#5 冥界裁判?
その男は何も言わず、すたすたと目的地に向かい歩いてゆく。それに対してシェドは何も話しかけることができないでいた。それを見かねたのか、ペルセフォネがその男の外套の裾を引っ張る。
「何だ」
「自己紹介はせんのか?」
「自己紹介? シェドは覚えているだろう、何故その必要がある」
「シェドは帰ってくる前に人間に憑依したらしいんじゃよ。だからその人間に説明するのも含めて、改めて」
「......ああ、なるほど。だが今ここで話すのは場所が悪いだろう。すぐに裁判場まで着くことだ、そこでいいだろう」
”そう言えば裁判、って......お前、何か犯罪でも犯したのか”
「バカ言え。そんなことしてたらもっと徹底的に捜索されてるだろ。たぶん俺が子どもの時、冥界から逃げだしたからだよ」
大殿から少しだけ歩いたところに、これまた大きくて厳かな雰囲気の建物があった。それがどうやら冥界の裁判所らしい。その中に入り、また薄暗い廊下を進んでゆく。そして一番突き当たりにあるドアを押し開けると、いかにも裁判場らしい様子が目の前に現れた。
「座ってくれ」
その男が裁判長席に座り、シェドに着席を促す。勧められたのは被告席ではなく、傍聴席だった。
「あれ、テレビで見てたのと違う」
「君は被告ではないからな。一応話を聞くために、ここに呼んだというわけだ」
「それじゃあ別に大殿でも......」
「ペルセフォネは言わなかっただろうが、あそこには他にもいろんな死神が住んでいる。まだ帰還したのが大っぴらになっていない死神の話を聞かれるのはいろいろと面倒だからな。ここでは自分とシェド、お前しかいないから好都合というわけだ」
さて、とその男は一息つき、用意された飲み物を一口、口に含んだ。
「改めて自己紹介をしよう。ハデス・クライシスだ。ペルセフォネの夫であり、主死神に次ぐ二番目の位である副主死神を務めている。また、冥界で行われる裁判は基本的に自分が最高権限を持っている。君は人間に憑依していると聞いたが」
「ええ。アルバっていう執事に。特に強い未練があったのが、こいつだったので」
「なるほど、それを機にギミックに連れて来られたというわけか」
「そうです」
「分かった。ではまずは状況から整理しておこう。君は今から231年5ヶ月18日前、冥界の旧地下牢から脱走し、冥界の門を潜り抜けて現世に逃げた。間違いないな?」
「間違いないです」
「それ自体は犯罪でもなんでもない。ただお前の安否を心配する者が多かった。それは戦争の後、今の位に就いた自分も、ペルセフォネもそうだ。行方不明になったことが分かっているのに、肝心の居場所が分からない子どもが出たというのは初めてだったからな」
「それは......」
「その間、何をしていたか念のため聞いておこう」
「......ずっと未練のある人間に憑いては離れ、というのを繰り返してた。難しい言葉もその過程で覚えていったし、いろんな人の死も見てきた」
「......ほう。つまりなんだかんだで、君は我々死神としての仕事をしていたというわけだ。意図していたものかどうかは別として」
「ええ。そうしないと生きていけない気がして」
「もっとも別にそれをしなくても十分、生きていくことはできる。なるほどどうりで、誰もヒントさえつかめなかったというわけだ」
「それで最後に来たのが王国で、シャルル王って奴が殺されて、このアルバっていう執事も」
「......あの国か」
「知ってると?」
「知っているも何も、その国は何かと我々死神と縁のある国だ。詳しい説明は今は省くが、小国ながらずっと王国として歴史を紡いでいる。ただ王が世襲するにつれ政治の腐敗が目立っている、というのも事実であるようだが」
「最終的に大元のサミュエル王子は俺が殺した。そしたら、同じ死神にその死体が連れ去られた」
「同じ死神に?」
「って、ギミックが」
「......なるほど。おおよそは分かった。感謝する。......それで君の処遇の話なのだが、さっきも言った通り君の安否を心配していた死神は多い。本来なら学校に通わせて、優秀であれば現世視察をさせるところなのだが、その必要はなさそうだな。だから学校に通う必要はないが、しばらく冥界から出ることは禁止される。せっかく帰ってきたのだから、ゆっくり休めという意味が込められていると思ってくれ」
「......分かった」
「こちらからの話はこれで終わりだ、あとはペルセフォネに従ってくれ」
ハデスがそう言って締めくくると、それまでいかにもつまらなさそうにハデスの話を聞いていた(聞き流しているようにも見えたが)ペルセフォネが勢いよく立ち上がった。
「よしじゃあシェド、お前の家を探しに行こうかの」
「家?」
「そう、家じゃ。お前はさすがに自立せにゃいかんしな」
それだけ言うと、ペルセフォネは意気揚々と裁判場を出て行った。背丈も小さいので見失ってはいけないと、シェドが慌ててその後を追いかけた。
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