第18話 初めてのサウナ
サウナ【sauna】
フィンランド風の蒸し風呂ぶろ。石塊を入れた鉄釜を下から熱した熱と、その石に水をかけて発する蒸気熱とで室内の温度・湿度を高め、その室内に入って汗を流す。サウナ風呂。
ツチノコが合格発表を受けた数日後。
二人は午前中からナウの家を訪れていた。
「・・・じゃあ、ここにサインをお願いしますねぇ、ツチノコちゃん」
そう言って、ペンと一枚の紙をツチノコの前に差し出すナウ。
「・・・さいん?『ツチノコ』でいいのか?」
「そーそー、そうしてくれれば数週間後には君らのお家にパスが届くよ!」
「正確には僕が届けてからだけど、まぁ今日中に済ますから。」
コリコリ、と独特の音を立てながらツチノコが紙に名前を書く。達筆とは言えないが、見易い字だ。
「ツチノコの字って、なんかこう・・・シンプルですね?」
「そうか?勉強を始めた頃からこんな感じだが」
トキに返事を返しながらツチノコは紙を返す。
「ん~確かにシンプルって感じだね。よし、これで提出しておくから、後は僕に任せておいて!」
胸に親指を突き立てながらナウがそう言う。
「・・・で、僕はそういうわけなので。申し訳ないがおふたりさんはお帰りくださいな」
自慢気な表情から一変、申し訳なさそうに手を顔の前で合わせるナウ。
「はーい。どうします、ツチノコ。半端な時間ですね」
「ん・・・お昼でもいいし、トキに任せるよ。勉強しなくなると何していいかわからんな」
「まぁ、ツチノコはここに来て数日のところからつい最近まで勉強漬けでしたしね。取り敢えず、うちに戻りますか?」
「了解、というわけでお邪魔しましたっと」
立ち上がり、玄関に向かうツチノコとトキ。
「はいよぉ、ベタベタも程々にね?」
「・・・お邪魔しましたっ!」
バタン、と勢いよく扉が閉じる。
「全く、照れちゃって。どれ、僕もご飯食べてお仕事お仕事っと」
「寒っ!」
空に上がるなりツチノコが小さく叫ぶ。
「まぁ、もう冬ですから・・・あと二、三週間もすればクリスマスですよ」
「くりすます?」
「私も詳しくは知りませんが、確かヒトの凄い偉い人が生まれた日でしたかね?毎年皆でお祝いするんですよ」
「へぇー・・・ん?あれは・・・」
下を指さしながらツチノコが言う。
指のさす方には見覚えのある人影。
「あれは、菜々さんとキタキツネ?」
「おーい、キタキツネー」
くるりと振り向くオレンジの影。
「アレ、ツチノコとトキ?」
「そうじゃない?ほらキタキツネ呼ばれてるよ」
「なによー!用があるなら降りてきなさーい!」
トキはその言葉を聞き、地面に降りた。
「いや、何の用って訳でも無いんですがたまたま見かけたので」
「そう・・・ツチノコはその後どうしたのよ?試験受かった?」
「おう、受かったぞ。今パスの手続きを済ませてきたところだ」
横から菜々がキタキツネに声をかける。
「だって、キタキツネもスクール行くか試験受けてパス取らなきゃね?」
「えー、めんどくさい。私はパス無しでいいわよ」
ツン、とキタキツネがそれに返す。
「も~・・・ところで、話は変わるけどトキは例の仕事やってくれてる?」
「例の仕事・・・?あっ」
「いや、まぁいいんだけどね?なんかあの日以来ポイ捨てとかも減ったし」
「あの、例の仕事ってなんだ?」
「ツチノコ、それはですね・・・」
トキはツチノコと出会う少し前の昼に、菜々からひとつの仕事を依頼されていた。それは自分の歌を役に立てたいというトキに与えたのがマナー違反のお客様をその最凶の歌声で注意を促してほしいというものだった。「ぜひこれからも」とお願いされていたが少ししてツチノコと出会ってバタバタしていたのですっかりと忘れていた。
※詳しくは原作コミックス1巻の第6話を読もう!
「って仕事です・・・」
「・・・私は好きだから・・・私は好きだからな、トキの歌・・・」
「はぁ?こいつの歌のどこがいいのよ悪いどころか耳もげるわよあんなの」
「ふぇ・・・グスッ」
いかにもガーン!といった表情で涙を流すトキ。
「ヒクッ・・・いいんです慣れてますから・・・エッグ」
「キタキツネ!そういうこと言っちゃだめ~!」
「はいはい・・・お腹減ったわ、菜々、ご飯食べよ」
「そんな唐突に・・・」
「じゃ、そういうわけでまたね~!」
そういうやいなや即座に歩き出すキタキツネ。
「あ、待って~!ごめんトキ、ツチノコ、またね!」
「コラー!キタキツネー!」
そう言って菜々も追いかけていき、すぐに路地の角を曲がり見えなくなった。
「なんか慌しく行っちゃいましたね?」
「そ、そうだな・・・」
「そう言えばここは・・・お風呂屋さんの通り?折角ですし寄っていきましょうか?」
「そうだな、最近アパートのシャワーばっかりだったし」
そう言って二人で歩き出した。
「お、トキノコ。久しぶりだね?そんでまた早い時間に・・・まだお昼前じゃん?」
銭湯の扉を開き中に入ってすぐ、例のお姉さんに声をかけられた。
「えと・・・トキノコ?」
「勝手ながらあだ名というかコンビ名を付けさせてもらったよ。トキはそのまんまでツチノコのノコね」
「ま、入ってきなよ、まだいれたてのお湯だよ?今確か一人知らないフレンズさんが入ってるけど」
「あはは、なんですかそれ。じゃ、失礼しまーす」
そう言ってトキが女湯ののれんをくぐる。
「トキノコって・・・なんか、いいな!」
珍しくニコニコしながらツチノコもそれに続く。
「よっと・・・ツチノコ、まだ服脱げないんですか?先に体洗ってますよ?」
「んっ・・・チャックが上手く取れなくて・・・」
ツチノコが取っ手をつまんでグッグッと動かそうとしているが、なかなか上手くいかない。どうやらどこかの生地をかんでしまっているようだ。
「あーこういう時は一回こうしてから・・・こうやればっ」
ジッ、という音と共に、ツチノコのパーカーの前が全開になり、それと共にトキが顔を赤くする。
「ツチノコって、その下すぐ下着なんですね・・・」
目をそらしながらツチノコがパーカーの布地から手を放す。
「そう言えばそうだな、トキはいつものの下にまた違うのも着てるのに」
「元々だから今更気にもしないが」
「ま、まぁ入りましょうか・・・」
「はいよ」
「あれ?誰も居ませんね?」
「トイレとかじゃないのか?」
そんな話をしながらいつものように背中の流しっことツチノコによる羽マッサージをする。
「ふぁ~最高・・・最高・・・」
「なんかツチノコ、回を追う毎に上手くなってますね」
「これでも毎回考えながらやってるからな、ほらトキ、この辺特に気持ちいいだろ?」ギュ
「んああ、ほんとだピンポイントで気持ちいいです」
そんなことをしていた時、不意に後ろから声をかけられる。
「あのー、ひょっとしてツチノコさんとトキさん?」
「「え?」」
後ろを振り返れば昨日会ったフェネック。少し左頬が青くなっている。
「おわ、フェネックじゃんか。奇偶だな?」
「こんにちは~」
「こ、こんにちは。お二人はいつもここに?」
「そうですそうです。私のアパートシャワーしか無くて・・・でもフェネックは飼育員さんと暮らしてますよね?どうしてここに?」
「いや、今日は担当さんが違う仕事で砂漠の方に行ってて・・・私も砂漠の動物でしたから行ってもよかったんですが、こっちにお留守番で。それで私サウナ目当てでここに来たんですよ」
ニコッと微笑みながらフェネックが答える。
「お二人もどうですか?サウナ」
「えと・・・サウナってなんだ?」
「あれ、ツチノコさん知らないですか?あそこのガラスの扉の奥で、ぬくぬくほかほか暖かいんですよ」
そう言って壁の隅にある木枠のガラス戸を指さすフェネック。
「はー、そんなところだったのかあそこ。興味あるな」
「いいですけど・・・ツチノコ、無理しないでくださいね?またいつかみたいに倒れないように程々ですよ?」
「まぁまぁ、少し三人で行ってみましょうよ?」
「「賛成!」」
「うわ、ムワッと暑い・・・」
「私も久々ですが・・・こんなに暑かったっけここ・・・」
「そうですか?まぁ私が暑さに強いのもありますが」
三人で並んで段々になっている床に腰掛ける。
「そう言えば、ツチノコさんってそんな髪長いんですね?邪魔じゃないんですか?」
「あはは、いつかの私と同じ質問しますね?ねぇツチノコ?」
「ハハッそうだな。これ、フード被ると無いみたいに気にならないんだ。乾かすと癖毛も元に戻る」
長い髪を前にもってきて触りながらツチノコが答える。
「そう言えばフェネックのほっぺたはどうしたんだ?青くなってるぞ?」
「いや、これは・・・私、なんだかこういう怪我が多くて、ほら服で見えない部分もちょこちょこありますよ」
そう言ってフェネックが背中のタオルを取りこっちに見せる。彼女の背中には同じようなアザが二、三ヶ所あった。
「うわ・・・ちょこちょこどころじゃないだろこれ。大丈夫なのか?」
「もう慣れました、わりとよくあるので。はぁ・・・」
少し暗い顔をしてフェネックが下を向く。それを心配して二人で声をかける。
「う~ん、早く治るといいですね?」
「だな?どうしてそんなになっちゃうんだ?」
「まぁ、理由はいろいろですが・・・はい、いろいろです」
締まらない返事をした彼女がすくっと立ち上がる。
「そろそろ出ましょうか?ツチノコさんもあまり長いのは良くないんでしょう?」
「ん、そうだな・・・大事を取って早めにだな」
「そうですね、私も結構汗かいてきましたし」
そうして、三人でサウナを出たあと体を流して浴室を出る。
「ふー、たまにはサウナもいいですね?ツチノコ」
「そうだな、私はなかなか好きだ」
「取り敢えず、体拭いて服着ましょうよお二人共」
既に体を拭き終えて服を着ようとしているフェネックが声をかける。
「だな・・・ってフェネック前も物凄いアザあるな!?本当に大丈夫なのか!?」
「何度も言いますが大丈夫ですよぉ~。心配していただけるのはありがたいですが」
「ツチノコ、あんまり人の裸まじまじ見つめちゃダメですよ!」
ツチノコの目を手のひらでかくしながらトキが彼女に密着する。
「裸でそんなくっついてる人に説得力無いですよトキさん・・・」
なんかこう、トキとツチノコがぴたーっとくっついている。トキの胸がツチノコに押し当てられるような形で・・・意図的?
そんな話をしながら全員で服を着て外に出る。
「ひぃ、やっぱり外寒い!これで昼間なのか?」
「バッチリ昼間です、本当に冷えてきましたね・・・」
「どれ、私は家向こうですから。またどこかでお会いしましょう?」
「はーい、またどこかでー!」
「またなー!」
フェネックが小走りで路地を曲がるのを見届け、二人も道具を装着し空に飛び上がる。
「なぁトキ・・・」
「なんですか?」
「トキノコって・・・なんかいいな?」
「まだ言ってるんですか?それ」
そんな話をしつつ家に向かう。
「ふぅ~、久々のサウナ気持ちよかったな・・・」
一人になったフェネックがそうつぶやく。
(ここの角を曲がればお家・・・っと。アルトさんがいないと思うとなんだか気が楽だな・・・私っていけない子かなぁ?)
そんなことを考えながら角を曲がる。と・・・
どんっ!
鈍い音を出し人にぶつかる。
見たところフレンズ。黒とグレーの独特なグラデーションのついた髪に、控えめな耳。青っぽい服で、首元にはトキと同じようなモコモコをつけている。
「いてて・・・あれ?お前は?」
「わわ、大丈夫ですか?ごめんなさい、ついぼーっと・・・」
起き上がりながら彼女が答える。
「いやいや、悪いのは私さ。私はアライグマ、ぶつかってすまなかったな?」
「いえ、大丈夫ですよ。私はフェネックです。」
「そうか・・・ゴメンなフェネック。私は急いでるから行かせてもらうよ」
そう言ってダッと駆け出すアライグマ。
「はーい、お気を付けて~・・・行っちゃった。」
なんだか不思議な子だったな、なんてことを考えながら家に向かった。
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