第11話 初めての緊張
きんちょう【緊張】
気分が張りつめて、ゆるみのないこと。
試験前日。
ツチノコは図書館で最後の追い込みをかけていた。といっても、ツチノコはもう勉強しなくとも合格間違い無しといったレベルなのだが、彼女の性格上不安で仕方がないようで図書館までやってきた。
「ツチノコ、もうその問題集を貸して4時間になりますが・・・」
「どうであるか?」
ツチノコの横には、もう使えないくらい小さくなった鉛筆が3つほど転がっていた。
「今のところ全問正解だが・・・まだ不安だ・・・」
4時間休み無しに問題を解いて全問正解、それで不安もクソもあるかといったところだが、彼女は鉛筆を走らす手を止めようとしない。
「適度に休憩も挟むのです。」
「我々は少し外すのである。」
そう言い残し、二人で部屋を出る。
その頃、トキは顔を赤く、息を荒くして本のページをめくっていた。
「はぁ・・・はぁ・・・少し・・・刺激的ですね・・・」
震える手で、本を閉じる。最近はいつもこんな感じで、クライマックスを迎える前に本能的に読むことをやめてしまう。その為、フクロウコレクションはほとんど読み半端だったが、そもそもトキにとって『恋愛』の概念がとてもふわふわしたものだったので、その概念に『相手は同性でもアリ』という要素をねじ込むのに相当な効果を発揮した。
「トキ・・・今日の本はどうでしたか?」
ふと、教授に声をかけられる。
「刺激が強いです・・・どうして毎回こういうやつを・・・」
『お前をそっちに育てるため』という答えをすんでのところでのみこむ教授。
「あ~・・・それは置いといて、今は別の話なのです」
「なんですか?」
「ツチノコがガッチガチに緊張しているので、それをほぐしてやって欲しいのである」
「共に生活し、ツチノコと最も親しいお前の仕事なのです」
「我々の役割では無いのである」
「そうでしたか・・・ですが、どんなことをすれば・・・?」
『ベッドで熱い夜を』という言葉を口の中まで持ってきてこらえる准教授。
「我々なんかは音楽を聴いたりして・・・ぁ」
トキが顔を輝かせる。准教授は地雷を踏んでしまったことを後悔し、顔を青ざめる。
「つまりそれ、私が歌ってあげれば・・・!」
「そ、そうであるな。ツチノコはお前の歌を気に入っているようなので、どこか迷惑にならない場所で歌ってやるのである」
「なのです。山の方にでも行って歌うと良いのです」
「えへへ、ついに私の歌が役に立つ時が・・・!」
ニコニコと機嫌良さそうにするトキ。それをやってしまった、と思う反面まぁいいか、という気持ちで見守る教授達。
「どれ、我々はツチノコにそろそろやめるよう伝えてくるのです」
「お前は自分でツチノコに歌でリラックスさせてやると伝えるのである」
そう行って部屋に入っていく教授達。
「はーい」
「・・・ふふ、どんな歌を歌ってあげましょうかね~♪」
ガチャリ、と教授達が部屋に入る。
「ツチノコ、そろそろ終わりにするのです」
「やりすぎは良くないのである、もう休んで明日に備えた方が賢明である」
「うぅ・・・そんなもんか・・・」
「大丈夫です、お前なら合格なんて余裕ですよ」
「我々が保証するのである」
そう言って二人がニコリと微笑む。
「ほら、さっさと帰ってさっさと休むのです」「である」
「わかった・・・そうするよ」
ガチャリ、とツチノコが部屋を出る。二人は明日に関しては心配は無かったが、今のツチノコの状態が心配だった。が、杞憂だろうと自分達に言い聞かせ、気にしないことにした。
「そういえば、トキはだいぶこっちの世界に近づいてきたであるな?」
「ですね。いつ花が咲いてもおかしくないのです。ツチノコも満更ではなさそうですし」
平常運行です。
「トキ・・・もう帰れって言われた」
部屋から出るなりそう話すツチノコ。その言葉がショックだったのか、しゅんとしている。
「あらら・・・そうですか」
「でも、確かにお休みした方がいいですかね?少し空中散歩でもしますか?」
「・・・そうするか・・・」
見るからに精神的疲労が溜まっているツチノコ。早急になんとかせねば、とトキは思う。
「じゃあ飛びますよ~?ついでに明日受けるってナウさんに伝えてきますか」
「頼んだ」
バサッバザッと音をたてて飛び立つトキ達。
向かうはナウさんの住む家。
「ツチノコ?リラックスもしなきゃダメですよ?」
「リラックス・・・か。イマイチやり方がわからん」
「楽しいことをすればいいんですよ!」
「そうか・・・じゃあ歌でも歌ってもらって・・・いいか?」
トキは意外だった。ツチノコの好きなことをやらせてあげた後、歌の話題を出そうと思っていたので、向こうからリクエストがあるとは思ってなかった。
「・・・えへへ、嬉しいこと言ってくれますね?」
「少しルート変更、山の方にでも行きますか」
「・・・ありがとう」
「いやぁ、山の中って静かですね?ここなら思う存分歌えますね」
「・・・はは、楽しみだな。たっぷり聞かせてもらうぞ」
「どんな歌がいいですか?結構色んなジャンル歌えますよ?」
少し考えて、ツチノコが答えた。
「・・・初めて会った時の歌」
「・・・えへ、えへへ/// 照れちゃいますね、じゃあたくさん歌いますよ?」
♬*.*・゚ .゚・*.♪♬*.*・゚ .゚・*.♪
空が暗くなり始めた。
「おや・・・そろそろナウさん家行かないとですね、ごめんなさいツチノコ。・・・ツチノコ?」
ツチノコは石に腰掛けたまま寝てしまっていた。スースーと規則正しい寝息を立てている。
「ふふ、疲れちゃったんですね。取り敢えずナウさんには報告しなきゃだから・・・おぶって行きますか」
んしょ、とツチノコをおぶるトキ。
ほのかな温もりを感じ、またいつかのような不思議な感覚を味わう。
早くしないと、と気持ちを切り替え、空に飛び立つ。
ピンポーン。戸田井と札のついた家のインターホンを鳴らす。しばらくして、中から例の彼女が出てきた。
「あれ?トキちゃん?どしたのこんな時間に。」
「明日ツチノコが試験なので、報告に・・・本人寝ちゃってますけど」
「あーそうなの?取り敢えず上がってって。」
お言葉に甘え、ナウさんの家にお邪魔する。この家に彼女が住み始めたのはトキが独り立ちしてからなので、やけに新鮮に感じる。
「あららー、すやすや眠っちゃってんねぇ。取り敢えずベッドに寝かしといてあげよか」
「ありがとうございます・・・」
「はは、あんまり笑わない子だけど、可愛い寝顔してるねぇ」
「結構笑いますよ?」
ナウさんがニヤリと笑う。
「トキちゃんだから、だよ」
「え?それってどういう・・・」
ナウの言葉に、「わからない」と回答するトキ。しかし顔を赤らめており、ニュアンスでは理解している感じだ。
(このにぶちんめ・・・フレンズ間の恋愛なんて人ほど珍しくないんだぞ?)
「あのさぁ・・・」
「なんでしょう?」
「ズバリ言うよ?間違ってたらごみんに?」
「だからなんですか?」
「トキちゃんさぁ・・・ツチノコちゃんのこと・・・好きでしょ?」
この場合、通常は『like』と答える。しかしトキは・・・
「その、私自身もそんなによく・・・でも、その・・・好き・・・です」
顔をこれでもかと赤くしながらトキが答える。
そう。ナウはカマをかけたのだ。『like』か『love』かを見極めるのにこうしたが、本当に『love』の方面だったとは。自分の担当の子が変な道に進んでしまったと少々残念だったが、それ以上にそこまでの仲の人が出来て良かったと喜んだ。
「ま、応援してるよ。今日は泊まってきな?」
「えっ、あっ、はい。すみませんお世話になります」
「どうぞどうぞ、明日早いでしょ?起こしてあげるから、会場もここから近いし」
「そうですね、すみませんツチノコがベッド使っちゃって」
「何言ってるのかなぁ?みんなで一緒に寝るんだよぉ?」
「へ?」
「ほらほら、三人で川の字だ!このベッド頑丈だからへーきへーき!」
「えぇ~!?」
そう言いつつも、少し嬉しそうにベッドに倒れ込むトキ。
「ナウさん・・・ありがとうございます」
「へへっ、いいってことよ。おやすみね」
「おやすみなさい」
「・・・ツチノコちゃんとうまくやんなよ」
「・・・」
「寝てるか・・・」
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