#4 冥界の長

―――常夜の街。


 そう言うと遊女街を形容することになるかもしれない。だが冥界というものを初めて目にしたアルバにとっては、そう言い表すほかになかった。

 門をくぐると目の前には大きな通りがあった。これを真っすぐ行けばいいんだよな、とシェドは言って進んでゆく。


”それにしても大きな通りだな”

「確かに。端っこの家どうしの距離がめちゃくちゃ広い」


 例えるなら平安京の朱雀大路だ。道が続く方を見ると、少し遠くに大きなきらびやかな建物も見える。あれが宮殿か何かなのだとすれば、平安京、あるいは中国の長安の構造をまねているのかもしれない。

 そんなだだっ広い大通りの真ん中をシェドは歩いていく。真ん中を歩いているからなのかあるいは別の理由からか、道行く人によく注目された。それでもシェドは何も気にする様子なく歩いてゆく。途中、宮殿から少し近いところにきらびやかな家があった。


「なんだこれ、普通の家にしては豪華すぎるよな」



「それは、ギミックの家じゃよ」



 アルバのものでも、もちろんシェドのものでもない声がした。どこからその声がしたのか振り返るが、見当たらない。


「こっちじゃよ、こっち」


 振られた手がちらちらと見えた。シェドの足元に、少女らしき人がいた。黒髪に、右目は紫、左目は桃色という変わった少女だった。


「そんないぶかしげな顔をするな。忘れたか、シェド」

「......ペルさん?」

「当たりじゃ。懐かしいのう、シェド」

「そんなに小さかったっけ」

「シェドが昔は私と同じくらいの背丈だったからじゃろう。私の方はあの時から変わっておらんからな」


 ペルさんと呼ばれたその少女はぐるぐるとシェドの周りを回った。そしてくんくん、と匂いを嗅いだ後、


「シェドお前、人間に憑いたのか?」


 そう言った。


「ああ、まあ。それでいろいろあったところをギミックさんに捕まって、ここに連れて来られた」

「連れて来られたも何も、ここがシェドの故郷だろうに。......まあよい、その人間のためにも自己紹介をしておこうかの。私はペルセフォネ・アイリス。ここの冥界で、トップをやっておる。主死神(しゅしじん)、というやつじゃな」

”主死神、トップ......そんな小さいのに?”

「ああなるほど、そう思うのも自然じゃな。私はこう見えて、1455歳なんじゃよ」


 若いじゃろう、ふふん、とペルセフォネは得意げな仕草をする。


”じゃあなぜそんな姿に?”

「これはな、憑依する人間によるものなんじゃよ。私はその昔現世におったマリー・アントワネットという女の体を借りて、こんな姿になった。あの女は処刑されたじゃろう? あの時何があったかは知らんが、何かのショックで身体が幼児化したんじゃ。だから、こんなトップらしくない姿になっておる」


 ここで立ち話ばかりするのはなんだから、中に入らないかとペルセフォネは言った。指差したのは冥界に入った時にひときわ目立っていた宮殿のような建物。


「これは大殿(だいでん)といってな、主死神の仕事場と生活の場を兼ねた建物なんじゃ。要は宮殿のようなものと思ってくれて構わん」


 果たして宮殿という認識は合っていた、というわけだ。


「ささ、外は少し寒いし、中に入って暖まろうかの」



 その大殿の正面には厳かな雰囲気の扉があった。それをペルセフォネが押し開き、中に招き入れる。


「ここしか入るところはないからな。それに今ここは私の家じゃ、私が言うんだから遠慮はいらないぞ」


 中に入ると、左右に大きな階段があり、二階にいくつも部屋があるのが見えた。正面にも大きな廊下伸びており、それに沿ってまたいくつも部屋があった。ペルセフォネはこっちこっち、と手招きをしつつ階段を上る。


「ここが私の部屋じゃ。少し散らかっているが、遠慮なく入ってくれて構わんぞ」


 見ると部屋の床にはかわいらしいぬいぐるみやらボールやら、そして執務机と思われるテーブルの上には紅茶や書類が置かれていた。ぎっしり本が詰まった本棚もいくつもある。子供部屋と父親の書斎をごちゃまぜにしたような、何とも言えない雰囲気の部屋だった。まあまあ座れ、と執務机の椅子に座るようシェドに促して、ペルセフォネはベッドに腰掛けた。


「改めてよく帰ってきてくれたな、シェド」

「連れ戻されたっていう方が正しいけどな」

「それでも帰ってきてくれたのは嬉しいことじゃよ。冥界に帰りたくないのかと思って私は心配しておった」

「帰りたくなかった、ってことはなかったけど......何か、帰りづらくなってたというか」

「ほう」

「自分から出て行ったのもあるし。ギミックさんにも言われたけど、家出みたいなもんだったから」

「家出、な。じゃが探すのもできんかった。どこに逃げたか、見当もつかんかったからな。現世全部が範囲では、どうしようもない」

「それは、ごめん」

「結局あの戦争もあと何年かすれば終結しておった。結果は私たちの勝ち。じゃからあの時すぐに逃げ出す必要もなかったんじゃが。......そうじゃ、ギミックが四冥神になったのは」

「さっき本人から聞いた」

「三番目じゃ、だからあんまり馴れ馴れしい口は利くものじゃないぞ」

「分かってる。偉いっていうのは何となく分かるから」

「まあ本来なら、私に対してももう少し丁寧な話し方をしてくれてもいいと思うんじゃが」

「だって昔からこうやって話しても怒らなかったじゃん」

「それはそうなんじゃが......私がよくても、周りがよくないというのはよく言うじゃろう? そうやって話す間柄であるのをよく思わない死神もいるんじゃな。じゃがシェドがすごく丁寧に話すのも、それはそれで......」


コンコン。


 部屋のドアをノックする音がした。


「誰じゃ、用件は」

「ペルセフォネ? 何をしている?」

「シェドが帰ってきたもので、少し積もる話をしようと思うてな」

「裁判を先にしたいんだが、その用は急ぎか?」

「いいや、別に」

「なら出てきてくれ。ペルセフォネも一緒にな」


 ドアを開けると、そこにはシェドより少し背が高いか、ぐらいの男が立っていた。少し黒の入った青い髪に、それと同じような瞳の色をしていた。


「お前か、シェド。ずいぶん大きくなったな」

「ま、まあ」

「よし、行くぞ。ペルセフォネも一緒にな」


 特に怒っているというわけではなさそうなのだが、その人がものを言うとえも言われぬ威圧感があった。ついていかなければ何か悪いことが起こるのではないか、と思わせるような声質だった。

 その男についていくと、部屋を出て階段を下り、大殿を出た。

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