#9 友達は、刑事

 大殿に入ろうとすると護衛までついて来ようとしたので、「もうついてこないでくれる? こっからはあたしと先生のプライベートタイムだから」というと、さすがに目を見開き驚いた顔をして、すっと身を退いた。

 もちろん主死神と副主死神の生活の場である大殿には、そう簡単に入っていいという事にはならない(はずである)。でも許してくれるだろう。それともこれは、たかが現世から帰ってきただけで傲慢な、と言われるだろうか。



 ゆっくり、重い扉を開ける。


「ウラナ......!」


 まず最初に声をかけてきたのは、想像している人ではなかった。黒髪で、目の色は紫と桃なのは同じだが、大人の女性だ。背が小さくない。


「あんた......誰」

「私だよ私、ペルセフォネ」

「いやいやいやいや」

「この身体は替え玉なの」


 替え玉?


「子供の姿もいいんだけど、それはそれで飽きるのよね。だからこうして大人の女の人の身体も持ってるの。子供の方は私の部屋にあるよ。見る?」


 ふっふっふ、とペルセフォネが愉快そうに言った。


「いや、見ません。ってか見たくないです」

「それにしても口調まで変えるなんて全くややこしい、と思ってる顔ね」

「......!」

「先生に分からないとでも思ったかしら?」

「そこは先生なら分かるポイントじゃないでしょ」

「いつもの口調じゃこの体に合わないと思って。子供の姿であのしゃべり方だと何だか神秘的でしょ?」


 そう言ってペルセフォネはウラナにウィンクまでして見せる。とても冥界で一番の年長者とは思えない。そこに1455年の重みはない。


「何か先生、若いですね」

「そんなお世辞はよろしい」

「ところでなんでその姿なんですか?」

「この身体、気に入ってるのよ。ウラナは知らないと思うけど、実はこれ、前に憑いてた身体でね。何が気に入ってると思う?」


 答えは割と簡単だった。


「......胸の大きさ?」

「正解!」


 ペルセフォネは、拍手をして見せた。


「そういうとこって大事だと思わない? 入ってくるとき、ドキッとしたでしょ?」

「はあ......」


 別のことが。


「料理を手伝う時にあの身体じゃやりにくいっていうのもあるのよ? もちろん」

「そっちの方がメインでしょ? 先生もう既婚だし」

「何言ってるの。既婚だからってそこを怠っちゃだめよ」


 とにかく、とペルセフォネは話を切り上げた。


「ウラナのために、一生懸命作ってるからね。ちょっと待ってて」

「レイナが帰ったときもまたするのに、そんなに張り切って大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫。私こう見えてタフなのよ」


 ペルセフォネは今度はふふん、と得意げな顔をして見せた。


「......いいから手伝って、ママ」


 ペルセフォネをママ、と呼ぶ声。奥から今のペルセフォネによく似た、青い髪の女性が出てきた。ペルセフォネとハデスの一人娘、クルーヴ・エミドラウン、通称エミーだ。


「お、久しぶり。元気?」

「元気元気。ところでさ、今暇な女の人いる?」

「うーん......ほとんど料理に回っちゃってるからなー。あ、シャンネさん......いやどうかな」

「そっか」

「レイナは?」

「大学行くから、一人で置いて帰ってきた。付き合うとこっちが暇になっちゃうし」

「ママ、ちょっと抜けていい?」

「何よ、私にさっき油売るなって言ったくせに」


 エミーの断りに対してペルセフォネがむう、と頬をふくらませる。これではどちらが母か娘か分からない。


「それで何するのよ、まさかウラナと無駄話しに行くなんて......」

「大丈夫だって、ちょっと仕事残してたの思い出しただけ」


 エミーはウラナに少し目くばせをして、大殿を出た。面白そうだと思ってウラナはついていってみた。



* * *



 ウラナはエミーとともに、四冥通りをぶらぶらと歩いていた。


「......よく一緒に行こ、って意味だって分かったわね」

「うまいこと先生をだませるか、一か八かだったでしょ」

「でも仕事が残ってるのは本当よ?」

「まああたしが急に帰ってきちゃったしね。ごめんね、わざわざ」

「いえいえ」


 こうやって何気なく話しているが、実はウラナは272歳、エミーは322歳と、ウラナはれっきとした後輩なのだ。レイナとウラナは同時期にペルセフォネに教わっているのだが、エミーはそれより少し早かった。

 エミーはこの冥界に数ある省の一つ、警察省のトップである。

 そうこうしているうちに、その警察省の建物の前に着いた。


「ねえ、あたし入って大丈夫?」

「全然。許可証なしでも、今あたふたしててそれどころじゃないし、もしそうでなくてもウラナだし、何より私がいる」

「そっか、トップだったね」

「別にコネとか、そういうのじゃないからね?」

「わざわざ言わなくたって分かってるわよ」


 本当に? と疑いの目を向けながらエミーがウラナと言い合っているうち、エレベーターが止まって刑事部のフロアに着いた。いろんな死神が所狭しと動いている。


「あれ、エミー」

「なあに?」

「刑事部だけど、ここ」

「私、こう見えても刑事(デカ)なのよ?」

「へ? いやそれは分かるけど」

「警察全体のトップと、刑事部のトップを兼ねてるの」

「へえ......」

「こっから先は企業秘密だから、ちょっと待ってて」


 そう言われ、ウラナは隅の方にあるソファに座った。体が深く沈む。と同時に、タバコのニオイがした。


「うわ、くさっ......!」


 現世にいてもよくタバコを吸っているひとがいて、その臭いがどうもウラナは苦手だった。レイナは「そんなのハンカチで口を覆って咳きこんだフリしてればいいんだよー」と気楽に言っていたが、そんなことでどうにかなるレベルではなかった。


「うーん......」


 早くエミーが戻って来れば。


「誰が臭いだぁ?」


 突然ぬうっと、いかつい顔の男がウラナの目の前に現れた。


「す、すみません......!」


 反射的に謝罪の言葉が出る。


「『すみません』で済めば警察なんざ要らねえんだよ」

「......おいコラ下衆が」

「はあ?誰が下衆だとこの......」


 男の後ろにはエミーが立っていた。


「ク、クルーヴ......」

「ナメた口利いてんじゃねーぞ」

「だ、だからソファに座ってこの女が......」

「まだ言い訳か?」

「臭い、なんぞ言ったから......」

「うっせえなチマチマと。お前がタバコばっか吸ってるからそうなるんだろーが」

「......。」

「往生際も悪いし客もまともに扱えねえし、これだからお前は」


 エミーはこれでもか、と骨が砕けるんじゃないかという勢いで男の“弁慶の泣き所”にスマッシュを決めて、「謹慎部屋」と言った。


「は?......それぐらいで?」

「それぐらいだぁ? まだ言うのか」

「この......」

「じゃあ辞めろ」

「......!?」

「警察(ココ)辞めて、ついでにお前の人生も辞めてこいよ」

「エミー、言いすぎじゃ」

「男とか女以前に、客もまともに迎え入れられないような奴は要らん」


 さすがに応えたか、その男はどこかへ行ってしまった。


「......ごめんねウラナ、あの人怖かったでしょ?」

「いや......」


 あなたも。


 一見人柄も性格もいいように見えて、怒らせてしまうとその普段の姿からは想像も出来ないほどこわくなるのが、彼女の欠点であった。たぶん恋人ができないのもそのせいだろう。

 とウラナはにらんでいる。200年ほど前にあった戦争の時も、大の大人をたくさんひっくり返らせたというから、その怖さは筋金入りだ。


「ジグはしつけが悪いからさ」

「ジグ?」

「そう、ジグ。本名はわかんない。私より年上なんだけど、親はどっちも姿をくらましちゃったんだって。だから私が個人的に警察省に引き取ったの。でも根はなかなか治らなくてさ。タバコ臭いって言っただけですぐ怒ってたし」

「なんでジグ?」

「髪がジグザグに刈り上げられてるから、略してジグ」


 昔からココにいたから、経験はあるんだけどね、とクルーヴが付け足す。


「とてもトップなんて任せられないって?」

「そう。......さ、仕事、片づけに行かなきゃ」

「何の仕事?」

「それはヒミツ」

「えーっ」


 それじゃ来た意味ないじゃんか。


「......そっか。結局私についてきて、怒鳴られてるもんね。せっかくめでたい日なのに」


 それじゃ、とエミーは言った。


「極秘の調査を特別に依頼しましょう」

「いいの? そんなことして」

「十聖士だしいいんじゃない?」

「その辺ホントルーズだよね。先生に似て」

「し、失礼な。ママとは違うよ」

「......で? 内容は?」

「冥界に迷い込んだ人間の消息」

「迷い込む? こんな変なところに?」

「これはシェドって男とは別件よ?」

「シェド? ああ…レイナがあれこれ言ってたような」

「レイナが? ふーん。......で、どこにいるか分からないんだって。それを探すの」

「オッケー、了解」


 ウラナは走っていってしまった。と同時に、連絡が来た。ハデスからだった。


『クルーヴ』

「......パパ?」

『すまん、戻ってきてくれ。ペルセフォネが倒れた』

「倒れたぁ!?」


 想像以上に大きな声を出してしまったらしく、ウラナがこちらを向いた。


『ウラナも一緒に、だ。料理ももうすぐできるらしい』

「了解」


 通信を切った。


「......ったく、もう!」


 これだからあの人は。


「ウラナ、戻ってきて。大殿に戻ろう」



* * *



「何かあったの?」

「ママ、体大きかったでしょ?」

「うん、確か大人な方がいいとか、小さい体は飽きるとか、そういう理由を言ってた」

「実はあれ、リスクがあってね。あの身体だと、消費エネルギーが大きいの」

「エネルギー、ね......」

「1日に使うエネルギーが大きすぎて、昏倒するようになって、それからあの小さな身体を現世で見つけてきたの。ウラナがまだ生まれる前の話ね」

「そんなに前から?」

「今も睡眠をたくさんとらないとダメみたいだし。本人はまだまだ大丈夫だって言ってるけど、死神としての寿命も近いし。20年検査でも、だいぶガタが来てることは分かってる。結果はパパが見てるんだけど」

「確かに寿命って、1200年から多くても1300年だもんね」


 ペルセフォネは1455歳。夫のハデスでさえ、1294歳だ。


「そろそろ代替わりをすべきだって私も言ってるんだけど、ママは聞かないのよね。確かに今の四冥神以下には、代われる人がいないっていうのも事実なんだけど…」


 結局そこまで外出時間が長くならないうちに、大殿まで戻ってくることになってしまった。



「クルーヴ、ウラナ」

「ママは?」

「部屋で寝ている」

「分かった」「了解です」

「待て、ウラナ」

「はい?」

「お前は歓迎されるべき身だ。気を煩わせるわけにはいかない」

「煩いません。先生と会わせて下さい」

「だが......」

「あの人は、ただの先生じゃないんです。身寄りのないあたしを引き取って、レイナにも会わせてくれた、大切な存在なんです」

「......。」

「行きますね」


 ハデスの返事を待つ時間も、惜しかった。

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