第4話 初めての担当さん

 たんとう【担当】

 受け持ってその事に当たること。引き受けること。



 ツチノコがトキと共同生活を始め三日目のことである。その日は、トキが寝るのが遅く、逆にツチノコは早かったためにツチノコの方が早く起きた。


「何があったんだ・・・」


 寝てるトキを見下ろすと、何とも不思議な状況だった。ベッドの横に正座し、ベッドにうつ伏せる姿勢で頭の上には枕を乗せていた。


「・・・見なかった事にしておこう」


 そそくさと回れ右をして、目線をそらす。お腹が減ったが、ツチノコは正式な入居者ではなくあくまで居候なのでジャパまんを貰ってくることは出来ない。暇なので、トキが起きるまで部屋を散策することにした。壁にはカレンダーが貼っており、昨日「日付」の概念についての説明を受けた。昨日教わったのがこの「15」という数字のところだったので今日は「16」のところだろう。何やら赤で文字が書いてある。


「なんだこの字?読めないな。後は・・・さん・・・が・・・くる・・・?」


「さんがくる?」


 平仮名は昨日教わったので読めるが横の字はわからなかった。昨日言葉だけ教わった「カタカナ」とやらだろうか?

 よくわからないのでそれ以上何をするわけでもなく、他を調べることにした。


 ちゃぶ台の上に紙が置いてあったが、難しい字が多くて全く内容がわからなかった。昨日図書館で使った鉛筆も横に転がっている。


 他には特別興味をそそる物も無いので外に出ようと思った。丁度良いので、その紙に「すこし そとにいる すぐ かえる」と書き置きをして玄関を開けてみる。


 空はもう明るくなっているが、まだ日は登っていない。まだ早いので人の気配は無かった。


 階段を降り、玄関ロビーから外に出る。

 すぐ目の前に公園があるので、そこに行ってみる。





「おぉ・・・」


 不思議な場所だった。中央にある石の円からは水が噴き出していた。いろんな形の金属で出来た大きなものがたくさんあり、その中の一つ、棒に鎖で繋がれた板がぶら下がっているものに腰掛けた。


 考え事でもしようとしたが、考えるべきことがありすぎてどこから考え始めれば良いのかわからない。どうしようもない気がしたので、噴き出している水を眺めていることにした。






 どれくらいの時間が経っただろうか。

 しばらくの間そこにいた気がするが空の色や周りの気配に変化は感じられない。


 と、そこに一人の女性が現れた。


「おや?フレンズさんがこんな時間に珍しいですね?」


「・・・」


「ふふふ、そんなに怖がらなくても怖いことはしませんよ?お隣いいですか?僕のお気に入りの席なんです」


「・・・どうぞ」


 隣の板に腰掛けると、ショートカットの栗色の髪がふわりと揺れた。緑色のジャケットと良く似合っている。

 彼女はバッグから一冊の本を取り出し、それを読み始めた。トキが昨日図書館で読んでいたものと同じ表紙だった。


「・・・」


「・・・」


 静かな時が流れる。


 急に空が明るくなった。日が顔を出したようだ。ふと前を見ると、噴き出す水が光を反射し、美しく煌めいていた。あまりの美しさに、口を閉じるのを忘れて見入っていると、隣の女性が口を開いた。


「綺麗ですよね、この景色。僕、これが好きで時々見に来るんですよ」


「・・・そうだな」

「・・・私は失礼する」


 ツチノコは立ち上がり、アパートに歩き出す。


「また、会えるかも知れませんねぇ?」


「・・・」


 こんな時はどう返すのだろうか。聞こえないふりをして来てしまった。ツチノコは罪悪感を覚えた。


 玄関を開けると、トキの頭から枕が落ちていた。しかし、まだ寝ているようだ。その横に座り、ぼーっと時を過ごす。





 ガバッ。

 勢いよくトキが起きる。


「おはよう、トキ」


「はえ?ツチノコ?先に起きてたんですか?」


 まだ少し眠いのか、トキは目を擦りながら答える。時計は10時をさしている。


「結構先にな」


「ふぁ~。そうでしたか。ご迷惑をおかけしました。」


「いや、それは別にいいんだが」

「お腹へった」ボソッ


「あああそうですよね!ごめんなさい!今とってきますので!」


「あ・・・トキ」


 ガチャ。バタン。


 ツチノコが言い終わらないうちに、トキは行ってしまった。カレンダーの文字について聞こうと思ったが、急ぐ必要もないので大丈夫だろう。


 またガチャリと扉が開き、トキが顔を出す。


「すみませんツチノコ・・・食べましょうか」


「面目ない・・・」



「さて・・・モグモグ・・・今日はどうしますモグモグ・・・ツチノコ?ゴクン」


「ああそれなんだがカレンダーになんか書いてあるぞ?」


「ええ?なんかありましたっけ?」


 トキは立ち上がりカレンダーを確認する。そこにはこう書かれていた。

『ナウさんがくる』


「・・・な?」


「・・・完全に忘れてました。今日はナウさんが来る日でした・・・」


「ナウさん?」


「私の担当飼育員の方です。とっても優しいんですよ?」

「そして多分もうすぐ来まs「ピンポーン」


 インターホンの音。

 言うまでもなく、今到着したようだ。


「・・・出てきますね?」


 苦笑いしながらトキが立ち上がり、玄関に向かう。


「はーい」


 そう言ってトキがドアを開けた途端、元気な声が部屋に飛び込んできた。


「やっほ!トキちゃん久しぶりぃ!元気してたぁ?」

「ってそこにいる子は・・・」


 緑のジャケットに栗色の髪。間違いない、ツチノコが朝出会った彼女である。


「ナウさん、ツチノコ知ってるんですか?」


「いや・・・今朝たまたま公園で会った。何か縁を感じますね?ツチノコさん?」


「あ・・・いやその・・・どうも」


「え?ツチノコ、公園に行ったんですか?」


「あ、ああ。少し早起きしたもんで」


「あれ、少し早起きってレベル?朝日昇る前だよ?」


「えっ!?ツチノコそんなに早起きしたんですか?言ってくれれば起きたのに・・・」


 ツチノコとしては、何だか近寄るのに抵抗がある状況だったとは言えなかった。ワタシハナニモミテイナイ。


「まぁそれはいいとして。上がるよぉ?トキちゃん」


「ああどうぞどうぞ!上がってってください!」





「とりあえず自己紹介!飼育員の奈羽なうでぇす!よろしく!」

「・・・で。どういう状況なんだい?トキちゃん?」


「えっと、色々事情がありまして・・・」


 トキは昨日教授達に話したように今までの経緯を説明した。

 ツチノコはトキの後ろに隠れ、顔半分だけ出していた。


「なるほどねぇ・・・いいんじゃない?ツチノコちゃん、ちゃんと勉強してパス取るんだよ?」


「は・・・はい」


「ところでここに来た本題だけど。最近生活なんかあった?トキちゃん」


「さっき話した通りですね。濃厚な二日間を過ごしました」


「ほぉう・・・濃厚・・・ねぇ」


 興味深そうな表情のナウ。ふっ、とそこから表情を変えて別の話題に移る。


「でさ、トキちゃんさぁ。まだ働いてないの?」


「えぇ、はい。歌うのはこれですから」


 指で輪っか、0のマークを作ってみせる。


「あのねぇ・・・歌うのはいいけど、お金無いと本当困るよ?いい加減仕事探さなきゃダメだぞぉ?」


「うーん、イマイチ必要性が・・・」


「ちょいと耳貸して、トキちゃん」


「え?はい」


 トキが動く形になり、取り残されたツチノコがおどおどしている。


(トキちゃぁん・・・ツチノコちゃんとこれから暮らすんでしょ?お金あった方が色々出来て楽しいし、きっと幸せになれるよぉ?)


(幸せ?そうですか?なら検討も・・・)


「よし!そうと決めたら働こう!」(だめだこれ幸せの意味勘違いしてる・・・トキちゃんがドギマギするの久々に見たかったのに)


「いろいろ調べてみます!」


「よし、その意気だ!」

「あとこれお小遣い」


 五千円札を一枚財布から出して手渡す。


「あ、あともう一つお話が」


「うん?なんだい?」


「ツチノコの担当さんをどうしようって・・・」


「私がなってあげるよ!爬虫類も詳しいし、大体ツチノコってUMAだから誰でも変わりないって!」


「え?いいんですか?そんな軽く」


「いーよ!」


「・・・」(大丈夫かな・・・?)


「あ、今疑ったでしょぉ?これでも僕結構エライのよぉ?」


「いえ!そんな事は決して!」


「そーお?まぁ、僕は帰るよ!今度またツチノコちゃんの正式な決定があったら伝えに来るよ!」

「二人とも頑張ってね!バーイ!」バタンッ


「ツチノコ?なんか少し喋ったらどうですか?」


「・・・なんか、苦手だあの人」


「あはは、私も最初そうでしたね~。慣れれば楽しい人だから大丈夫ですよ!」


「そんなもんか・・・」


 トキは手の五千円札をまじまじと見つめている。


「さて、このあとどうする?」


 ツチノコは問うが答えは返ってこない。変わりにトキが不敵な笑みを浮かべてこっちを見返す。


「・・・?」


「フフフ、ツチノコ。これで少し遊びましょう?」


「遊ぶ?」


「私とお出かけしましょう!きっと楽しいですよ!」


 トキはお札をひらひらさせて、少し悪そうな笑みを浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る