第27話 初めての心配

 しんぱい【心配】

 物事の先行きなどを気にして、心を悩ますこと。また、そのさま。気がかり。



 はは、笑いが出てくる。


 私って不思議だな、主人の拘束はキツい、暴力だって振るわれる。いつの間にか電気椅子なんて物騒なもの買って私を痛めつける。おかげで左足がもう使い物にならないのに。


 とってもおかしい。真面目にその事を考えるとなんだかあほらしくて、自分の不幸に笑ってしまう。


 私は足に及ばず心まで壊れてしまったのだろうか。でも、何とも思わない。いや、何とも思わない訳でもなく、それすら面白おかしく感じる。


 もうなんで生きてるのかもわからない。


 なんだろ、あの男のサンドバッグなのかな?それもいいかもしれない。なんであの頃の私が痛めつけられて涙していたのかわからなくなってしまった。


 窓の外を見て、ここから解放されたらどんなにいいだろうと考えるのもやめた。何にも楽しくない。


 ほら、こうやって足引きずって窓まで来て、なにが面白くて外なんか見るんだ。


 いつもと変わりない景色。よくこんなものを毎日毎日見つけられたものだ。


 と、外に青っぽい影。例のアライグマのフレンズである。


 視界がぼやけてくる。目から水っぽいものが落ち、頬を伝って顎から床まで落下し、絨毯を濡らす。


「ほら、なにが悲しいんだ私。何も変わらない、今までと同じじゃない・・・」





 ぎしっ、ぎしっ・・・


 階段を踏むと、木が軋む音がする。

 もしかしたら、体の重心をうまく分散出来ないせいかもしれない。


「何だってこんな足で外に出るんだい?左足を引きずってる、彼女に追いつくわけが無いだろう?」


 自分に問いかけて見るが、目から流れ落ちるものと足は止まらない。今日は家に誰もいないので、玄関から出ても問題ないのだが、自分の意思で出かけようとしている訳でもない。


「ほら、そうやって壁伝いにしか歩けない。なにがそんな大事なんだ、ただの遊びだったじゃないか」


 やはり足は止まらない。





「なぁ、フェネックって大丈夫かな?」


 ツチノコがいきなり呟く。


「どうしたんですか?そんな急に」


「いや、サウナ見て思い出してさ。あのアザ、おかしいぐらいあったし」


「そうですね・・・私も心配です」


 二人はナウにあった後に銭湯に来ていた。理由は特にない、たまたま通りかかったからであった。


「でも、本当に不自然なくらいありましたね」


「そうなんだよな、なんか変なことに巻き込まれてるんじゃ・・・」


「まぁ、それは考えすぎな気もしますが。」


「そうかな・・・折角だしサウナ入ってくか?」


「そうしますか、ツチノコは辛くなったら言ってくださいね」





「あっ」


 サウナに入るなりトキが小さく叫ぶ。


「・・・どうした?」


「いや、ナウさんに髪のこと聞くの忘れたなーって」


「ああ、黒くなってるやつ。もしかしたら汚れとかで、もう落ちてるかも。見せてみ」


 そう言ってトキの髪を手に取る。まだ濡れているのでぺたぺたと指に絡みつく。


「あ・・・」


「どうです?」


「増えてる」


「うそ!?」


 白い髪をかき分けるとぽんと黒かったポイントがもうひとつ出来ていた。


「本当だよ、やっぱり習性とかの影響なんじゃないか?」


「うーん、動物だった記憶なんて私無いですし・・・」


「私も無いな、そんなもんなんじゃないのか?」


「いや、覚えて人は覚えてるそうですよ?私、トキなんて写真でしか見たことないんでどんなだかよく知らないです」


「ツチノコはUMAだから写真すらないな、妖怪の類なのはなんとなくわかった」


「ははは、そう考えるとツチノコがこうしてトキといるなんて不思議ですね?」


「それもそうだな、出会えて良かったよ」


「本当です、ツチノコといると楽しいですよ」


 言ってから、恥ずかしいことに気がつく。

 向こうも同様なのか、ちょっと顔が赤い。


「・・・ツチノコ、顔赤いですよ、外出ますか」


「ト、トキも赤いぞ?そっちこそ大丈夫か?」


「そ、そんなことないですよ!平気です、汗だけ洗い流してあがります?」


「うん、そうしておくよ」


 そうして、サウナを出る。





「ふー、いいお湯でした」


「もう外も暗っぽいな?」


「そうですね、もう明日にはクリスマスイブですし日が落ちるのも早いです」


「あ、昨日健闘賞で貰ったケーキ残ってるぞ?帰って食べようぜ」


「いいですね!早く食べなきゃ、ダメになっちゃいますし」


「そうだな・・・って、ん?あれは・・・」


 ふと何気なく振り返ると、遠くにピンクと金色の影。家の塀に手をついてよたよたと歩いている。


「フェネック?」


「おーい、フェネックー!」


 人影が止まる気配は無い。しかしよく見れば尻尾、何よりあの大きな耳。フェネックで間違いは無いだろう。

 不審に思い、二人で顔を見合わせる。


「ちょっと追いかけてみますか?」


「うーん、何でもなければいいけど」


 少し駆け足で彼女を追う。





 もう家を出てしばらく経つ。空は暗くなってきた。不思議だね、涙は止まらないし、足も同様。でも、なんでかわかった。


 まだ諦めてないんだ。


 アライグマさんは私の憧れ。

 元気で、楽しそうに生きてる。


 それに追いつこうとして、足がダメになろうと、心が壊れようと私は無意識に体を動かした。


 思考もいくらかまともになった。

 少なくともこの足を見て笑えやしない。


 とんとん、と肩を叩かれる。


 喉が働き方を忘れてしまったのか、返事を出来ずにとりあえず後ろを振り向く。


「フェネック、足どうした・・・って泣いてる!?」


「フェネック、どうしたんですか?」


「ああ、ツチノコさん、トキさん・・・いえ、お構いなく」


 なんだ、ちゃんと動くじゃん私の喉。


「お構いなく、って言われても、足怪我したのか?引きずってるし」


「さあ、よくわかりませんが動かないんですよ。」


 とりあえず誤魔化す。大事おおごとにしたら右足も危ない。


「よくわからないって・・・」


「痛くて泣いてるんじゃないんですか?」


「あくびですよ、私は早く帰らなければならないので、失礼します」


 どう考えてもあくびの量ではないが、まぁ他に何とも言うまい。家まで帰らなきゃ。これだと時間もかかるだろうし。


「あの・・・」


 そんな時、呼び止められる。

 なんだろう、あまり勘ぐられたくはないんだけどなぁ。


「なんです?トキさん」


「これ、私達の家の住所です。困り事があったら来てください」


 ちいさな紙を渡される。正直いらないけど、貰うだけ貰っておこう。


「んーありがとうございます。使う機会があればお邪魔しますね」


「ツチノコでも私でも相談なら乗りますから」


「はい、では」


 んんー、本当に使うかな・・・?





 家に帰って、ベッドに横になる。

 相当疲れていたのか、すぐに寝てしまった。

 そして意識は夢の中へ・・・



 はい。


 いつ来たっけ、この屋上は。

 アレだ、飛び降りた夢。じゃあここも夢だろう。


「やあ、来たね」


 後ろから声をかけられる。

 聞き慣れないけど、生まれた時から何度も聞いた声。


「フェネックさん、どうされました?」


 そう、私は問いかける。


「紛らわしいね、同じ私、同じフェネックにそう呼ばれるなんて。」


 振り返れば私がいた。そう私。見た目も声も一緒、喋り方は違うけど。


「いや、私は私ですし、あなたも私だとしてなんて呼べばいいんですか?」


「まぁ、フェネックでいいよ。で、君の目の前にいる私が誰だかわかるかい?」


「なんだか本当に紛らわしい話ですね。わかりますよ、私の壊れた、夢を諦めた部分でしょう?」


「ご名答、今日の昼間は私が表に出てたようなもんだからね。でも潜在意識は君のものなんだからビビったよ」


「あなたみたいな後から生まれた存在に私の体を好きされてたまりますか」


「あはは、辛辣だこと。私の存在が嫌いなようだね」


「それはそうですよ、私も憧れを手離したくないですからね」


「そんなもんかね、体ボロボロにしてまで追う憧れかい」


「ですよ」


 ふーっ、と正面の私がため息をつく。


「仕方ないなぁ、気に入らなければ私はここから飛び降りるよ」


「いや、それはなんというか・・・可哀想ですよ。別人のようで同じ私なんですから」


「あまちゃんだなぁ、同じ私だから嫌いでも捨てられないかい。自分がダメになるのを笑っちゃった私だよ?」


「私にはあなたみたいな部分も必要ですよ。強気な部分」


「そんなの自分で何とかしな。私はサヨナラだ、後はガンバ」


 そう言って、屋上のへりから飛び出そうとする私。


「じゃあ、私の『憧れ』をあなたにあげましょう、冥土の土産に」


「それ貰ったら私が死ぬ意味どうなるのさ。私は君の憧れを追う妨げにならないように飛び降りるんだぞ?」


「知りません、持ってってください」


「そんな無責任な・・・仕方ないな、貰ってあげるよ」


 そう言って、彼女は私に手を振りビルから落ちた。アレでちゃんと憧れ渡せたのかな?落ちる彼女を見てみる。


「憧れ、素晴らしいね。君が頑張った理由もわかるよ」


 そう落下中に言い残して、彼女は地面に叩きつけられたようだ。


 私の意識もぼやけてくる。





 夜中に目が覚めた。今思うと、アライグマさんに抱いていた憧れって何だったのかわからない。何だっけ?


 でも、かわりに別の感情が生まれた。


「ははは、アライグマさんから憧れをマイナスすると、こんな感情になるんだ。面白いもんだね」


 私は、アライグマさんに密かに恋していたことにその日気がついた。





「ケーキ美味しいですね!」


「ほんとだな、昨日のと味が違う」


「そう言えば昨日食べた記憶が無いんですよね」


「トキ酔ってたからな、美味しいって言ってたよ」


「そうですか、それなら良かったです」


「このケーキも手に入れるの苦労したからな」


 ぽぽぽと二人で顔を赤くしてしまう。


「恥ずかしかったですね・・・」


(夜もう一回されたけどな)


「もうすることもないでしょうしね、アレで最後でしょう」


(もう一回されてるけどな)

「じゃあ、折角だからもう一回ぐらいやっとくか?」


「ふぇ!?ま、まぁ・・・ツチノコがしたいって言うなら・・・」


 ちゅ。


 顔が真っ赤なのもお構い無しにほっぺにキス。

 昨日不意打ちされた仕返しだ。


「〜〜〜!?!?」


「あはは、びっくりしたろ?」


「もう!」


 ああ、楽し・・・

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