第16話 初めての合格発表

 ごうかくはっぴょう【合格発表】

 試験結果の発表。合否がわかる日。



 ジャングルに行った翌日。ツチノコの合格発表の日である。


「ふぁぁ・・・まだねむい・・・」


 あくび混じりにツチノコがそう言う。


「ほらほら、もう行かないとナウさん待たせちゃいますから」


 ナウとは発表会場で待ち合わせをしている。発表会場と言っても試験会場と変わらないが。


「さて、昨日チンパンジーさんに貰って来たこれ、どう使うんでしょうか?」


 羽マークの箱の蓋をパカと開けるトキ。

 中には茶色っぽくて平たい紐・・・というよりは縄がハーネスの様になったものが二つ、同じ素材のベルトの様なものが一つとカラビナが四つほど入っていた。


「なんだか不思議だな?」


 横からツチノコが顔を覗かせる。


「そうですね?この紙が説明書かな?」


 ピッと紙を広げるトキ。


「えっと・・・」


“せつめいしょ


 1 ハーネスを両者体にはめる。ベストのように上から着用。


 2 カラビナで二人の体をくっつける。使用するのは二つ、残りは緊急用に携帯すること


 3 ベルトを使い二人の体を固定。


 4 あとはご自由に。”



「「・・・」」


「やってみますか?」


「まず朝ご飯じゃないか?」


「あ、それもそうですね!取ってきます」


 タタタと部屋を出るトキ。

 残ったツチノコは目を擦りながら顔を洗うため洗面所に向かう。


「はぁ~・・・もし受かったとしてどうすんだ私」


 珍しく独り言をしてみる。

 しかし、言葉は心の底から出てきたものである。合格したら、一人で生活するのか?仕事はトキと一緒にパトロールをしてみるにしても、トキと同じ部屋で生活するという訳にはいかないかもしれない。理由としては、居候の身であるのはもちろん、支給されるジャパまんが足りていないというのもある。そうなればツチノコも入居してしまえばいい話なのだが、それはトキとの同居をやめるのとイコールで繋がる。どうするにしても、この部屋は出ていくことになりそうだ。


「・・・それなら、合格なんてしなきゃいいな」


 思わず口から漏れる。自分でも意識するまで気がつかなかったがトキと離れるのはとても嫌だと感じる。以前同じ思いを抱いたことがあったがそれは慣れない地上での暮らしを教えてくれる人を失いたくないという気持ちから来たものだったが、今はそうではない。

 友達?親友?出会った日にそう言われた、「ベストフレンド」と離れてしまいたくない。離れるくらいならパス無しで不自由な暮らしでも一緒にいたいものだ。


「ツチノコ?鏡見つめて何してるんですか?」


「へぁっ!?いつの間に帰ってきてたんだ?」


「今さっきですが・・・取り敢えず、食べましょう?」


 そう言ってジャパまんの紙包みを開けるトキ。それを手渡されるツチノコ。


「「いただきます」」


 口をもぐもぐさせながら少し話をする。


「いや~ついに発表ですか。」

「もうツチノコがうちに来て大体一ヶ月ですかね?まだ気持ちはやいですが」


「そうだな、二日目から今の今までパス取れるように頑張ってきたからなぁ」


「ふふっ、発表は楽しみですか?」


「まぁ、楽しみと言えば・・・楽しみ?」


「はっきりしませんね?・・・あっ、時間が!ツチノコ、すぐに歯磨いて外出ますよ!」


「ん!わかった!」


 ドタバタと外に出る準備を済ませ、玄関を出る。そこから正面ロビーまで駆け下り、いつぞやの公園の前に出る。


「よし、これ付けてきますよ~!」


 まずはハーネスを装着する。次にカラビナ。


「ツチノコ・・・ちょっと体近くしますよっと・・・」


「ん、頼んだ」


 カチャカチャとトキがカラビナ二つで体をくっつける。いつもと比べやたらと近く感じる上、そこから離れることができない。


「これ・・・で!胸のあたりをベルトで締めれば・・・っ!」

「ごめんなさいツチノコ、ちょっとキュッとしますよ」


「ん」


 ベルトをくるりと二人の体を一回りさせ、金具を押さえながら引っ張り輪のサイズを小さくするのだが・・・


「・・・ごめんなさいツチノコ、ちょっと変な所触るかもです」


「変な所?別にいいぞ、平気だから」


「あんまり他所で同じこと言わないでくださいね?わりと問題発言ですよ」


 そんなこんなで装着が完了する。


「よしっ、飛びますよ!そしてスピードも出していきますからね~!」


「了解っ!」





「これ、物凄い楽ですね。全然疲れません」


「そりゃ良かった」


「特にコレ、腰の辺りについてる取っ手が便利です。チンパンジーさんにお礼改めてしなくちゃですね」


「多分また酒に付き合わされるな・・・」


「あはは・・・あっ、会場見えてきましたよ!降りましょう」





 会場前の広場に降り立つと、既にナウがベンチに腰掛け読書をしていた。


「ん、来たねぇ?あと五分で発表だよ、少しここで待とっか」


「「はーい」」


 二人で同じベンチに腰掛ける。


「どーよ?ツチノコちゃん不安?」


「正直あんまり・・・それよりもその後の生活をどうするのかが不安だな」


「へーぇ?そんなこと考えてんの。トキちゃんと暮らすんじゃないの?」


「そうですよツチノコ!出てっちゃうんですか?」


 二人に言い立てられ少しバツが悪くなるツチノコ。


「いや・・・出ていきたくは無いんだが・・・ほら、ご飯の問題とかあるし」


「あー確かに・・・どうにかしなきゃ、ですね」


「と、いったところで早くも五分です!心の準備はよろしいですかい?」


「・・・大丈夫だ」


「よしっ、行こー!」





 会場に着くともう結果が張り出されていた。


 そこには


“合格 ツチノコ 第一位”


 と一番右端に書いてあった。


「合格ですって!やりましたねツチノコ!」


「あぁ・・・」


「どしたの?もっとよろこびなよぉ!」


 ツチノコの背中をポンと叩くナウ。


「ま・・・これからのことはこれから考えればいいか」


 そう口に出した時、後ろから聞き覚えのある声がする。


「合格・・・二位・・・ですか」


「ん?フェネック?」


 後ろを振り返れば金髪に大きな耳が特徴的なフレンズ。試験の際面接の練習をしてもらったフェネックである。


「ツチノコさんは一位ですか・・・羨ましいです」


「でもフェネックだって二位だし、第一合格出来てるじゃないか」


「でも・・・それじゃ・・・」


「あの、ごめんなさい。お二人はどういった関係でしょうか?」


 横からトキが口を挟む。


「ああ、話してなかったっけな?こいつはフェネック、試験の時に少し世話になった」


「いえいえこちらこそ、ツチノコさんに励ましてもらったおかげで試験にも集中出来ましたし」


「へぇ、そんなことが・・・改めて私はトキです、ツチノコと一緒に生活してます」


(なんかフェネックちゃんとやらのことライバル視してんなトキちゃん・・・多分そういう方向では全く無いだろうけど。サラッと同居アピールしてるし)


「へええ、そうなんですか?ツチノコさん、他のフレンズさんと同居してるんですね?」


「そうだな、同居・・・になるのか。意識したことなかった」


 その時、遠くから男の声。


「あ、ごめんなさい私呼ばれたんで行きます。ご縁があればまたどこかで~」

「はーいアルトさん、ただいま」


 そう言って駆けていくフェネック。

 その後ろ姿を見ていると背後から聞きなれぬ声がした。


「クソッ・・・古谷ふるや 歩人あると・・・アイツ・・・クソッ」


 そう言っているのはナウだった。


「あの・・・あの人がどうかしたんですか?」


「ありゃ最低な飼育員だよ・・・今にでも解雇させてやりたい・・・僕にはどうしようも無いけど」


「そんなに酷いのか?」


「ああ・・・フェネックちゃんとやらも可哀想に」

「ダメだ、見てるだけでイライラしてくる、ごめん、僕は帰るよ、明日、パス発行手続きがあるから午前中にうちにおいでね」


 そう言って、颯爽と自転車で走り去るナウ。


「・・・どうしたんでしょう、私達も帰りますか?」


「いや・・・図書館に寄れないか?教授達にお礼がしたいんだ」


「いいですね!行きましょうか!」


 そうして、二人はまた例の装備で飛び立った。





「フェネック、どうだったんだ?」


 男が言う。


「合格でした!」


「・・・順位は」


「・・・第二位です・・・」


 しゅんとしながら答えるフェネック。普通なら励ますかそもそも二位というのは誇るべき順位なので逆に褒める。しかしこのアルトと言う男は違った。


「二位?じゃあパスを取れても一人暮らしは許可できないな」


「でも・・・一位と僅差でした・・・なんとか許して頂けませんか?」


「ダメだ」


「そこをなんとか・・・」


「・・・チッ。ダメなもんはダメだっつってんだろ!」


 そう言って男は手を高らかに振り上げ、目の周りの少女の頬を強打する。勢いで彼女は仰け反り、姿勢を崩したため転びそうになる。涙をこらえ、頬を抑えている。


「フン、これでわかったか。ダメなもんはダメなんだよ、おめぇにははええんだ」


「・・・」


 金髪を少女はその場に崩れ落ち、日が暮れるまで涙を流した。

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