅ、とため息をつく。


「まぁ、居ないことぐらいありますよね」


「そりゃあな・・・やっぱり事前に知らせないと難しいよな」


「ホントだよ!今日は僕から行くつもりしてたからまさかすれ違うなんて予想外だねぇ」


 背後から聞き慣れた元気な声。バッと振り向けば栗色の短髪に緑のジャケット。目が合い、ニカッと笑った表情を見せる。


「どもども、ナウです。今日はどったの?」


「こんにちは、思いがけず時間が空いたもので」


「へぇ?まぁ上がってきなよ」


「「はーい、お邪魔しまーす」」





 コトンと目の前に白いカップが置かれる。


「これは・・・?」


 中に入っているのはいつもの紅茶では無い。匂いも違う独特なものだし、色も黒っぽい。カップの底が見えない。


「ふっふっふ、コーヒーだよ。さぁ、二人ともブラックで飲めるかな?」


「これがコーヒーですか。私も初めてですよ」


「んー、いただきます」


 ツチノコがカップを口につけ、その中の液体をすする。しばらくして、げほっと咳き込む。


「ゴホッ、苦い!これが美味しいのか?」


「はい、ツチノコちゃん脱落ー」


「苦いんですか?」


「にっがい、私はこれ苦手だな」


「ふふ、苦いのが苦手なんですか?なんだが子供っぽくて可愛いですね」


 口元を手で抑えニヤニヤとした表情をトキがツチノコに送る。少し悔しそうな顔のツチノコが、不満げに反論する。


「じゃあトキも飲んでみろって。苦いから」


「多分私は平気ですけどね、いただきます」


 ツチノコと同じようにカップを傾けるトキ。ゴクンと喉を鳴らして、カップから口を離し、ぶるっと身震いさせてから話し出す。


「にがっ・・・くないです、平気です」


「本当かぁ?」


 ぎこちない表情で大丈夫大丈夫平気平気と繰り返すトキ。その様子をみていたナウが明るい笑みを浮かべて口を開く。


「気に入ってくれたぁ?そりゃ良かった!ほら、僕の分もあげるよ!ささ、飲んで飲んで!」


 トキはギクリとして早口で対応する。


「あ、いやまだ私の分ありますし大丈夫ですよ!ナウさんに申し訳ないですし!」


「いやいや、僕も実はブラックコーヒー苦手なんだよね、いつも砂糖入れるんだけど今日は切らしちゃっててね。だから、トキちゃんが気に入ってのなら・・・


あ げ る よ」


「ぱああ」という擬音が聴こえて来そうなほどのスマイルでカップをトキの前までスライドさせるナウ。


「あ・・・ありがとうございます・・・」


 目の前の二つのコーヒーカップを前に顔を青ざめるトキ。

 それを横からツチノコが先程のトキのようなニヤニヤとした表情で話しかける。


「良かったなトキ、コーヒー貰えて。ほら、私も苦手なことだし飲むか?」


「い・・・いやもう・・・」


「ほらほら、遠慮するなって」


 そうして、トキの目の前のコーヒーカップは三つまで増えた。当のトキは何ともいえぬ悲しさを体全体で表現していた。タイトルを付ければ「THE・絶望」といったところだろうか。


「どうしたの?飲まないのかい?」


「せっかくだ、飲ませて貰えよトキ」


 トキは今にも泣きそうな顔をしている。ふるふると体を震わせ口は音こそでないが懸命に動かしている。ツチノコとナウは顔を見合わせ、やれやれと首を振りトキに話しかける。


「ほらほらトキちゃん、悪かったって。でも強がるのはもうやめようね?」


「私も自分の分は自分で飲むから。ほら、冷めちゃうしもうもらうぞ」


「うぅ・・・ごべんなざい・・・ふぇ・・・」


 一言謝った途端、トキは吹っ切れたかのように泣き出す。びゃああぁ、と声を上げて大泣きしてしまうトキにツチノコはパニック、ナウは困惑している。


「あああああ、トキ、私達も悪かったから!ごめんな?意地悪してごめんな?」


「んん、ここまで深くダメージになるとはねぇ。ごめんよ?」


「うぇええええ・・・」


 ボロボロと大粒の涙をこぼしながらツチノコの胸元に飛び込むトキ。ツチノコは体に抱きついてグスグスえぐえぐと泣き声を上げるトキに更に困惑する。


「えぇ〜・・・」


「あら微笑ましい」


「微笑ましいて・・・どうしようこれ」





 やがて、トキは泣き疲れて寝てしまった。


「んー、寝ちゃったねぇ」


「これまたすやすやとな」


 一昨日のパーティの時のように、ツチノコは膝の上に彼女の頭を乗せる。サラサラとした髪が膝に当たってくすぐったい。ふと、その中に黒い部分を見つけ、ハッと思い出したようにナウに話しかける。


「なぁなぁ、今丁度トキも寝てる事だしちょっと内緒に相談していいか?」


「ん?トキちゃんに内緒なんてどうしたね?」


「いや・・・トキについてなんだけど、ほら、ここの髪見てくれよ。ナウならどういう状況かわかるだろ?」


 トキの黒くなった部分の髪を指しながら問いかける。ナウはそれを見て呆然としている。


「oh・・・あれか、繁殖期、発情期」


「そう、その繁殖期とやらでトキがどうとかって・・・」


 そうして、先程図書館でコノハ教授に教わったことをナウにそのまま話す。


「ああ・・・そんでその、どうにかならないかってことねぇ?」


「そうそう、どうすればいいと思う?さっき言った通り本人には伝えないことにしようとしてるし」


「そうねぇ、流石にその『えっちなこと』しなさいってわけにもいかないし」


「なぁ、『えっちなこと』ってなんだ?私に出来そうならやってやりたい、それでトキが楽になるなら」


「知らないならまだ知らなくていいよ。それに普通は女の子同士でやるもんじゃないし」


「えぇ〜・・・一番手っ取り早いと思ったんだが」


「その方向性は無しでツチノコちゃん。しかし、どうしたもんかね?僕も担当飼育員として細かく調べたりするけど・・・なにせ前例が少なすぎてまともな情報があるかしらねって」





 二人であれやこれやと話しているうちに、ツチノコの膝の上のトキがもぞもぞと動きを見せた。


「んにゃ、私いつの間に寝て・・・?」


「ん、おはようトキ」


「おはようございます・・・?ん、ここは?」


 トキが首だけ動かしてナウの方を見る。ナウは微笑みながら手を振って、自分の膝をつんつんと指先でつつく。


「膝?膝が何か・・・」


 そう言ってトキは姿勢をそのままに目線だけ下に落とす。すると、ツチノコの素肌。所詮生足と呼ばれるものが目に入る。


「ここここコレって・・・」


 状況を理解したのか、急に顔を赤くするトキ。「わああ」と声をあげて勢いよくはね起きる。


「ご、ごめんなさいツチノコ!」


「いや、別にいいけど・・・」


「あはは、話変わるけど二人ともサンタさんに何をお願いするんだい?」


 笑いながら本当に急に話題を変えるナウ。


「え、私はそうですね・・・今年も歌ウマテクニックの本を貰おうかと」


「また?サンタさんにも『また?』って言われちゃうよ」


「いいんです、私に合うテクニックが見つかるまでお願いし続けます」


「へえー、熱心だねぇ。ツチノコちゃんは?」


「うーん、私はあんまり・・・よくわからないし」


「まぁ、そうかもね?サンタさん困っちゃうから今のうち決めとけば?」


「いやぁ、それならいっそ貰わなくても・・・捻り出してまでってのもどうかと思うし」


「うーん、そっかぁ・・・ごめん、僕もう用事あるから戻ってもらっていい?本当に悪いんだけど」


「あ、はいコチラこそ急にごめんなさい、もう戻りますね」


「そろそろ事務所戻ってもよさそうだな、行くかトキ」


「はい、そんなわけで、お邪魔しました!次は初詣ですかね?」


「んー、僕も仕事になるかどうかわからないから行けるかどうか・・・向こうで会えたら、かな」


「はーい、お邪魔しました!良いお年を!」


「お邪魔しました。よい・・・おとしお?」


「じゃねぇー!良いお年を!あとメリークリスマス!」


 バタンと扉が閉まる。


「ふぅ・・・本屋行くかぁ。ツチノコちゃんは・・・どうすっかなぁ」


 ふと、部屋の片隅に見慣れぬものを発見するナウ。


「これは・・・ツチノコちゃんの二胡じゃん」


 忘れ物のようだ。しかし今から外に出てもきっと空を飛んでいて追いつかないだろう。また、今度会った時にでも返そうと、ナウは自転車に乗り、本屋へ向かった。


Part3に続く!

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