Chapter2.ウラナ帰還 編

#8 エリート女死神×2

「......先に帰ってて、ウラナ。私、まだすることがあって」


 電話の向こうで申し訳なさそうな声で、彼女は言った。


「どーせ大学入学関係のあれこれでしょ? またまた張り切っちゃって」


 いかにも面倒くさそうに受け答えするのも、これまた女の声である。


「せっかく何百年も生きていられるんだし、こういうのはやっとかないと」

「そんなガリ勉ばっかしてると人生の生きる意味の3分の1、失うわよ」

「3分の1って、微妙な数字ね。半分とはいかないまでも決して無視できない......」

「ああ、もう! うるさいわね、そんなにガリガリやっときたいなら勝手にしなさい! あたし疲れたから」

「ペルセフォネ先生にもよろしく言っておいてね」

「ああ、はいはい。言っとく言っとく。じゃあね」


 電話をベッドの上に投げた。

 これだからレイナこの人は。ウラナはそう思い、ため息をついてベッドに寝転んだ。現世視察に行くたび世界各地の大学に学び、その卒業証書を持って帰ってくる。レイナの家に卒業証書がズラリと飾ってある画をウラナは思い浮かべて、空いたその家に住んでいるだろう人が気の毒になる。


 ウラナ・アマリリスとレイナ・カナリヤ・レインシュタイン。

 彼女らは同時期にペルセフォネに面倒を見られ、ともに十聖士となり、ほとんど一緒に現世視察に行った。よく私情を話すような仲でもある。


「彼氏でも、いたらいいのにな」


 そうすればもう少し色気づいて、大学周遊なんてやめるかもしれない。そうウラナは思った。


 現世視察は基本的に、いつ帰っても構わない。現世の移り変わりの速さに耐え切れず体調不良で冥界に帰ってしまう者もいる。もちろんあまり長く現世にいる場合は、定期的に報告しに帰る必要はある。今回は長期滞在をそれ以上続けるつもりはなく、冥界に帰ってしばらくゆっくりするつもりだった。そのこともあってウラナは住んでいた家を出てホテルに一泊し、冥界へ続く道のところでレイナと合流する約束をしていたのだ。ところがここに来て、レイナのわがままである。ウラナが付き合って、滞在期間を延ばしたことも何度かあったが、仕事がないのでただボーッと日々を過ごすしかなく、自分で付き合うと言っておきながら、とても耐えられなかった。

 だから今回こそは帰る。レイナとは別行動になってしまうが、しかたない。


 明日帰るということはウラナはすでに決めていたから、早く寝ようとした。しかしその前に一つ用事を思い出し、さっき投げた電話を取り、レイナにかけ直す。


「もしもし、レイナ? あたしだけど......」

『レイナはただいま入浴中ですっ! 何かご用件の際はまたあとでおかけ直しいただくか、伝言をお残しくださいませっ!』


 ピーッ。録音開始の合図だ。今の一瞬で留守番電話にしてしまうとは。


「レイナあんたねえ! どんだけ手っ取り早いのよ! ちゃんと体洗ってるんでしょうね」


 話がずれた。


「あの、あんたに頼まれてた用件なんだけど......」

「もしもーし」

「あっ、レイナ! ってあんた......」

「シャワー室からでも聞こえたから電話とった」

「とった、じゃなくて!それ今あんた裸ってことでしょ!? こっちが恥ずかしいわ!」

「あ、そう? じゃあシャワー室の中で話すね」


 そういう問題じゃない。それに壊れるだろ、電話。


「それで? 用件って?」

「シェドって男の件」

「うそっ! 分かったの?」

「231年の現世放浪の末、ギミックさんに呼び戻されて、今日の昼過ぎ、冥界に帰ったって」

「か、帰ったぁ!? 今日ぉ!?」

「......って、文書に書いてあるけど?」

「ど、どうなったの? 一応、脱獄でしょ?」

「えっと、無罪放免だって。ペルセフォネ先生に家も決められて、今は空き家のレイナ・カナリヤ・レインシュタインさんの家に......これ、あんたの家じゃない」

「タイム」

「は?」

「一回整理させて」

「今のくっそ乏しい情報のどこに整理の余地があんのよ」

「......私の家に、アルが、住んでる?」

「そうだけど」


「......歌って踊っていいかしらん」


「うるさいな勝手にしてろぉーーーっ!」


 ウラナは電話を切った。

 歌って踊ってはまだ許そう。とりあえずシャワー浴びろ。そして服を着ろ。


「......ふう」


 疲れた。電話なんてかけなきゃよかった、と今更ながらウラナは思う。

 数日前、突然レイナから、「消息を追って」と言われていた。レイナとその人とがどういう関係なのかは知らないが、大切な人なのだろう。以前レイナは諸事情で自分のパソコンをおじゃんにしてしまったばかりだと言っていた。



 明日、冥界に帰ってからの事を考えた。先生に会うのも楽しみだ。どんなに自分の帰還を喜んでくれるだろう。四冥神の人たちも迎えてくれるだろう。現世から帰った死神は、歓迎パーティに出席する。自分を迎えてくれる人たちがたくさんいてくれる、この事実をかみしめなければ。

 ウラナは、静かに目を閉じた。



 ―――翌朝、ホテルのチェックアウトを済ませ、外に出る。

 人気のないところに移動して、自分の姿を普通の人に見えないようにした。

 重い荷物は先に、冥界の入口の前まで飛ばしてしまう。


「自分だけ移動しなきゃならないの、何とかならないかなあ......」


 自分が飛ぶこと自体は簡単だ。


「よっ、こらせっ、と」


 どんな死神でも、この冥界に続く道だけは通らなければならない。安全上の理由とかなんとか、そういう話だ。

 人間には果てしなく続く樹林に見え、間違えて死の世界に来ないよう、工夫がなされているそうだが、死神にはただ続く一本道に見える。ただこの森に降った雨が日陰であるせいで乾きにくく、地面がじめじめしている。


「うわ、靴汚れちゃうじゃんこれ」


 いつものように歩くと、泥がはねて外套にかかってしまう。そうならないように、慎重に足を運ぶ。

 やがて、いかつい、冥界につながる門が見えてきた。人間が樹海を突破してしまい、冥界に入ってしまわないように、門番がいるはずだ。



「......アルタイル?」

「ん? ......おお、ウラナか」


 冥界の大きな門の前に椅子を用意し、腰掛けていたのはウラナもよく知る死神・アルタイルだった。


「あんた、何ここでうずくまってんの」

「うずくまってねえよ、俺は門番だ」

「門番? じゃあ、十聖士になったの?」

「そうだ。お前がいない間にな」

「十聖士になってずいぶん偉そうになったわね」

「十聖士たる者、これぐらい貫禄がないとな」


 ハハハ、とアルタイルが笑う。


「お帰り、ウラナ」

「ただいま」


 ウラナも笑顔で答えた。


「荷物は先にお前の家に送っておこう」

「よろしく」


 アルタイルがウラナから荷物を預かり、門のそばにある小さな建物に入る。そこに転送用の装置があり、ひとまず大殿まで転送させることができるのだ。

 その装置の操作を終えて出てきたところで、アルタイルが異変に気付いてウラナに尋ねた。


「......おい、そういえばレイナは」

「まだ現世に残るって。あたしだけ先に帰ってきた」

「相変わらずだな、レイナも」


 レイナがこういう性格なのは、結構知れ渡っている。門番として冥界に帰還する死神と現世視察のために出て行く死神の両方を見るアルタイルならなおさらだ。


「......大殿に知らせるか?」

「ううん。奇襲する」

「......奇襲?」

「久しぶりに先生にいきなり会いたい」

「そうか」

「先生はまだちっちゃいまま?」

「ああ。憑依先はマリー・アントワネットの幼年体で変わっていない」

「先生もだいぶややこしいのに憑いちゃったよね。王妃なんて欲望と未練のカタマリなのに。特に浪費を極めた人だし」

「そうだな。パンがないなら、ケーキだってないに決まってる」

「みんな、元気にしてる?」

「基本的には、な」

「え? 誰かどうかしたの?」


 予想していなかったアルタイルの返答に、ウラナが驚いた顔をしてみせた。


「ギミックさんが入院している」

「うそ!?」

「これは主死神以下、十聖士までしか知らない情報だ。広めないでくれよ」

「どうしたの、一体」

「ここに頭をぶつけた」


 アルタイルが大きくそびえ立つ冥界の門を指差してみせた。


「は? マヌケすぎない?」

「だがあまりに痛いと言ってうずくまるもんで、病院に運んだ。特に大したことないそうだが」

「ふうん。......じゃ、行きますか!」

「よし、開けるぞ」


 ここであまり世間話をしていては、あっという間に時間が経ってしまう。早めに切り上げなければならない。

 この先からは、現世の電波は届かない。と思って、アルタイルに待ったをかけた。


「何だ、忘れ物か? 門、閉めるぞ」

「いや、開けといて。レイナとちょっとだけ話するだけだから」


 ウラナは携帯を取り出し、レイナにかけた。すぐに出た。



「もしもーし」

「......今どこにいるの、レイナ。妙に騒がしいけど」

「大学のカフェ」

「あ、そう......」

「大丈夫だって、落ち着いたら帰るから」

「そうやってまた6年ぐらい消息絶たないでよ?」

「分かってる。今度はアルに会いに行くんだから」

「じゃあね、今門の前だから。電話つながんなくなるし」

「オッケー。じゃあね」


 いよいよだ。

 電源を切り、ポケットにしまい、冥界専用の通信機をアルタイルから受け取る。



 門を抜けると、そこはメインストリート・四冥通りだ。

 ふとウラナは思い直した。これでは奇襲などとてもできない。

 狭い人通りの少ない道を経由しても、誰かには見つかるだろう。それにこの派手な赤色の髪。ウラナであると、分からない者はいないだろう。

 観念して、こっそり連絡した。


「......そちら大殿か」

「ん? なんじゃ、用件は?」


 やった、先生だ。


「もしもし、先生?」

「......ウラナか。どうした、忘れ物か?」

「さっきも聞いたわ......」

「まさか、帰ったのか」

「うん、お忍びにしたいから、拡散するのはしばらく経ってからにしてね」

「もっと早くに言ってくれ。宴の準備ができんじゃろう」

「ごめんなさい。とにかく、よろしくお願いします」

「よし」




『十聖士・ウラナ・アマリリスの帰還じゃ! 皆、出迎えろぉ!盛大に祝えぇ!』




「えっ、ちょっ」

「さあウラナ様、どうぞこちらへ」

「だ、だから......」




「お忍びって、言ったじゃんか......!」




 兵士たちに半ば護衛、半ば連行されるような形で、ウラナは四冥通りを移動した。

 ペルセフォネに対する恨み言を言いたくなった。


「教え子のお願いぐらい、聞いてよ......」


 四冥通りにみるみる死神たちが詰めかけてくる。気が散って、大殿につくまで、何時間も経った気さえしたのだった。

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