第24話 初めてのほっぺに・・・

 ほっぺた【頬っ辺・頰っ辺】

「ほおべた」の転。頰のあたり。頰。



「ケーキってなんだ?」


 夕暮れ空を飛んで、ケーキ屋に向かう途中唐突にツチノコが尋ねた。


「ケーキは・・・アレです、いつぞやのパフェみたいなやつです。甘くて美味しいですよ」


「ほう・・・?それをみんなで食べるのか?」


「はい、ほーるとやらを頼まれたので、多分おっきいやつですよ」

「にしても、なんでこんな暗っぽくなってから買いに行けって言われたんですかね?」


 任務を言い渡されたのは正午ぴったり頃。

 それなのにもう空はオレンジ、カラスが飛ぶような時間帯だ。


「さぁ・・・ケーキは鮮度が命って事じゃないか?」


「なんですかそれ・・・でも、意外に有り得そうですね。どうなんでしょう」


 そんなこんな話してるうちに店の前に着く。可愛らしい「じゃぱりケーキ」の看板が目を引く。店の前のクリスマスツリーをツチノコが物珍しそうに眺めていた。


「キラキラ・・・」


「綺麗ですね?もっと大きく飾り出される場所があるらしいですし、今度見に行きましょうか?」


「ん、気になるな」


 カランカランと鐘を鳴らしながらドアを開く。

 すると、目の前のカウンターに一人のフレンズ。胸に「リカオン」と札を付けている。


「いらっしゃい、またガールズカップル?最近多いのかな」


 入るなりそのフレンズ、リカオンに話しかけられる。


「へ?カップル・・・?私達はケーキを買いに来たんだが」


「違うの?隣の鳥の子めっちゃ赤いけど」


 言われてみてツチノコが横を振り向くとトキの顔はおろか、顔を隠す指先までもが本当に真っ赤、茹でダコかというほど赤かった。ツチノコは茹でダコなど見たことなかったが。


「トキ?大丈夫か?」


「カップル・・・カップル・・・はわわ・・・」


「まぁそこは置いといて、マーゲイ、次のお客さんだよー」


 そうリカオンが後ろを振り返り声を出す。

 すると、シャ、とカーテンが空きまた一人フレンズが現れた。眼鏡をかけていて、胸には「マーゲイ」の札。


「ハァ・・・ハァ・・・リカオン聞いて、あの子達すごいわ。いい・・・ベストカップルよ」


「分かったマーゲイ落ち着いて、私にその趣味はないから。ほら、次のお客さんだよ、また百合」


 興奮した様子でリカオンに話しかけるマーゲイ。それをなれた様子で制されトキ達に顔を合わせられている。


「これは済まない、いらっしゃい。ケーキが欲しいんだな?」


「そうですそうです、ホールでひとつ」


「じゃあ、あなた達のカップル愛を見せて」


「「は?」」


 訳の分からないセリフを吐くマーゲイ。きょとんとしていると、リカオンがチラシを一枚持ってきた。


「ひょっとして、コレで来たんじゃないの?」


 チラシには「恋人同伴来店 クリスマスケーキ1つプレゼント」の文字。


「ち、違いますよ!私達は職場のパーティ用ケーキを・・・」


 トキが必死に説明しているところをツチノコが横から割り込む。


「かっぷるあい?って何を見せればいいんだ?」


「ほう・・・チャレンジしてみるか?私を満足させられたらケーキは無料プレゼントだ」


 ニタァと笑みを浮かべるマーゲイ。


「まぁ要はお前達がお互い大好きだってアピールして貰う、それを私達が判定するんだ」


 それを聞いてツチノコがコクンと頷く。


「わかった、やるだけタダなんだろう?それならやる」


ツチノコが平然と答える横で、トキはあわわという顔をしていた。マーゲイもそれに気がついたようで、トキのことを指さしながら口を開く。


「・・・恋人めっちゃ驚いた顔してるけど大丈夫だよな?」


「トキ、大丈夫だよな?」


「ツ、ツチノコ?お互いが大好きをアピールするって、何やるかわかってますか?」


「いや、わからん・・・全然わからん」


「ほほほほら、やめときましょう?素直にケーキ買って行きましょうよ」


 ぎこちなく笑いながらツチノコに震え声で話しかけるトキ。

 その空気を読まず、リカオンが口を出す。


「まぁ、キスとかで大丈夫ですよ。ほっぺたとかにでも」


「キス?」


「知りません?こう、唇で相手にチュ、て」


 自分の手の甲に説明しながらキスをするリカオン。それをみたツチノコが、「へぇ」と短く漏らす。


 一方マーゲイ。

(こいつ・・・キスを知らない?でもその説明してると後ろの鳥の子がめちゃくちゃ顔赤くしてるってことは、向こうは知ってるのか・・・。つまり、ノンケの蛇の子に振り回される恥ずかしがり屋の鳥の子?これは・・・)


(ナイスカップル!)


「ほら、なんかアピールしてみろ?」


 一通り推理を済ませ、トキ達に話しかけるマーゲイ。すると、ツチノコがズンズンとトキに近寄り、顔を見合わせる。


「あの、ツチノコ?な、何を・・・」


 あせあせとツチノコに早口で話しかけるトキ。


「そ、それは、あんまり人前でやっていいやつでは・・・ほら、やめときましょう?ね?」


 目を閉じてまぶたの裏にその様子を想像しながらトキが説明する。

 すると、前から「ダメなのか?」というツチノコの声が聞こえた。


「そんな軽々としちゃダメですよ、女の子同士なんだし、普通は大好きな男の人とするもので・・・」


 そうやって説明を続けながら目を開けると、頬に柔らかいものが当たる感触。目にはツチノコの見切れた顔と茶色いフード。

 ツチノコが顔を離す。


「こ、こうか・・・?」


「っっっっっ!?」


 トキは自分自身の顔が熱くなるのを感じていた。

 声が出ない。頭の中で今起きたことが整理されようとしているが、ごちゃごちゃと感情が絡んできて上手くいかない。恥ずかしい、やってしまった、もっとしっかり止めとおけば、でも、ちょっと嬉しい・・・


「ほら、恋人?お前もお返ししなきゃ」


 ぼうっと突っ立っていたトキにマーゲイが話しかける。ハッとした顔でトキが口を動かす。


「いや、私はいいですよ、私は・・・」


「あーあ、相手が頑張ってくれたのに無駄になっちゃうな?それならケーキは無しだ」


(マーゲイ、それはあんまり意地悪じゃ・・・)


「・・・わかりました」


 さっきから位置が変わらず目の前にいるツチノコの肩に手を置く。身体を目の前から少しそらし、頭を近づける。目を閉じていたが、唇が彼女の頬に当たったのがわかる。柔らかくて温かいそれの感触をその一点だけで感じる。それから口を離すのが惜しい。もっとそうしていたい。しかし、終わりはどうしてもやってくる。


「あの、恋人大変そうだが・・・」


 その言葉で正気に戻り、ガバッと顔を離す。

 すると、ツチノコが少し顔を赤くして苦笑いをしていた。


「なんか・・・その・・・恥ずかしいな、コレ」


「は、はい、すみません・・・」


 二人で顔を赤くし、うつむきながらやり取りをする。


「ふぅ、まぁまぁ頑張ってくれたか。もう一歩欲しかったが、健闘賞だ」


 そう言ってケーキを二切れ箱につめるマーゲイ。


「さて、これじゃあ足らないだろ?職場のとやらは普通に買っていきな」


「あっはい、はい。そうですね、このクリスマスケーキワンホールで」


「はいよ」


 リカオンにロバから預かったお札を渡し、お釣りを受け取る。


「すみません私達はこれで」


 大きな箱と小さな箱を受け取り店を出る。


「・・・可愛らしいカップルでしたね」


「そうだな、今後に期待だ。私はさっきのキツネ達見てくる」


「はいはーい」





 一方トキとツチノコは、帰り道恥ずかしがって何も話せずに事務所まで戻ってきた。


「やあおかえり二人とも。・・・どしたの?なんかあったならこのロバが話きいてあげますよ?」


「いや・・・いいんだよ」


「えっと・・・ケーキ買ってきました」


「おお、ありがとう!もう準備も終わってすぐ始まるから一息ついといてね」


 へなへなとベンチに腰掛け、時を待つ。


「なぁ、トキ・・・ごめんな?急にやって」


「いえいえ、大丈夫ですけど・・・もうやめましょうね?ああいう風に人前でするの」


「そ、そうだな・・・」


「おーい、もう始まるぞー!新入り、おいでー」


 遠くからライオンの声がする。


「あ、呼ばれましたね、行きましょうか?」


「そうだな」


 そう言って二人でベンチから立ち上がった。

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