Chapter1.冥界、という世界 編

#1 死神

 現世。

 それは俗に言う現実世界。虚構の世界やら異世界でない限り、人間たちは自分たちの住むその世界をわざわざそうは呼ばない。

 その世界―――ヨーロッパのある部分に、ごく小さな国があった。その国の領土は他のヨーロッパ諸国に比べればごく小さいものだが、列強が植民地の獲得争いをした際も他の国に侵されることなく、独立を守り続けた伝統のある王国だった。


 それは何でもないある日の昼下がり、起こった。


「ふむふむ、ウマイじゃん、これさあ」


 国のちょうど中心辺りに位置する、王宮。王宮ではちょうど昼食の時間で、執事たちが食事を作り、王様はじめ高貴な人々がテーブルについて豪勢な料理を食べていた。そのさなか、王様の長男であるサミュエル王子がそう口を開いた。


「いけませんサミュエル王子、ものを口に入れたまま話されるのは。マナーがよろしくありません」


 執事の一人であり、サミュエル王子の世話係でもある青年のアルバがサミュエル王子のそばでそう言った。


「......うるさいなあもう。いいじゃん食事なんだし、細かいことぐちぐち言うなよな」

「いけません、それではテーブルマナーの意味がありませんから」

「うっさい、テーブルマナーとかどうでもいいだろ食べれたら。二の次でいいんだよ、二の次で」

「......では今食事をされておりますから、一度テーブルマナーを意識されてはいかがでしょう」

「やだね。そんなめんどくさいのいちいち覚えてられないし」

「それでは今はよろしいかもしれませんが、いずれ困る時が来ます。あなたのお父上はしっかりとテーブルマナーなど基本的なことを子どものうちに学ばれたそうです。王子が将来外交政策をなさる際、恥をかかないように必須なのです」

「......何なのさ。僕に逆らうわけ」


 その場の誰も、アルバが逆らってそう言っているとは思っていなかった。だが正論にいらだったのか自分の負けを認めたくなかったのかは分からないが、サミュエル王子はそう言った。


「いえ、決してそういう訳では......」

「でも逆らったよね。うるさいうるさいって言ったのに、アルバったら自分が正しいこと言ってると思って酔ってたのか知らないけど、畳みかけるように言ってきたもんね」


「やめろ」


 王様であるシャルル王がそう言った。


「食事中にみっともない。せっかく楽しく出来る食事の時間の雰囲気を台無しにするな。それにテーブルマナーは最低限の礼儀だ、王族だからどうという話ではないはずだ」

「ああ、なるほど」


 バンッ、と勢いよくテーブルを掌で叩き、サミュエル王子は立ち上がった。


「つまりこういうことだ、父さんもアルバの味方するってことなんだ」

「味方だと? お前はまだ分かっていないのか、私はお前をそんな出来の悪い息子に育てた覚えはないぞ」

「またそう言う。好きだね、僕をそうやって出来損ない扱いするの。でも残念ながらあなたの後を継ぐのは僕なんだ、そんな認識もなくこんな『出来損ない』に育てちゃった父さんも父さんだと思うけどね」

「いい加減にしろッ!!」


 今度はシャルル王の方が立ち上がり、声を荒げた。


「私の育て方が正しかったとはここでは言わん、だがお前のその傲慢さと世間知らずの度合いは私の手に余る! それは私ではなくお前の問題だ!!」

「......ふうん」


 不気味な笑みを浮かべ、父親を見下すような目をサミュエル王子はした。


「何だ? これでも不満か? まだ自分は悪くないと言うか?」

「いいや、別に。ちょっと楽しいこと思いついちゃったな、って思ってさ」


 サミュエル王子は自分の食事にろくに手を付けることもなく、自室に戻っていった。アルバがその後を追いかけようとした。


「放っておけアルバ、お前も奴が普段からああいう小物であることはよく分かっているだろう」

「......。」


 アルバは薄々はそう思っていたがまさかそのまま口に出すわけにはいかず、黙っておくしかなかった。


「あの調子では食事をとることはないだろう、片づけておいておくれ」

「しかし......」

「もったいないが仕方ない、奴は食事を残すことの不敬も学ぶ必要がある」



「やあやあ待たせたね」



「サミュエル、......様?」


 シャルル王が命令した通りサミュエル王子の分の食事の片づけに入ったアルバが、再びゆっくりとした足取りでテーブルに向かって来た。


「食事を、......お続けになるのですか」

「いいやぁ、違うよ。これからもっと楽しいパーティーの時間だしね」


 カチャ、と無機質な音がした。思わず身構えつつサミュエル王子の方を改めて見ると、その手には大きなマシンガンが抱えられていた。それにはアルバも、よく見覚えがあった。サミュエル王子の自室の近くにある部屋に、大量に銃が保存されていた。その中でもサミュエル王子が持っていたそれは、一番値段が張る、骨董品に近いものだった。そしてその銃口は真っ直ぐ、シャルル王の方を向いていた。


「まさか、」



ドゴンッ。


 アルバの言葉も虚しく、間髪入れず重たい銃声がした。マシンガンから一発発射された音だった。それは迷いなく直線軌道を描き、父親であるシャルル王の額を貫いた。最期の言葉もなく、即死だ。


「「「きゃああああっっっ!!!!」」」


 目をカッと見開いたままずるりと椅子から滑り落ちたシャルル王と、それを見てにやりと笑ったサミュエル王子を交互に見た他の王族たちは、一斉に叫び声をあげ、逃げ惑い始めた。騒ぎを聞きつけやってきた護衛の兵たちが一斉に反逆者であるサミュエル王子に銃を向け、ためらいなく撃つが、普段からは想像もつかないほどの俊敏さで銃弾をかわしてみせた。予想外の事態に戸惑っている兵士たちの脳天を、サミュエル王子は落ち着いて容赦なく撃ち抜いた。そしてより恐怖の色を強めたその場の生存者に向けて、笑いながらサミュエル王子は言った。


「いいよいいよ、逃げ回ってごらんよ」

「サミュエル王子!!」


 アルバが狂うサミュエル王子を必死に止めようとする。


「うるさいなあアルバ、撃つよほら、バーンってさ。逃げないの?」

「今ならまだ間に合います、もうおやめください!! これは人のしていいことではありません! テーブルマナー以前の問題です!!」

「......うるさいって、何度言ったら分かるのさ」


 すぐさま銃身で頭を殴られる。床に倒され血が流れる。少し飛びかけた意識を慌てて引き戻し見上げると、アルバの腹にはぐりぐりと銃口が押しつけられていた。


「やってみたかったんだよね、これ。だって銃って人を撃つためにあるんだもん、ちゃんと目的通りの使い方をしないと」

「違います、銃はそんなものでは......!!」

「ヤだな、もう。お前のそのぐちぐち言ってくるうるさい口、もう聞きたくないね」


 二発、どてっ腹に命中。アルバもほどなく帰らぬ人になった。


「さあて、みんな見てたでしょ、どうせさ。ちょっと国民のみんなにすぐ知られるわけにはいかないんだよね、困っちゃう」


 王族が一堂に会して食事をしていた大部屋。無力な王族たちは国民や夜盗を極度に恐れた結果、その大部屋は食事のたびに施錠され、誰も入って来れないようになっていた。そしてその鍵を持っていたのがシャルル王ただ一人だったことが仇となった。逃げ惑う王族たち―――主に女性だが、真っ直ぐ出口に向かい逃げた。だが逃げて扉の前に追い詰められてからようやく、自分たちが出られないことに気付いた。

 誰も言葉を発さない。何か言えばそれが原因で目立って狙われ、殺されてしまうと皆思っていた。自分が犠牲になってでも他の人を助けてこの状況を打破しようと思う者は誰一人としていなかった。みな結局、自分さえ助かればいいと思っていた。


「......ああ。もしかして僕が誰を殺そうか、選んでると思ってる?」


 誰もそれに答えない。


「そんなの決まってるじゃん」


 真っ直ぐに一番前にいた女を指差した。その女の顔がみるみる青ざめてゆく。そのままサミュエル王子の手は下ろされた。


「全員だよ全員、それじゃなきゃ意味がないでしょ、考えてもみてよ」


 それはおよそ現実の出来事らしくなかった。瞬きをするごとに銃声がし、一人、また一人と倒れてゆく。数分も経たないうちにその場で生きている者は、サミュエル王子以外にいなくなった。


「......案外つまんないな、銃殺って。すぐ終わっちゃった」



* * *



 撃たれた。

 生暖かいのか熱いのか、よく分からない感覚が撃たれた腹のあたりを駆け巡る。だがそれも一瞬で終わる。



 ギュッ、と何かが引っ張られる感触がした。



 脳みそが引っ張られるような感じだった。それを体験したことはない。だがそう言うほかにはないとも思った。


 死んだのだ、と彼は実感した。死んだということを実感するなんておかしい。ではここは死後の世界、天国なんてやつか。そんなことをぼんやりと、彼は思っていた。痛みはどこにも感じられなかった。


―――よう。


 ふとそんなまぬけにも感じる声が、頭に鳴り響くように聞こえた。


誰だお前。


 そんな風に返してみる。


―――俺か?俺は死神、ってやつだ。


死神?ああ、死に際にお迎えに来るっていう、あれか。


―――まあ、今はそれでいいか。お前、生き返りたいか?


生き返る?突然何を言い出すかと思えば。


―――本当だ。俺たち死神の仕事ってそんなものだよ。


死んだ人のお迎えに来るのが、死神じゃねえのかよ。


―――残念ながらどうもそれだけじゃないらしい。俺はお前に未練があるって感じ取って、ここに来たんだ。


未練?......ああ、サミュエル王子のことか?あれなら別に、未練なんかじゃない。どうせろくでもない奴なことに変わりはなかったしな。


―――いや、未練だ。お前がそうやって言ってても、俺が未練だって感じ取ったから、それは未練なんだよ。


何だそれ。まるで俺の話を聞いてないじゃねえか。


―――とにかくだ。お前には未練があって、俺にはその未練を解決する役目がある。だからお前を生き返らせる、正確にはお前に憑りついて、お前が何も思い残しなく天国に行けるようにする。それが今、やることだ。


何するつもりだよおい?


―――あのサミュエル王子とか言う奴を殺す。それで仇がとれて、お前の未練もなくなるはずだからな。



 その声は頭に直接響くような声だったが、同時にアルバを不安にはさせないような声だった。そしてアルバが何か言い返す間もなく、その声があるような雰囲気がそこから消えた。

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