#2 現世【うつしよ】と、死神

―――ああ、忘れてた。


何だいったい。


―――お前に憑依して生き返ったように見せるのはいいんだけど、まずお前の外見的特徴? ってやつはほとんどなくなるんだよな。ちょっと俺が憑くだけなら元の姿のままでいけるんだけどな。それを言うのを忘れてた。それは大丈夫か?


大丈夫も何も、その言い方だとほとんど決定だろ。


―――まあな。ただ、一つだけ特徴が残るんだ。それは選べるみたいなんだが、どうする?


そんなに軽々しく言えるものじゃないだろ。それに一つだけ残っても、もうそれは俺とは言えないんじゃないのか?


―――まあ、そうだな。ほとんど俺になるから、そんなに変わらない気もするんだけど……ああ、そうだ、目なんてどうだ。あ、目って言っても両方じゃねー、片目だ。お前の目の色、今まで見てきた人間の中で一番のレベルできれいだったもんだから、印象に残ってるんだよな。


……じゃあそれでいい。なんだか、諦めた方がいい気がしてきた。お前の名前だけ聞いておきたいが。


―――シェド。


……は?


―――ル・シェドノワール・アラルクシェ・アルカロンド、略してシェドだ。よろしくな。




”......The updating was approximately completed:98% Wait a minute. The ‘Software’ named ‘Death Le Shednowar Arlexe Alkalond’ is installing now. Receiver:Alva”

”......The updating was completed.”



 それまで意識は真っ暗でぼんやりしたものだった。それが明るくなった。まず見回すと、サミュエル王子が視界に入る。彼はマシンガンを得意げに担ぎ、血まみれになった大食堂を見渡していた。誰もサミュエル王子以外、生きている人はいないらしい。撃たれたはずのアルバの体は、ケガ一つなくなっていた。

 アルバの体はシェドと名乗った男に乗っ取られているのか、アルバの意思に反して起き上がった。突然状況が変化したのに気づき、サミュエル王子が振り返る。そして、殺したはずのアルバの異変に気付く。


「う、うわああああああっっっ!!!! い、い、い......生きてるっっっっっ!!!!」


 動揺したサミュエル王子の行動は早かった。迷いなくアルバに向けて銃を向ける。だがアルバ―――もとい、シェドは全く怖気づく様子を見せない。それどころか自ら進んで銃口に向かって歩んでいった。


「な、なな、なんだよ、化け物」

「死ぬのはお前の方だ。いいな?」

「うあああああああああああっっっっっ!!!!」


 サミュエル王子が突然叫び、マシンガンをでたらめに撃った。だがその前にシェドは素早く動き、あらぬ方向にマシンガンを傾ける。さらにそれを奪い取り、すぐに撃った。銃弾はサミュエル王子の胸に命中し、彼はその場に倒れ込んだ。


「......お前の魂の面倒は、誰も見きれないだろうな」


 それだけ言って、宮殿の外に出ようと、王様のもとへ行って懐を探ろうとする。


―――ビシュン。


 何かが通り過ぎるような音がした。シェドが振り返ると、さっきまでそこにいたはずのサミュエル王子はいなくなっていた。


「......!!」


 完全に死んだと思っていた。どう考えても絶命するような箇所を撃ったのは間違いなかった。だがこの場にいないということは生きていて、何とか逃げているのかもしれない。そう思いもう一度、サミュエル王子のいたあたりをよく確認する。だがサミュエル王子のものと思われる血痕はなかった。


「......おい、お前確かアルバって言ったよな。あの王子はどこ行った」

”知らない、お前が完全に背中を向けてたんだから当たり前だろ”

「どういうことだよ......?」


「黒い服の奴が連れ去っていった、というところかな」


 こつ、こつ、という靴が床を踏み鳴らす音とともに、男の人の声がした。振り返るとそこには、白髪の男がいた。


「誰だ?」

「忘れたか、シェド。俺はギミック・インフェルナスだ。今までの流れを、少し離れたところで見ていた」

「何でもっと早くここに来なかったんだよ」

「俺が早くここに現れたとして、それで犠牲者が減るかと考えた時に出した答えが否だったからだ。シェド、お前も下手をすればもう一度王子とやらに殺されて、今度こそ未練がどうとか言っていられなくなっていたかもしれない」

「それはそうだけど......」

「その代わりその王子に何があったか、俺は見ることができた。ちょうどシェドがアルバ君という青年に憑依して表面上生き返ったように見せたように、一瞬で死神が憑依して動けるようになり、どこかに行ってしまったと考えるのが妥当だ。そうすると傷も消えて血痕も残さなくて済むだろう」


 それから、と、ギミックと名乗ったその男は続けた。


「シェド、とうとう強制命令が出た。さすがに231年も帰ってきていないようじゃ、現世視察だと偽るのも無理が出てきてしまったらしい」

「......それで俺を連れ戻しに来たと?」

「そういうことだ」

”誰ですか、あなたは”

「俺は、こいつと同じ死神だ。と言っても経験はシェドよりもずっと上、こう見えても800年以上この死神の仕事をしている。......とにかくだ、シェド、戻るぞ。この強制命令は主死神様が直接出したものだ、絶対的な効力を持つ」

「......分かった」



 シャルル王からカギを拝借し、シェドとギミックは宮殿の外に出た。


”......あの方たちは”


 それは何一つの理由もなく狂った一人の王子に殺された、王族の犠牲者たちのことである。


「それは問題ない。供養や魂の対応は、他にもたくさんいる死神がやってくれるらしい。俺の仕事は長年家出少年をしているシェドを連れ戻すことなんだ」

”......で、その戻る場所は?”

「冥界、という。普通は死後の世界のことを指すが、同時に俺たち死神の拠点でもある。まだ未練の残っているアルバ君には悪いのだが、しばらくシェドの事情に付き合ってはくれないか」

”はあ......”


 断ったところで、と言えた。アルバはもう既に死んでいる。それを知っていたのがサミュエル王子ただ一人であるとはいえ、王宮があんな状態で、仕える主人もいない。仮に断ったとして、行くあてはなかった。

 それにしても何をもってして、自分の未練となるのか、自分でも分かっていなかった。


「それはたぶん、サミュエル王子に殺されたこと、だろうな」


 そんなことを考えていると、突然シェドの声がした。どうやら思っているだけで口に出さないことでもシェドには伝わってしまうらしい。


「俺がサミュエル王子を殺したからかたき自体はとった。だけど王子の行方が分からないままなんじゃ、見つかるまで未練の解消はないだろうな。......やれやれ」


 俺も最後の最後にややこしいのに憑いたな、とシェドは独りごちた。

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