#10 ウラナの生い立ち
―――エミーが話したジグのことについて、ウラナにも同情できる部分はあった。
ウラナには幼いころから、両親がいなかった。正確にはいなかった、というより、「いなくなった」と言う方が正しいのかもしれない。200年前のあの戦争で、ウラナの両親は反乱軍に協力するため、むしろ喜び勇むように自分たちの娘を捨てた。捨てられたウラナは、元の家に入ることも許されなかった。カギは壊された。現世のような、窓ガラスを割れば中に入れるような家ではない。戦場を歩き回ることしか、ウラナにできることはなかった。食べ物も持っていないし、お金もない。親が反乱軍に加担したため、他の死神の子供たちのようにかくまってもくれない。
「おいおい、何してんだこんなとこで」
男の人の声がした。上を向いた。
「危ねえよ、お嬢ちゃん。逃げな......」
その時、ウラナは首根っこをつかまれ、ものすごいスピードで引きずられた。
「......!」
声も出なかった。
ドサッ。
鈍い音がして、自分の身体が止まった。
「......そうなるから」
自分の後ろに、何者かの姿があった。いや、何者かであったのだろう、砂の山があった。
声の主は、真っ白い髪をしていた。
「アルテミス? 聞こえるか?」
その男の人は通信機で、別の人と連絡を取っていた。
「聞いてるわよ、って年上に対して......」
「一人、女児を保護した。避難所まで付き添ってやってくれ」
「無視!?」
「忙しいか、今」
「忙しい。今反乱軍の雑魚兵5人と斬り合いしてるの。つっても怯んじゃってるんだけど。はいあと4。みんなポンコツカラクリ......あと3、人形にさ、あと2、ちっぽけな武器持たせたような、あと1、素人ばっかなのよね、はいおわり」
「はい終わり、なんだったら来てほしい」
「まだたくさんド素人がいるから。相手しないと。シャンネちゃんに頼めばいいじゃない」
「そうか、その手があったな」
「聞いてました」
「連れていってやってくれ。この子は多分何日も、食べ物を口にできていない」
「了解」
そして戦争後、ウラナはシャンネのもとに引き取られた。実の子供のようにかわいがられた。
「ウラナ、ペルセフォネさんの教育を受けてみるのはどう?」
ある日、シャンネがウラナにそう言った。
「ペルセフォネ?」
「そう。わたしもペルセフォネさんに教わったから。わたしのお墨付き。きっと、」
シャンネは目線の高さを、ウラナに合わせるためにしゃがんだ。
「頭が良くなれるわ」
にこっとシャンネが微笑む。実の母よりも優しさ溢れる(と思っている)その笑顔が、ウラナは大好きだった。シャンネに送りだされ、大殿へ向かった。
けれど、ウラナは気付いた。
自分はみなしごだ。みんなが持っている本当の親は、自分にはいない。戦争終結後、両親が反乱軍加担で処刑されたことを知っていた。大殿についてからその考えが浮かび、気が付けば家に戻って泣いていた。
「どうしたの、ウラナ」
「みんなが......みんなが、みなしごだって......」
自分で勝手に思って、帰ってきただなんて、言えなかった。
「まあ」
シャンネも一緒に泣いてくれた。
「大丈夫、お母さんはわたしでしょ?」
「そうじゃ、心配は無用じゃぞ」
気が付くと、ウラナと変わらない背丈の女の子がいた。シャンネが少し驚いた顔をした。
「あらペルセフォネさん、わざわざ来てくださったんですか? 他の子たちは......」
「ハデスに見てもらっとる。さあ、行こうぞ」
「行ってらっしゃい、ウラナ」
「友達が待っておるぞ!」
「ともだち......」
ペルセフォネに手を引かれ、ウラナは大殿の教室となった部屋に入った。
「おっはよーっ! 今日からだよね、よろしく、ウラナちゃん」
いきなり見ず知らずの金髪の女の子に、そうあいさつされた。最初は正直、何だこいつ、と思った。
「......誰」
「私? 私は、カレン・カナリヤ・レインシュタイン。カレンでいいよ」
「カレン......」
「ほら、授業始まるよっ」
いきなり初日から友達だと名乗った彼女が、後に行動を共にするパートナーとなろうとは、この時思ってもみなかった。
「ここは入っちゃダメって言われてるんだけど、実は先生の食べたいたくさんのお菓子でいっぱいで、すごく楽しいんだって!」
そんなカレンと一緒に大殿を冒険したこともあった。
「先生がとってもお菓子が好きなんだって!」
「......そうじゃが、どこへ行く?」
「ぎくっ!」
「......あれほど勝手にどこかへ行っちゃだめ、と言うておったのに」
「ごめんなさい」
「お化けが出るぞお!」
「でも私たちもお化けですよ」「......そっか」
「うーん......それもそうじゃの」
ペルセフォネはそう言って、額に手を当てた。
「よし、せっかくだから、一緒に入るとするか」
「おい、授業はどうするんだ」
「ああ、ハデス、やっといて」
「お前......!」
「どうじゃウラナ、ここは楽しいか」
「うん!」
いつしかだいぶ環境にも慣れて、ウラナはペルセフォネともよく話すようになっていた。
「カレンも仲良くしてやるんじゃぞ」
「もちろん、私たち一緒に十聖士になるんだから!」
カレンは得意げに胸を張り、ペルセフォネに向かって言った。
「おお、それは良い心構えじゃ」
「十聖士?」
その場の三人で「十聖士」という言葉を知らなかったのは、ウラナだけのようだった。
「この冥界の重役の十人のことじゃ。ウラナのお母さんのシャンネも、十聖士の一人なんじゃぞ」
「えっ、お母さん、シャンネさんなの?」
カレンがもっとにこにこして、それから心底うらやましそうな顔をした。
「そうじゃ、だからこんなに真っ直ぐな子に育ったんじゃ」
「いいなあ」
カレンはやっぱりにこにこしていた。
「十聖士になるにはいろいろ教養が必要じゃからな」
「ここを出たら、現世の大学に行くんですよね!」
「そう、そう。冥界にいるだけでは分からない事もたくさんあるからの」
「ね?ウラナちゃん、いっしょにがんばろう!」
「うん......」
カレンは優秀だった。
語学で彼女に勝つ者はなかった。ウラナも当然追いつけやしない。でもウラナには、数学や理科があった。そこでは度々カレンを抜くことが出来た。
二人は特待生のような扱いで、ペルセフォネのところを卒業した。
ここからは現世に実際に行って、大学を卒業してくるという事も含めて、研修に行く。その段階になって、カレンが日本に行きたいと言った。カレンの両親が大好きだという日本を訪れたいのだと言う。
初めてウラナとカレンが別行動をとったときだった。あの時もウラナが先に現世に帰ってきた。
あとから帰ってきたカレンは、レイナ、に名前を変えていた。
「日本風の名前か。名前まで可愛くしよってからに」
レイナの頭を、よく先生は撫でた。
「ウラナもおめでとう、じゃな」
ウラナも、頭を撫でられた。
「これからも励むんじゃぞ、二人とも」
「「はい!」」
それからもずっと、レイナはいつもウラナのあこがれで、ライバルだった。
そんなレイナに会わせてくれたのは、他ならない、ペルセフォネ先生だった。
* * *
「ママ!」
「なんじゃエミー、騒々しい」
ペルセフォネの部屋に飛び込むように入ったエミーは、開口一番にそう言った。ペルセフォネは倒れたとハデスが言っていたにも関わらず、当の本人は執務机に座って、何やら書き物をしていた。
「大丈夫なの、エネルギー」
「今はまた小さい体に戻ったからの」
「寝てたほうがいいって」
「料理は手伝えんけど、私にもたまには仕事があるんじゃ」
「パーティーはどうするの」
「出ない」
「せっかくだけど、仕方ないか......」
「上から見ておるから、大丈夫じゃ」
しばらくその場に、沈黙が訪れたが、やがて、
「すまんが、出ていってくれんか」
ペルセフォネがそう言った。
「......うん」
「おい、クルーヴ、始まるぞ」
ハデスが呼ぶ。
冥府の長を欠いた歓迎会が、始まった。
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