#6 死神の能力

「......ペルセフォネ様、寝ておられましたね」

「ああ、そうだな。まああいつのことだから、予想の範囲内だった」


 ペルセフォネとシェドが去った後の裁判場。ハデスは裁判長席に腰掛けたままでいた。入れ替わりに大殿で働く使用人の女性がおかわりのコーヒーを注ぎに裁判長席に入り、しばし雑談をしていた。


「コーヒー、苦くありませんでしたか?」

「......苦かった」

「それは申し訳ありませんでした」

「いや、構わない。もう少し苦くとも平然と飲むことができれば、副主死神としての示しもつくというものだろうが」

「トップに立つ方が無理して大人ぶる必要はないと思われますよ。他のところでも、そうすることは十分可能です」


 ペルセフォネ様を扱い切れるのはハデス様だけでしょうし、とその女性が言った。


「......あいつは大丈夫か?意気揚々と出て行ってしまったから止められなかったが、よくよく考えれば少し不安だ」

「大丈夫でしょう、家を探すと言いましても場所は限られてくるでしょうし」

「そうか」

「ハデス様は、ペルセフォネ様のことを心配しすぎとも言えますね」

「心配しすぎるくらいの方がちょうどいいんだ、あいつは。姿は子ども、とあいつは自分で言っているが、下手をすれば考え方まで子どもになる時がある」



* * *



「そういや家って、どこかあてはあるのかよ」

「大丈夫、今現世視察に行っている死神の家に住んでもらおうと思っておる」

「それってその人が現世視察から帰って来たらまた新しいところ探さなきゃいけないってこと?」

「そうなるのう。まあしばらく帰ってくるこてゃないじゃろうから、探す時間はたくさんある。心配は無用じゃ」


「あれ、ペルさんじゃん」


 家を探す、と張り切って出て行ったペルセフォネの後をついて行っていたシェド。その二人の前に、一人の男が現れた。


「......マドルテか」

「何ほっつき回ってんだって顔だね」

「大体合っておる」

「散歩だよ、散歩。ずっと屋内にこもってると煮詰まってくるからね。で、横にいるのは?」

「あ、シェドです。ル・シェドノワール・アラルクシェ・アルカロンド」


 かしこまってシェドもマドルテ、という男に自己紹介をした。


「......ああ。え?帰ってきたの」

「そうじゃ、ギミックに連れられてな」

「ふうん。ちょっとごめんね」


 そう言うとマドルテは二人に近寄り、ペルセフォネの頭に手を乗せた。


「お前は遠慮がないな、いつものことじゃが」

「こうしないと読み取れないんだから、仕方ないよ」


 少ししてマドルテは手を離した。


「勝手に人の記憶を”巻戻し再生”(プレイバック)するのはやめろ」

「別にやましいことはないでしょ?ちょっと人の話を把握したい時に便利だよ」

”今のは......?”

「だってさ。今の行動の意味を聞きたいんだって」


 今度はアルバの素直な疑問をシェドが感じ取り、シェドが代わりにマドルテに尋ねた。


「ん?何で伝聞形なの」

「こいつは今、人間に憑依しているんじゃ。だからこの冥界のことをまだまだ知らない人間がいる。せっかくだし教えてやってほしいのう」

「そう言うの微妙に専門外なんだよなあ......まあいいや。死神の中にはね、能力を持つ人がいるんだ。能力にどんなものがあるかは正直、実際に見ていった方が早いね。とにかくものすごい種類があるから。それで僕のは、人の頭に触れるだけでその人の記憶を読み取れる能力、というわけだ。ちなみにペルさんは持ってない」

「まあ名前がついていないだけで、小さな火が出せる程度のものなら持っているが」

「そう。威力や影響が大きいものしか名前がついていないんだよね。だから弱くて名前のついてないものでも能力持ちだと数えたら、死神の七割方は能力持ちになるって言われてる」

「ふうん......」

「そういや、ギミックが病院送りになったって話を聞いたけど。何で?」

「冥界の門に入る前に頭痛がするとか言って、念のため病院に行くって」

「なるほど。で、ペルさんとシェドは新しい家探しというわけだ」


 どうやら人の記憶を読み取れるというのは本当らしい。


「じゃあ僕は散歩ついでにギミックの様子でも見に行くか」

「そうじゃ、シェドと私も行こうかの」

「なんで?家を探すんじゃなかったの?」

「家はだいたい目星がついておる。後は実際に見に行くぐらいじゃ」

「じゃあ決まりだね。行こうか」


 結局三人で行動することになった。



* * *



 その目星のついた新しい家とやらに向かうつもりだったが急きょ変更し、病院に向かうことになった。どうやら重役の入る部屋は特別らしく、本来は特別な許可がいるが、今回は主死神が一緒にいるということで許可された。


「あれ、ペルさんとマドルテ先輩」

「元気か、ギミック」

「ああ、うん、おかげさまで。一応大事をとって......」

「嘘だろ」


 マドルテはギミックをじっと見据え、そう言った。


「え...?」

「一応大事とってんのに、何で入院してるんだよ」

「それは......」


 マドルテに問い詰められ諦めたのか、ギミックは本当のことを言った。いわく、念のためと病院に行ったつもりだったが、とても今日明日に退院できるような状態ではなくなったのだという。


「......そうか」

「ギミックは正直じゃの!」

「師を見習って教訓にしたんでしょ」

「どういうことかの」

「どういうことも何も、そのままだよ。ペルさんが何とも頼りになら......」

「まあ、心配はいらんぞ、ギミック。ギミックの仕事はシャンネに一任するからの」

「そうですか、ありがとうございます」


 ペルセフォネが胸を張って言った。


「あれ、ペルさんじゃないんだ」

「私はこう見えても忙しいんじゃ、皆の教育係とかな」

「それ以外はどうにも暇そうに見えて仕方ないけどね」

「うるさい、それならやってみるといい。きっと普段から仕事をしないマドルテなら、数時間で音を上げるじゃろうからな!」

「そんなことないよ、さすがに三日は持つだろうし」


「あの、すみません、面会時間がもうすぐ終了しますので......」


 看護師さんがやって来て、面会時間の終了を告げた。さすがにそれ以上見舞いの者が長居するわけにはいかなかった。


「おお、もうそんな時間か。じゃあ帰るとするかの。じゃあなギミック、身体には気をつけるんじゃぞ」

「無理はするなよ、ギミック」

「分かりました、ありがとうございました」



* * *



「......よかったのかい、あんな風に未練を残して」


 面会時間が終了し、担当医とギミックだけになった病室。そこで担当医の男の人がそう話しかけた。


「大丈夫です、きっと」

「人間の未練をなくすのが仕事なのにな。私たちが未練を持ってしまっていては本末転倒だ」

「せっかく葬儀死神との関係も良好になりつつあるのに、確かに立場がないですね」

「葬儀死神のことはいい。どうせ何百年も関係の悪い相手だ、すぐに関係が悪くなったりよくなったりということはないだろう。それより君は自分の心配をするべきだ」

「そうですね......」

「これから先、最悪の場合ずっとこのままの可能性もある。その覚悟はあるか、もう一度聞いておきたいんだ」

「......大丈夫です。覚悟はあります」

「本当か?」

「ええ」


 そう答えるギミックの声はまだはきはきして、元気であることを感じさせるものだった。それを聞いて主治医の男の人は、窓から空を見上げる。現世と違って晴れることのない、いつも曇っている空。それがその時はいっそう、暗さを持っているように感じられた。

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