#11 ペルさんとハデスさん
「まさかシェドが帰ってきた翌日に、ウラナまで帰ってくるとはな。今を時めく実力者の姿を見るといい」
「うえー、外いっぱいいるじゃん。おしくらまんじゅう苦手なんだよ」
「じゃあな、シェド。私もパーティの料理を作るのに、......よいしょ、駆り出されるみたいだから」
ペルセフォネとの通信はそこで切れた。うがーっ! と思い切り伸びをして、シェドはテーブルに通信機を置いた。
“どうする? 見に行くか?”
アルバはとりあえず、何でも気になっている様子だった。
「別に大殿までそこまで遠くないし、窓から見えるんじゃね?」
“そんなに行くのが嫌か”
「日本が嫌いな理由だよ。どこでもすぐ人ごみが出来るしさ。何度も風邪、伝染(うつ)されたことあったし」
“お? あれがウラナって人じゃないか?”
その姿を最初に見つけたのは、アルバの方だった。
「どれどれ? おお、あの髪の赤い人? 目立つなおい」
“......連行されてるように見えないか?”
「いいや、そんなことないだろ」
“あの人が十聖士というやつか。何歳なんだろうな”
「俺よりは年上だと思うぞ」
“なんで”
「門のところにいたアルタイルも十聖士だけど、そんな年で十聖士なんて、よほど優秀でないとあり得ない。たぶんアルタイルが十聖士で一番年下だと思う」
“いっぱしの重役になるのに、237年もいるのか”
「そうだ。シェドの言う通り、アルタイルが最も年下、ウラナ・レイナがそれに次ぐ。アルタイルがその年で十聖士になったのは、能力によるところが大きい」
背の高めな男が、気がつくと玄関に立っていた。
「ハデスさん......」
“能力? おとぎ話の世界が、やっぱりそのまま現実にあるみたいだ”
「”神の操り人形”(マッド・マリオネット)だ。死神であればだれでも洗脳が出来る」
「うっわ、あいつ、そんな能力いつの間に」
シェドの方は能力というものを知っていたようで、面倒くさそうな顔をして見せた。
「生まれたときからだ。だから避難所を出ることもできたようだな」
“反乱軍を全員洗脳すれば、戦争も早く終わったかもしれないのに......?”
疑問を感じつつも、アルバはひとまず能力というものの存在を受け入れたのか、今度はそんな疑問を口にした。
「我々がその事実を関知していなかったという事が大きい。ただシェドが出る時に、無意識に使ったかもしれない、とは言っている」
「え?」
“また嘘か? 知ってたんだろ”
「いいや? そうか、だから看守があっさり開けてくれたのか。そういやあいつに事前に相談していたな」
“何かおかしいと思えよ......”
シェドの鈍さを通り越した無知さに、アルバも呆れるしかなかった。
「それよりも、ペルセフォネがお前の帰還も歓迎したい、と言っている。ウラナとともにな。大殿に来い」
「マジで!? 何? おいしい料理?」
「ペルセフォネも無理のない範囲で働くと言っている。…来てくれるか?」
「もちろん、もちろん」
“......食べ物にありつきたいだけだろ”
「いいじゃんか別に、損はしない」
「ペルさーん」
「あらシェド、よく来てくれたわね」
思い切り大殿の正面扉を開けて入ったシェドを出迎えたのは、声はペルセフォネそのものながら、姿は全く異なった女性だった。声があまりにもペルセフォネの特徴的な声に似ているので、ペルセフォネっぽい、とシェドは思ったのだ。
「......誰? ペルさんじゃねえだろ」
「ペルセフォネよ? あの小さな身体じゃ料理が出来ないから、替え玉を使ってるの」
「うそつけ」
「紛れもない、ペルセフォネで合っている」
ハデスが会話に入って言った。
“通話した時にした変な音、あれ身体を変える音だったんですね”
アルバが妙に納得したように言った。
「そうそう、ご名答」
「そんな音、したか?」
対してシェドはぽかん、として首をかしげた。
”結構大きな音だったぞ、スポンッ、って”
「......そんなに音が? 何か、着替えを見られてるみたいで恥ずかしいわね」
”覚えてないけどシェドが憑くときもそんな音、したんじゃないか”
「お前が覚えてないなら俺が覚えてるはずないだろ」
「しばらく待ってて。料理が出来るまで時間があるわ。別にここで待っててくれていいから」
「まだ早かったか」
「早すぎよハデス。シェドがすっごく暇そうにしてるじゃない」
「あいつも昨日帰ってきたばかりでいろいろ忙しいだろう。たまには休ませるのもいいんじゃないか」
そんなことをハデスが言った頃には、休める! とはしゃぐシェドがフカフカのソファにダイブしていた。そんな子どものようなことをしていたシェドの方を見遣りつつ、ペルセフォネは訝しげな顔をしていた。
「ハデスのくせに優しいのね」
「......お前もその体で過ごすのもほどほどにしろよ」
「私にまでやさしいなんて......何かあったの」
ペルセフォネがより一層、疑う目をハデスに向けた。
「いいや何も」
「鳥肌が立ちそう。......ほら、こんなところにも」
「服のボタンをはずすな、みっともない」
「はーい」
「本当に無理はしないでくれよ」
「まさか、見たの?」
ペルセフォネが突然はっとした顔をした。
「......。」
「見たのね」
「......。」
「わ、私の現世で買った服のレシート!!」
「はあ? 何だそれ」
ハデスの声が素っ頓狂になった。
「私の胸が実は小さいことがバレて......ああ!!」
「そんなレシート置いてあるのか」
「うん、全部ファイリングしてる」
「几帳面さを発揮するところを間違えてるぞ」
「とぼけないでよ」
「どこにあるんだそんなの」
「左から3つ目の棚の右から2つ目の列の上から4番目の開き戸にある金庫の中」
「分かるか、お前の部屋にどれだけ棚があるかも把握できんのに」
「金庫の番号は1111なの! 開けようとする人がまさかそんな単純な数字を設定してはいない、っていう裏をかいたの! もう知ってるでしょ?」
「裏をかかなくともまず初めに1111を押したくなると思うが」
「ねえ、いつのを見たの? もっと昔はもっと胸が大きかった、その時のもの?」
「だから知るか」
「それともエミーが生まれたときのもの?」
「聞け。......っておい、お前、クルーヴが生まれる時も現世に行ってたのか?」
「シャンネに買って来てもらったのよ」
「人遣いが荒いぞ」
「い、今も、そのポケットに入ってるんじゃないかと思うと、もう恐ろしくて」
「じゃあポケットの中を探してみろ」
「ようし、何が何でも見つけてやる! ハデスがどんな趣味なのか......」
「ほうらあった、レシート」
「え? 何か入っているか?」
「どれどれ? 『お買い上げありがとうございます』......」
「嘘をつけ! 一行目から全く違うだろうが! 『レイナ帰還の件について』」
「よりによって私の下着のレシートじゃない!」
「ウラナからの報告書だ! 俺よりむしろウラナに失礼だぞ」
「ハデス、そんなひとだとは......」
「なになに? ペルさん」
ここでシェドが会話に混じる。
「お前はあっちにいてくれ、面倒だから」
「シェド......ハデスがね、私が現世で買った下着のレシートをパクってたの、もう悲しくて悲しくて......」
「......え」
「いや信じるな! ペルセフォネは最初から最後まででたらめしか言ってないぞ!?」
「ひどい! 変態ぶりを発揮した挙句私の1455年を否定するわけ!?」
「誰がいつ否定した!」
「いやー、ハデスさん、そんな人だったんですね。イメージ崩れました」
“お前本気で言ってんのか? それに敬語は使えないんじゃなかったのか”
あまりにシェドのノリがいいのでアルバがツッコまざるを得なくなってしまった。
「丁寧語なら雰囲気で覚えた。それ以外がダメなだけだ。それに俺が本気で言ってると思うか、こんなこと」
“本気で言ってるように聞こえる”
「......お前も十分ひどいな」
「シェド、調子に乗るなよ」
「ごめんなさい」
「もう! 何よ何よ! みんな寄ってたかって私をいじめて! もう私料理作りに戻るから!」
「偉いな」
「......ペルセフォネの性格はいまだによくつかめていなくてな。ああやって稀に被害妄想が爆発するんだ」
ペルセフォネがぷんすか怒って厨房に引っ込んでしまった後、ハデスが徐に口を開いた。
「え? あれってペルさんも冗談で言ってるんじゃないんですか?」
「冗談かもしれんが、本気かもしれん。分からないんだ。ペルセフォネ七不思議の一つだ」
「七つもあるんだ」
“もののたとえだろ”
「一つは今の話だ。それから死神の平均寿命を軽く超えていること、他の死神と違って『替え玉』を所持できていること、年寄りのくせに食欲が衰える様子がないこと、他の年寄りよりやけにスタイルを気にすること、年がいってるのに難なくクルーヴを産めたこと、最後にあんなちゃらんぽらんが主死神になれたことだ」
「ほとんど愚痴じゃん」
「いや、あながちそうでもない。普通は主死神でも『替え玉』なんて持てないし、ペルセフォネは順々に昇進して今の位になっている」
「ハデスさんという有能な夫のおかげなんじゃないんですか」
「俺は常にペルセフォネより下の位だった。俺が引っ張ったからあいつが主死神になったのではなく、むしろ逆だろう」
「そんなカリスマ性あるかな」
「誰とでも気さくに話せるあたり、ある意味適任かもしれんな」
「......そういえば、結構ハデスさんと歳の差、ありますよね」
「俺は元は人間だったからな」
「そうなんですか」
“どうりで......”
「俺が無罪になり、歓迎までされるのか」
「そんな主観は関係ない」
そう断って、ハデスがそうだ、と言った。
「何ですか?」
「せっかくであれば、俺の昔の話を聞くか。あながちペルセフォネがいい奴というわけではないことの証明にもなるだろうしな」
ハデスはそれはそれは昔の話を、し始めた。
シェドには想像もつかない、昔の話だった。
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