#7 憑依する死神と、エリートの死神

 使用人の朝は早い。

 君主より一足、いや二足も先に起き、自らの身支度は手早く済まし、朝食の準備に取り掛かる。

 とりわけ使用人の中でも重宝されていたアルバは、さらにほかの使用人より多く、仕事を任されていた。

 

 そうして一日を王宮の中で過ごす、いつも通りの日々が、終わった。

 目を覚ませば、外はまだ暗かった。それは納得できる。だが、周りの景色がまるで違う。


”......死んだんだったな”


 貴族に仕えていていつも忙しかったアルバ。日にちの感覚は時間以外はないと言えた。それにあのわがままを絵に描いたような王子の下で働いていたのだ。忙しさに関しては他の執事とケタ違いだと自負していた。そして昨日もめまぐるしく事が運んでいったため、感覚的には自分が一度死んだなどとは思えなかった。


 裁判とも言えないような裁判を受け、ペルセフォネと一緒にギミックの見舞いに行った後、家を探した。ペルセフォネがあらかじめ言っていた通りあてはあったようで、きれいな一軒家をあっせんされた。あまりに立派な家だったのでペルセフォネに聞いてみると、現在現世視察中の死神がいない間にこの家に住むといい、ということだった。だがその家の中の雰囲気からしてどう考えても女性の家だった。


「下手にくつろげねえじゃん! 他になかったのかよ!?」

「他に空きはないんじゃな、それが」


 ペルセフォネにそう突っかかってみたが、軽く受け流すように答えられてしまった。


「大殿は? あそこ部屋いっぱいあったじゃん」

「あそこは私たちの住む場所じゃ。それに私の教え子たちが寮として使っている、男であるシェドを入れてやるわけにはいかん」

「教え子?」

「そうじゃ、昔から私が利口そうな女の子たちを集めて、英才教育を施しているんじゃ」

「女の子だけ?」

「ああ、そうじゃ。可愛い女の子ばかりじゃぞ!」

「なんか、冥界トップの趣味嗜好がうかがえたな」

「悪い言い方をするな。言っておくが私が教えた子たちはみんなよほどのことがない限り、十聖士やら四冥神やら、そうでなくとも現世視察に行けるほどの人材になっておる」

「例えば?」

「まずは十聖士のトップのシャンネじゃろ? それから、エリー、ウラナ、レイナ、そしてエミーじゃな」


 後からハデスに聞いた話によると、シャンネはポスト四冥神と言われるほどの実力者、エリーは冥界でナンバー2の省である警察省の副長官、ウラナとレイナはともに十聖士で優秀さを測る一つの指標である現世視察の回数がトップクラス、そしてエミーというのは、


「......私たちの娘じゃ。先ほど言った警察省のトップを務めておる」


 相当輝かしいものだった。


「今回のこの家は、レイナの家じゃ。レイナは今挙げた子たちの中でも特に優秀で、才色兼備のかわいい子じゃ」


 私が男だったら確実に飛びついておるのう、とペルセフォネはニヤニヤ混じりにそう言った。


「暮らしづらい......」

「では野宿にするか?」

「いやそれはさすがに......」

「やはり大殿には部屋はないし、あったとしても襲いそうじゃからな」

「俺がそんな見境ない奴に見えるかよ!?」

「まあ、男は何をするか分からないところがあるからな」



 家に入ると、やはり誰もいないからなのかひんやりとした空気が漂っていた。家を空ける際に掃除をしたのか整頓はかなりされていたが、少々ほこりをかぶっている家具などがあった。


”......片付いてて、さっぱりしてるな”

「あんまり女の人の部屋って感じはしないな。安心安心」


 ただ掃除はしなきゃな、とシェドは張り切っていた。


”おう......”


 そう生返事をしつつ、アルバの意識は部屋の壁にいっていた。


 部屋にある机の上の壁に一枚、写真が飾ってあった。そこには二人、男の子と女の子が希望に満ちた笑顔で写っていた。子供だろうか?死神はどれぐらいの年になれば子供がいるものなのか、アルバには全く勝手が分からない。恐らく200年、現世を放浪していたというシェドも同じだろう。だがその二人には、これといって共通する特徴がなかった。

 髪の色は男の子が黒で、女の子が金。目の色は男の子が赤、女の子が濃い目の金。女の子の方が少し背が大きい。今自分が着ているような外套を、この二人も着ている。手をつないで、仲もよさそうだ。


”他に特徴は......”

「おいアルバ、なにボーッとしてんだよ。掃除しようぜ、掃除」

”ああ、すまない”

「ん?あの写真か?」

”......何か心当たりはあるか?”

「......いや、ない。そのレイナって人の子供じゃね?」

”死神ってどれくらいの年なら子供がいるものなんだろう”

「20歳から30歳とかじゃないか?」

”それは俺たち人間の話だろ”

「そっか。......って俺にも分からねーよ。現世にいた時間の方がずっと長いし」

”そうか、そうだったな”


 くそ、疲れたな。今日は寝るか。


 そうシェドは言って寝てしまった。それを追いかけるようにアルバも眠りについた。掃除は明日にお預けになるようだった。



* * *



「ギミック、お前、現世でシェドって奴とは何度も会ってたそうだな」

「......え?」

「その上で見逃していた、と」

「何の話ですか」

「とぼけるなよ。僕の能力忘れた?」

「......何でもお見通しですね」

「お前なあ......過去にはなるけど、命令無視で裁判にかけられてもおかしくないぞ」

「ただ、あいつに会うたびに、どこかしらで教育を受けてたみたいで、成長が見られるんです。即刻帰らせても、中途半端な歳であるシェドを冥界で教育し直すのは難しい。ならばいっそそのまま放し飼いにしたほうがいいのではないか、そう判断しました」

「本当にそこまで考えてた? 僕には今考えた、でっち上げにしか聞こえなかったけど」

「なら確かめてみればいいじゃないですか。あなたの能力は、それに適している。それに、俺が仮に大嘘を言っていたとしても、あなたに指摘される筋合いはない」

「口ばっか達者になりやがって」

「......おかげさまで」


 マドルテとペルセフォネ、シェドの三人がギミックの見舞いをした翌日のことだった。マドルテは単身、ギミックの病室を再び訪れていた。マドルテにとっては多くのことが疑問だった。最近のギミックの行動にはどうも、怪しいものが多かったのだ。

 マドルテは張り切っていた。自分のように飄々としていながら、それでいて全く抜け目のないギミックに非が見つかったのだ。そもそも”飄々”とペルセフォネに評されたこと自体気に食わないが、ギミックを見ているとその感覚も分かるような気がする。


 そしてマドルテはイライラしていた。ギミックに一つ泡を吹かせてやるつもりが、軽く手で払いのけられたような心持だった。


「こらマドルテ、病人をあまりいじめてやるな」

「......ペルさん」


 ペルセフォネがいた。


「病人をいびり倒しておる場合ではないぞ」

「いびり倒すって......そんなひどいことはしてないよ」

「......何か、あったんですか」

「聞こえんか? 外は大騒ぎじゃぞ」


 ペルセフォネがギミックのヘッドホンを介して通信を入れていた。ペルセフォネとギミック、マドルテの三人が一斉に口を閉じ、耳を澄ませる。すると一般の死神たちががやがやと騒ぐのが聞こえた。



「いや全く、めでたいな」

「本当だ本当だ」

「昨日に続き現世視察を終えたエリートが」



「......ペルさん、あんたあのシェドって奴を現世視察だって吹聴したのか」


 マドルテがいぶかしげな顔をする。


「その方が好都合じゃろう。200年も前に脱走したやつが帰ってきたなんて言えんし、言ってもきっとみんな忘れてる」

「そうかな......」

「で? 誰が帰ってくるんですか?」


 ギミックが遮るように尋ねた。それに対し、ペルセフォネがにっと笑って答える。


「聞いて驚け。ウラナじゃ」



* * *



 早起きしたのはいいものの、もう早起きなどしなくていいのだと気付いて、二度寝することもできずに天井を見つめていた2時間後、シェドが目を覚ました。


「うぁーっ、くそーっ、全然寝れねえな」

「......おはようございます」

「おうおはよう。......ずいぶん疲れてるみたいだな」

「お前が起きる2時間前から、天井を見つめていた」

「暇かお前」


 暇じゃない、手持ちぶさたなだけだとアルバが言い返そうとすると、


「お前だけで動くの、出来ると思うぞ」


 シェドがそう言った。


「は? お前抜きで?」

「そうそう、俺が試しに寝てみるから、自分で動いてみろよ」


 そう言うと、ものの数十秒で、シェドは二度寝してしまった。本当によく眠れていないようだ。

体をもぞもぞさせてみる。


 ......動く。シェドが目を覚ます気配はない。


 起き上がって鏡を見ると、目はもとからアルバの持つ、透き通った青に両方なっていた。


「へえ......」


 さすがにたくさんの未練ある人に憑依してきた経験がある死神は違う。じゃあ自分だけで、いろいろ出来るのではないか。


「はいストップな。あまり身勝手なことをさせないのが俺の仕事だ」

“でも正直無防備だな”

「じーさんたちならあまりほっといてもはっちゃけたりしないだろ。徘徊は別だが」

“はあ......”

「それより起きてたんなら掃除くらいしてほしかったな、そういうのプロなんだから」

“プロと言うか......仕事だが”

「おー、かっこいいー」


 何だそれ。

 しかしそのプロのアルバをもってしても、家の主がいなくなってほこりの積もっていた家を掃除するのには時間がかかった。そうこうしているうちに時間が経ち、アルバの感覚的には昼を回った。


“本当に空模様、変わらないな”

「俺も現世に行って初めて、空が明るくなることを知ってびっくりしたのはよく覚えてる」

“ってことはこの冥界とやらは、ずっと暗いのか”

「まあそういうことだな。ただ雨と曇りの区別はあったりするけどな」

“......あれ?”

「どうした」

“外が騒がしくないか?”


 二人で少し黙ってみた。確かにはやし立てるような声がする。......と、家の中のどこかで何かが鳴っている音がした。


「ヘッドホンだ、ヘッドホン」


 ペルセフォネに「ここにおるならば必須じゃ」と渡されたものだった。現世でいう携帯電話の代わりらしい。


「はいこちらアルカロンド」

『回りくどい言い方をするなシェド。それより外に出ろ。現世視察から1人、帰還した。お前に引き続くようにな』

「え、誰」

『ウラナじゃ、ウラナ』

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