第1話 初めての親友
しんゆう【親友】
互いに信頼し合っている友達。きわめて仲のよい友達。
今まで私を見たものは皆、驚いて逃げてしまった。
きっと私の容姿はみんなを怖がらせるんだ。
そう思ってこれまであの洞窟でひっそりと暮らしてきた。
しかしある日そいつは言った。
「外に出るとたくさんおいしいものと出会えるし、出た方が絶対お得だよ」
そいつは私を恐れなかった。
ノコ・・・ツチ・・・コ・・・
ひょっとしたら、私も外で暮らせるのではないか?そんな期待をこの手に握りしめ、崖を登って外に出た。
そこには、楽しそうに共存するヒトとアニマルガール、人が出入りする真四角の石が建ち並ぶ場所、興味深い「ゴラク」と呼ばれる物達。
もっとこの世界を知りたかった。もっと面白いものを知りたかった。
そんな時に彼女は現れた。
ウタと呼ばれるものを歌い、表情の変化の多い少女だ。きっと、彼女のようなアニマルガール、もといフレンズが皆に好かれる存在なのだろう。しかし彼女は私みたいなフレンズを・・・
「ツーチーノーコー?」
白い壁紙のシンプルなワンルーム。ベッドに座り、ちゃぶ台を見つめるフードの少女。雨の音ともう一人の少女の声だけが響く。
「おーい、ツチノコー?」
ゆさゆさ、と揺さぶってみる。
「うわぁぁあ!なんだトキか・・・びっくりしたぞ」
「びっくりも何も何回も呼んでたんですが・・・」
トキは心配だった。
昨夜出会ったツチノコと名乗る少女はあまりにも世間知らずだった。家連れて帰ったはいいが、今朝なんて水を飲みたいと言って外に飛び出したかと思えば降り注ぐ雨水を手のひらで受けて口に運んでいた。水道の蛇口を捻れば水が出るということすら知らないのだ。さらにこんな性格である。悪いフレンズでは無いのだが、何かのコンプレックスやトラウマの類のものを持っている様だった。
「何か悩み事ですか?」
「いや、まぁ・・・」
「相談にのりますよ?」
「・・・」
ツチノコとしては、『私みたいなフレンズと親しくなんかして楽しいのか』とは聞けなかった。外をほっつき歩いてる所を助けられ、一晩家に泊めてくれた彼女にそれはあまりにも失礼だと感じた。それに、せっかくココに出てきての人間関係を崩したくはなかった。しかし、あまりにもトキに頼りすぎて迷惑をかける訳にもいかない。
「言いにくかった・・・ですか?」
「いや・・・今まで洞窟で暮らしてたって言ったよな?なんでそんな私が外に出てきたかって、たまたま洞窟に迷い込んだフレンズがいてな、そいつが外にはおいしいものがたくさんあるって。
中でもニクマン?とやらがじゅーしぃ?でふわふわらしくて、少し食べてみたいなーと」
決心がつかづ、自分でも思ってなかった言葉が出てくる。
「なんだ、そんなことですか?物凄い深刻そうな表情だったので・・・」
「いや・・・私にとってはなかなかの大問題だぞ。ココについて全く知識が無いんだ。とにかく・・・しらみつぶしに探してみようと思う。世話になったな。私は行くよ」
やっぱり、このフレンズに迷惑はかけられない。その後はどうするかはまた考えるとして、とりあえずまた一人になろう。
「え?えっ?」
玄関に向かって歩き出すツチノコ。
「また時々は歌を聴かせてくれ。私は好きだぞ・・・え?」
ツチノコがドアノブに手を掛けようとした時、その手を何かに、トキに掴まれる。
「行かせません・・・私は・・・ツチノコが心配です!行くなら私もついていきます!」
「っ・・・!」
「ダメなら無理にとは言いませんが・・・」
シュンとするトキ。
「いやっ!そんなことはない!」
「!!」
「・・・すまない。お願いだ。ぜひ・・・ついてきてくれないか?とても・・・心強い。」
「もちろんです!一緒ににくまん?を食べましょう!」
「ツチノコ・・・言ったでしょう?私たちはベストフレンド!友達です!楽しいことも辛いことも一緒ですよー!」
手を握ってトキはそう言い放った。
「・・・」
しかし、ツチノコは言葉が詰まってしまった。
こんな娘が私なんかの友達とやらでいいのだろうか?
「さっ、ツチノコ行きましょう!これは傘というものです!これさしてると、雨で濡れないんですよ?私が抱いて飛んであげるので、ツチノコ持ってください!」
考えるのはやめた。今はトキに甘えて、その明るさに引っ張ってもらおう。
「雨水は貯めなくていいのか?」
「もぉ~それはいいですって!」
「おい・・・」
「何ですか?ツチノコ」
「これ・・・相当危なくないか?」
そう考えるのも当たり前である。
トキがツチノコを命綱もなしに抱え、ツチノコの片手は傘で塞がった状態で空を飛んでいるのだ。しかも雨のせいで視界が悪い。
「たぶん肉まんはコンビニに行けば売ってると思うんですが~もう少し待ってくださいね?」
ツチノコの質問への答えは返ってこない、代わりの言葉とプルプルと動くトキの腕の感触が戻ってきた。
「聞いてたか今の?」
「・・・ぅでが限界ですぅ」
「おまっ!?今すぐ降りるぞ!」
「ああっ!?そんな急に振り返ったりしたらぁ!?」
トキの腕は限界を迎えていた。雨で濡れているせいもありツチノコの片腕がズルリと滑り抜けた。ツチノコはもう片方の腕で宙ぶらりんである。
「あぁぁぁっ!?やばいやばい降りろぉぉぉおおお!」
ズドッ。鈍い音と共に二人はコンクリートの路地に着陸した。
ツチノコは足から降り、立った状態で降り立つことが出来たが、トキはその衝撃で力が抜け、尻から降りる形になった。
「いてて・・・」
「大丈夫か?無理なら早めに降りても良かったんだぞ?」
「平気です。フレンズの身体は丈夫ですから。さぁコンビニを目指しましょう。傘入れてください♪」
「お、おう」(不安だ・・・)
人通りの全くないその狭い路地には、ツチノコの興味を引くものがたくさんあったがトキに聞いても「よくわからない」「なんとなくしか知らない」という回答がほとんどだったのでツチノコは質問することを諦めた。
しばらく歩くと、もっと大きな道路に出た。数十メートル先に煌々とした明かりを放つ建物がある。
「ツチノコ!コンビニですよ!」
「ほう・・・結構小さいんだなぁ?」
「問題は・・・これで足りますかね?」
トキは服の内側から小さな光るものをいくつか取り出した。手の中でチャリチャリと音を鳴らしている。
「なんだそれ?」
「お金です。この世界では、いろんなものをこれと交換して手に入れるんですよー?もちろん肉まんもそうですが・・・」
手のひらの上には50円玉が一枚と10円玉が二枚目に1円玉が六枚。
「肉まんがいくらするのかわからないので・・・」
「ほう?要はそいつらを肉まんと同じ価値だけこんびに?に渡すと肉まんを貰えるんだな?」
「概ねそんな感じですね。とりあえず、中に入ってみますか。ツチノコ、傘はその辺に濡れないように置いといてください」
「イラッシャイマセー」
明るい店内。しかし雨のせいかフレンズはおろか、店員を除き人ひとり居なかった。
「うーん、どの辺ですかねー?ツチノコ、字は読めます?」
「残念ながら・・・だな。今まで無縁な場所で生きてきた」
「ですよね~・・・あ、ごめんなさい、気にしてます?」
「いや・・・平気だ」
内心少し傷ついた。しかしそれより忘れかけていた「迷惑をかけたくない」問題を掘り起こされたようで気が沈んでしまう。
「あああごめんなさいそんな気は無かったんです・・・あ!あれですよツチノコ、肉まんです!」
トキが指差したのは透明のケース。中には白くて丸いものがたくさん並んでいる。横には札で「肉まん 120¥」と書かれている。
「んーこれですね。しかし今あるお金は・・・」
76円。120円には全然足りていない。
「足りてないんじゃないか?その・・・棒とか丸とかの模様の桁が少ないぞ?」
「数字ですよ、ツチノコ。棒が『1』で丸いのが『0』もう一つの変なのが『5』です。」
「数を模様で表しているのか・・・ヒトってのはすごいことを思い付くな?ってそれより、足りてるのか?足りてないのか?」
「足りてないです・・・肉まんが120円で持ってるのが76円・・・うう・・・ごめんなさいツチノコ・・・」
「何を謝っているんだ?私のワガママだ、付き合ってくれてありがとうな。肉まんは諦めるよ。さてこのあとどうするかな・・・。トキ、私がこの世界でまず何をすればいいか外に出て教えてくれないか?」
そして、トキに迷惑のかからないように生活できるようにしよう。
しかし、外に出てから返ってきた答えは意外なものだった。
「そうですね・・・ツチノコがやった方がいいことは色々ありますが・・・」
「まずは何とかして肉まんを食べましょう!」
「はぁ?だからそれは諦めるって「ダメです!」
トキに遮られるツチノコの言葉。
「私はツチノコを幸せにしてあげたい!それは肉まんで!私の歌で!私はあなたにもう暗い顔をして欲しくない!」
「っ・・・」
つー、と頬を涙が伝うのが分かった。
こんなにも彼女は自分のことを考えていてくれたのだ。
そうだ。
私は幸せを求め地上にやってきた。今まで迷惑がなんだの考えていたが、トキはこう言ってくれた。幸せの条件に、一つ項目が追加された。
「トキと共に幸せになること」。自分だけでは駄目だ。トキも「友達」なんだからその時は一緒だ。絶対に達成してやろう。そう決心した。
「それで・・・足りないお金?はどうするんだ?」
「そうこないと!ってツチノコ、ひょっとして泣いてます?」
「雨水だ・・・何か、案はあるのか?」
「昔聞いたことのあるお金の稼ぎ方をやってみようかと・・・ツチノコ、少し裏路地に入って、捜し物をしますよ!」
「で、これはなんだ?」
道路の端に座り、目の前には拾った空き缶。「めぐんでください」と書かれた薄汚れた紙。一生懸命に歌うトキ。
「こうすれば、道行く優しい人が私の歌を気に入ってくれた時にお金を恵んで下さるそうです」
しかし、雨のためか広い道路でも、通行人が少なかった。五分にひとり程しか通らず、お金をくれるのは四、五人に一人ぐらいの確率だった。
しかも、どんなに多くても一人10円より上は貰えなかった。
時々、のど飴をお金の代わりに入れてくれる人もいた。
「そんなにトキの歌は価値が無いのか?」
「グサッと来ますよツチノコ・・・。ペロペロ」ウルウル
「私ならもっと出せると思うんだが」
「ツチノコぉ・・・ペロペロ」ブワッ
「なんでそんなに泣いてるんだ?」
「雨水です・・・ペロペロ」ゴシゴシ
どれほどの時間がたっただろうか。
昼前に家を出て、今は空が真っ暗だ。雨は未だに止まない。
「個性的な歌だね・・・。ちゃんとした練習をすればきっと上手くなれるよ」
そう言って、通りかかった男性が空き缶に小さく光るものを入れる。
「ありがとうございます!頑張ります!」
「あれ?今ので・・・」
「10が三つ。1が九。5が一だ」
「と、いうことは・・・」
「「足して、ぴったり120」」
「やった!肉まんが買えますよツチノコ!」
ぎゅうーっと昨夜より長く抱きつくトキ。
「うわっなんだ急に!?・・・ありがとうトキ。私の為にここまで・・・」
抱き返すツチノコ。
しばらく抱き合ったあと、二人の少女はコンビニに入った。
ウイーン
「イラッシャイm」
「「肉まん下さい!!」」
「に・・・肉まんお一つで宜しいでしょうか?」ガクブル
「はい!」「お願いします!」
「アリアトーゴザーマシター」コッワ・・・
ウイーン
・・・
「改めて・・・」
「やりましたね!ツチノコ!」「やったな!トキ!」
思わず二人で喜び二人で赤面してしまう。
「・・・こほん。では今から肉まんを食したいと思います」
紙袋からホカホカの肉まんを取り出し、手で半分に割る。
「どうぞ?ツチノコ」
「ありがとう」
「では・・・」
「「いただきます!」」
二人で同時に肉まんにかぶりつく。
「美味しいですね!ツチノコ!・・・ツチノコ?」
「こんなに美味いものがあったなんて・・・感動した」
そういうツチノコの頬には、また光るものが。
「また雨水が顔にかかってますよ?」
「涙だ・・・」
「えぇ~・・・」
ゴシゴシと袖で顔を擦るツチノコを、トキは困惑を含んだ苦笑いで見つめていた。
「あのな・・・トキ」
「何ですか?もう一つなんて言わないで下さいね?」
「もう一つ・・・じゃない!はじめはな、お前に迷惑をかけたくないと思って早くお前と別れようと思ってたんだ」
「・・・」
「でもな、お前に「幸せにしてあげたい」って言われて考えた」
「私は、幸せになりたかった。だけどなるなら私一人じゃない。トキ・・・お前も一緒だ。友達・・・だからな」
ツチノコが語る。トキはそれを聞いてふっと笑い、真剣なトーンで話し始める。
「それなんですが・・・友達はやめです」
「・・・え?」
トキの言葉に、ツチノコの顔はみるみる青くなる。
なんで?どうして?やっぱり、私じゃ迷惑?
ぐるぐるとツチノコの頭の中を回る。が、トキはそれに対してぱっと笑って言葉を続けた。
「親友、なんてどうです?」
微笑むトキ。きょとんとするツチノコ。
数秒して、ツチノコがやっと言葉を飲み込んでそれに答える。
「・・・ああ。そうさしてもらうよ」
「さぁ!家に帰りましょうツチノコ!帰って寝たら、明日はココについてお勉強しますよ!」
「おお、ぜひ教えてくれ、知りたいことだらけだ。歌も聴かせてくれないか?」
「アパートじゃ歌えません・・・」
しゅん、と悲しそうなトキ。
「なんでだ?」
「迷惑って言われるからです」セルフグサッ
「ご、ごめんな・・・私は!私は好きだぞトキの歌!」
「フフッ、ありがとうございます」
トキは微笑みながらツチノコの脇に手を入れる。
「えっ!?帰りも飛ぶのか!?やめとけやめとけぇ!?」フワッ
「大丈夫ですよ、ちゃんと今度は工夫しますから」
「信じるぞ?」
「はい♪」
「やばい・・・もう無理かも」プルプル
「うわぁぁぁ!?頑張れ!もう一息だぞぉぉ!」
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