第12話 初めての本番
ほんばん【本番】
練習ではなく、本式に物事をすること。
「ほらほら起きなさぁーいお寝坊さんたちぃ」
カンカンカンとフライパンを鳴らしたナウがそうベッドの上の二人に呼びかける。
「むにゃ・・・あれ?ここは?なんでナウが?」
「ツチノコちゃんおっはー!僕ん家だよ」
「昨日寝ちゃったんでしょー?トキちゃんが運んできてくれたんだからね」
「あぁ・・・そうなのか」
ツチノコは隣でまだ寝ているトキを見る。
「うぅん・・・ナウさん・・・」
「なんか寝言言ってるね?なんだいトキちゃん?なーんて・・・」
「んん・・・ふふふ、イヒヒヒ、あっはっはっは!」
何があったのか、狂ったように笑い出すトキ。数秒して、それがピタッと止まりナウとツチノコは顔を見合わせる。
「・・・トキ、大丈夫か?」
「・・・ヤバいかもね、聞かなかったことにしようか」
そう言って、トキを揺さぶるナウ。
「ほらほら起きて。変な夢みてないで」
「・・・はぇ?ナウさん?」
「もうこちょこちょしませんか?絶対しませんか?」
「夢だよトキちゃん。僕はこちょこちょなんてしてないよぉ」
「ああ、そうでしたか。ごめんなさい」
「さ、もう朝ご飯食べなきゃね。今朝はナウさん特製味噌チーズトーストだよん」
「おお!懐かしいですね!」
「なんだそれ?」
「とっても美味しいんですよ?私大好きでした!」
トキはまだナウと暮らしていた頃に何度も食べたことがあった。ナウがよく朝食に作っていたもので食パンに味噌を塗り、チーズをのせて焼いただけだが、一枚でもある程度お腹が膨れ、美味しく食べれる正に朝飯にうってつけの料理だ。特に午前中頭を使う場合、満腹にしてしまうと消化にエネルギーを持ってかれるのでテストの日には最適だろう。
チーン
「お、丁度焼きあがったから食ってみ食ってみ?ツチノコちゃんはパン初めてかな?これもまた美味いんだぞぉ」
「不思議な食べ物だな?ふわふわだけどジャパまんとも違うし・・・いただきます」
モグモグ・・・ゴクン
一口飲み込み、ツチノコは顔を輝かせる。
「おおお!美味いなコレ!」
「へっへーん。僕の一人暮らしスキルを舐めちゃいかんよ。軽食ならお手の物さ」
「軽食なら?」
「ちゃんとしたご飯は外で済ませちゃうからなぁ~。トキちゃんがいた頃は作ってもらってたけど」
「トキって料理出来るのか?」
「はい、得意ですよ。和洋中全部できます。特に中華が得意ですが・・・」
「どうしたナウ?顔色悪いぞ?」
横には顔を真っ青にしたナウ。
「辛いのは苦手でねぇ・・・察して?」
「あぁ・・・」
「ひどい!?」
そんなこんなで朝食を済ませ、時計を見れば8時15分。試験会場には9時までにつかなければならない。
「では、そろそろ行きますか?向こうである程度復習も出来ますから」
「そうだな。そろそろ・・・」
「では、僕は自転車で付いてくかな」
「え?ナウさんは別に大丈夫ですよ?」
「そんな、担当さんいないと受け付けして貰えないぞ?そのつもりでここ来たんじゃないのかい?」
「あ、そうなんですか?初めて知りました」
(大丈夫かな~?)
少し飛んで(Wの意味で)ここは空。
いつも通りツチノコを抱きながらトキは飛んでいた。
「ツチノコ、自信の方はどうですか?」
「バッチリだな、昨日の不安が嘘みたいだ。歌が効いたかな?」
「だと良かったです。」
復習に、ツチノコは今までの試験勉強について、イチから記憶を掘り返してみる。裸にさせられたり、教授をビビらせて細くしたり・・・そうする内に、ひとつのことに気がついた。
「トキ、もう飛んでる途中辛いって言わなくなったな?」
「そういえば・・・多分鍛えられたのとマッサージのおかげですかね、短距離は大丈夫です。長距離は少し辛いですが・・・」
「そぉだ!完全に忘れてました!」
「どした?」
「ジャングルにいるチンパンジーさんがこの悩みを解決する道具を持ってるらしいです!今度行こうと思っててすっかり忘れてましたよ・・・」
「今度二人で行くか?」
「そうですね、明日にでも行きましょう!」
そして、試験会場。
二人が降り立つとほぼ同時にナウは会場に着いた。時計を見ると8時30分。余裕もって到着出来た。
「どれ、受け付けいかなきゃ。ツチノコちゃんおいで」
ととと、とツチノコがついて行く。トキはその間特に何をするわけでもなくぼうっ、と待っていた。
「飼育員の戸田井です。こっちが今日受験させて頂くツチノコです」
「・・・よろしくお願いします」
「はーい、頑張ってください。はい、この紙に書いてある部屋ね」
受け付けのおじさんに小さな紙を手渡される。
それには小さな館内地図が記されており、現在地点とその部屋が赤くマークされていた。
「よし、ツチノコちゃん行っておいで!」
トンと背中を押すが、ツチノコは立ち止まって振り向く。
「どうした?不安かい?」
「・・・トキにも挨拶してくる」
そう言って横を通り過ぎるツチノコを見送り、そっとつぶやく。
「・・・ふぅ、お熱いねぇ」
「トキ!」
「ツチノコ?どうしましたか?」
「いや、どうもしないがただ今から行ってくるって報告に・・・」
「もう行くんですか?じゃあ・・・」
そう言ってトキは髪に飾りで括りつけていた百合のヘアゴムを外す。
「御守りです。持ってってください」
ニコッと微笑み、それを差し出すトキ。
ツチノコの中に慣れない新鮮な感情が芽生える。
「ああ、ありがとう。じゃ・・・行ってくる。」
それを受け取り、ポケットに入れたツチノコがクルリと向きを変え、試験会場に入っていく。
「頑張ってくださいねー!」
後ろから声を掛けると、彼女は一瞬振り向き、ニッと笑った。そして、建物の中に消えていった。
「ここ・・・かな?」
『しけんかいじょう』と書いた紙が貼られた扉を前に、ツチノコがつぶやく。
「入っていいのか・・・?」
「どうぞー」
「ふぁっ!? し、失礼します・・・」
返ってくるとは思ってなかった答えに一瞬戸惑いながら扉を開ける。
中には数人のフレンズとスーツを着て首に『試験監督』の札をさげた男のヒト。
その人に奨められた席につく。
「ゎゎゎゎゎゎゎゎゎゎゎ」
隣のフレンズはずっとぶるぶると震えながらブツブツと何かを呟いている。暗記物の復習でもしているのだろうか?
ガチャリ
また一人のフレンズが入ってきて、ひとつだけ空いていた席につく。
「よし、全員揃いましたね。」
「10分後、テストを開始します。一教科50分で計三回、国語、算数、生活科のテストです。各教科の合間に5分間の休憩を設けます。質問はありますか?」
「・・・」
「はい、それでは少々お待ちください。今の時間は勉強していても良いですよ」
そう言って、男が部屋を出る。
「あの・・・大丈夫か?」
隣の震えっぱなしの彼女が見てられなくなり、思わず声をかける。
「ぁぁぁぁ・・・ダメ、ですかねぇぇぇぇ・・・」
「そ、そうか。適度にリラックスしろよ?」
「はい、ありがとうございますぅぅぅぅ・・・あぁ、不安だ・・・」
金色の大きな耳をビクンビクンと震わせ彼女が答える。
「なぁ、名前なんて言うんだ?」
何故かツチノコは彼女には人見知りせずに話をすることが出来た。
「・・・ック。フェネックですよ」
「フェネックか・・・すまん、知らない動物だな。私はツチノコだ」
「ツチノコ・・・?それ知らないとかのレベルじゃなくてUMAじゃないですか」
「ま、そうらしいな。自覚は無いが」
「ん、そろそろ十分になりますかね?」
「そうだな。お互い頑張ろう」
「はい、あなたのおかげで緊張もある程度ほぐれました。感謝です」
ガチャ、と扉が開き男が戻ってきた。
「はーい、紙配ります。合図まで覗かぬよう」
紙が行き渡り、男が壁の時計を見つめる。
長い針が大きな『2』の数字をさす。それと同時に・・・
「始めっ!」
ツチノコを見送ったトキはナウに連れられて会場近くの喫茶店に来ていた。
「ご注文は?」
「コーヒーで。トキちゃんは?奢るぞい?」
「紅茶・・・いや、おすすめハーブティーで」
「ご注文以上で?」
「「はーい」」
しばらくして、二つのカップが運ばれてくる。
中身の色の濃い方を口に運びながらナウが口を開く。
「結局、仕事どうするか決めた?」
「やっぱりパークパトロールかな・・・と。でも、面接に行くならツチノコがパス取ってから一緒に・・・と思って。」
「へぇ?ツチノコちゃんと一緒にやんの?」
「図書館の教授達が言うには『トキが飛んでツチノコが空から索敵!最強のコンビ!』と」
自信満々な顔で、軽いガッツポーズを見せながらトキが言う。
「・・・自分で言ってて恥ずかしくないのぉ?んーでもコノハちゃん達結構いいこと言うね。いいんじゃない?」
「ただ・・・こないだ言いそびれたけど、あそこは気をつけてね?」
「なんでですか?」
「・・・いい人ばっかだけどね。みんな・・・お酒好きなもんで・・・トキちゃん大丈夫かなぁ?」
「おさけ・・・ですか。飲んだことないですね」
「実は・・・あるんだよ」
少し声をひそめて、ナウが言う。トキは空に驚き、ビクッと体を揺らす。
「え!?本当ですか?」
「んん・・・あれは、トキちゃんもまだスクール通い始めてすぐくらいだったかな?僕も新人だったね・・・」
ナウの話はトキにとって衝撃の内容だった。自分にそんな過去があったとは知らなかったし知りたくなかった。
「家に置いといた酒を飲んじゃったんだよね、トキちゃん。しかも一升瓶丸々・・・」
「ほんとですか・・・」
「うん。トキちゃんアレなんだよ、アルコール耐性はまあまああったみたいで吐いたりはしなかったんだけど、正直めちゃくちゃ性格がめんどくさくなってた」
細長いコーヒーシュガーの袋を揺らし、シャラシャラと音を立てながらナウが答える。
「えぇー・・・どんなだったんですか?」
「ん~?簡単にいえば、グイグイ来る、って感じ?あの頃からアホの子だったにしても物腰は丁寧だったけどね、そういう部分が全部外れてた」
「えっと・・・それ、どうなっちゃうんですか?私」
「めっちゃ絡んでくる。実は僕のファーストキスは酔ったトキちゃんだったりする」
少し恥ずかしそうに、それなのにトキをからかおうとすらようにニヤニヤと。ナウが口元を抑えながらトキに語る。
「えっ・・・え?嘘ですよね?」
それに対して、ものすごい深刻な表情でトキが返す。まるで、誰かに捧ぐつもりだった一点物を手違いで他の人にあげてしまったみたいに。
「あ、うん・・・う、嘘だよ」
「良かったぁ!びっくりしちゃいましたよ!もう、ナウさんったらぁ~」
ニコニコと安心した表情でトキがハーブティーをすする。実をいえば、嘘の部分は『嘘だよ』と告白した部分、つまりキスの件は本当なのだが、優しいナウはこのことを嘘ということにした。
「でも、『ナウさんしゅきぃ~っ!』って抱きついてきたりして・・・大変だったねぇ・・・」
「あ・・・ご迷惑をお掛けしました」
「ま、多分量を控えれば大丈夫だよ。飲み過ぎないようにね?」
「は~い・・・」
チラ、とトキが壁の時計を確認する。
「ツチノコ、ぼちぼち終わりですかね?」
「筆記はそろそろかな?まぁ、今年からアレがあるらしいし・・・」
「アレ?ですか?」
「そこまでッ!」
部屋の中に、男の声が響く。
全員が一斉に筆記用具を置き、テスト用紙を前に出す。
「筆記テストお疲れ様でした。次は面接になります。順番に呼ぶので、待機していてください」
ガチャリと男が部屋を出る。
「面・・・接・・・?」
思わずツチノコは呟く。
そんなものがあるとは聞いていない。教授達もトキもそんなことは話してなかった。第一、私は人見知りだ。どうすれば・・・
「ツチノコさん、不安そうですね?」
「面接なんて聞いてないぞ・・・」
「ふふ、じゃ、私と練習しますか?」
金髪の彼女がニコッと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます