#3 死神の世界、冥界
シェドがアルバに憑依、というものをしたことでシェドにはアルバを通して、アルバの記憶を共有しながら周りを見ることができるようになったらしい。そしてもとの体の持ち主であるアルバの意識は裏側に回り、シェドの意識が代わりに表に出ていた。さらに鏡で自分の顔を見たところ、外見はアルバのそれとはほとんど異なっていた。唯一アルバの面影があるのは、きれいに真っ赤になった片目だった。黒髪に透き通るような青色の目、というのがアルバを好青年たらしめる特徴だった。鏡の向こうにいたのはシェドの姿で、好青年らしいのは何となく変わっていないのだが、そのタイプがシェドとは異なっていた。シェドは少し高いところにある王宮のある台地から、少し下にある街を見下ろした。
「まだ民衆は気づいてないのかな」
「だろうな。王宮でこれだけことがあれば、大騒ぎするのが普通だ。まあいずれ、知れ渡ることになるだろう」
王宮でこれだけの大事件があった割には、それを取り囲むように存在する街はあまりにも平和だった。屋台で買い物をしているのが見えたり、あるいはサーカスのテントからどっと歓声が沸き上がるのも聞こえてくる。
「......失礼」
そんな平和極まりない街の様子を見ていると、シェドとギミックのもとに二人の男がやって来た。二人ともシェドとギミックの着ているのと同じような、黒い外套を着ていた。ちなみにアルバの体にシェドが憑依した際、シェドの着ていた服がそのまま外観に反映されている。アルバをアルバと定義する特徴は片目にしかなく、99パーセント以上はシェドだった。
その男がそれぞれシェドとギミックをおぶったかと思うと、勢いよく空へ向かって飛び始めた。
「うおおおおおっっっ!!!!」
”うおおおおおっっっ!!!!”
アルバもシェドとともに叫ぶが、シェドの声が口を開いてちゃんと聞こえるのに対し、意識の奥に存在するアルバの声は他の人に聞こえるものの、くぐもって聞こえた。
「彼らも同じ死神だ。俺たちは空を飛べないもので、彼らに冥界の前まで連れて行ってもらう」
ギミックは背負われて空を飛びつつ、平然とそう言った。
”その冥界っていうのは、そんなに遠いところにあるのかよ!?”
「まあ、君たち人間がとても分からないようなところにはあるな」
街を歩く人々が点にも見えないほどの高度で、かつあっという間に一つの街を通り過ぎてゆくスピードで二人は飛んでいた。普通の人間が何の準備もせずにそんなところを飛べば、身体に異常をきたしたりあるいは死んでしまうこともあるかもしれない。しかし向かい風がとんでもなく強いことを除いてそれなりに会話もできることを考えれば、やはり死神、人間とは違う存在と彼らが名乗ったのは嘘ではないのかもしれない。
数分間その状態が続いたかと思うと、急に二人を背負った死神たちは高度を下げ、やがて深い森林のど真ん中に降り立った。
「では我々は、これで」
「ああ、ご苦労様だった」
二人の死神はシェドとギミックを下ろすと、元来た空を引き返していった。
「ここから少し歩いたところに、冥界への入口がある。そこまでしばらく歩いてもらうが、我慢してほしい」
そう言ってギミックはすたすたと、草木が生い茂ったところに踏み入ってゆく。
”なあ、あの人はどこに向かってんだ?あんなところ行ったら迷うんじゃないのか”
「何言ってんだお前、ギミックさんは真っ直ぐ道を歩いてるぞ」
”......?”
おかしい。アルバにとっては草木の生い茂ったところにギミックが迷いなく踏み入ってゆくように見えるのだが、シェドにとってはどうやらそうではないらしい。シェドがギミックに追いついたので、アルバが素直に疑問をぶつけた。
「それも人間が迷い込まないための対策だ。もっと奥まったところにあって、探検家などでない限りたどり着くことはできないようになっている。でもそれでもたどり着いたことがある人間が過去にいたのかもしれないな。それで死神には入口までの道が一本道ですぐに分かるように見えるが、普通の人間には全く見えないように工夫されているんだ。もし何かの間違いで冥界に入ってしまったら、その時点で死人扱いになってしまうから」
”......なるほど”
そうは言ったものの、アルバにとってはまだ半分ほどしか分かっていなかった。そもそも死後の世界とか、死神の存在自体がおとぎ話の世界でしかないと思っていた。他の人たちもきっとほとんどそう思うはずだ。それが今現実となって、目の前にある。すぐに信じろと言われても無理があった。
「まあ今は分からないことがほとんどだと思うが、いずれ慣れていけばいいさ。どのみち君に憑いているシェドも、ずっと現世にいたから死神のことに関してはほとんど人間と同じぐらいしか知らないはずだ。一緒に慣れていけばいい」
「そんなに俺が現世にいたことが問題なのかよ?」
「ああ、大問題だ。まずお前を知る多くの死神が心配している。まだ小さい子供の頃に姿を消して、そのまま帰ってきてないんだ、死んでしまったと思っている死神も少なくない。俺が定期的に観察して、生きていることをこっそり上に報告していたから何とかなっていたようなものなんだ」
「そうなのか......」
そう話しているうちに、シェドとギミックの目の前に大きな門が現れた。
「着いたな。これが、冥界への入口だ」
着ている外套と同じような、真っ黒ないかめしい門だった。普通の人間が見たら驚きおののくだろう。恐怖感さえ与えるものだった。
「ご苦労様でした」
その声とともに、がたいのいい男が二人に近づいてきた。門のそばにずっといたことを考えると、どうやら門番らしい。
「ギミック様、そちらは」
「シェドだ。連れ帰ってきた」
「......シェドか!! 懐かしいなおい!!」
「......アルタイルか、その言い方は?」
「そうだ俺だ、お前長い間どこほっつき回ってたんだよ!? ちょっとどこか行くんだと思ったら、お前全然帰ってこなかったじゃねえか!!」
「俺の昔なじみのアルタイルだ。お前、何で門番なんかやってるんだよ。バイトってやつか?」
「バカ言え。俺は十聖士になったんだ、それで門番の仕事を任されてる」
「十聖士......」
「要はお偉いさんということだ。ちなみにギミックさんはさらにその上の四冥神というのになった方だ」
アルタイルがそう言って、ギミックの方を振り向く。だがギミックは頭を抱え、うずくまっていた。
「ど、......どうされましたか」
「いや、ちょっと頭が痛いだけだ、問題ない」
「大事をとって病院へ行きますか」
「ああ、頼む」
アルタイルが連絡をしたらしく、すぐに担架を持った男たちがやってきてギミックを乗せ、運んで行った。
「それでだ、ロンド」
”ロンド?”
「こいつだけは俺のことをそう呼ぶんだよ、昔から。アルカロンドのロンド、らしいんだけど」
「今から冥界の門を開けて中に入れるわけだが、まず主死神様のところへ行け」
「主死神?」
「俺たち死神のトップだ。今はペルセフォネさんがやっている」
「......ペルさんか」
「本人の前で軽々しくそう呼ぶなよ?」
「別に大丈夫じゃないか?」
「昔ならまだしも、今はこの冥界のトップなんだ、気をつけるに越したことはない」
「......分かった」
「いいか、寄り道はするなよ? 入って真っ直ぐ行けば着くんだからな」
そう言ってアルタイルは重たそうなその扉をゆっくりと開けた。
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